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嘘つき騎士

作者:トロ
 おばあちゃん、おばあちゃん!聞いてほしいことがあるんだ。

 あのね、外に行ったら男爵さん家の女の子が皆から苛められてたから僕助けてあげたんだ!弱いもの苛めはよすんだ。じゃないと僕が許さないぞってね。

 苛めっ子逹は一杯いたからね、怖かったけど僕頑張って助けたんだ。それなのにね、その女の子はとってもひどいんだよ。

 苛めっ子逹をやっつけて助けてあげた僕にね、泣きながら、嘘つき騎士様ありがとうございますっていうんだ。

 ありがとうは分かるけど、僕、嘘なんてついてないんだ。なのに嘘つきなんて言われたんだよ。酷いよねぇ?

 うふふっ、坊や、酷くなんかないわ。むしろ良かったじゃない。あなたは立派なことをしたのよ。おばあちゃんは誇りに思うわ。

 良くないよ!僕は嘘つきなんかじゃないんだ。それにおばあちゃん、僕はこっちだって。

 ごめんなさいねぇ、今そちらに向き直りますよ。よっこらせっと。

 それにしても坊やは、もしかして嘘つき騎士様のお話を知らないのかい?

 ……?なにそれ知らないよ。

 そうかい、そうかい。大層有名なお話なんだけどねぇ。それじゃあ、おばあちゃんが坊やにお話してあげましょうか。

 それはね、むかーし、むかしのお話よ。

 まだ、坊やが生まれて来てないくらいずうぅっと前のお話。

 ある王国にね、盲目のお姫様がいらしたの。

 そのお姫様はね、確かに目が見えないお姫様。だけれども、それはそれは大層美しいお方でねぇ。

 その美しさは、まるで、お花さんのよう。いつも、窓際で見えない目で鈴蘭の花を見ていたからついた名前は鈴蘭姫。

 誰もが、彼女の魅力に陥ったわ。隣国の王子様達からは毎日のように、求婚されていたそうなの。

 いいえ、王子様からだけじゃないわ。清楚にして可憐。そんなお姫様は当然、自国の騎士達からも大人気。

 何人もの腕に自信の有る人達が、大勢名乗りを挙げたそうなんだけどね……。

 そのお姫様は、誰一人として近衛騎士には選ばなかったの。

 正確には一人を除いて――だけどね。

 そんな誉れある騎士の名前は嘘つき騎士。

 数十年たった今でも、王国第一の嘘つきと呼ばれるお方よ。

 えぇ?おばあちゃん。嘘つきなのに騎士になんてなれるの?

 いいえ、普通ならなれないわ。それに、彼が嘘つき騎士なんて呼ばれるのは、彼の死後からのお話よ。そうはいっても、その騎士様は当時から嘘つきだったんだけどねぇ。

 うふふ、でもそんな彼はお姫様の唯一の近衛騎士だった。なんてったって彼は特別だったのよ。

 その理由はね、彼は幼なじみだったの。正確にはお姫様の世話係ね。たった一人の。

 小さな頃から一緒に遊んでいた二人は大の仲良し。だから、大人になっても彼だけがお姫様をお守りすることを許された。

 そんな騎士様が、嘘をおつきになり始めたのはまだ二人が幼いぐらいのときのことでねぇ。

 それは、全部しょうもない嘘よ。空にはでぇぇっかい花が咲いてるだの、ミミズは体長3mの怪物だのとねぇ。下らない嘘ばっかしさ。

 その騎士様の性格は誠実にして謙虚。常に努力を怠らない立派なお方だったのよ。でもね、彼は下らない嘘を一杯ついた。

 うふふ、不思議でしょう。実はね、彼が嘘をつき始めたのには理由があるのよ。

 それはね、目が見えないお姫様が、ある日泣きついちゃったの。幼なじみの騎士様にね。

 騎士様、私真っ暗ってとっても怖いわ。一人は怖いの。どうにかして私に、外の景色を見させてもらえないでしょうかってね。

 それを言われた騎士様は大困り。

 だってお姫様は盲目なのだもの。外の景色なんて見える筈ないでしょ?

