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駄作集〜塵も積もれば何とやら〜
作:椎野 千洋



タイム トラブラー(未完成)


0.いまさら

 きっと未来の俺はつまらない人生を送っているのだろう。なんとなくだが高校生にもなれば先なんて容易に見えてくるし、その現実について大袈裟に悲観したりなどはしない。
 だが小学生だった頃の、過去の俺はどう思うだろうか。現在の俺を見ても夢は叶うと信じられるのだろうか。
 宇宙飛行士になりたい。そんなことを卒業アルバムのあとがきみたいな物に書いた気がするし、割とマジだったと思う。星を眺めるのが好きで、宇宙の話になれば、どんなバライティー番組の特集より楽しかった。
 でも無理だろ、宇宙飛行士なんて。平凡な公立高校に通って、その中でも平凡な成績を収めてる俺に、一体誰が名誉ある宇宙飛行士なんて望むだろうか。俺も望まない、それが無謀だってくらい分る。
 じゃあなんなら望まれるのだろうか。せいぜいスーツに身を固めて健康器具を訪問販売でもするか、あるいは昼間っから貴婦人方に株式の有用性を電話越しから説くのかな。逆に迷惑な気さえしてくる。
 未来の俺には何の感情も無い。ただ過去の俺にはすまないと言いたい。それともっと勉強を真面目にしろ。
 脳内でそんな押し問答をしてみても、結局は前に進むしかない。期待はしない。でも最低限の納得をさせろ。未来にはそれだけを望んでいた。
 でもそんな未来の俺は、現在の諦観した俺も、まだ夢に溢れていた過去の俺でも、まったく想像もしていなかった終着点にたどり着いていた。
 その事を知ったのは、俺の人生が時間と言う概念から大きく外れていってしまったあとの事だった。





























1.再会は落とし穴

 その日の朝は、俺が日常繰り返している状況とだいぶ違っていた。正確に言えば途中から違うのだが、とにかくあまりの異常事態に驚きと焦り、怒りと焦燥を感じたのはたしかで、それは非日常にも程があった。
 脳内でまだ欲望と策略が交差したような夢を見ていた中、いつも同じ時刻に勤勉な働きをみせる我が目覚し時計が、不快感のみに特化した安眠妨害音を六畳の空間に響かせるのは、いつもの事であるが忌々しいものだ。
 俺はいつもの動作で目覚し時計の頭頂部を叩き、その不快の根源を断ち切ると、ゆっくりと掛け布団を剥ぎながらベットから這い出る。そして軽く背筋を伸ばしながら目を覚ます。
その後の予定では、まず顔を洗う為に洗面台へと向かい、その後軽く朝食を済ませたら歯を磨いて、学校の制服に袖を通して誰も気にしない程度の身だしなみを整える。そして家を出るだろう。予定ではだ。
 でも今日は違った。俺が背伸びをしている後ろ、六畳の部屋で物置と化した勉強机と、さっきまで何かしらの夢を見ていたベットとの間に設けられた窓、その窓から朝日が差し込んだとは思えないほどの青白い光が差し込んできたのだ。
 俺は背後から降り注がれる青白い光に、まるで餌を求める雛鳥のように口を開いて驚いた。その光は部屋中を青く染め上げてしまったのではないかと思わせるほどの光量で、さらに等間隔でフラッシュしているのだった。
「これは一体なんなんだ!」
 そう心からの疑問を叫んだ瞬間、光は突然失せた。一瞬にして日常的な朝の一コマに戻ってしまったので、俺は立ったまま夢でも見たのかと考えていた。これが夢遊病ってやつか、みたいな。
 だがすぐ非日常は訪れたのだった。さっきまで凄まじい光を放っていた窓のガラス部分を、まるで開けてくれとノックするかのように一人の女が笑顔で叩いているのだった。
 泥棒にしては朝から随分と大胆な登場をする。そんな訳は無いが一瞬それを疑った。人様の家の屋根を登ってくるのは、大抵は泥棒である事に間違いはなく、その疑いは最もであると思う。でも泥棒が野球場のナイター照明を掲げて、朝から家に入れてくれと言わんばかりに窓をノックするだろうか。それも女がだ。
