はい。今日は画を描きたいと思います。
何言ってんだ? って顔してますね。まんま言った通り、画を描きます。
画にも色々ありますよね? 風景画、抽象画、人物画。私は静物デッサンが好きですが、今日はそこの窓から見える風景を素描します。素描って言うのは、デッサンの事ですね。
どこの素描をするのかって?
ベッドの左隣、外開きの白枠窓から見える景色ですよ。ゆらゆら揺れてる白いレースカーテンは、転居祝いに姉がプレゼントしてくれたものなんですよ。
優しいお姉さん? そうですね。今も、週に三日は夕食を作りに来てくれますから。得意料理はビーフシチューだそうです。
あ、画を描くんでしたね。それでは早速準備を……はい、これに描きます。なんて事はない、よく見るスケッチブックでしょ? 少し、端が日焼けしてますよね。こういう感じ、私好きなんです。新品の、筆を置くのを一瞬ためらう清楚な感じも好きですが、なんだか黄昏を感じませんか? 歴史――とまでは言いませんが、時間の流れみたいな。良くないですか?
な、中ですか? いえ、あの、ホント下手の横好きでして。ど、どうぞ。
…………あ! その画、気に入って頂けましたか!? 自信作なんですよ! タイトルは『月とウサギ』
あはは、まんまですか? 薄い雲を纏う三日月とそれを見つめるウサギ。体を起こして、月光を浴びるような格好のウサギが印象的じゃないですか?
なぜ後ろ姿かですか? えっと……哀愁? ……もういいじゃないですか! 画を描くんですよ!
さあ、まずは…………。
風景がわからない? 失礼ですが、目見えないんですか? 指、何本かわかります?
……正解! ピースサインでしたあー! ちゃんと見えるじゃないですか。
はいはい、わかりました。説明しますよ。
窓から見える景色の向かって左、二本の木が見えます。少し細いですが、青々と葉を茂らせて元気一杯って感じですね。向かって右、こちらにはグレーカラーののっぽさん、電柱ですね。窓からの景色では、当然ですが、木と同様全体を把握出来ませんね。見えているのは、三分の一くらいでしょうか? 灰色のっぽさんの頭からは何本も電線が伸びています。
おかしいって? あー、何か勘違いしてませんか? 見えてるのは、上部分です。だってここは、アパートの三階ですから、下部分が見えたら逆におかしいですよ。
で、木と電柱のバック、窓から見える景色の九割を占めるのが広い広い青、雲一つ――二つ、三つある晴天が広がってますね。昨日はドシャ降りでしたが、今日は良い天気ですねえ。電線に三羽、雀が留まってますが、あそこに留まってるのを見ていると、滑って落ちないか、いつも心配になるんですよね。
さ、こんな感じですが、景色は見えましたか? ――あ、飛行機! おー、随分低空飛行ですね。気流が安定してないんですかね?
…………あ、っと。ついつい見取れてしまいました。昔から飛行機を目で追うのが好きで、特に夕焼け空に飛ぶ姿は素敵ですよね。コクピットから見えるオレンジ色の太陽はさぞ綺麗でしょうねえ。憧れはしても、女性はパイロットになれませんけど。いえ、それ以前に、専門用語覚える程の頭が……。あ、でも今はどうなんでしょう。女性車掌がいるくらいですから、女性パイロットもいるんですかね。
はい? ……画?
あ、ああ! はは、そうでした! 景色を描くんでした!