 だからね、騎士様は必死に考えたの。

 どうやったらお姫様に外を見せてあげられるんだろうなってね。

 結局、騎士様の出した答えは簡単な話。

 彼は毎日、自分が実際に体験したことをお姫様に話して挙げることにしたのよ。

 そしたら、それは大成功。お姫様は大喜び。次第にお姫様はどんどん新たなお話を求めてったわ。

 最初はね、励ましてくれるようなお話だったのよ。毎日、毎日、お姫様の雰囲気に合わせてお話をしてくれるの。

 そんなお話の中でもお姫様の大好きなお話は鈴蘭のお話。

 ある日騎士様はいくつかの鈴蘭を持ってね、お姫様の手にそおっと押し付けるの。

 お姫様、これが鈴蘭ですってね。

 所で坊やは鈴蘭を知っているかしら?

 うん、知ってるよ!この国の騎士様の胸についているお花でしょう?あの、頭が下がっているやつ。あっほらそれだよ!おばあちゃんの窓に飾ってあるやつ!あれが鈴蘭でしょう?

 そうよ、それが鈴蘭だわ。綺麗なお花でしょう?私、見えなくても分かるのよ。

 えぇ!?僕こんな花嫌いだよ。弱そうじゃないか。僕は薔薇みたいなおっきくて強そうな花が好きなんだ。

 うふふ、そうねぇ。確かに薔薇はつよそうねぇ。正義感の強い坊やにはぴったりのお花だわ。

 でもね、坊や。おばあちゃんは鈴蘭の方が好きだわ。ちゃんと理由があるのよ。

 鈴蘭は何で頭が下がっているのか坊やはわかるかしら?

 うーん、そんなの分かんないよ。気弱なのかなぁ。こんなに弱そうなんだもん。きっと周りが怖いんだよ?

 えぇ、普通はそう思うわよね。この鈴蘭はとおってもひ弱なお花よ。見かけだけで見たらね。だから、騎士様は全く違うことを言うのよ。

 姫様、鈴蘭の頭が下がっているのはお分かりになられますか?

 ……、えぇ分かるわ。なんだか気弱なお花なのね。まるで私みたい。

 そうですねぇ、お姫様。本当にあなたに似ていらっしゃる。

 ええ、そうよね。こんなお花私にぴったりだわ。ごめんなさい、騎士様。私、わがままなんて言ってしまって。私がお外を見れる筈なんてないんですよね。

 ハハハ、お姫様。落ち込みなさるな。なにも、私は悪いなどと言ってはおりませんというのに。

 確かにね鈴蘭は見掛けだけ見れば貧相なお花です。見掛けだけ見ればね。だけどね、姫様。この花、こんなひ弱で可愛らしい外見をしているくせに実は毒があるのですよ。毒がね。不思議でしょう。

 だからね、姫様。私は思うのです。鈴蘭は気高き花だと。この花はどんなに落ち込んで頭を垂れてしまおうとも決して負けたりはしないんです。どんなに辛いことがあろうとも芯では戦っているのです。

 だから、姫様にはぴったりなお花だ。あなたは自分の目が見えないというハンデに確かに頭を垂れてしまっている。

 でもね、姫様は外を見たいと言いなさった。自分の運命に抗おうとなさった。あなたがご相談になさった時、私はどんなに嬉しかったことか。


 確かに、世の中は辛いことばかりかもしれません。お姫様は目が見えないし、身体が弱い。あなたは一人では何もできない時があるかもしれない。そんなときは私に相談してください。私は姫様が望むのだったら何度でも支えてあげあすから。

 鈴蘭だって一人じゃ頭をあげられないけど、ほら!手を添えてやるだけで簡単に起き上がった。

 だからね、お姫様。目が見えないことを悲観しないでください。たまには頭を垂れたっていい。私が何度でも支えてあげますから。姫様は立派に生きれるお方だ。とっても気高いお方だ。

 もう一回いいますよ?