 俺は泥棒の疑いをすぐさま却下し、取りあえず窓の前まで行き、そのありえない登場を敢行した女の顔を、こっちもありえないくらい苦みばしった顔で覗いた。
 俺の好みだった。朝の日差しを逆光で受け、セミロングの黒い髪を風ではためかせているその姿はとても綺麗であり、その窓枠から覗く光景は芸術的でさえあった。目は黒目がちで大きく、鼻は小さいながらも筋よく口元まで伸び、口は今にもキスしたくなるほどの、理想的なふくらみを携えていた。年齢で言えばお世辞でも俺と同じ位が限界で、17才以下のように感じる。
 その好みの女が、いや少女かな、とてつもなく魅力的な笑みを浮かべて窓を開けるのを要求しているのだ。開けない訳がない。むしろ寝起きで髪がぼさぼさな事と、格好が見るからにだらしない上下ジャージという己の姿に、激しく後悔さえした。
 そんな感じで、さっきまで顔に浮かべていた苦みはどこにいったのかと、誰かに突っ込まれそうな気はしつつも、俺は窓の錠を解いてやった。もしかしたらいきなり襲い掛かってくるかもしれない、ほんの少しだけ覚悟もしていた。だが今度はもっと予想だにしない事態が起きた。
 窓を開けて、俺が何者かと質問を投げかけようとした瞬間、少女が突然抱きついてきたのだった。正直激しく混乱していた。襲われると身構えてはいたが、まさかこんな展開とは、おいし過ぎる。あまりに非日常的なことだったが、この時だけはそんな事どうでも良かった。ただ、
「やっと会えたね! お願いがあるの! 断層街を救って!」
 その少女がいった台詞は、俺にとっては何の事だかサッパリ分らなかった。
 俺は訳も分からず突然抱きついてきたその少女を、半ば突き飛ばすような形で引き離した。勿体無い気はしたが、まあそうは言っていられない状況である。第一格好があまりにも不自然だった。サックスブルーのスーツで、ダイバーなんかが着るようなやつと言うより、むしろテレビの特撮戦隊が着てそうな仕様だ。そしてなりより、この状況についての説明が欲しかった。
「まてまてまてっ! いきなり二階の窓から現れて意味不明なことを言う。断層街? なんのことだ、俺にはまったくわからん!」
 少女は魅力的な口を半開きにし、大きな目を更に大きくさせていた。その顔はまさに呆然を写真にとって貼り付けたような感じだ。鏡は無いが、俺もきっとそんな顔をしているに違いない。
 ややそんな呆然にらめっこをしていたが、先に少女の方が気を取り直し、
「何を言ってるの? 私、間違っていないよね? 貴方が残したメッセージ通りの時間と場所のはず。あっ! テストする気かな? 大丈夫、記憶は全く色褪せてないよ。貴方に助けられてから、今まで一度も貴方の事忘れた事ないわ! 誓ってもいい!」
 それだけ言って、少女は大きな目を輝かせながらこちらを見ている。どうやら俺の回答を待っているようなのだが、さて……なに一つ理解できん。これなら数学の授業の方が幾分マシだ。といあえず俺なりの真実を伝えるしかない。
「きっと人違いだ。住所を間違えたんじゃないか? 俺にはこんな早朝に窓からコンタクトしてくる電波な知り合いはいない。だから悪いがその断層街ってのも救えないな。協力できる事と言えば、せいぜいこの街の地図をやるくらいだ。学校があるんでな、道案内は出来ない」
 俺なりの真実は伝えた。間違いは言っていないだろう。でも少女の頭の上にはまだクエスチョンマークが沢山浮んでいる。そんな感じの顔をしていた。そして何かぶつぶつ言いながら、こんどは狭い俺の部屋を往復しはじめた。
 なんなんだいったい。そう思いながら、俺は少女の独り言に耳を傾けてみた。
「おかしい……時間を間違えた? そんなはず無いわよね、時間と場所はこの時間軸で交差しているもの。まさかシステムに異常があって軸が歪んでしまったのかしら? でもそれなら警戒システムが作動して遡行なんて出来ないはずだし、それに―――」