まずは、簡単に全体を捉えます。人にもよりますが、私は薄く…………どうですか? あー、木も電柱も簡素過ぎですか。当然ですね。影を入れてませんし、両方とも濃淡が同じですから。濃い色がB表記の鉛筆です。今使ったのは……あー、あれ? どこにいったかなあ……。
あ、すみません。ケースに入れたつもりが、テーブルに置いてたんですね。
淡く全体を描いたのが、よく知られているHBです。一番使い易い濃淡色ですよね、これ。ちなみにHBってなんの事か――ああ、知ってますよね。一応説明しますが、Hはhard、つまり固さ。Bはblack、黒色の濃さを表しています。種類も凄く豊富なんですが、詳しい話はまたの機会にしましょう。
全体を適当に描いたら、木と電柱にBの鉛筆で影を入れていきます。まずは軽く2Bくらいで、次第に濃く、そうですねえ4Bくらいでフィニッシュですかね。でもまだ今は2Bで薄く入れます。
影入れはこんな感じです。重量感を感じない? 結構酷評ですね。今は弱く入れてありますから。
画で大事なのは、主張ではなく調和です。木も電柱も空も雲も電線に留まる三羽の、あ、今は二羽ですが、その雀も全てが違和感なく溶け込まなくてはいけません。木に集中すれば木の画、電柱に集中すれば電柱の画になります。風景画じゃありませんよね?
……はあ、ちょっと休憩。コーヒーでいいですか? は? 挽き立てがいい? 何言ってんですか、インスタントでいいでしょ。
お待たせしました。ブラックでしたよね? 私はミルクから砂糖から全入れです。ブラックはダメです。頭が、後頭部辺りが痛くなります。なんなんでしょうね、あれ? ……わかりませんか。そうですよね、医者じゃないですもんね。
医者かもしれないし、主婦かもしれない? どう言う意味ですか?
――そうでしたね。あなたはそう言う“人”でしたね。そうですねえ、例えるなら、白色? まんま白ではなくて、無限色です。あなたは誰なんでしょう? 少し興味があります。
あ、よろしければクッキーもどうぞ。昨日姉が作ってくれたんですよ? 生地色そのままの簡素なクッキーから、マーブルクッキー、チョコチップクッキー、ココアパウダーを混ぜたクッキーなんてのもあります。ココアパウダーって、要は市販のインスタントのココアの事ですよ?
……どうしました? しょっぱいのがある?
それは当たりです! 私が別生地で作った塩入りソルトクッキーです。あまーい飲み物には、なかなか合うんですよ、これが。
あはは! ブラックコーヒーには合いませんよね。
あ! …………あーぁ。 何かって? ちょっと来て下さい。
ほら、あれ! 見えますか? 真っ赤な風船。きっと子供が放しちゃったんですねえ。もうあんなに小さくなって……。
下の、二本の木のところ。おさげ髪の女の子が泣いてますよ。あの子が放しちゃったんですねえ。女の人があやしてますけど、母親でしょうかね?
……はあ。なんだか一息付いたら眠くなっちゃいました……。わ、わかってますよ。画は描きます。
それじゃあ、コーヒーカップ片手に続きを……嘘ですよ。こぼしたら大変ですからね。
流れる雲を薄く、極薄く描きます。これは4Hですね。雲は時間経過で姿を変えますからね、わざと印象を残さないようにします。匂いで言えば、紅茶のようにほのかな香りでしょうか? 日本酒のようにガッチリ描きません。お酒は飲んだ事ありませんけど、匂いがキツイ印象があるんで。
…………さて、と。あとは影を入れて、と言ってもぼかす程度の影です。私は、これぞ絵画! って苦手なんですよね、描くの。見るのは、まあ、嫌いじゃありませんけど。画家さんの名前なんて、ピカロとムルクしか知りませんから。
適当過ぎる!? い、いいんですよ! プロになりたいわけでもないし、これくらいの知識で!
画は画家の生き様を見るものなんです。一つの作品だけを見ればいいって言うものじゃないんですよ。つまり、画を見るのも大変だって事です。わ、笑わないで下さいよ! もおー……。
影を入れて、画が完成したら……お別れですね。
また、描く機会があれば、見に来て下さいね。
…………うん、完成! どうですか?
な、七十五点!? 良くもなく、悪くもなく……。 次はもっと凄いの描きますよ! ガフディーみたいな! ……ガフディーは建築家? そ、そうなんですか? 知りませんでした。てっきりモラリザ描いた人だとばかり。
そ、そんなに笑う事ないじゃないですかあー!
次はあなたが画を描く番。さあ、筆を取って!
画が出来たら、見せて下さいね!
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