 だからね、姫様にはぴったりなんですよこの鈴蘭がね。

 そうしてね、翌日からお姫様は窓に鈴蘭を飾るのよ。毎日、鈴蘭を触るようになるの。うふふ、面白いお話でしょう。

 それからもね騎士様は、いぃっぱいお話をしてくれるのよ。

 そのお話も次第に元気になっていったお姫様に合わせて笑い話になっていくのよ。

 騎士様も騎士様でね、お姫様があんまりにも嬉しそうに聞くもんだからね、沢山話たくなっちゃう。

 でも、ついにはお話がつきちゃうの。だって、日常にそんな変わったことなんて起きないもの。

 それでも、お姫様の笑顔がどうしても見たくなった騎士様はね次第に嘘をつき始めるのよ。

 面白おかしくね。

 やれ、ニンジンは悪魔の食べ物だの、やれ、森にはでっかい猪がいるだのね。

 でも、段々よ。本当に、段々とね、お話はエスカレートしていくの。

 やれ、空をとんだだの、やれ、龍を倒しただのってね。

 それでも、お姫様は大喜びよ。だって、本当に色が見えてるみたいなんですもの。騎士様のお話を聞いているときはね。それこそ、彼女の毎日の楽しみが騎士様のお話を聞く事になっちゃうくらいにね。

 そうやって何回も何回もお話をしているうちに、騎士様は周りから嘘つきって呼ばれ始めるのよ。

 それが嘘つき騎士って名前の由来?

 いいえ、違うわ。そのあとにね、彼はもっと重大な嘘をついてしまうのよ。そうねぇ、大きな大きな嘘よ。

 それは、どんな嘘なの?すっごく気になる。

 うふふ、坊や。良い子だからもう少し待っておくれ。物語はまだまだ続きますからねぇ。

 そしてね、そんな状態のまんま、月日を経て彼らは大人になるの。ほとんど昔のまんまね。違うといえば二人の気持ちぐらい。

 ずうぅっと一緒に育った二人はね、恋に落ちちゃうの。いつからか、分からないくらい自然とね。

 でも、これはいけない恋だから。絶対に許されない恋だから。

 それを何よりも理解していた騎士様はある時お姫様に黙って止めちゃうのよ。専属の近衛騎士をね。でも、そうでもしなければ胸の思いを忘れられなかったの。だから、自分の張り裂けそうな気持ちをギュッて胸にしまって立ち去るのよ。

 それを知ったお姫様は大層お悲しみになられたの。ずぅぅっと部屋に引きこもってしまうのよ。大好きな鈴蘭を触りながらね。でも、お姫様も分かってたのよ。このままじゃいけないってことはね。だから、堪え忍ぶの。芯は強く、芯は強くってね。

