のんびり行こうよ?(13/14)縦書き表示RDF


翡翠と引き裂かれ、朱明に攫われたはずのゆすらは…。
翡翠の弟、青蘿せいらに保護されていた。
健気なゆすらに触れるうちに、青蘿は、彼女に想いを寄せ始めていた。
ゆすらは無事に、翡翠と再会することができるのか!?
霊感少女・神崎ゆすらと大食らいで、口の悪い。だけどなぜか憎めない、ウサギ妖怪・翡翠との珍道中。
のんびり行こうよ?
作:維月十夜



片恋


「いやあぁ‐‐―――――‐‐!?」
びくりと背中がのけぞり、ゆすらは目を見開いた。
汗だくだった。
体中から、冷や汗が噴きだしている。
五体を引き裂かれる恐怖が、ゆすらの中に鮮明に蘇った。
「夢…よかった、夢で。あたしは、妖術にかかっていたのか」
一言、一言、自らに言い聞かせるように、ゆすらは重く呟いた。
「それにしても、なんていやな夢…」
額を押さえて呟いた瞬間、聞きなれた声を聞いて、ゆすらは声の主を凝視した。
「気がついたみたいだね、よかった」
にこりと笑った青年は、翡翠と瓜二つだったのだ。
「ここは?翡翠とそっくりな、あなたは一体」
起きあがろうとしたゆすらは、眩暈めまいを感じて、再びベッドに身を沈ませた。
「ずっと、彼を呼んでいたね…翡翠を知っているの?」
「ええ…よく、知っているわ。ここは、どこ?」
翡翠と瓜二つのせいもあり、ゆすらは警戒を解いていた。
「ここは崋山かざんの麓・広寒こうかん宮。俺は青蘿せいら、翡翠の弟だよ。あなたは?」
崋山かざんとは、五神山の一つで、神・神仙の土地だ。
その主・西王母せいおうぼの膝元。
黄兎は、西王母の臣なので、その領域を住まいとしているのだ。
「あたしはゆすら、神崎、ゆすら」
「ゆすら、きれいな響きだね。あまり無体をしない方がいい…ずっと眠ってたんだ」
「どのくらい?」
「十日ぐらいかな…朱明が、血だらけの君を銜えてきたんで、慌てて取りあげたのさ」
朱明、と聞いたゆすらは震えた。
「彼女には、俺たちも困ってるんだ…でも安心して?あいつは、ここに入ってこられないから」
「どうして?」
人懐っこく笑った青蘿に、ゆすらの中に凝っていた塊が、静かに、ゆっくりと溶け始めた。
「結界だよ、あいつだけに聞く術が施してあるんだ」
「‐‐―――…ありがと、助けてくれて」
ゆすらの頬を、つう…と涙が伝った。
「なっ、泣かないでっ…どこか、苦しいの!?」
急に泣き出したゆすらに、青蘿は狼狽する。

ちがう。
辛いんじゃないんだ。
安心、したんだ…彼の優しさに。
暖かい。
ゆるゆると頭を振ると、ゆすらは軽くむせた。
「大丈夫?まだ無体はいけない。さ、横になって…水を持ってこようね。すぐ戻ってくるから」
にこ、と微笑んでからきびすを反した彼に、翡翠の面影が重なる。
彼が行ってしまってから、ゆすらの頬を、また涙が伝った。
翡翠…。
翡翠は、一体自分を見て、どう思っただろうか。
幻滅されていたら、どうしよう。
もし、そうなってしまったなら、自分は、そう簡単には立ち直れないだろう。
何があっても、傍にいると言ってくれた彼を信じたい。
もう、一人にはなりたくなかった。
(術中にはまるなんて、なんと無様な…しかし、どうしてこうなったか、だ)
ゆすらは深い溜息をつくと、ゆっくりと瞼を閉じたのだった。

 ゆすらは、少しずつ元の気力を取り戻していた。
まだ、一人にされると怯えたが、今はそれも薄まりつつある。
ゆすらが、青蘿の広寒宮にきて、あっという間に三月が過ぎていた。
広寒宮、とは月の異称。
見わたす城内の壁や調度品、全てが白磁や、漆喰でできていた。
さすが月というだけあって、全てが白や銀で統一されている。
「うぅ…ん」
ゆすらは、すぐ傍に気配を感じて、目を覚ました。
目を開いた瞬間、青い瞳に思いきりぶつかり、慌てて飛び起きてしまった。
「きゃ!」
傍にいたのは、青い目の、銀の兎だった。
しかも、標準よりかなり巨大な。
「様子を見にきたんだけど…脅かしちゃった、かな?」
銀兎が青蘿の声で話し始めたので、ゆすらは、ぱちくりと、一つ瞠目をした。
「青蘿、なの?」
「うん、起き抜けにあっち(人間)の姿でいたら驚くと思って、この姿で来てみたんだけど、逆だったみたいだね」
ペロリと舌を出しておどける彼に、ゆすらはくすくすと笑った。
「優しいのね、ありがと」
そっと頭を撫でたゆすらの手に、青蘿は嬉しそうに目を細めた。
「照れるな…。あ、具合はどう?痛いところはない?」
「大丈夫よ、おかげさまで。青蘿のくれた仙水は、よく効くわね」
青蘿は嬉しそうに、一度ぴょんと跳ねると、人の姿になる。
「ねぇゆすら、庭に出てみない?」
華奢な、ガラスの小瓶に入った仙水を飲んでいたゆすらに、青蘿はそっと誘いかけた。
「庭、があるの?」
「行ってみるかい?」
彼は、あくまでも強制はしないつもりのようだった。
「ええ…見てみたいわ、連れて行ってくれる?」
そう答えたゆすらに、ぱああ…と明るくした青蘿。
兄同様、まだ幼さを残す横顔に、ゆすらは見とれた。
「こっちだよ、ついておいで」

