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第3話【蛮族と魔法】
「ねえ、僕の声、分かる? ちゃんと通じてる?」
「あん? そんなの当たり前だろうが!」

よし、と奈緒は心中で頷いた。
やはり日本語が通じてる。向こうの言っていることが分かるだけじゃなくて、こっちの言葉も聞こえてる。
問題は奈緒を取り巻いている今のこの状況だ。
武術全般を抑えている親友の龍斗が、心の中で正直な感想を口にする。

(なあ……まずくないか?)
(……うん、まずい)

確認しておくと、奈緒は運動音痴だ。
もちろん喧嘩とかそういうのも縁がない。肉体関係の面倒ごとは本来、龍斗の役割だった。
普通の高校生との喧嘩でも軽く負ける自信がある。それが奈緒だった。
しかも、三人の小鬼たちはそれぞれ棍棒、斧、ナイフを持っている。高校生相手の喧嘩なんてレベルじゃない。

(難易度的には?)
(三人組のコンビニ強盗が包丁持って襲ってきた感じ。奈緒、丸腰でそいつらとやりあえるか?)
(うん、それ無理)

そんな芸当が出来るのは龍斗を代表とした体育会系の猛者だけだ。
せっかくだから龍斗の身体が残って、奈緒が魂だけの存在になればよかったのに、と毒づいた。

「おらおら、ぶるってんじゃねえよ!」
「ぎひひひ」
「はーやーくー、みーぐーるーみー置いてけー」

口々に囃し立てる小鬼たち。
小鬼と言っても身長は奈緒より僅かに十センチほど違うだけだ。
体格はそれほど変わらない上に、相手は三人で武器を装備している。
奈緒では勝てないことは明白だった。

(身包み差し出したら帰ってくれるかな?)
(そもそも何も持ってねえだろ。こいつらの目的は服にあると見た。これから裸人として生活していくか?)
(徹底抗戦をしよう。降伏は許さない)

即断即決で小鬼たちとの対決を決める。
自分たちの世界の常識がここに通用するかどうか怪しいが、夜の砂漠は殺人的なまでの冷え込む。
第一、服もなしではただの変質者として捕まってしまうだろう。
誰が捕まえるんだ、とかそういう事情の全ては蹴飛ばしておくにしても、これから裸で過ごすのは全力で拒否する。

(しょうがねえな、いっちょアレをやってみようか!)
(アレ?)
(説明しただろうが)

龍斗が苦笑半分で続けた。
この危機を乗り越えるための方法を。

(身体の所有権を俺に貸せ、奈緒。俺がこいつらを追い払ってやる)

奈緒の身体には奈緒と龍斗、ふたつの魂が宿されている。
身体の所有権はもちろん、身体との繋がりの影響もあって奈緒に一任されている。
だが、奈緒が身体の所有権を龍斗に移すことを受け入れたとしたら話は別だ。
龍斗は一時的に奈緒の身体を借りて現世へと顕現し、少しの間は好きに動くことが出来る……らしい。

らしい、というのは理論上の話だ。
しかも龍斗の仮説が正しいことが前提の上で、しかも何が起こるのか分からない。
下手をすれば今後一生、奈緒と龍斗の立場が逆転してしまう可能性すらあることを踏まえたうえで。

(さあ、どうす……)
(よし、龍斗に任せたよ)
(決断、早っ!)

翡翠の瞳の持ち主である奈緒は、呆気なくその申し出を了承した。
背に腹は変えられないのが現状だし、幼馴染の龍斗を疑うようなことはまったく考えなかった。
例え今後一切、龍斗に身体を奪われることになっても別にいいや、というのが奈緒の偽らざる思いだった。

「いや、龍斗に任せるか、このまま僕が戦ってボコボコにされた挙句、身包み剥がされるか、って考えたら……」

答えは一瞬で出た。
二人の立ち位置はこれからも変わらない。
荒事は龍斗が、考え事は奈緒が担当すればいい。これはその延長線上に過ぎない。
たった、それだけの話だった。

「ああん? なにぶつぶつ言ってやがる!」
「けっけっけっけ」
「なーんーかー、こーいーつー不気味だーよー」

不気味と言われて地味に傷付く奈緒だったが、それも振り払う。
問題はどうすれば所有権を龍斗に移すことができるのか、ということだが。

(で、どうすればいいの?)
(念じればいいんじゃね?)