 えぇー、何で騎士様は諦めちゃうのさ。もったいないよ。だって二人はお互いに好きなんでしょ。だったら、すぐに付き合っちゃえばいいのに。

 そうね、それなら全部丸く収まって良かったんだけれども……。

 残念ながらね、そうはいかないのが貴族の社会なのよ。

 何よりも、身分というものが大切でね、一介の騎士と一国のお姫様じゃ釣り合いがとれないの。

 途方もないくらいにね。
 それでも、お姫様は騎士様のことが諦められなかったのかねぇ。

 いけないって思いつつも、次々に舞い降りてくる縁談を全部蹴っていっちゃうのよ。なぁんにも読まないでね。

 でもそうやって、縁談を断っていったからさぁ大変。ある日、隣の国の王様が怒ってしまうの。

 何で、私の縁談を断るのだ!ってね。

 その王様は悪い王様。なんだって思い道理にいかないことは大嫌い。どんなことだって力ずくで解決しちゃうような王様なのよ。

 そうしてね、怒っちゃった王様はすぐにお姫様を奪ってしまおうと、国を挙げて攻め込んで来るの。たった一人のお姫様を掛けた戦争が始まってしまうのよ。

 こんな、戦争なんてお姫様が隣の国の王様に嫁いでしまえば済む話。

 だけど、隣の国の王様は悪い王様って有名だったから、この国の人達も、隣の国の人達も、そのまた隣の国の人達も立ち向かったのよ。

 姫様を渡すもんかってね。

 なんてったって、お姫様は美しいお姫様。誰もが思いを寄せるお姫様。だから、この機会に団結して悪い王様を皆で倒そうってお話になったのよ。

 でもね、結果は大惨敗。
 悪い国の王様はね、とぉっても強かったの。

 いくつもの国が束になっても勝てるくらいにね。

 そして、遂には戦乱の火の粉がお姫様の住むお城にまで押し寄せるの。敗北の危機だわ。

 国が負けるっていうことは、つまり、お姫様をとられちゃうってことなの。

 だから、この国の王様。つまり、お姫様のお父さんは迷いに迷った挙げ句、一つの決断を告げるのよ。

 それは、お父さんとしては100点満点。だけど国王としては0点の決断。

 お姫様を逃がす事になったの。どうせ負けるなら、どうせ娘をとられてしまうなら。ってね

 幸い、反論する人はいなかった。皆もお姫様に生きていてほしいと望んだからよ。

 だからね、お姫様は逃げるの。護衛の騎士をたった一人つれてね。

 もしかしてさっきまでの騎士様?

 そうよ。お姫様達は二人で逃げるの。笑っちゃう話でしょ。王様はね、最初っから全部知ってたのよ。二人の間に生まれた感情のことなんて。

 だから、二人で逃げさせるの。お姫様が幸せになれるように。二人の愛に邪魔が入らなくなるように。

 そして、いよいよ始まると言われた決戦の前夜。ついに、お姫様達は逃げ出すの。生き残りを掛けた逃避行。二人の愛の逃避行。

 大きな馬に乗って草原をかけるのよ。たった二人でね。ロマンチックでしょう?

