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アゲイン
作:カトラス



12時間空の旅(2)


 機体が離陸してから5分ほどでシートベルト解除の機内放送が流れた。それと同時に液晶パネルの内容も切り替わり、画面内には現在の機体の位置、飛行速度、風向き、シカゴまでの到着予想時間およびシカゴまでの残り距離がマイル表示されている。液晶情報によると、到着までは12時間26分かかるみたいである。飛行機の速度は時速1000キロ出ていて、日本から米国に行く場合は100キロほど速度が上がるのだった。それは追い風に乗るためであったのだが、私にとっては、このような重い機体であっても風の影響を受けるのだなぁと不思議に思ったりする。貴子にその事を言うと、
「そんなの翼があるからじゃない。あたり前でしょう」と軽くあしらわれた。
 貴子はくつろぎモードに入ってるみたいで、お腹の脂肪がまたしても、プルプルゆれている。
 さてと、私もくつろごうかと思った時、おいしそうな匂いが機内に漂ってきた。そうだ、まもなく機内食の時間なのだ。今、時計は午後7時を少しまわったところなので、機内食はディナーにあたる。ファーストクラスの機内食っていったいどんな食事がでるのだろうか? 実に楽しみである。
 貴子の方も匂いを察知したのか、シートの前に置いてあるユナイテッド航空のパンフレットを読み出した。
 私も貴子と同じようにパンフレットに目を通す。パンフレットには、ご利用出来るサービスと書かれており、私は機内食のページをめくった。機内食のメニューは2種類あって、洋食が中心のメインコースと日本人向けに幕の内弁当が選べるみたいだ。私がまじまじと、パンフレットのメニューとにらめっこしていると、貴子が話しかけてきた。
「ねぇ、祐ちゃん。どっちにするのよ? 私はもちろん、メインコースにするけど、祐ちゃんは思い切って、幕の内弁当にしてみたらどう? 同じ物頼んでも面白くないやん」
 私はメニューを見たときから、幕の内弁当って……という気持ちがあったので、貴子の奴、とんでもないこと言ってきやがると思った。私は、ここでの選択肢はメインコースに決まってるだろうと思っている。だって幕の内弁当って、よく昼飯に仕事場で私が食べてる定番メニューじゃないかよ! なんで、ファーストクラスに乗ってまで、定番メニューをディナーに食べないといけないだろうという気持ちが強かった。
「貴子の方こそ、弁当にしたらどうなんだよう」
「いやよ、何でコンビ二弁当みたいなもの、ファーストクラスに乗ってまで食べないといけないのよ! 祐ちゃんって、ほんとアホなんだから……」
 やはり、私の妻、貴子は只者ではなかった。この場においても私を実験体にしようと思っていたのだ。

 そんな機内食選択のやり取りを貴子としているうちに、前列から順番に金髪スッチィー、いや客室乗務員が食事のオーダーを聞きにまわってる姿が見えた。
 前列からスッチィーの声が聞こえてくる。
「May I take your order?」
 なぬぅ〜、注文を英語でとっているではないかぁ!
「おい、おい。貴子やばいよぉ! 注文英語でとってるよ」
「なにぃ、祐ちゃん、アワアワしてるのよ! こんな時のために、学校で英語教えてもらったのでしょ!
なんとかなるわよ」
「それじゃ、貴子ぉ、俺の分の注文も頼むよ!」
 私はちなみに、英語は大の苦手である。
「しょうがないわねぇ、そんな意気地の無い事でどうするのよ! 注文してあげる代わりに、祐ちゃんは幕の内弁当よ!」
「えぇ!? 頼むよ、貴子。俺もメインコースにしてくれぇ!」
「バカねぇ、冗談よ、冗談。祐ちゃんもメインコースにするから」
 ふぅ〜、私は貴子の洒落にならない冗談にひと安心した。しかし、私に一つの不安がよぎった。
 貴子の奴、英語話せたっけ? たしか、新婚旅行の時は全くダメだったはずだ。でも、きっと大丈夫なはずだ。貴子の顔は自信で満ち溢れているではないか! 早く聞きに来いって感じの顔じゃないか。