白い廊下を抜けて、同じような作りの建物の中を、やっと通り抜けると急に、視界が開けた。
「ここが、俺の庭。いくらきれいに整えても…一人で見るのは、どうにも味気なくてね」
本当に嬉しそうに笑う青蘿に、ゆすらは口元をほころばせる。
よく刈りこまれ、手入れされた庭。
泉が沸いて、魚が遊び。
さまざまな花が、咲き乱れては芳香を放ち。
果樹は、たわわに成った果実に、枝をしならせている。
「きれい…まるで、楽園ね」
ゆすらは、うっとりと目を細めた。
青蘿は、そんな彼女に、淡い想いを寄せ始めていた。
兄の恋人とは、分かっている。
これは、してはいけない事だ。
そんなこと、とっくに分かっているのに…。
俺、彼女が好きだよ。
傷つけたくない。
だけど、きっと俺は…彼女を傷つけるだろう。
どうしたらいい?
どうすれば、彼女は泣かなくなるんだろう?
「ずっと、ここにいない?」
風が、ひとしきり木々を揺らしていく。
青蘿と、ゆすらの髪が、しなやかに風に遊んだ。
「嬉しいけど、それは無理なのよ…あたし、人間だもの」
ふと、悲しそうに表情を崩したゆすらに、ちくりと、青蘿の心が揺れた。
時が‐‐――――――‐‐違いすぎるのだ。
人間あたしにはあって、翡翠かれにはないもの。
それは、時間の限界。
変えられない、事実。
やはり、身の程知らずだったんだろうか?
でも、それでも、あたしは翡翠を愛している。
一緒にいられるときが違っても、いられるだけ、傍にいたい。
お願い、神さま…。
彼を、愛せる勇気をください。
「泣かないで、ゆすらは…兄さんのことで苦しんでるのに、ゆすらを苦しませる兄さんなのに…それでも、ゆすらはあいつが好きなのか?」
顔をあげると、青蘿に、きつく抱きすくめられていた。
「アイツね、あたしが怖くないって、言ってくれたの。始末人のあたしなのにね…。態度がでかくて、口も悪くて大食らい…でもね、そんなアイツが、あたしはどうしようもなく好きなのよ」
「始末人、って?」
「害をなしたモノを、人知れず始末するのよ。たくさん、たくさん殺してしまった」
この身に浴びた血は…消えずに、心の奥底にこびりついて離れない。
ゆすらは、無意識に拳を握りしめる。
「ゆすらは、その仕事がいやなんだね?」
「だけど、もう…どうにもならないわ。あたしは、汚れすぎてる」
「ねえ、どうしても兄さんじゃなきゃ、だめ?」
きつく、唇をかみしめて俯いたゆすらを、青蘿は切なげに見つめた。
「え?」
潤んだ青い瞳に見つめられ、ゆすらは赤くなってしまった。
浅はかなのは、俺も同じだ。
一時だけでも、彼女の傍にいたいと思ってしまった。
兄さんは、絶対ここに、ゆすらを迎えに来るだろう。
その時が来るまで、せめて愛させて欲しい。
「たとえ一時だけでも、俺はゆすらが好きだ。行かないでくれよ」
「青蘿…」
吹きぬけた柔らかな風に、青蘿の銀髪が、流れて揺れた。
ゆすらは、花の合間をひっきりなしに走り回る、子兎たちを見つけて微笑んだ。
「見て…あの子たち、隠れん坊でもしているのかしら?」
「…みたいだな。あいつらも、俺の弟なんだよ?」
「ずいぶん、年が離れてるんじゃない?」
きょとん、と首を傾げたゆすらに、青蘿はそっと口づけてから笑った。
「まぁね、俺たちは兄弟が多いからな…あいつらは一番下の奴らだよ」
「かわいいわね…あの茶色の子、翡翠にそっくり!」
ゆすらが指をさしたのは、つやつやとした茶色の毛並みを、一生懸命に毛繕いしている子兎だった。
「あいつは緋呂ひろっていうんだよ…それより、こんな時ぐらい…兄さんの話なんかしないでおくれ」
抱き締める青蘿の腕の中で、ゆすらは遠くを見つめる様な、複雑な目をしていた。
「青蘿、苦しいわ?」
「ゴメン、出来心だ…。あいつら呼んでくるから、待ってて」
青蘿の背中を見送ると、ゆすらは一筋、溜息をついた。
「気持ちは嬉しいけど、あたし…あなたに応えてあげられない。あなたを、傷つけちゃう」