 時間? 歪み? これは本格的に危ないな。妄想癖かなんかの患者かもしれん。とにかく、さっさとご退場願おう。
 そう決意し、いまだ右に左にフラフラと歩いている少女に俺は、さり気なくも迅速に出ていってもらうよう、説得を試みた。
「時間を間違ったんじゃなくて、歴史そのものが変わったのさ。この時空では君が知る情報とは異なる時間が流れているんだ。解決策としては一刻も早く病い……じゃなくて本部に帰還することだね。これは緊急事態だよ」
 まあこんな感じでいいだろう。病人を騙すのはいい気分ではないが、それも仕方の無い事だ。それはお互いのためで―――
「そっそうよ! それで辻褄が合う! 大変だわ! 早く修正しないといけない。断層街の前に仕事が出来ちゃった。貴方も手伝ってくれるでしょう? 早く行こう。時間が無いわ!」
 そんな事を独り言の延長みたいに言い放ち、少女は俺の手首を、華奢で白い手で掴み、強引に窓のほうへ引っ張りだした。
 振り出しだ。いい加減にして欲しい。このままでは遅刻してしまう。なんとかしないと。俺は手首を引っ張られながらそう考えていた。
 とにかく、このまま少女のペースに巻き込まれていたら、ろくな事がなさそうな予感をひしひし感じていたので、取りあえず自分の生活ペースに戻ろうと試みた。通常なら制服に着替えている頃合だったので、
「まて、このまま行くのはまずい。俺はジャージ姿で外を歩きたくないんだ。着替えをさせてくれ」
少女は数秒間俺を見つめ、それから俺の腕を掴んでいた手を離し、
「そっか、その格好は変だもんね。でも急いでね」
 とのたまった。
 戦隊スーツよりマシだなんて突っ込みを入れたかったが、今はそんな場合ではない。俺は少女の手から解放されたので、制服の収まったクローゼットの扉の前まで行き、そこからお馴染みの着慣れた灰色のブレザーとワイシャツ、チェック柄のズボンを取り出した。そこで閃く。
「着替えたいんだけど出てってくれない?」
 これで出てったらすぐに一階に下りて警察に電話だ。気の毒だけど仕方が無い。恨むなよな。
「あっ私に気を使わなくてもいいよ! サクッと着替えちゃって!」
「……」
 仕方が無いので着替える事にした。最悪でも制服に着替えてバックを持ってれば、まあ遅刻は避けれるかもしれないしな。
 着替えるのもほんの数十秒、少女は言う。
「急ごう! 時が経てばそれだけ歪みは大きくなっちゃうから」
 もうどうにでもなれ。俺は、周りを警戒しながら窓枠に足を掛けて部屋から出ようとしている少女の背中越しにそう思った。そして少女の後に続いて窓から屋根へと下りる行為をしていると、なんだか俺まで後ろめたい事をしている気分になるのは気のせいだろうか。
 だが朝の屋根の上は思っていたより悪くは無かった。涼やかな風が吹くと空気が昼間より澄んでいるのがよくわかり、太陽の光量がやや少なめのせいなのか、若干目が良くなったように感じさせられる。
 そんな高山での目覚めで気を良くした登山家の気分を、ほんの少し味わっていた俺に、少女は不思議そうな顔をして視線をくれていた。そして俺がその視線に気が付いたのを感じたのか、緩やかに唇を弾ませ魅力的に笑いかけてきた。どうやらこの笑顔には、俺の警戒心を解く力があるようで、なんだかこのまま少女について行ってもいいような気分にさせられるからマズイ。
 つい少女の笑顔で惚けてしまっていたが、よく観ると少女は家の玄関先を指差しているようであった。
「マシンはあそこにあるよ。私なりに改造を施してはいるけど、システム的には貴方のと変わらないはずね。どう? 久し振りでしょ? 運転したい?」
 そうイタズラっぽく笑って言う少女が指差す先には、たしかにマシンと呼べる代物が存在していた。あれは世界で最もエコなエネルギーを利用し、軽量でかつ実用性に特化し、大人も子供も老若男女全てが使用可能なマシン。確かに俺の知るマシンとシステム的には変わらんだろうな。