超適当な言葉が返ってきて、奈緒は僅かに脱力した。
それでもそうする以外に選択肢はないので、眼前の小鬼たちを刺激しないようにしながら集中する。
こうしている間に狙われたらお終いだろうな、と何となく奈緒は理解した。
身体の所有権を龍斗へと譲る。その意思を身体に命じこんだ。


かしゃん、と撃鉄を降ろしたような音がした。


変化は絶大だった。
奈緒の意識は瞳という伝達信号から解放され、彼の意識は宙を舞った。
うわ、と驚く言葉もろくに出せなかった。
イメージ的には本当に憑き霊のようなものだ。奈緒の身体を基点として、その周囲を見渡すことが出来る。

(か、身体の切り替えは変わったみたいだけど……龍斗ー、そっちは大丈夫?)

細々と声をかけてみる。
奈緒の身体の今の持ち主は龍斗だ。
彼は久しぶりの人間の身体の感覚に、絶叫にも似た歓喜の声を上げる。

(うおっしゃあああああああああっ! これで勝てる!)

龍斗は奈緒の身体を借りたまま、そっと右手を開いたり閉じたりを繰り返している。
やがて、奈緒の童顔が獰猛に口元を歪めた。

(なるほど、いい感じだぜ……実際の四割ってところか)
(何が四割?)
(実力。元の俺の身体と比較したら、だいたいそんな感じ)
(……低っ!)

遠まわしに運動不足を指摘されたようで、奈緒は落ち込むジェスチャーをする。
確かに元の龍斗の身体は百七十センチを超えているし、腕のリーチも奈緒に比べれば長いだろう。
だが、その四割で問題ないらしい龍斗は、不敵な笑みを浮かべて言う。

「雑魚が雁首揃えて出てきやがって……俺の経験値になるか、ああ?」

野性的な声に驚いたのは小鬼たちだ。
童顔な少年からは想像できない言動に加え、もっとも印象深かったのはその瞳。
先ほどの気弱そうな翡翠色の瞳が、強気を示すように紅蓮へと変化していた。
奈緒の瞳の色ではなく、鎖倉龍斗本人の紅の瞳だった。

「な、なんだこいつ……急に目の色が変わりやがって……」
「け……けっけっけっけ!」
「さ、さっきーよーりー、こーわーいぞー?」

龍斗から見て右側。
紅蓮の瞳に怯えた小鬼の一体が、心情を示すように僅かに一歩下がった。
それを好機と見た龍斗が真っ先に動いた。

「……おー?」

棍棒を持っていた小鬼の一体が何か反応する前に、勝負は終わっていた。
地面を強く踏み込み、掌でそいつの胸を強く突く。接触の瞬間に僅かに手を捻り、強烈な一撃へと変貌する。
布地の上から直接叩き込まれた掌の衝撃で、小鬼の一体が引っ繰り返る。

「寝てろや、間抜けが」
「がべっ!?」

倒れた小鬼の顔を容赦なく、龍斗は体重を込めて踏み付けた。
それで一体は何の抵抗もすることなく、気を失った。
突然の反撃に黙ってられなかったのは残りの小鬼たちだった。怒りと驚きの二つの感情を内包したまま叫ぶ。

「てめえ、抵抗……」

流暢な日本語を話す小鬼は、最後までその言葉を言うことが出来なかった。
龍斗は先ほど打ち倒した小鬼が持っていた棍棒を拾い上げると、目にも止まらない速さでそれを振るった。
空気を巻き込む音を認識した瞬間、仲間の小鬼が醜い悲鳴を上げて倒れた。
正確無比な棍棒の先端が、小鬼の喉を的確に突き上げた。

「する気……か?」
「ぎっ、ひ、がっ……!?」

呼吸困難に陥った小鬼は、やがて気絶して動かなくなった。
残りはリーダー格と思しき流暢な日本語を話す小鬼だけだ。不意打ちで倒せるのは二体までだった。
龍斗は僅かに舌打ちする。元の身体なら油断したこいつらなど、最初の動きで全員仕留めてみせたのに。

(これからは、奈緒も身体を鍛えねえとな)
(え、圧倒的だし、別にいいんじゃない……?)
(………………)
(ま、前向きに検討しておくよ)

頼むぜ、と心の中で呟いて最後の一人を注視する。
見たところ技量は他の小鬼たちと変わる様子はない。武器は斧なので殺傷力は高いが、リーチが短い。
棍棒のリーチを生かせば危なげのない戦いが出来るだろう、と思う。
だが、龍斗の目論見は外されることになる。

