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マリア
作:四君子 月



第十九話  日常茶飯事


「じゅ〜〜〜〜ん♪」
ドカッと、背中に衝撃を受け、准は前のめりにのめった。
「んもう、冷たいんだから〜。昨日は全然相手してくれないから、今日は朝一で待ってたのよ。そしたらなんと准が目の前に現れて! これってやっぱ、運命よね! さっすが、私の王子様! もう、准の顔見たから、今日はご機嫌! 昨日のことも許しちゃう! あ、昨日と言えばね───」
「がああああああああああああああ!!!」
顔面から床に突っ伏したままだった准が、吠えながら起き上がった。と同時に、首っ玉にかじりついたままだった少女が落っこちた。言うまでもない、倭国このはである。
「朝っぱらから人に激突しておきながら、人の上でべらべら喋ってんじゃねえ!」
「あら。押し倒されるの嫌い? じゃ、准が私を押し倒してくれる?」
「馬鹿かてめえは!」
「まあ、成績はいいとは言えないわね」
もう何も言う気がせず、准は朝っぱらから疲れてしまったようだ。こんな奴ほっといて、さっさと自分の組に入ろうとすると、がしっと、今度は腰にしがみつかれ、身動きが取れなくなる。そのままの姿勢で顔だけこのはの方に向けると、
「お前は、いったい何がしたいんだ」
「で・え・と♪」
「朝からさぼる気か」
「あなたに言われたくないわね」
「う」
めったに授業に参加しない准は、痛いところを突かれた。はあ、と溜め息をひとつつくと、
「わあったよ。一時間だけな」
「やったあ! お昼つくってきたのよ。一緒に食べましょ♪」
「昼まで一緒かよ!」
「いいじゃな〜い。細かいこと気にしてると、禿げるわよ」
結局、昼飯まで一緒に食べさせられるはめになった。これも運命かと、准が中庭に向かおうとしたその時。ひとりの少女が、向かいからやって来た。
朝の優しい光の届くところ、天からの恵みを感受するかの如く、浴びたその輝きは、ぬばたまの黒髪に朝露の玉を結び、白きかんばせは柔らかな輪郭を描き、紅玉の如く紅い唇は、飾りひとつ持たないこの少女の、唯一の装飾品だった。
───神津涼。神に、選ばれし少女。その少女に、准の瞳は向けられた。
「あら、准、おはよう」
にこりと笑んだその唇から、玉の言葉が零れる。
「神津。体は、もう大丈夫なのか?」
すっと、涼の方へ近づく。
「ええ。この通りよ。心配かけて、ごめんなさい」
「無理するな。午前中くらい、休んだらどうだ?」
くすりと笑い、
「心配性ね。あれはあのときだけ。もう、すっかりいいわ」
「そうか」
やっと、准はほっとしたようだった。
その一連の流れを、倭国はずっと見ていた。准は、倭国のことなどとおに忘れている。倭国など、この神津とかいう少女に比べれば、なんの価値もないのだというように。准と涼は、そのまま自分の教室に入っていった。倭国は、それをただじっと見つめていた。




 みどりの香りが鼻をくすぐる。准は、中庭にいた。初夏というにはまだ早い、やわらかな春の日差しが、准の蒼い髪を輝かせていた。同じく蒼い瞳を、ひとつひとつの木に向けながら、准は歩いていた。その眼差しを受けた木々は、ますます輝きを増すように見えた。恥らっているのかもしれない。この若者は、あまりにも美しく、そして孤独だった。准の髪と瞳をあらわす蒼は、自然界からも人間界からも、あまりにもかけ離れていた。
ふと、その蒼い瞳が地面に落ちた。つと、形の良い指をそれに伸ばすと、拾い上げた。触れられたものは、つかの間の逢瀬を喜ぶのか、いずれ来る別れを悲しむのか。
その間にも、蒼い影は、小さく遠ざかってゆくのだった。




 扉の向こうから応えを聞くと、准は扉を開けた。
「よお」
「いらっしゃい」
にこりと、突然の来訪者を迎えたのは、美の女神も恥らうかと思われるほどの、美少女であった。ただの空間でさえ、彼女がいると輝くようであった。
「中庭で見つけた。お前にやるよ」
「あら、つつじ?」
准の手にあるのは、一枝の薄紅のつつじであった。瞬く間に、手から手へ、花は渡っていった。涼は、その花の中からひとつ選ぶと、くきっと手折り、ぬばたまの髪に挿した。
「どう? 似合うかしら?」
「ああ。馬子にも衣装だな」
「あら、ひどい」
気にした風もなく、ころころと笑った。
「んじゃ、俺、用があるから」
「あら。残念ね。またいらして」
「ああ、またな」
扉を出て行こうとすると、
「ねえ、准」
花の香るような声音が呼び止めた。
「ん?」
「ありがとう。好きよ」
「! ば、バカヤロウ!」
ばたむと乱暴に扉を閉めたが、扉の向こうからころころと笑い声が聞こえるのは、耳まで赤くなっているのが、ばれたからであろう。




「おかしいな。ここであってるはずなんだが」
准はひとりごちた。
『神津さんのことで話がある』
そう手紙を受け取って来てみれば。そこには誰も待ってなぞおらず。やはり悪戯だったのだろうかと首を捻った。











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