 騎士様はお姫様を、お姫様は騎士様をギュッと抱き締めてるの。久しぶりの再開。素直に思いを打ち明けてしまってもいい状態。まるで二度と離れはしないっていうみたいにね。

 確かに、危ない道中よ。いつ死ぬかもしれない。常に恐怖があるの。でも、お姫様が逃げ切れれば悪い王様も戦争は止めるし、騎士様とも結ばれる。

 だから、心は満ち足りていたの。だから、二人は一生懸命逃げるの。

 この気持ちが邪魔されない所まで。戦乱の火が消えてしまうところまで。そして、二人の愛に身分が及ばなくなるところまで。

 必死に、必死に走るのよ。

 だけどね、現実はそんなに甘くはないの。それはね、まるでお姫様は目が見えないように。騎士様にとってはお姫様が一番大切であるというように至極当然にね。

 お姫様の国にはね、密偵がいらしたの。その密偵は悪い王様に彼らのことを告げちゃうのよ。王様、二人が逃げ出しました。捕まえるなら今ですってね。

 そうして、悪い王様はすぐに兵を出した。みぃんな戦争に駆り出されていたから少数の自分の近衛騎士たちを駆り出してね。

 二人の前に、どんなに逃げても追ってくる軍勢。

 逃げる時間が増す毎に敵と戦う騎士様の傷は増えていくのよ。

 それでも騎士様は頑張るの。大好きなお姫様を守るため。以前は言えなかったこの思いを今度こそ伝えるために。

 そんな思いを込めた、彼は強かった。何人も何人もの相手を倒していくのよ。次々と次々とね。

 その様は、まるで英雄さんみたい。

 その時、お姫様はそう感じてたの。

 でも、実際は違う。騎士様は度重なる戦いで傷がどんどん増えていったわ。疲労も重なった。戦って、戦って、戦って。傷ついて、倒して、切りあって。

 それはもう、鎧が血で真っ赤っかになるぐらいまでね。荒くなる呼吸音。痛む切り傷。出血による吐き気と頭痛。

 それでもね、どんなに辛くても騎士様は弱音だけは吐かなかった。

 だってばれちゃうじゃない。声に出しちゃったら。

 黙ってればばれないのよ。なんてったってお姫様は盲目なんだもの。傷付いた騎士様の姿なんて見える筈がないわ。

 だからね、愛しい人を少しでも心配させないように騎士様は必死に息を止めるの。ギュッとお姫様を支えながらね。

 そうやって、二人は果てしない距離を逃げるのよ。だけども長くは逃げ切れなかった。お姫様の体力がね限界を迎えちゃうの。

 だって、外に出たことがないのよ。ましてや、慣れない馬の背中。何日も動き続けていたら疲労で動けなくなっちゃうわ。

 そこで、行き詰まってしまった騎士様はある決意をするの。

 逃げるのを止めて隠れることにするということをね。

 それはとっても危険な掛け。でもそうするしか方法は無かったの。

 幸い、隠れる場所は直ぐに見つかったわ。それは、ある洞窟の横穴。

 騎士は疲れきったお姫様にね、そこで待っているように促すのよ。

 姫様、ここで少々お待ちください。私が外で敵を引き付けます。

 ダメよ!そんなことしたらあなたが死んじゃうじゃない。

 なぁに心配要りますまい。私は、王国最強の騎士にして歴史上唯一の剣聖と呼ばれた男。たかが数十の敵ごときに遅れはとりますまい。必ず戻って来ますゆえ、安心してごゆるりとお待ちください。ってね。

 生きて帰る……そんなことなんてあり得ないのにね。

 えっ?なんで?

 言ったでしょう。彼の名前は嘘つき騎士。彼の嘘は姫様の目。彼の剣は、姫様を守る最後の盾。

 彼の嘘はお姫様にとって本当であっても、それは、所詮嘘に過ぎないの。実際には勝てる筈がないわ。

 だから、それは姫様を安心させるためだけの――嘘。

 自分は姫様を守るために囮になるつもりだったのよ。

 そうして、注意すべきことを告げた後、直ぐに騎士様は走り出すの。囮になるためにね。やっぱり、その胸に好きという感情を秘めたまま。

 でもね、騎士とは、愛する人を守るための存在。本当は、胸の思いをさらけ出してしまいたかった。悲しい思いはあった。それでも騎士様は走るのよ。大好きなお姫様が少しでも長く生きられるように。愛しい人が少しでも幸せにいられるように。

 すぐに敵には見付かった。一気に正反対の方に走り出すの。

 そこからはね、血で血を洗うような戦い。

 騎士様は少しでも敵を減らそうと必死に戦ったわ。

 何人も何人もたった一人で相手するの。愛する人のために。

 途方もない時間だったわ。

 敵を切って、敵に切られて。

 腕を失って、腹を切られて。

 くじけそうになって、立ち上がって。

 彼は戦うの。騎士という使命のために。

 そしてね、奇跡は起こるの。

 彼は辺りにいた敵兵を倒しきるのよ。何時間も何時間も掛けてね。代償は彼の命

 それは、壮絶な最後だったらしいわ。

 手足はぼろぼろ。体は血まみれ。

 元の人物が誰なのか分からないぐらいにけがを負っているの。

 本来ならそれで終わる筈だった。

 だけど、騎士様は最後の力を振り絞って姫様のいる洞窟に向かうの。最後に約束を守るために。帰ってくるっていう約束のために。騎士としての使命のためにね。

 彼の使命は終わってないの。だから、死んじゃだめ。例え、その姿がどんなに薄汚い肉片になろうともね。

 身体は鈍重だわ。たった一本の手と足で体を引きずるようにして洞窟に向かうの。約束まで後少し。お姫様を守りきるまで後少しってね。

 ドシャ、ドシャ、グシャリ

 それは、騎士様が洞窟にたどり着いた音。
 肉片になった彼が果たす最後の使命。

 そうね、そこで騎士様は生涯最後の……いえ、最後から二番目の嘘をつくのよ。

 そうねぇ、その嘘は何に対してかしらね。彼のお腹に刺さっている槍のことかしら?彼の肩を貫く矢の話かしら?彼の足を切り裂いた剣の話かしら?