「テメエ……人間の癖に、生意気なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」

最後の小鬼は怒りに任せて突っ込んでくるようなことはしなかった。
彼は右手の斧に左手を添えると、言い放つ。

「<燃えろおおおおおおお>!!!」
「なっ……!?」

龍斗の表情から余裕が失われた。
小鬼の左腕を渦巻くように、何処からともなく炎の塊が顕現したのだ。
悪魔が吐いた業火を龍斗はその炎の奥に見てしまった。
紅蓮の焔は斧の周囲を取り囲み、赤く染まった鉄製の斧が龍斗の身体を切断せんと襲い掛かる。

「く、そっ……!」

自然と龍斗は炎に対して距離を取っていた。
即座に動くはずの身体が恐怖に縛られてうまく動けないことを、龍斗と奈緒の両者が理解した。
龍斗の表情が僅かに歪んだ。
一心同体だった奈緒には、龍斗の心の変化が手に取るようにわかった。

(龍斗……もしかして、火が)
(………………っ)

返事はないが、それは無言の肯定だ。
鎖倉龍斗は生前、悪魔の炎によって焼き殺された。身体は炭となってバラバラになった。
それが精神的外傷トラウマとなって、龍斗の魂に刻み付けられている。
全てを悟った奈緒が悲鳴にも似た声を上げる。


(龍斗! 切り替われッ!!)


かしゃり、と人格が入れ替わった。
龍斗の意思など関係なく、奈緒は強制的に自分の身体へと戻ることが出来た。
やはり、元の身体と本来の魂の持ち主には強い縁が結ばれているらしい。
驚きの声を上げたのは、無理やり身体を取り返された龍斗だ。

(な、奈緒!? 馬鹿かお前は、ここでお前が代わっても……!)

その言葉を奈緒は無視した。
龍斗は頼りがいのある親友で、小さい頃から一緒に過ごしてきた幼馴染だ。
彼の辛そうな顔は見たくないし、そのトラウマを刺激したくはない。

「あん? また目の色が変わった?」
「僕が相手だ」

奈緒はゆっくりと棍棒を構える。
龍斗がやっていた洗練されたものではなく、まるで素人の構えだ。
心の中では龍斗が何かを叫んでいるが、沸騰した奈緒の頭にはその声は聞こえていなかった。

また、奪われるのか。

あの悪夢の日のように。
親友に全てを押し付けた挙句、死なせてしまうのか。
そう思うと身体がどうしようもなく、自分と他人へと怒りで熱く燃え滾ってしまうのだ。

「はっ、人間風情が、調子に乗るんじゃあねえよッ!」

炎を纏わせた斧を構え、突撃してくる小鬼を迎え撃つ。
何の小細工もなく、棍棒を縦に振る。
小鬼はあまりの手際の悪さに口元を歪めると、紅蓮の斧で棍棒を思いっきり薙ぎ払った。

「あっ……!」

棍棒は呆気なく弾かれると、木製の限界を迎えて真っ黒に焦げていく。
その姿が焼き尽くされて死んだ龍斗の姿と重なった。
火花をぱちぱちと散らしながら、斧を振り上げた小鬼は哂う。次はお前の番だと言外の告げてくる。

「…………」
「死ねやあああああああああああッ!!!」

振り下ろされる炎の斧を見ても、奈緒の心は冷えていた。
心の中で龍斗の絶叫にも似た声が聞こえるが、それすらも遠かった。
自身を構成する核が、中心から末端までドロドロとした感情に染まっていった。
ただ、どうしようもなく体が熱くて。
ただ、どうしようもなく心が冷めていた。

――――――こんな炎なんて消えてしまえばいいのに。

そう願いながら、炎に向かって手をかざした。
斧を迎え撃つには、あまりにも頼りない防御だ。少なくとも小鬼にはそう見えた。
だが、奈緒の意識はもっと別のところにあった。彼の手は身を守るためにかざされたものではなかった。


「……凍れ」


変化は如実に現れた。
奈緒の左手を包み込むように冷たい風が流れたかと思うと、それは突風となって小鬼を襲う。
氷雪の風は小鬼の炎だけではなく、小鬼自身をも包み込む。

「なあ……!? ばっ、テメ……魔法……!?」

そうか。非常識オカルトはこの世界でも魔法というのか。
冷たい思考に捕らわれた奈緒の感想は、そんな冷淡なものだった。
氷の奔流は留まることなく、小鬼の生じさせた炎を掻き消し、小鬼自身をも呑み込んで行く。

