女の子の可愛すぎる仕草 20パターン
「食べなよ」
大学の新入生歓迎コンパのとき、隣に座った女の子にえらく真剣な顔でボソッと言われた。
「あ、ああ……」
それが俺と萌の出会いである。第一印象は無口で少し変わった女の子だった。後から萌に聞くと、「うーん」と右手ひとさし指を下唇に当てて思い出そうとしていたが覚えていないみたいだ。実際は無邪気な明るい性格で、あのときは酔っていたのだろう。
そんな出会いから一年。俺と萌はゼミ室で二人きり向かい合わせに座って、共同レポートに取り掛かっていた。
「はぅ~……><」
萌は猫みたいな伸びをしてから、あくびをした。
「眠いのか?」
「うん。ちょっとね。あ、そろそろ時間だ」
「2限、講義だっけ?」
「うん」
萌はうなずくとメンソールのリップを取り出して口に塗り始めた。さっきまで俺の前にいた萌がノーメークかといえばそうではないのだが、講義に出るのとは別なのだろう。化粧するところや無防備な素顔を俺の前にさらしてくれるというのは、どこかうれしい。けれど、マスカラを塗るとき口をぽけーと開く姿は、間抜けだと思う。
あまりじろじろ見ていたら失礼なので、レポートに集中する。ふとちらりと萌をのぞき見たら、右の耳から取り出した綿棒を左の耳に入れ替えていた。
綿棒まで持ち歩いているのか? 女ってよくわからない。
「それじゃ行ってきまーす」
「いってらっしゃい」
簡単に身支度を終えて、萌が部屋を出る。講義のない俺はそのままゼミ室に残って萌を見送った。
「くそー。なんでこんなに時間がかかるんだよ」
論文のことで教授に質問に行ったら、やたら長話のうえ教授が担当する講義の手伝いなどさせられてしまった。解放されたのは、とっくに2限が終わっている時間である。ゼミ室に戻ると、萌は机に突っ伏して寝ていた。暇だったのか、黒板に漫画のキャラクターと思われる芸術的な落書きがしてあった。
「……こりゃまぁ見事な力作だな。俺としては、少しでもレポートを進めてほしかったけどな」
どついてやりたくなったが、気持ちよさそうに寝ているのでやめた。俺は萌を起こさないようそっと向かいの席に座る。その寝顔は愛らしい。思わず見とれそうになって……気づいた。こいつ、狸寝入りしてやがる。
俺は萌の無防備なおでこにデコピンしてやった。
「痛っ。もぉ、主人公くんが入ってきたのを見たからちょっとお茶目したのに」
「やかましっ」
「でも、少しは本当に寝ていたんだよ」
萌は眠気覚ましか、目薬を差してぱちぱちと瞳を瞬かせると、口にゴムをくわえて、乱れた髪の毛を結ぶ。
「いや、寝てたんなら寝てたで、作業を進めとけと言いたいんだけど」
俺は教授から受け取った資料を机に並べて、課題に取り掛かる。けれど萌は作業を始めることもなく、顎をチョコンとテーブルにのせて、ぽけーと俺の手元を見ている。
「体調でも悪いのか?」
「そ、そんなことないよ」
などとやりとりしていたら、萌の携帯が鳴った。会話の内容からすると、男友達のようだ。首を若干傾けて楽しそうに談笑している。
それほど体調悪くないようだな、とほっとすると同時に、楽しげに話す萌の姿を見て、なんとなく複雑な気持ちになる。まぁ嫉妬ってやつだよな。付き合っているわけでもないのに情けない。俺は資料を取るために席を立った。
「どーしたの?」
電話を終えた萌が、俺の方を向くため背もたれのある椅子に逆向きに座って聞いてきた。もちろん本当のことなんて言えない。気恥ずかしくって無視を続けると、萌も席を立つ。
「おーい? 主人公くーん?」
などと、小さい身体をぴょこぴょこ動かして、ことあるごとに無視を続ける俺の視野内に割り込んでくる。まるで猫のようだ。
その萌が急にぴたりと動きを止めた。そして――
「……くしゅんっっ!」
声は可愛らしいけど、腰を大きく折り曲げて大きく息を吐く姿は、とても男らしいくしゃみだった。
思わず俺は苦笑いして、結局萌に話しかけてしまった。
「なんか、ヨガフレイムのモーションみたいなくしゃみだな」
「むぅ……それって絶対ほめ言葉じゃないよね」
萌が心なしか顔を赤く染めて頬を膨らます。
「ソンナコトナイヨ」
ふざけて誤魔化しつつ、ふと思う。先ほどの眠そうな様子や赤い顔。もしかすると……
「萌、風邪でも引いたのか」
「うーん。どうだろ。そんなことより、主人公くんがあたしを心配してくれることのほうが驚きだよ」
そういって、萌に「熱ある?」と、逆におでこに手を当てられてしまった。
俺ってそんなに冷徹に見られていたのか?
「とにかく今日はもう帰ろうか。レポートも急ぎじゃないしな」
「……うん」
やっぱり無理していたのか、萌は素直にうなずいた。
二人して、散らばった資料を本棚に戻す。身長の低い萌はぴょんぴょんと飛び上がって資料を本棚に納める。資料を取るときもジャンプしていたっけ。
「あ、そうだ。黒板の落書きも消しておかないと」
萌は小さな身体を精一杯伸ばして、右手で円を書くように黒板の端から端まで動き回る。
「どうしたの?」
「いや」
黒板消している彼女の無防備な左手をじっとみつめてしまったのは、秘密である。
帰りの電車、運よく俺たちは並んで座ることができた。
萌はねむけまなこで、ぼーっと座っている。
「萌?」
返事はない。そっと萌の顔を覗き込む。どうやら寝てしまったようだ。俺は萌の長めのカーディガンから出ている指先にそっと手を置いた。
電車が揺れる。萌の身体が俺に寄りかかってきた。柔らかい萌の髪の毛から良い匂いが漂い、鼻腔をくすぐる。しばらくそのままにしておいたら、萌が「ハッ」と目を覚まし、何事もなかったかのようにゆっくりと体を定位置に戻していく。
その様子が面白くてくすりと笑うと、萌は消え入りそうな声で言った。
「……ごめんね」
「気にするなって。無理するなよ」
いつもの萌なら、笑われたらむくれるのに、どうも調子が出ない。
つらうつらしながらも体を真っすぐ立てようと努力している萌の身体を、やや強引に引っ張って囁いた。
「おいで……」
萌は小さく頷き、そっと俺に身体を預けて瞳を閉じた。
良かったら、「食べなよ」の魅力を教えてください。




