旧友2
すみません、遅れました
翌日、大和はディメンジョンの開店少し前に到着した。そしてそこには一台のリムジン。
「千華か?」
リムジンが気になりながらも、駐車場を横断し、店の前へと向かう。店は、明かり自体はついているものの、扉の鍵は締められており、まだ開店していないことを示していた。
それを確認して、ポケットから携帯を取り出し、時刻を調べる。八時十分前だ。そろそろ他のメンバーも到着するだろうと思っていると、停まっていたリムジンのドアが開く。
「よう、やっと来たか」
出てきたのは、千華ではなく和馬だった。
「なんでお前がリムジンから?」
「わたくしが乗せて差し上げたのですわ!」
和馬に続いて降りてきた千華が、縦ロールを朝日に輝かせながら、高らかに笑う。
「ちょっと早く来すぎてさ、停まってたリムジンが気になって見てたんだよ。そしたら窓が開いて千華さんが出てきたからビックリしたわ」
千華のリムジンは、全ての窓にスモークが掛けられており、中を覗くことは出来ない。よくヤクザが乗っているような車と同じだ。なので中に人がいても、エンジンが止まっていると気付かないのである。
「リムジンに惹かれるのは庶民の性! その望みを叶えて差し上げるのは、ノブリスオブリージュですわ!」
「いつから千華は貴族になったんだ……」
「まあ、俺は楽しかったからよかったけどな。っと、本命が到着したみたいだぞ」
三人で話している間に、ちょうど八時になる。それとほぼ同時に、澄と佳奈美が現れた。
「師匠おはようございます」
「先輩たちおっはよー」
二人の挨拶に三人がそれぞれ返し、結局リムジンの近くに全員が集まった。
「千華さんは相変わらず凄いリムジンだね!」
「当然ですわ! わたくしにふさわしい車はリムジン以外にありえませんわ!」
その言葉に、全員が苦笑する。しかしあながち否定できないのも事実だ。金髪ツインロールのお嬢様然とした女性が軽自動車やワゴン車などから降りてくるのは想像できない。
「とりあえず開店までに簡単なトレーニングメニューを説明するぞ」
店が開くまでまだ少し時間がある。大和はその間に考えてきたトレーニングメニューを簡単に説明することにする。相手が玲人ということで、澄の強化プランは昨夜のうちに大幅に修正された。当初は、死なない程度に強化する予定だったのだが、その程度のレベルでは、玲人に瞬殺される。もし玲人のパートナーが弱かったとしても、すれ違いざまに玲人にやられる可能性すらあるのだ。そんな状態で戦えるほど甘い試合にはならないことは、目に見えていた。最低限パートナーを瀕死の状況に追い込めるだけの実力が無ければ、玲人を倒した後の大和のウォーリアではパートナーにすら勝てない可能性が高い。
「最初は二人とも俺が指導する予定だったけど、予定変更だ。俺は澄を集中して教えることにする」
「え、大和先輩が教えてくれないんですか……」
「余裕があればそっちも見るけど、今回は澄が優先だ。賭ける物が物だからな。今回は負けちゃいけない試合になる」
相手が狙って来るのはワンオフカード。今度の試合も相手からの要求はワンオフカードだろう。そしてこちらの要求が兄のカードとなれば、絶対に負けられない。
「そっかぁ……まあ、仕方がないね。今回は諦めとくよ」
大和のトレーニングで強くなることを期待していた佳奈美は肩を落とす。しかしそこに心配なしと千華が声を上げた。
「そこでわたくしの出番ですわ! ランキング二位のわたくしが手取り足取り、丁寧に教えて差し上げますわ!」
その言葉に、佳奈美は昨日の会話を思い出す。そして背中にスッと危機感が奔った。
「手取り足取りは遠慮しておきたいなぁって」
「遠慮する必要はありませんわ! お手伝いするのも、ノブリスオブリージュですわ!」
「ああ、私がお手つきにされちゃう。ごめんね澄。私は先に汚れちゃうよ……」
「なに馬鹿な事いってるのよ。そんな訳ないでしょ」
先ほどとは別の意味で頭を抱える佳奈美に、澄は冷たく突っ込んだ。その様子を見ていた千華は、二人の言っている意味が良く分からず首をかしげる。
「何を言っているのか分かりませんが、そろそろ行きますわよ! いつまでの駐車場で時間を潰す余裕は無いのではなくって?」
説明している内に、すでに開店時間は過ぎて店の扉は鍵が開けられていた。幾人か他に並んでいた人たちもぞろぞろと店の中へと消え、すでに駐車場には大和たちしかいない。
「そうだったな。ならみんな行くか」
「おー、俺は水とか買って来るわ。どうせ俺がいてもやることないし?」
「頼むわ。水は少し多めに買ってきてくれ。自販機で買うのは高いからな」
「了解」
後ろ手に手を振りながら和馬は近くのコンビニへと走る。それを見送って四人は扉を開いて中に入った。
ゲームセンターの中は、熱気対策の為にエアコンが付けられている。今はまだ人が少なく熱気も無いため、少し肌寒いぐらいだった。