「わ、ぎゃ……や、やめ」

凍っていく小鬼を見て、僅かに奈緒が笑った。
いつの間にか炎は消えていた。親友を奪った紅蓮は完全に消え去っている。
ならこれ以上、凍らせる必要はない。
敵意をそっと沈め、思考をいつも通りの冷静さへと戻していく。その途端、氷の風はあっと言う間に霧散した。

(……奈緒……お前、いま、何をしたんだ……?)
(分からない……分からないけど)

半分以上が氷漬けになった小鬼は、恐怖におののいた瞳で奈緒を見ていた。
戦意喪失した彼はこれ以上、こちらに危害を加えることはないだろう。冷静な部分でそう判断しながら、奈緒は言う。

(この世界には、魔法がある……みたい)
(お前が、それを使ったって?)
(……うん)
(そりゃあ、すげえ)

感心したように龍斗は頷いた。
龍斗は細かいことは気にしない性格なので、そんな簡単な感想しか抱かなかった。
奈緒は呆然と左手を眺めながら、その場を立ち去っていく。
小鬼たちは彼の後を追おうとはしなかった。
奈緒と龍斗の力を恐れ、彼らはその場から一歩も動けなかった。



     ◇     ◇     ◇     ◇



再び、話は今に戻る。
僕は今更ながら聞いておきたいことがあって、回想を一旦中断した。

「ていうか、アレって本当に魔法なんだ?」
「魔法よ。っていうか、存在も信じてなかったのに使うってのが非常識ね。喧嘩を売った蛮族たちが可哀想」

金髪ツインテールの女の子は呆れながらそう語った。
彼女の名前はセリナ。本当はもっと長い名前なんだけど、僕は詳しく憶えていない。
セリナは見た目は普通の女の子だが、彼女もまた人間とは少し違う。
具体的に言えば彼女の背中には蝙蝠のような翼が生えている。それが人とそうでない者の違いだ。

僕たちが最初に追い払った小鬼たち。
種族はゴブリン。名称を伝えられたとき、僕と龍斗は二人同時に納得した。
本当にこの世界にはゲームのような超展開ファンタジーが根底に根付いているらしい。僕たちがゲームの中に入ったみたいだ。

「魔法は百パーセント、才能に左右されるわ。だからあなたには魔法の才能があるの」

それも飛び切りのね、とセリナは付け足す。
この世界の住人であり、魔法も身近な手段として利用している彼女からの太鼓判だ。
何だか照れくさくなってしまうなか、彼女は説明を続ける。

「魔法は『魔族の法則』……即ち、魔族だけが扱えるものなの。魔法が使えた時点で魔族の仲間入りね」
「人間は使えないんだ?」
「使えたらそれはもう魔法って言わないわよ。まあ、中にはあなたみたいに使える人もいるんだけどね」

どうやら、僕たちが認識していた魔法とこの世界の魔法は若干違うらしい。
魔法の使える人間は魔族と同列に扱われる。
稀にそういう才能を持っていたり、高位の魔族に力を与えられたりすれば魔法を使えるようになるんだとか。

「だから、それが使えるあなたは凄いの。私たち魔族にとって、ね」
「い、いや。あのときは無我夢中というか……」

正直、あのときのことは良く憶えていない。
僕はただ親友を奪った炎がなくなればいいのに、と思っただけだ。
心の奥に冷たい霧のようなものがあって、それが炎を凍らせた。心の中を現世に具現化したようだった。
言うなればそれが、魔術を使うコツのようなものだろうか。

「まあ、私が目をつけたのはそれだけじゃないんだけどね……」
「え?」
「……何でもないわよ」

そっぽを向くセリナは何だか少し不機嫌な様子だ。
何がいけなかったんだろう、と首をかしげる。
女の子はよく分からない。

(そういやさー、奈緒)
(なに?)
(あのゴブリンたちって蛮族って呼ばれてるんだろ? 蛮族と魔族の違いってなんだ?)
(……さあ)

首を傾げるが、何となく予想は付く。
昔の日本でも蝦夷に住んでいた人たちを蔑称で呼んでいたし、中国でも異民族は様々な呼ばれ方をしていた。
多分、魔族の中にも高等や下等、もしくは差別にも似た何かがあるんだろう。
セリナは彼らゴブリンを蛮族と呼び、自らを高貴なる魔族と呼んでいた。
傲慢にも感じる一言ではあったけど、確かに彼らに比べれば目の前の少女には気品が感じられる。