 いよいよ、スッチィーは一つ前の乗客に注文を聞いている。前席の乗客は私達と同じ日本人であった。
どう受け答えするのか観察してやろう。きっと私と同じで英語など出来る筈は無いだろうと思っていた。
 しかし、前の乗客は英会話をしていた。全て英語で注文している。ファーストクラスに乗る乗客は英会話ぐらい出来てあたり前なのだろうか? しかも、観察しているはずの私は、前の乗客が何をいってるのかさえわからない。唯一わかったのはYesとThank youぐらいなものである。
 そして、スッチィーは私達の席にやってきた。私は緊張して、心臓がドキドキしていた。
「貴子、貴子さーん。注文を聞きにきましたよ」
 貴子はプルプルさせているマッサージ機のスイッチを切ると、ゆっくりと電動シートを上昇させた。私は貴子の自信満々の表情と寝ていた体がゆっくりと起き上がってくる姿に、なんだか頼もしい感じがした。
 スッチィーは貴子のシートの横に立つと腰をかがめて笑顔で話しかけてきた。
「Excuse me、May I take your order?」
 私は貴子の英会話に期待した。貴子はスッチィーの質問に対して第一声を発した。
「ハァハーン、ハァハーン!」
 この一体「ハァハーン」って? なんだぁ? おそらく、貴子はよく洋画で見るあいづちをうっているのだろう。日本語でいうところの、「うん、うん」とか「はい、はい」といったところであろうか、しかし、イントネーションが違うような感じがする。
「I’d like to order、please」
「ハァハーン、ハァハァハーン」貴子のあいずちが機内にコダマする。
「ハァハーン」
「貴子さん、スッチィーは何を言ってるの?」
 貴子は私の質問に即答した。
「はっきりいって、この人、何言ってるのかわからんわぁ」
 そ、そんなぁ、わからんってぇ! やばい、やばすぎる状況。
「どうするんだよ」
「祐ちゃん、あせるなってぇ、こんな時の為に秘密兵器があるんやぁ」
 秘密兵器っていったい何なんだ。
 貴子は機内に持ち込んできたポーチを取り出すと、中をまさぐりだした。
 スッチィーには「ちょっと、Wait」とスッチィーの顔に手のひらを見せている。
 ポーチの中から出てきたのは、電子手帳であった。
 おお、こんなものがあるのだったら、スッチィーが聞きにくる前に準備しとけよと思ったが、今更どうにもならない。貴子は素早く電子手帳の電源を入れると、電子手帳のメニューから、海外旅行でよく使う場面別英
会話という項目をクリックした。
「祐ちゃん、さっきこの人、何て言っていたの?」
「え、そんな事、覚えてないよ!」
「思い出してよね、出ないと検索できないじゃないの」
 スッチィーはそんな私達のやり取りを知ってか知らずか、流暢な日本語で話しかけてきた。
「ご注文はお決まりになりましたか?」
 私達夫婦はお互い顔を見合わせ、声を揃えて「日本語話せるやん」
 後から思えば、スッチィーが日本語が出来て当然といえば、当然なのである。なにしろ、この飛行機は日米周航便なのだから……
 日本語が出来るのなら、もう遠慮はいらない。
「メインコース2つお願いします」
「はい、かしこまりました。お飲みものはどうされますか?」
「飲み物ってどこにメニューあるの?」
「はい、今お持ちのパンフレットの一番後ろのページに載っております」
 私達は早速、ページをめくった。パンフレットにはファーストクラスでご利用できる飲食物と書かれており、カラーでワインの写真が載っていた。その下にメニューがたくさん書かれている。
 飲み物は、アルコール類では、ビール、白ワインの赤ワイン、リキュール、オリジナルカクテルにシャンパン、ワインそれに日本酒、焼酎、ウィスキーにブランデー、スピリットとなんでもござれ状態。ノンアルコールは紅茶に日本茶、コーヒーといったところである。流石ファストクラス、凄いメニューの数である。新婚旅行で乗った飛行機では、せいぜいビールかコーラーしか飲んだ記憶が無かった私は感動で目がうるうるした。
 貴子はメニューの中からカリフォルニア産白ワインのシャルドネを注文した。私はとりあえず、まずはビールからと思い「バドワイザー」と言った所、貴子が首を横に振って、スッチィーに、
「日本茶お願いします」と言っていた。
「祐ちゃん、お医者さんが、薬の効きが悪くなるから、アルコールはダメだと言ってるのでしょ。だから、あなたは、お酒はおあずけよ!」 
 そうであった。アルコールが飲み放題だと思っていたのに、すっかり現実に引き戻された。
 仕方がないかぁ、少しでも旅行を楽しむ為だ。アルコールは我慢しよう。食事が終わったら薬も飲まないといけないしなぁ。私は渋々、貴子の指示に従った。
「以上でよろしいでしょうか?」
 スッチィーは私達の注文したオーダーを繰り返すと、軽くお辞儀をした。
 私は知ってる唯一の英語Thank youをスッチィに言った。
 貴子は私の英語に対して軽く「ハァハーン」とあいずちをうった。







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