12時間空の旅(1)
私達の乗っている飛行機はボーイング777型機というもので、搭乗人数は550名の大型ジャンボジェット機である。この情報は座席の前にある液晶モニターに書かれていた。なんでもユナイテッド航空の主力航空機のようである。液晶モニターは時々、画面が切り替わり、今見ている画面に世界地図で出ていて、ユナイテッド航空の周航地が地図上に点在しているものだった。流石にアメリカにおいての二大航空会社の一つ世界中あらゆる地域を周航している。私が液晶画面に夢中になってる間に、妻の貴子は、リクライニングシートの位置調整に奮闘している。
「やっぱぁ、ファーストクラスって凄いよ! 祐ちゃん」
貴子はシートを最大限、後方にねかせて天井を見ながら言った。
「これだったら、楽だし、長い搭乗時間も苦にならないわ。それにね、このシート、電動マッサージもついてるのよ!」
貴子の少し出始めたお腹周りの脂肪がプルプルゆれていた。
「気持ちいい」 貴子はどこかのCMで聞いたような、素っ頓狂な声をあげている。
「ところで、飛行機に何時間ぐらい乗るの?」
「祐ちゃん、なにぃ、いまごろ眠たいこといってるのよ! 12時間ぐらいよ」
そうであった。旅行前に貴子がさんざん言っていたような気がする。といっても、私は旅行の事は貴子に任せきりで、ほとんど日程等は知らないでいたのだ。心に余裕がなかったからだ。で、一体いまから、どこに向かうのだろうか? わかってるのはアメリカに行くということだけ。どこに行くのか貴子に聞いてみようかと思うが、また怒られそうだしなぁ。でも、確かぁ、10年前に行った新婚旅行の場所に行くといっていたので、きっとハワイに行くのだろうな。そうだ、きっとハワイだ。ハワイに違いない!
「なぁ、貴子。ハワイは11月でも暖かいだろうね」
「はぁ? ハワイって! 祐ちゃん、夢でも見てるんとちゃう? これから、私達が向かうところはシカゴよ、シ・カ・ゴ。それに、ハワイだったら12時間も飛行機に乗らないでしょう。ほんと、祐ちゃんって昨日、私が言った事、全然聞いてないのね」
「はい、上の空でした。どうもすいません」
私は貴子になじられて、少しムッとしたが、ここは素直に謝っておいた。
「ところで、シカゴまでの航空運賃っていくらぐらいなの?」
「一人、75万よ」
「75万って、めちゃくちゃ高いじゃないかよ! 乗るだけで新婚旅行の総費用と同じくらいじゃないか」
私は、あまりにも高額料金に声を荒げていた。
「贅沢にいくと言ったでしょう。それにね、これでも節約してるのよ! JALだとね、130万はするのだからね!」
そうなのか、ファーストクラスってそんなに高いものだったのか、せいぜいエコノミーの3倍程度の料金だと思っていた考えが浅はかだった。そりゃ、シートがイタリア製本皮レザーで電動マッサージ機能が付いてるのも当然のことなんだな。
「それぇ、祐ちゃんもお試しあれ」
貴子はシートのボタンを押した。腰部分が揺れだす。私のお腹の脂肪が揺れる。確かにぃ
「気持ちいい」である。私も素っ頓狂な声を上げていた。
二人で大笑いした。
「ところで祐ちゃん、さっきから思ってるのだけど、咳でてへんね。今、しんどくないの?」
そういえば、咳はロビーにいたときから止んでいる。体調もしんどくない。
「うん。今のところ調子いいみたい」
「よかったわね。もしかして、治ったんちゃう?」
そんな、簡単に治るかボケェ! と私は思ったが、貴子があまりに真顔で言ってるので、私は可笑しくなった。
「うん、治ったりなんかして。祐ちゃん、めっちゃ調子いいわ」
「でも、よく考えたら、治るわけないわね。ごめん、ごめん病気の事思いださせてしまったわね。忘れてちょうだい」
貴子は軽い感じでサラッと言った。私は谷底に落とされたような気分になったが、これも、貴子流の優しさだと思うことにした。こうやって、いつも、おちゃらけてるのが貴子なのだから。
突然、ピンと音がなった。機内放送が流れてきた。
「当機はまもなく、離陸いたします。シートベルトをおしめ下さい」
イントネーションは少し違うものの、流暢な日本語であった。シートの前面に取り付けられている液晶画面もさきほどまでの周航地のマップ画面から切り替わり、シートベルトを締めるよう指示されている。
私達は、程よい位置にシートを合わせると、ベルトを着用した。
5分ほどして、ゆっくりと機体が滑走路に向かって動きだす。
私はあまり飛行機に乗った事がないので、離陸に対しての不安と興味がいりみだれて、少し複雑な気分。
機体はゆっくりと右に舵をとると滑走路に踊りでた。時刻は午後6時45分、もう、すっかり暗くなった外の景色は滑走路につけられてる誘導灯がちかちか光を放っていて、実に綺麗であった。
滑走路に入った途端、機体はエンジンに火が入ったのか、グオーンという低音を出して、急激に加速を始めた。30秒後にはフワット浮き上がる感じがして機体は陸地から飛びたっていた。
上空に舞いあがった機体。機体の小窓からは、雲の切れ間から見える大阪の街の夜景が美しい。
こうして、無事離陸を遂げた、ボーイング777型機はシカゴに向かって、私という末期肺がん患者を乗せて飛びたったのだった。
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