「で、その後でセリナと出逢ったわけだけど」
「ええ。そこから先は知ってるわ。時間帯を逆算すると、私と逢ったのはその数時間後でしょう?」
「う、うん。でも一応、その数時間の間にも少しゴタゴタがあったんだよ?」
「ええ、知ってるわ。そこは一部始終、私は見てたから」

ええー、と思わず僕は声を上げてしまう。
最後に僕が語ろうと思っていたゴタゴタは、ゴブリン三人組なんかよりももっと危険なものだったのに。
今更ながらの暴露カミングアウトに文句のひとつも言いたいところだが、当のセリナは涼しい顔だ。

「じゃあ、何となくあなたたちのことは分かったわ。色々と納得できないところはあるけどね」
「龍斗のこととか?」
「それ以前として、別世界から来ましたってところからよ。まあ、私からすればあなたが何者だろうと、別にいいわ」

セリナはそんなことは些細なこと、として話を別のところへと置かれる。
僕たちにしてみればセリナの存在自体も十分に有り得ないのだけど、それを言ったらさすがに失礼だから言わなかった。
彼女もまた炎使いだからだ。
不用意な言葉で怒らせて炎を出されると、敵対という意味で行き着くところまで行ってしまうかも知れない。

「じゃあ、次は私のことを話しましょうか。聞きたいことはあるかしら?」

不敵に微笑みながら、挑戦するような瞳を僕に向けながらセリナが言う。
まるで品定めをする視線にも見えて僕は尻込みしてしまう。
そんな中、僕の中の悪魔が囁く。

(スリーサイズ、詳細希望)
(やあ、僕の中の悪魔。君は本当に悪魔だね、二回目だから牢獄行きだよ)
(ちょ、おま……ぎゃああああああっ、牢獄が降って来たあああああっ!!!)

悪魔りゅうとを禁固一時間の刑に処し、改めてセリナの言葉について吟味する。
彼女の事情を知らなければならないだろう。
何処から話してもらおうか。それを考えながら、言葉を選んで僕はセリナへと話しかける。

「えっと、セリナのことを知りたい。君は何者なのか、とか。君はどんな人なのか、とか」

それと、これがある意味で一番大切な質問。

「どうして……その、えっと。僕に『夫になれ』なんて言ったのか、その目的を」

意識して思わず顔を赤くしてしまう。
セリナは美人だ。可愛らしい顔つきだし、気品もある。
僕らの教室にいたなら高嶺の花として扱われていたに違いない。そんな女の子が僕に向けて言った言葉がある。


『ねえ、あなた。私の夫になりなさい』


うん、意味不明だ。すごく理解不能だ。
僕なんかにいきなりそんな言葉をかける人なんてロクなもんじゃない。
だからきっと理由があるはずだ。それはきっと彼女が抱えている事情にも通じているに違いない。
セリナはその質問こそが本題だったのか、満足そうに頷いた。

「そうね、話しましょう」

まるで物語を朗読する語り部のように厳かに。
同じくらいの年頃の少女が威厳と気品を漂わせ、静かにそれを語り始める。
彼女自身のことを。

「魔族の中にも家柄があってね。人間のほうでも同じなのよね、貴族ってナオは分かるかしら?」
「うん、もちろん」
「位としては王族、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵。まあ、後は平民たちが九割。これも同じかしら?」

同じように僕は頷いた。
中世のヨーロッパ辺りの貴族制度だったか。
そういえば悪魔たちの中にも貴族という制度が確立している、という伝説が残っていた。
魔界レメゲトンでもきっと同じようなものなんだろう。そして何となく目の前の少女が何者であるかを理解した。

「セリナも、王族か貴族なんだね?」
「……ええ。私はエルトリア公爵家の一人娘、セリナ・アンドロマリウス・エルトリア」

セリナは改めて自分を紹介するが、そこで表情を苦々しくする。
僅かに、などというほどではなかった。本当に悔しそうな、悲しそうな表情を彼女は見せていた。
そしてゆっくりと彼女は首を振ると、自分の立場を言い直した。


「元、公爵家。私は没落貴族の一人娘なのよ」


そうして、彼女はゆっくりと語りだした。
時間を再び巻き戻そう。セリナが僕たちと出逢う数時間前まで。





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