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短編シリーズ

ある日の放課後の教室

作者: だいふく

 春の放課後の教室。穏やかな日差しが、窓際の席に残った二人に注がれていた。

「ほら、いい加減起きなさい。もうみんな帰ったわよ」

 少女が声を掛けたのは机に突っ伏してすやすやと寝息をたてている少年だ。少年はもぞもぞと動いて、ゆっくりと顔を上げた。涎が垂れかかっていた。

「んあ……おはよう」

「おはようじゃないし口から出てるし」

 その指摘を聞いて、少年は自分の口もとに手を当てた。当然だが、そこにあった液体は手にもつく。少女は呆れ顔だった。

「うわ、涎ついた。最悪だ……」

「最悪だ、じゃないわよ。ほら、ティッシュあげるからさっさと拭いて」

 少女は懐からポケットティッシュを取り出して、少年に渡した。

「お、さんきゅ。……というか、ハンカチは貸してくれないのね。こういうときはハンカチを貸すもんだろ」

 ほい、と、少年は少女に袋を差し出した。

「いや、だって汚いじゃん……」

 引くわー、と言って少女はそのティッシュを受け取った。

「てかさ、なんでわざわざ放課後に教室で寝るわけ? 去年別のクラスだった子達にドン引きされてたわよ」

 そう言われた少年はガーンと口で言って頭を抱えた。

「俺の二年生デビューが……くそっ、失敗したっ! 春の陽気の誘惑に負けてしまった!」

 うがあああ、と叫ぶ少年。少女は呆れ顔で言う。

「うるさい。あと擬音を口で言うな」

「……はい」


     ***


 夏の放課後の教室。強烈な日光が、窓際の席に残った二人を焼いていた。

「夏だな」

 少年の呟きは目の前に座っている少女に向けたものだった。少女は椅子だけを少年の方に向けて座っていた。

「夏ね」

 少女は最低限の言葉だけで返事をした。

「暑いな」

「暑いわね」

 その会話と呼べるかも分からない会話のあと、ぐったりとした二人の間に沈黙が流れた。その沈黙は、ふと顔を上げた少年によって打ち壊された。

「そういや、もうすぐ夏休みだな」

「そうね」

 少女は素っ気無い返事をするが、少年はそれでめげることはなかった。

「どっか行こうぜ、暇なときに」

 少女は、そんな素敵なお誘いをする少年をじろりと睨んだ。あまりの迫力に少年はたじろぐ。

「家から出たくない」

「……さいですか」


   ***


 秋の放課後の教室。眩しい赤が、窓際の席に残った二人を照らしていた。

「なあ、ちょっと」

 少年が声を掛けたのは、自分の目の前に机を合わせて座っている少女だ。少女はシャーペンをくるくると指で回しながら問題集に向かっていた顔を上げた。

「なによ」

「いや、なによ、じゃなくて。ここ分からないんだけど」

 そう言って少年は少女に問題集を渡す。そして、シャーペンの先でひとつの問題を指した。その問題を見て、少女は驚きの声を上げた。

「えっ、あんた、こんなのも解けないの?」

「だからこうして教えて貰ってるんだろ。いいから解き方教えてくれ」

 あくまで悪意はなく、自然に罵る少女に、少年はむすっとして言った。

「いや、まさかここまで出来ないとは思ってなかったし……。そもそもこの問題、授業でやったじゃない」

「えっマジ?」

 少年は慌ててカバンから水色のノートを取り出してページをめくる。目当てのページが開けたようで、その手が止まった。

「うお、ホントだ。なんで覚えてねーんだろ、俺。ちゃんと授業は聞いてるんだけどなあ」

 はあ、と溜息を漏らす。すると少女も真似するように溜息をついた。

「ほんと数学は駄目よね、あんた。国語は馬鹿みたいに出来るのに」

「そりゃ伊達に一日一冊本読んでないからな。漫画から辞典までなんでもござれだ」

 得意げに言う少年だが、その言葉は少女にへし折られることとなる。

「いやあんた、七割漫画じゃない」

「……そういうこと言わないでくれます?」


     ***


 冬の放課後の教室。寒々しい光が、窓際の席に残った二人を照らしていた。

「うう、寒いー」

 少女は肩を抱いて震えている。少年はそんな少女の方ではなく窓の外を見ていた。

「ちょっと、無視しないでよ」

 そう言って少女は少年の肩を揺らした。

「ん、ああ、すまん。ぼーっとしてた」

「ぼーっとしてるのはいつものことじゃない」

「確かに」

 そう言って少年は再び窓の外を見た。

「窓の外になんかあるの?」

 少女もまた窓の外を覗き込んだ。そこには、底が抜けたような雲ひとつない青い空が広がっていた。それは、手を伸ばせばその色を少しすくい取れそうなほど近くに感じた。一匹の黒い鴉がそこを横切ってゆく。

「綺麗ね」

 少女の口からは思わずそんな言葉が漏れていた。

「ああ、綺麗だ」

 少年の言葉を最後に、二人の間に沈黙が訪れた。互いに何も話さず、ただ空を見つめている。


「そういえば、遠藤くんと町田さん、付き合い始めたらしいわよ」

 沈黙を破ったのは少女だった。顔は空に向いたまま、独り言を呟くように少年に話しかけた。

「へぇ。意外な組み合わせ」

「そうね」

 また沈黙が訪れる。しかし今度は、そう長いものではなかった。

「もうすぐバレンタインだけど、今年は何がいい?」

「ん、そうだな……」

 少年は頬杖をつきながらんー、と考え込む。

「じゃあ、とびきり甘いのをひとつ」


 糖度は低め。お口に合わなかった方は放課後の教室で話し合いましょう。

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