 ―――いいえ、違うわ。彼はね彼の死に対して嘘をついたのよ。

 騎士様は、優しい、けれども力強い声で話し掛けるの。

 ただいま、姫様ってね。


 騎士様が帰ってきたことが嬉しかった姫様はそりゃぁもう大喜び。

 凄いわ!皆倒しちゃうなんて!やっぱりあなたは、最高の騎士よ!ってね。

 皮肉な話だわ。だって盲目のお姫様には見えないんですもの。騎士様の身体から溢れ出す血のことなんてね。

 そうやってお姫様は何も気づかないまま。騎士様は全身が傷付いたまま。二人は助けが来るまで一緒に語り合うの。外見とは完全に正反対なお話。希望に満ちたお話に花を咲かせるの。

 これからのこと。未来のこと。そして、二人のこと。

 そんなことを楽しそうに話すお姫様にね、血の通っていない騎士様もそれはそれはもう楽しそうに相槌をうつの。

 大袈裟過ぎるくらい元気にね。

 失いそうな意識と戦いながら必死に相づちを打つのよ。今死んだらいけない、姫様が怖がってしまう。私の使命は姫様を守ることなんだって何回も心に言い聞かせながらね。

 彼は、その胸に秘めた思いと気力だけで自分の意識と戦うのよ。

 そうして、時は過ぎていく。次第に口数が少なくなっていくお姫様に騎士様がここで初めて話掛けるの。

 味方が迎えに来たのようですね。ってね。

 お姫様達が襲撃されていることを知った王様逹が彼女逹のことを追ってきてくれてたのよ。

 でもね、それが意味するのは彼の使命の終わり。

 使命が終われば、もう嘘をつく必要はないのよ。だから、騎士様はただの肉片に戻ってしまう。

 でも、姫様は生きて帰れるから。もう自分の役目は終わったから。だから、最後の最後で自分の意識を保つために必要だった頑丈な紐を解いてしまうのよ。ずうっと胸に隠してきた思い。

 好きです。お姫様ってね。

 傷だらけの体と、切り裂かれた喉じゃ何にも伝えられない。

 だから、力の入らない右手でなんとか姫様の顔を捕まえると耳元で彼にできる限り大きな声で囁くのよ。可笑しな話よね。死んでる筈なのに、もう溢れ出す血はないのに、涙は止まらないんですもの。

 好きです。それは、長らく秘めた思いを伝えきるには些か短すぎて……でも騎士様の思いを表すには端的な言葉。だから、止まらない涙で何回も何回も呟くの。

 好きです、好きなんです姫様。

 ずうっと好きでした。

 あなたのことを愛しているんです。

 私は姫様に恋をしているんです。

 出来るなら、あなたとの未来を刻みたかった。

 共に歩みたかった。

 姫様、愛してるんです。あなたのことを。

 世界中の誰よりも。

 ってね。

 そしてようやく彼の手が力なく落ちる。



 最初は彼の愛の告白に満面の笑顔になったお姫様もそこまでいって初めて騎士様の傷を悟るの。

 そして、お姫様はね、崩れ落ちる彼の身体を急いで抱き締めて、微かにしか聞こえない呼吸音に涙して、手を濡らす血に唇を噛み締めて……身分に隔てられた二人の唇はようやく重なり合うのよ。

 ロマンチックには程遠いキスだわ。

 初めて重なり合うとは言えないほど、激しく、激しく互いの唇を貪り合うの。

 まるで、生命の炎を燃やすみたいにね。

 もう喋れなくなってしまった騎士様のために二人は最後の会話をキスでするのよ。

 そうやって、長い長いキスを経て、やぁっと唇を離す。

 二人の唇を結ぶ綺麗な、綺麗な透明の橋はね、ツツゥと伸びて、最後にはプツンと切れてしまうの。そしてね、儚くも地面に落ちるのよ。

 冷たくなった騎士様の身体と一緒にね。

 これで彼の嘘は終わり。使命を果たした彼はもう動かないの。

 本当に永遠にね。

 そして、迎えがそこで丁度たどり着くのよ。

 ようやく、姫様は実感するのよ。今、自分の唇を濡らしているのは彼の唾液。だけれども、彼はもう生きていないんだってね。

 戦争の方は、結局、お姫様達の探索に近衛騎士たちをを使っていた悪い王様は本陣を蔑ろにしちゃってやっつけられちゃったみたい。悪い王様にはお似合いね。呆気ない最後だったらしいわ。

 これで嘘つき騎士のお話は終わりよ。


 ……なんか、僕納得がいかないよ。
 なんだか、悔しい。すっきりしないんだ。

 確かに、そうだねぇ。本当に騎士様は残念だったわぁ。でも、いいじゃない。最後には愛するお姫様と結ばれることが出来たのよ。大きな大きな障害を乗り越えてねぇ。

 これ以上、騎士様は何を望むというのかしら?