 家の玄関先には、ごく一般的な『自転車』が駐輪されていた。
正直、この目の前で笑う少女が男でなくて良かった。心底そう思うね。男なら今頃豪快に足蹴りで突っ込みを入れている所だ。そうして屋根から転げ落ちた様を上から覗いていただろう。でも女にはやさしくだ。断じて好みだから許す訳ではない。たぶん。
「いや、運転はいいよ。それよりどうやって玄関先まで行くんだ? まさか飛ぶとか言い出さないよな? てかどうやって屋根まで登ってきたんだよ」
 少女はそのイタズラっぽい笑顔を崩さず、
「飛ぶのはまずいわ。 基本的に現行の時空間では、その文明に合った手法を採用しなくちゃいけないじゃない。あっ、もしかして結構違反してるとか? ふふっ、だめだよ? 私の前ではやめてね!」
 そんな意味不明なことを言いながら、事もあろうか庭に生える白樺の木の枝に今にも飛びつこうとしていた。
「ちょ、待てって! まさか木を登ってきたのか?」
「そうだよ、私こういうの得意なの」
 それだけ言って、少女は器用に太めの枝へ飛び移り、そこから更にジャンプして白樺の幹を落下しながら蹴り上げ、見事なまでの着地を成功させた。
 おいおい、我が家はこんな簡単に侵入されるのかよ。これはさっさとこの茶番を終わらせて、白樺の木を撤去するかどうかの家族審議を開廷せにゃならんぞ。俺は庭に降りて、Vサインをみせている少女を驚嘆と落胆を入り混じらせた感情で眺めながら、心底そう思った。
 まあやってみると簡単に出来るもので、俺でも木をつたって庭に降り立つのに、それほど時間はかからなかったのだが、これはあまり誉められた事ではないのはたしかだ。
 庭に降りてみると、リビングに繋がっている大窓が今だにカーテンによって視界を遮られている。どうやらうちの家族はいまだ夢の中らしい。父親は出が早いから無理かもしれんが、たまには息子の出かける所を見届けて欲しい物だ。
 そんなワケで、あまりビクビクする事も無い状況なのだが、それでも少女が忍び足で自転車の止めてある玄関先に行こうとしている姿を見ると、どうやら少しは罪の意識がある事がわかる。
 そして自転車の前、時間的にはもう家を出ないと遅刻は必至、俺は制服を着て鞄を持っている。ついに潮時である。
 俺はこの茶番に終止符を打つべく、自転車をなにやらいじっている少女の前まで行き、「残念だが、君に付き合うのはここまでだ。俺は学校があるんでな、そろそろ帰ったほうがいいよ、もう十分だろ?」
 言った。言ってやった。少女はまるで時間を止められたかのように、サドルを掴みながら固まってしまっている。どうやら相当驚いているらしい。もういいだろ。
「冗談でしょ? 貴方が来てくれないと何も出来ないわ! これもテストなの? だったら私を信じて!」
 悲痛。まさにそんな感じに見えた。顔はとても苦しそうな笑顔となり、切迫した感じがなんともいえない真実味を帯びていた。俺はその顔に正直かなり驚いた。それでも少女の言う事が理解できないのはどうしょうもなかったので、
「テストでも無いし、冗談でもない。俺は君を知らないし、君のおかれている状況も分らないんだ。第一、俺は君の名前さえ知らない」
「そん……な!」
 少女はこの時間帯では近所迷惑と成りえる声量で叫んだ。でもそんなご近所付き合いにあれこれなど、俺にはどうでもよく感じた。それほど少女は切迫していた。
その切迫感のせいで俺は遅刻しそうな状況なのにも関わらず、どうしてもその場を動くことが出来ない。
 少女は何かを訴えるように俺の目を見つめ続け、首にかけたネックレスを後ろに手を回しながら外した。それは細長くて透明の、まるで小学校時代に愛用した液体糊のカプセルに似た物体であった。そしてこれを見ろと言わんばかりに俺の眼前にその物体を突きつけ、