「さて、じゃあトレーニングメニューの内容を説明するぞ」
そう言って大和は、澄、、佳奈美、千華の三人にカバンから取り出したメモ用意を渡す。そこには、澄と佳奈美のトレーニングメニューが書かれていた。
「とりあえず千華には佳奈美のメニューを渡しとくぞ」
「ええ、これに従えばいいのかしら?」
「ああ、基本的にはこれで、後はそっちの判断で自由に変えてもらっていい」
千華は腐ってもランキング二位である。それに加えて、初心者のサポートなどもしていたのならば、誰かにものを教えるのは得意なのだろうと判断して、大和はある程度千華に自由にやってもらうことにした。
千華はざっとメニューを見て納得したようにうなずく。
「ふーん、なるほど。佳奈美はとにかく基礎を学ぶと言うことですのね」
大和が佳奈美用に作った練習メニューは、ウォーリアの特性やユニットカードの発動タイミングなどを徹底的に練習するメニューだ。プレイング自体は、佳奈美はすでに中級者レベルに達しているが、言っては悪いが頭が残念な佳奈美のデッキは、そのプレイングを活かしきれていない。そこを集中的に強化して、強さの底上げをする作戦だ。
「え……これ座学あるんですけど!?」
「私は……筋トレ?」
自分のトレーニングメニューを見ていた佳奈美と澄が、一番下にある文字に目を止める。瞬間、大和と千華は二人から目を逸らした。
「さあ行きますわよ!」
「え、ちょっと待って! ねぇ! だから何で座学!」
しかし、佳奈美の問いに答える者は無く、千華が佳奈美の腕をつかんでWFのカプセルへと向かう。
「まって! ねえ、説明! 説明を!」
佳奈美は抗議の声を上げながら、千華に引きずられていってしまった。それを苦笑しながら見送る和馬と澄。
「師匠……説明は……」
「まあすぐに分かるだろ。とりあえず俺達も移動するぞ」
「わ、分かったわ」
佳奈美たちの後を追って、二人もすぐにカプセルへと向かう。まだ誰もWFの周りにはいないため、全ての台が開いているのだ。おかげで、いきなり全員がカプセルに入っても、まだ半分以上の空きがある。
二人がそれぞれカプセルに入って行ったのを見送って、大和は澄に向き直る。そして自分用のメモ用紙を見ながら、大まかにメニューの説明をすることにした。
「じゃあ澄には細かいトレーニングメニューの説明をするぞ」
「はい、お願いします」
澄と二人で、順番待ち用のベンチに座り、メモ用紙を見る。
そこには大まかな内容が書かれていた。
「とりあえず午前中はマッチング戦をしてもらう」
「マッチング戦ですか?」
通常、トレーニングを行う場合、専用のトレーニングメニューか、知り合いとリアルマッチを行い指示してもらいながらやるものだが、マッチング戦ではそれができない。あまり、トレーニングには向かないはずのメニューだ。
「澄のウォーリアは今Ⅱレアだろ? とにかくそれを今日中にⅢレアまで引き上げる。昨日みた対戦数と勝率なら、後十試合しないうちにレベルは上がるはずだから。最終的には一週間でⅣレアになってもらう予定だ」
「そう言うことですか。でも私弱いし、負けちゃったら……」
「それは大丈夫だ。俺が直接アドバイスしながら戦ってもらう。まあ、ルール的には結構ギリギリだが、一応セーフだ」
今から大和がやろうとしているのは、かつてもやったことのあるトレーニング方法だった。その方法上、WFの公式ルールに抵触しかねない危険な方法だが、一応事務局に確認を取って、問題ない範囲を把握してある。
「直接ってどうやって?」
カプセルに入ってしまえば、外から声を届けるのは難しい。野試合ならばマイクで会話も可能だが、大和はマッチング戦で練習をすると言っているのだ。そうなるとそれこそトランシーバーでも持っていないとできないことになる。
「もちろん、一緒にカプセルに入るんだよ。んじゃ行くか」
「え? え!? 一緒にカプセルに!?」
大和の提案した方法に、澄は顔を真っ赤にする。立って動きながら操作するWFのカプセルは、確かにある程度の広さはある。しかしそれでも二人で入るには少し狭いのだ。そんな状態で試合などすれば、色々な所がお互いに当たることになる。そんな所に二人で入るのは、精々仲のいいカップルぐらいものだった。いきなりその方法を言われた澄は当然混乱した。
「そ、そんないきなり二人でだなんて」
「ほら、時間は限られてるんだから、早く行くよ」
動揺する澄の様子に気づかず、大和は澄と共にカプセルに進む。手を引かれた澄は、自分の頭の中で繰り広げられる、試合中のあんな出来事やこんな出来事に夢中になり、ろくな抵抗すらできず、カプセルの中に連れ込まれてしまった。
「んじゃさっそくマッチング。と行きたいところだが、まずはカードの確認な」
「か、カードですか?」
若干上ずった声で話す澄。その頬は赤く上気し、目線はいたる所に泳いでいる。
「そ、とりあえずカードセットしてみ」
背後の大和に言われるまま、澄は緊張した手つきで自分のカードをセットしていく。
