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アゲイン
作:カトラス



12時間空の旅(7)


 私が入国審査の練習をしているうちに、どうやら飛行機は日付変更線をまたいだようであった。もう何度も見て、見慣れてしまった液晶画面には太平洋と、ポツンと画面の左隅に小さくハワイ島の地図がのっていた。
 まてよぉ、と……ゆうことは、ここから時差が発生していることになるのだ。たしかぁ、ものの本に西から東に行く場合は一日時間が戻るってことだったようなぁ気がする。いずれにしろ、今している腕時計の時刻は現地に行ったとき役にたたないってことだな。現地に着いたら、まず時間合わせしないといけない。しかし、時差って不思議で頭が混乱してくる。着く前から時差ボケになったような気がする。隣で相変わらず、音楽を幸せそうに聴いている貴子には、時差ボケなんて、およそノープロブレムなのだろうなぁ。そのような、どうでもいいことを考えていたら、客室乗務員が夜食の注文をとりに、各シートをまわっていた。

「きつねうどん一丁おねがい」
 貴子は金髪スッチィーに臆することなく、まるで近所の大衆食堂に注文するような感じで言ってのけた。
 でも、きつねうどんって、そんなものメニューにあるのか? まぁ、あるから貴子は注文しているのだろうけど、夜食のメニューまで事前にチェックしているとは流石だと思った。
「お客様はどういたしましょうか?」スッチィーは私に聞いてきた。
 私は貴子にメニューを見せてもらおうとした時に、「チーズの盛り合わせお願いします」と、貴子の口が動いた。
 スッチィーは私達に軽く会釈をすると、詰め所に戻っていった。
「何ぃ、勝手に注文するんだよ!」
「だって、同じもの注文したって面白くないやん。そうそう、ここのチーズは美味しいとむちゃくちゃ評判なのよ」
「だったら自分がチーズ注文したらいいじゃないかよ」
 私は少しふくれて文句を言ったが、貴子は全くの無視で軽くスルーされてしまった。
 
 ほどなくして、私達の座席にきつねうどんとチーズの盛り合わせが運ばれてきた。その際に貴子はバドワイザーを注文していた。……ったく私のチーズをあてにして飲む気満々じゃないか!
 貴子はきつねうどんをすすりだした。なんとも、うまそうに食べている。私もどんな味なのか? 食べたい。
「ちょっと、俺にもくれよ!」
「もう、ちょっと、今食べてるのだから――待ってよね」
 貴子はもぐもぐ口を動かしながら、食事を邪魔されて目が怒ってるように思えた。
「はい、どうぞ!」
 半分以上食べられてからきつねうどんのカップが、私のテーブルに置かれた。
 私は、箸を手にとりきつねうどんをすする事にした。まさかぁ、高度一万メートル上空できつねうどんを食べるなんて思っていなかっただけに嬉しい気分だ。
 麺を一口食べた時だった。突然、胃がムカムカしてきた。なんだか、吐き気がする。私は持っていた箸をテーブルに置いた。
「祐ちゃん、どうしたん? うどんマズイかった?」
 私の食べる姿を見ていた貴子が聞いてきた。
「違うよ。また始まったみたいだよ」
 そうなのである。私が肺がんになってからの自覚症状の一つ、吐くという症状が出たのだ。食後、いつもなるわけではないが、時々起こる。
「ちょっと、トイレ行って吐いてくるわ」
 私はゆっくりと座席を立つと、フラフラしながら機内通路をトイレに向かって進んだ。
 二つあるトイレは幸いにも両方空いていた。すぐにトイレの中に入った。
 私はトイレの中で思いっきり吐いた。苦しくて、苦しくて、涙が出る。さっき食べたものが、全部胃からリバースされる。悲しくて、悲しくて、涙が出る。くそぉ、せっかくの思い出の食事だったのに……
 トイレのドアがノックされた。
「祐ちゃん、大丈夫? ちょっとドア開けてぇ」
 私はドアの鍵を開けた。ドア越しに貴子が背中をさすってくれた。
「大丈夫、大丈夫。すぐに良くなる、良くなる」そう言って、貴子は背中を上下に優しくさすってくれた。
 貴子の優しさに、また涙が出てきた。しかし……苦しい、吐いても、吐いても、ムカムカする。

 30分ほど、吐き気でもがき苦しんだ私だったが、吐くものが無くなったのか、ようやく吐き気がおさまった。貴子はその間、ずっと背中をさすってくれていた。
「ありがとう、吐き気がおさまったみたいだよ」
「よかった、よかった」貴子も涙を浮かべていた。
 トイレから出ると、客室乗務員と初老のスーツを着た男性が立っていた。
「お客様、ご気分でもお悪いでしょうか?」客室乗務員が聞いてきた。
「ちょっと、急に吐き気がしたものでして――吐いておちついたみたいなので大丈夫だと思います」
 恐らく、乗客の誰かが、私達夫婦のただならぬ様子を心配して乗務員に連絡でもしてくれたのだろう。
「顔色がお悪いようなので、少し診てさしあげましょう」
 私と乗務員のやり取りを聞いていた初老の男性が声をかけてきた。
「申し遅れました。私、高須っていいます。いちおう職業は医者をやっておりまして」
「いやぁ、ほんと――もう大丈夫ですから……」
「遠慮はよくないですよ! さあさあ、座席に戻ってください。少し診てあげますよ」
「そうですか、どうも高須先生申し訳ありません」
 人の親切心をむげに断ることもあれなので、私は高須なる先生に診てもらうことにした。







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