「じゃあこれはなに? これは貴方が私に残してくれたメモリービジョンじゃないって言うの? この時間、この場所、この次元の貴方が、私に何かあったらって残していってくれたものじゃない!」
まくし立てるように言って、少女はうつむいてしまった。
この雰囲気はよろしくない、泣かれそうだ。女の涙など味わった事も無いが、進んで味わいたいとも思わん。さてどうするか。
 俺は玄関先なんかで泣かれたくは無かったので、少女が突きつけた液体糊のカプセル(俺命名)を受け取り、それをじっくり観察してみた。よくみるとそれの頭頂部にスイッチと思える突起物があった。一瞬押していいのか確認をしようかと思ったのだが、少女はうつむいたまま悲しんでいるのか、怒っているのか分らない表情のままだったので、まあ渡したのだからいいだろうと判断し、俺はそれを押した。
 するとどうだろう、カプセル内に人と思えるリアルな映像が映し出されたではないか。しかもその人物は俺だった。今とは少し違う。髪を後ろにかき上げ、顔はやや痩せこけているように見える。格好もなんだか宇宙服のように分厚い装甲で出来ているのであろう物を身に纏っている。だが間違いなく俺である。
俺はかなり驚愕の眼差しでカプセル内の映像を見ていたが、手の中に納まる、そのカプセル内に映し出された俺が、にわかには信じられない事を話し出した。
『デュナ、お前なら一人でも未来でやっていけると思っての別れなんだ。それだけは分っていてほしい。きっといい時空監査官になれるよ。俺が保証するんだから間違いは無い。俺はこれから時空間の歪みに対して、自分なりの処置を施していこうと思ってるんだ。たぶんこれがうまく行けば、歪みもだいぶ減るだろうし時空難民もいなくなると思うんだ。だからもう会う事は出来ないかもしれないな。なんたって時空は広い。でも、出来たらまた会いたいと思っているよ。成長したお前の姿もみてみたいしな! きっと美人になる、これも保証する! それじゃあ、さようならだデュナ。がんばれよ! お前みたいな人達を大勢救ってやんな!』
 どう言う事だ、これは事実なのだろうか。俺とそっくりな人間を用意してこれを撮ったのか、あるいは最新のCGで制作した映像なのだろうか。いやまてよ、まずこんなリアルな立体映像を今の技術で出来るとは思えん。しかも液体糊のカプセルサイズなんかでは特にだ。
 頭の中が激しく混乱していた。あまりにもばかげた話に、あまりにもリアルな証拠を突きつけられたのだ。俺は玄関先のアスファルトに、腰が砕けたかのような感じでへたり込んでしまった。そんな中、手にしていたカプセル内の俺が、まだ何かを喋っていた。
『ただ……もしお前がどうしょうもない状況に追い込まれたりしたら、20××年○月×日の午前六時ジャストにいる俺に助けを求めればいい。きっと何とかなるはずだ。場所と時間軸は映像で記憶させておく』
 それだけ喋った後、俺の手に握られていたカプセルから空中に向かって青い光が照射され、光線が我が家近辺の見事な立体地図へと変わり、その横に見た事も無い図形と計算式が発現したが、俺にはうつろな目でそれを眺める事しか出来なかった。
 そうしてうなだれていた俺の姿を少女は、いやデュナだったな。デュナはとても不安そうな、でもほんの少し期待をにじませている感じで覗き込んでいた。
「なんでそんなに驚くの? まさか本当に覚えてないって事?」
 覚えていないのではない。全く知らないのだ。だが事実はたしかに存在し、デュナは俺を知っている。そこは理解するしかない。でも納得は出来ないのだから仕方が無い。ならば話すしかないだろう。納得がいくまでな。
 俺は空間に発現した立体映像を再度カプセルのスイッチを押す事によって消失させ、虚ろになった気持ちを奮い立たせながら腰をあげ、デュナに向き合い、
「デュナ……だったな、現実を話そう。俺は君を知らない。覚えていないんじゃなくて、知らない。ただ君が見せてくれた映像が虚実であるとも思えないんだ。詳しく話して欲しい」
 これが精一杯の現実だった。俺が受け入れている許容範囲。
