5月28日日曜日 アサミ−1
アサミ。いい名前である。儚げで憂いに満ちていて、朧月のようなイメージが沸々と湧いてくるような麗しい名前である。
51歳。いい歳である。が、中途半端な歳である。特に女としては限界なのか、まだいけるのか、本人でさえはっきりとした答えを出せず、もっと言えば自分は女として機能しているのか、女として生きていいのか?極めていくとそこまで辿り着いてしまう。
ああ、アサミ51歳。まだアガリ切ってはいない身体。性欲もある。だが体形は崩れ始めている。イイや、嘘はいけない、締め付けパンツと締め付け腰巻きをはずしてしまうとあからさまに崩れている。崩れ果てている。
アサミはため息を付く。救いはこの顔面である。念入りなメイクの助けはあるにしても、親に感謝すべきこの顔面の造り。はっきりしているのである。問題は皺まではっきりとしていることである。
うまくいかない。何もかもがうまくいかない。苛々する。いつものパターンだ。自分は直に鬱の症状が現れて引きこもる。
そしてその症状が極限に至ると顕現する死の恐怖。死を恐れるあまり生を確認するために薄く手首を切り、生暖かい血液が流れてくると安心して徐々に症状が緩和され、またしばらくは社会生活ができるようになる。
繰り返すのだ。
自分は老人なのだ。あ、いけない。これが鬱への最初のステップになる。いつものことだ。
加齢への恐怖。
自分は幼い頃からそうだった。
老人が嫌いだった。
年寄りは汚いと思っていた。
ババァになるくらいなら死んでしまいたいと思っていた。
だが自分は今、はっきりとババァである。
死の恐怖が這い寄ってくる。
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