ブラッディ・アセンブリ
洗面所の小さな台の上で、私はカッターを横に引いた。
ぽたり。
赤い液体が白い台上に広がっていく。
丸く広がるそれはとても綺麗で、私は思わずうっとりと眺めてしまった。
今、家の中にいるのは母だけだ。母にさえ気付かれなければ、私のこの計画は無事に遂行できるだろう。
音をたてないようにゆっくりと蛇口をひねり、水を出す。うっすらと広がる切り口に水を当てると、先程までよりも激しく赤い液体が滴った。
けれど、まだ足りない。
私は切り口の上にカッターを押し当て、再度刃を引いた。より激しく、より深くまで切れるように。刃を少し起こし、突き刺すように力を込める。
ぽたり、ぽたり。
染み出した液体が垂れ、洗面台を赤く染めていく。排水溝の蓋を閉じると、溜まった水が染め上げられていくのが判る。
手首まで水の中に浸け、切り口を広げるように指を動かす。じわじわと広がっていく赤の範囲が、私の行為の罪深さを悟らせようとしているように、感じた。
もう少し切り開けば、きっと。
私は水没させていた手を上げ、カッターを握りしめる。同じ箇所に何度も刃を当てるのは至難の技だったが、別の傷を作るよりも、仕上がりが美しいだろう。慎重に手を動かし、導く。切れ目の端に刃を添え、私は、深く呼吸をした。
今度は切り離すように、力を込めなければ。
カッターを持つ手に震えが走る。失敗をしたら大変なことになる。そのプレッシャーが、私の手元を狂わせた。
指先に、赤い球ができている。
刃の先端がかすったのだろう。私は指先を負傷していた。ぴりぴりとした痛みと共に広がっていく血の球を口元に運び、舐める。鉄臭い味が口中に広がった。
けれど。このような怪我で私の計画を中断するわけにはいかない。
大きく深呼吸をし、再びカッターを切り口に当てた。水を張った洗面台の中に手を浸し、刃を引こうとする。
しかし、指先の痛みに邪魔をされ、上手く切り口を広げることはできなかった。私には、成し遂げることは不可能なのだろうか。全てを流しきらなければ、先には進めないというのに。
ほんのりと赤く染まった洗面台を眺め、私は悔しさを感じていた。
このように簡単なことでさえ、私にはできないというのだろうか。カッターの刃をしまい、排水溝の蓋を開く。諦めにも似た気持ちが、今の私を突き動かしている。
蛇口から流れ続ける水道水よりも早く、洗面台に張られた水が減っていく。赤く染まった美しい水が、減っていく。
私にはこれ以上、なす術はない。
夏休みの自由工作用に密かに持ち出したケチャップの容器を握りしめ、私は未だ内部に残る赤い液体を、恨めしく思った。