「できました」
「んじゃ、ユニットの三番目のカードはなんだった?」
「え? 三番目? えっと」
WFの機会は、絵柄の面にデジタル加工が施されており、それを機械が読み込むことで、カードとして使用できるのだ。そのため、セット状態では裏面しか見えない。伏せたカードが何だったか思い出せない澄は、カードを確認しようとセットしたカードを捲った。
「天使の祈りでした」
「ならその左は?」
再び尋ねられ、同じようにカードを捲ってから答える。
「仕込み刀です」
「よし、んじゃまずカードの配置から変えて行こうか」
「カードの配置を?」
理由が分からず、首を傾げる澄の横に手を伸ばし、セットされたカードを手元に戻していく。大和を振り返って見ていた澄は、自分の顔のすぐ横に大和の顔が来たことで、さっと視線を手元に戻す。その顔は、火を噴き出すんじゃないかというほど真っ赤になっていたが、大和は当然のようにそれに気づかず、説明を始める。
「WFのユニット選択は、七枚しかない。そして、その選択画面は左下に出て来るよな?」
大和の言う通り、プレビュー画面で試合の光景を映している今の画面でも、ユニットカードの選択画面は左下に並んでいる。七枚のカードは大部分が重なっている状態で、コントローラーをクリックすることで使いたいカードを一番上に持ってきて、発動ボタンでそのカードを発動させるシステムだ。
澄が一つ頷くのを確認して、大和は手元にある澄のカードを別の並びに変えてセットしていく。
「この選択には戻るってコマンドが無い。つまり、一つ先のカードを使いたいときは一回のクリックで良いが、一つ前のカードを使いたいときは六回クリックしないといけない訳だ。そして、カードの順番はセットされる場所で決まる。つまり――」
新たにセットし直したカードを捲りながら、大和は結論を答える。
「ユニットカードの発動する順番は、ある程度決まってるから、その順番に並べておけばクリック数を少なくすることができる。特にこの連携を使うカードとかはな」
指差したのは、先ほど澄が捲った《仕込み刀》のカードと、その隣に並ぶ《抜刀》のカード。
「さっき澄がセットした順番だと、仕込み刀を発動させてから、六回クリックしないと抜刀を使えない。これは試合中だと大きなタイムラグができる」
「そっか、次のカードに設定しておけばすぐに発動準備が整う」
「そう言うこと。意外とカードの配置をランダムに置いてる人がいるけど、これをあらかじめ決めた状態で置くだけで、ウォーリアの動きにかなりの違いが出てくる。欲を言えば、セットしたカードの順番とウォーリアの能力の順番を完璧に覚えておきたい。そうすると、画面下に視線を動かさずに、敵の動きに集中できる。そうすれば、おのずと敵の攻撃に対する対処も早くなる」
「なるほど……これが上級者のテクニック」
「上級者って言うか、中級者以上だな。これができないとまず接戦じゃ勝てない」
HPの削り合いになった時、モノを言うのはユニットと能力の発動タイミングと速さだ。相手より攻撃が早く出せれば、そのまま連撃に持ち込める可能性もあるし、ギリギリの戦いならそれが決め手になることもある。
「これはウォーリアの能力にも言えることだ。能力は順番が変えられない上、何度でも発動できる分、順番を覚えておけば、それだけ視線の移動が少なくできる。一回一回は小さいけど、一試合ともなれば、それは大きなアドバンテージになる」
「なるほど」
「んじゃ、基礎も話した所で、早速マッチングやってみるか」
「もう?」
「数やらなきゃ意味ないしな。とりあえず、カードの順番は暗記できたか?」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
大和の言葉に、澄は慌ててカードの順番を覚えていく。一通りのカードの位置を覚え、今度は目を閉じてカードを指差しながら、それが何かを当てて行き、全て当たったところで、大和に準備完了を継げた。
それを聞いて、大和はすぐさまマッチング開始のボタンを押す。そして画面に澄のステータスとウォーリアが映し出され、マッチングが開始された。
WFでは、逐一プレイ料金を入れる必要は無い。IDカードに電子マネーとしてチャージしている物を使用することもできるのだ。
まだ朝早いため、マッチングには少し時間がかかった。そして相手が表示されたところで、大和はカプセルの一番隅まで後退して、プレイの邪魔にならないようにする。
画面に澄のウォーリアの背中が映し出される。それは特徴的な魔女のローブを羽織り、三角の帽子を被った少女だ。帽子が大きいのか、少し顔が隠れてしまっている。
一般的な魔女系のウォーリアで、飛行能力に箒を使わなければならないが、その分他のウォーリアより早く飛べるのが特徴だ。
ウォーリア・フィナは、澄の指示に従って、試合開始と共に箒に跨り空へと飛びだした。