 デュナの顔はやや青ざめ、そして戦隊スーツを着た身体は少し震えていた。
「私は……貴方は元時空監査官で、私を時空漂流から助けてくれて、私に名前と生きがいをくれて、それで、それで……なんでなの!」
 デュナは顔を両手で覆いながら、
「この時間軸の貴方は、私の知っている貴方のはずなの! 間違いじゃないはずよ! 貴方は私を知っているはずなの!」
 そんな事は無い。だがもっと理詰めないと。そう思い、
「その事はしばらく置いておこう。今更だけど、君は未来から来たって事なのか? 冗談かと思ったが、この自転車がもしかしてタイムマシンかなんかってことかよ。それは……まあいいか。それよりおかしくないか? 俺はこの時代に生まれて、今まで生活してきたんだぞ。その時空監査官ってのは未来の仕事かなんかだろ? 俺がなんでそんな事をしているってんだ。俺も未来人ってか?」
 俺は今となっては滑稽にしか感じられない、駐車してある自転車を指差しながらそんな思いをぶつけた。
 俺の冷静な対応が良かったのか、デュナはすこし間をとって感情を押さえたようで、冷静さを取り戻したようだった。ただ、
「それは簡単で……あっ!」
 デュナは何かを話そうとしたが、その頭に浮んだ言葉に対して、明らかに動揺を見せた。なんなんだよ。
「貴方がさっき言った通りなんだわ。歴史が改変されたのよ。貴方の存在ごとね。でもなんでかしら。私は改変されたのは時間の流れだけだと思っていた。でも実際は監査官である貴方さえも改変されてしまっている。おかしい、時空監査官はみんな時空の歪みに飲み込まれないように処置が施されているはずだもの。まさか自分から? でもそれは――」
 質問の答えになっていない。まるでデジャブを見ているかのように、デュナは玄関先の路地をウロウロし始めた。どうやら考え込むと周りが見えなくなるらしい。かんべんしてくれ。
 俺は疲れからなのか、心の問題からなのかわからない溜息を吐きつつ、デュナの考える歩みをやめさせた。
「原因はわからんが、なんとなく問題は見えてきたんじゃないか? そこで言いたいんだが、俺に何が出来る。君の話を信じたとしよう、今更だがまあいい。俺には未来に対する知識も無いし、今の時間での知識さえ乏しいと断言しちまってもいい。正直言って役に立たん。それなら俺がこの件に関与する必要は無いと思うんだが、どうだろう」
 情け無いが事実であるし、それがお互いのためだろう。俺は今起きている事件の事は見なかった事にするし、デュナにしても足手まといの無知識人を使う事も無かろう。
 だがデュナは否定した。
「だめよ! 貴方に助けてもらわないと断層街が崩壊しちゃうし、それに私の便りは貴方だけで、何とか記憶を取り戻してもらって……しまった!」
 突然デュナは俺にそっぽを向き、頭を抱え出した。なぜだろう、なんだかとてつもなく嫌な予感がする。
「どうしよう、どうしよう。別にこの時間軸でなくても良かったんだわ。でももう後には引けないし、でもまだなんとか、でも……」
 嫌な予感はしつつも、俺はデュナに話し掛けた。
「いったいなんなんだ?」
俺の声に反応したのか、デュナの肩らへんがビクッと動いた。そして、
「あの……や、やーいやーい、引っ掛かった引っ掛かった! ど、どっきりでーす! 今までのは全部嘘の、その、あの……だめ?」
 そんなふざけた事を、デュナは引き攣るような笑顔をしつつ、飛び跳ねながら言ってのけた。
 無い、それだけは無い。今更どうやってこの状況をどっきりなどと言う戯言で片付けられようか。それが通用するのはせいぜいデュナが窓から侵入してきた時くらいだろう。いやまて、そもそもあんな登場をして、どっきりなんて通用するはずが無いではないか。それは単なる家宅侵入だ。
「説明してもらおうか? なにやら無かった事にしたいみたいだがな。違うか?」
 そう迫った俺に対して、デュナは半ば泣きそうな顔になりつつ、最悪な事を言った。