ゆすらは、頭を抱えて屈みこんでしまう。
そんな時、しゃがんだゆすらの足元の茂みが、かさかさと動いた。
頭をのぞかせたのは、先にゆすらが、かわいいと言って、指さした子兎だった。
「おねえちゃん、おねえちゃん?」
「え?」
ゆすらが顔をあげると、茶色の子兎が、小さな前足を一生懸命に伸ばして、ゆすらを見つめていた。
「悲しいの?どこか痛いの?」
ゆすらが、涙を拭ってから首を振ると、子兎は、手に頬ずりをしてから人の姿になった。
「泣かないで、おねえちゃん…」
緋呂は、おろおろとゆすらの周りを右往左往する。
「ありゃ…見当たらないと思ったら、先に来てたのか」
その声にゆすらが振りむくと、腕いっぱいに子兎たちを抱いた、青蘿が立っていた。
「兄さん、お願い、おねえちゃんの傍にいてあげて?僕じゃダメなの、だから…」
緋呂はぐいぐいと、青蘿の手を引いて、ゆすらの手と握りあわせる。
「おねえちゃん、僕もね…時々、おねえちゃんみたいになるの。そしたらね、必ず『負けるな』って、誰かが傍にいてくれるんだ。だから、おねえちゃんも、絶対ひとりぼっちじゃないよ。もう泣かないで?」
「ありがとう、いい子ね…」
「えへへ…おねえちゃん、お母さんみたいだぁ」
にっこりと笑ったゆすらと、一緒に緋呂も笑った。
儚げに笑う彼女に、意を決したように、青蘿はゆすらを抱き上げた。
いわゆる、『お姫様だっこ』である。
「せっ、青蘿!?おろして…くれる?」
居心地の悪さに加えて、恥ずかしさが急激に増していく。
「ダメだよ、離してあげない」
真っ赤になりながら、じたばたともがくゆすらに、青蘿はむさぼるようなキスをした。
「兄さん、このお姉ちゃん、だぁれ?兄さんのお嫁さん?」
興味津々に尋ねてくる弟たちに、ゆすらは慌てる。
「あ、あたしは違うのよ…翡翠のっ」
そこまで言いかけたゆすらの言葉は、おどけた青蘿の声に、すっかりかき消されてしまった。
「兄さんも、まだ来そうにないし…俺が貰っちゃおうかなぁ?」
「ちょっ、ちょっと青蘿?」
ゆすらは、慌てて弁解を試みるが。
「兄さん、翡翠兄から略奪するの?」
「略奪愛だねっ、うわぁ泥沼〜…」
とかなんとか…。
子供のクセに、なぜか非常に世辞慣れている彼の弟たちに、ゆすらは強く額を押さえた。
口を、はさむ余地がないっ!
「きゃ…」
急に、銀兎に戻った青蘿に押し倒される形で、白銀色の月光花の群れに、倒れ込んでしまった。
銀の光を散らして、花びらが散る。
「ゆすら…」
ペロリと頬を舐められ、ゆすらは青蘿を見た。
自然と頬が赤く染まる。
それに負けじと、子兎たちもが彼女に群がった。
「兄さんだけずるい、僕たちも、お姉ちゃんにだっこして欲しいの〜」
「ゆすら、俺…保証できないよ、やっぱり。君が好き」
「ダメ。分かってるでしょ?あたしは、あの人しか、愛せない。だから…」
辛そうに絞りだしたゆすらは、ふい…と顔を逸らした。
「いやだ!俺は、本気だよ?迎えが来てしまうまで、それまででもいい。せめて、それまで君を愛させてくれ」
彼の、剣幕に驚いた子兎たちが、ゆすらにきつく身を寄せた。
「あたしも…あなたが、ううん、ここにいてくれる、あなた達みんなが好きよ。だけどね、違うのよ…『好き』と『愛してる』は」
loveは、likeとは違う。
似ているけど、まったく別の感情もの
「そっか…そうだよね。俺、悔しいけど君を諦めるよ…な〜んて、言うと思ったら大間違い」
くるりと歪んで、青蘿は人の姿に戻る。
「え?」
満面の笑顔で破願した彼に、全体のテンポが一拍、いや二拍以上がずれた。
「俺は気が長いからね、気長に待つさ…。ったく、兄さんもずるいなぁ、こ〜んな美人の彼女がいて」
「やめてよ、おだてたってムダなんだから」
言うがしかし、げらげら笑いなので、まったくもって、説得力がないのだった…。












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