 そんなの嘘だよ。だっておばあちゃんだって泣いてるじゃないか。

 それにね、それにさっきいってた騎士様のついた最大の嘘って自分が死んだことに対して嘘をついたことなの?それで、皆から嘘つき騎士なんて呼ばれているの?

 そんなのって酷くない?

 だって騎士様はお姫様のために自分の死に対して嘘ついてでも頑張ったんだよ。苦しくても、倒れそうでも、ただお姫様のために。


 それなのに、それなのに、嘘つき騎士なんて皆からいわれちゃうなんて……。悲しすぎるよ。

 うふふ、いいえ違うわ。……違うのよ。騎士様がついた最大の嘘は死んだことに対してじゃないわ。少なくともおばあちゃんはそう思ってるの。それに嘘つき騎士は不名誉な称号じゃないのよ。

 えっ?それってどういうことなの?

 後にね、騎士様の死を改めてお知りになったお姫様は大層お泣きになられたわ。

 三日三晩ずうぅぅっと泣き続けて涙が枯れて、喉が枯れちゃって、後悔して。そのあとに騎士様と最後のお別れの日が訪れるの。

 火葬の日よ。

 参列には王様から宰相から執事からメイドから騎士から、たぁくさんの人達がズラリと並んでいるの。

 そんな中でね鈴蘭でいぃっぱい囲まれた棺の中に眠っている騎士様。

 そんな彼の棺にね、お姫様は杖を付きながらひっそりと近づいてね、やっぱり鈴蘭みたいに頭を下げながら騎士様の棺に寄り添って最後のお別れを呟くのよ。閉じられた瞳からは大粒の涙をこぼしながらね、

 嘘つき、嘘つき

 ってね。

 ……?

 嘘つき、嘘つき。

 騎士様は大嘘つきです。

 だからね、死に行く騎士様に最後の称号を与えます。その名は嘘つき騎士。

 あなたは、私のために嘘をつき続けた偉大な騎士。

 死んでも死なずに私を守ったあなたへと贈る最高の名誉。

 騎士様。私、そんな騎士様に最後に言いたいことがありますの。それは、あなたにこの称号を贈る最大の理由にして、私の最後の思い。

 それはね、騎士様の最後の言葉ですわ。世界中の誰よりも愛していると、確かにあなたは仰りました。

 あなたの最大の嘘はそれですわね。なんてたって世界中で一番なんて甚だ馬鹿らしいんですもの。

 だってね……



 一拍。それは、盲目姫としてはあまりにも大きな声。鈴蘭姫としてはあまりにも品がない叫び声で。





 だって私の方が騎士様のことをもっと愛しているんですもん!騎士様は大嘘つきに決まってますわ!

 ってね。





 だから、だからね……




 嘘つき騎士とは名誉の証。
 死んでも守る。それを実演した騎士に贈られた最高の称号のことなのよ。


 ねっ坊や。かっこいいでしょ?


 うんっ!




 嘘つき騎士 終わり。
あたしもそろそろ寿命なのかねぇ。

あなたが死んでから60回も鈴蘭は花を落としたの。だけれどもね、結局一度も頭をあげてくれなかったのよ。鈴蘭は一人じゃ駄目なのよ。

あたしがねぇ、あたしが、死んであなたのもとに行ったら、鈴蘭をもう一回支えてください。

そうしたらね、私ももう一回頑張れるから。生まれ変わって争いも身分もない時代に行くの。またあなたとキスするためにね。

ねぇ騎士様。今度は嘘は付かないで下さいね。

今でも愛してますから。

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