「もう後戻り出来なくなっちゃった……。貴方には、一度未来に来てもらわないと駄目みたい」
 未来だとよ。どうするんだこれは。俺の現実が完全に崩壊しちまった。何とかならないのか。そんな逃避的思考を脳内で巡らせていたが、答えなんてどこにも無かった。あるのは目の前の可愛い少女と、仕方が無いと言う諦めとイコールの覚悟だけだった。
 






























2.ローリング、ローリング

 そこは想像していた世界とはだいぶ違っていた。この場合のそこってのは言うまでも無いと思うが、ワームホールだとか四次元空間だとか言われている場所であり、未来と過去を繋ぐ道であるとか人類には干渉しようの無い高次元だとかって言われている場所のことである。
 俺の想像では、なんかチューブ状の空間で全体に歪んだ時計とかが描かれている感じだったんだが、まあそれはお子様ドリームであって現実ってのは相応に厳しいものなんだってのは短い人生の中で学んでいたので、さしてショックではない。
 じゃあどんな場所なのかって言うと、俺には永遠に続く蜂の巣に感じるんだな。六角形の空間が幾重にもなり、それが星の数ほどに枝分かれしているんだそうだ。(これは見たわけではない、デュナが説明した話だ)
 実際は乗車しているタイムマシンから覗ける、流れるような風景しか見えないので、どんなだかは確認できん。要するに回したコマの絵柄は止まるまで確認できないのと同じ原理だ。
 もう一つ想像と違った事がある。まあそれは違っていて本当に良かったのだが、違っていなかったらお子様ドリームなんて代物ではなく、本当にダリやピカソが考える情景を表す所だった。
 タイムマシンの事である。俺はてっきりそのお子様ドリームチューブの中を、バカを絵に描いたような情景のように自転車で二人乗りして行くのだと思っていたのだ。
 だが実際はだいぶ違っていて、デュナの未来連行宣言の後、バカ情景通り玄関先で自転車の荷台に俺は腰を下ろすことになったのだが、いざデュナが自転車を漕ぎ出すと目の前の風景が一変したのだ。
 目の前には流れ行く蜂の巣状の風景なのだろうものが、車のウィンドシールドみたいな大窓越しから覗いていて、さらに荷台に座っていたはずの俺はまるで豪勢なマッサージチェアみたいな椅子に座っていたうえ、事故防止のためなのかは知るところでは無いが、ご丁寧にシートベルトまで着用していたので驚きは倍増だった。
 とまあこんな感じで俺は未来への処女航海を迎えるに至った訳だが、そこまで悪くない気分にさせてくれる予想外だったのでそれはよかった。まだ見て無いが、きっとタイムマシンの全容はUFO的な仕様でると思うね。てかそうであってほしい。
 だが実はこれらの事は別段どうでもいい事柄に分類される訳で、大切なのは何故こうなったのかって事なのである。俺もだいぶ初体験的未来旅行にもなれてきたので、なぜか隣りの操舵席に座ったまま気まずそうなオーラ全身から放出しているデュナに、事の真相を問い詰める事も出来るってもんだ。
 そこで俺は真相について切り出した。
「忘れられちゃ困るから聞くが、なぜ全て無かった事にしようとしたんだ? 俺が居なけりゃ、そのなんだ断層街だっけ? それがまずい事になるんじゃなかったのかな。回答次第では本気で怒り出したい気分なんだが」
 デュナは俺の質問に対し、ややうつむき加減になりつつ小声で話し出した。
「まずね、時空の仕組みを理解しないと説明できないの。えっと……時空ってね、必ずしも一つの事象に対して結果が一つって訳じゃないのよ。例えば今日の午前六時に私と貴方は出会ったよね、そしてその時空が今につながっている訳なんだけど、時空には私と貴方が出会わない結果もあるって事なのよ」
 さっぱり分らん。物理の話なんだろうが、俺はあまり得意ではないしな。第一高校で時空なんて学ばないだろう。そう思ったが、デュナはそんな空気を一切読まずに話を続ける。
「つまりね、私が貴方の記憶が無くなっている事にもっと早く気が付けば、貴方になんだかんだと言い訳をしてその場を去って、時空の歪みを修正してから私に出会った貴方とは違う、もう一人の記憶の戻った貴方を迎えに行けたって事なの」
 ますます分らん。俺が二人いて俺は無用だったてことなのか。それはあんまりだろう。だが俺は沸々と湧き上がる怒りの中で、一筋の光を見た。
「上手く理解は出来ないが、俺じゃない時空の俺に頼ればいいならさ、俺なんてやっぱり必要ないじゃないか。いまから俺を無視してだな、それからもう一人の俺のところに行けばいいじゃないか」
 名案だと思ったね。だがデュナの顔がやや曇り、
「確かにそれは可能だった。でももう無理なのよね、貴方は未来の干渉を受けてしまったの。メモリービジョンで普通では見ることの出来ない人物を見てしまったでしょう。一度未来に干渉した人物は、その時空から排除されてしまうのよ。そう言う決まりがあるの。そうしないと未来がどうなっているのか断片的にでも知られてしまうでしょ?」
おいおいとんでもない話だな、排除だって? 冗談じゃないぞ。問題を起こしたのは未来側じゃねえか。
「……俺は殺されんのか?」
俺は断腸の思いで言葉を搾り出した。それにデュナは答え、
「こ、殺されなんてしないわよ! ただこれは私の抱える問題と関わってくるんだけど、未来から干渉を受けてその時空に存在できなくなった人間はね、時空難民って言うのよ。そして彼らは未来からの監視の下で隔離されながら生活させられるの。その隔離される場所って言うのが断層街よ」
デュナはなんだかとても悲しそうに見えた。その顔を見ていると、俺の好きなあの笑顔とのギャップのせいでこれ以上問い詰める気分じゃなくなってしまった。でも聞かなくてはいけない。それはこれからの俺の人生を左右する事だし、何より俺は無知すぎるのだ。それを強く感じた。
 だが、なんとなく断層街についてはあまり触れない方がいいように感じられた。どうやら深い関係が有りそうだし、なにより俺は女の子の悲しむ姿を見たいと言う趣味は持ち合わせていないしな。
 俺は話題を変えようとしつつ知りたい事を聞くため、さも断層街には興味が無く、かつその話題は終わった的な雰囲気を全力で展開して別の懸案事項を切り出した。
「ふーん……そうなんだ。まあ断層街の問題ってのは解らないが、あまり好ましくは聞こえんな。話は変わるけどさ、疑問があるんだよ。朝にはうやむやになったけど、なんで俺が未来なんかと関係があるんだ? 別の時空の俺が未来の事件に巻き込まれた的な展開だったりか?」
 話題変更はこんなもんだろうと思いつつ、俺はデュナの表情を横目でチラチラ確認しながら回答を待った。
 デュナは少し哀愁を漂わせていたが、一瞬長く目を閉じてからまるで気合を入れたといわんばかりに前方に広がる空間を見据えた。そして俺のほうにその強い眼差しを向け、
「そうだね、私の知っている事を全部伝えるよ。それが断層街に繋がってるから」
 そう決意表明をした。それから質問にこたえるように話し出した。嘘みたいな話を。
「貴方が何故未来と関わっているのか。その質問は簡単、貴方が未来と過去を繋ぐ鍵になったからよ。貴方の時代では時間移動は単なる夢物語から研究対象になった頃だったよね? その中で時間移動の原理は生まれたわ。でもその原理を実現するには莫大なエネルギーと移動に必要な加速装置が必要だった。多くの研究者がそれらの開発に躍起になったんだけど結局無理だったのよ。でもそんな中で一人の学生がその二つ問題を解決したわ。それが貴方。磁力を使った理論でS極球面体とN極空間を利用したシステムの――」
「ストップ! じょ、冗談だろS極……何だって? そんなもん開発できる訳無いだろ。しかも学生って今とそんな変わらないだろうし、なんかの間違いにしかきこえねぇぞ」
 俺は全面否定をした。だがデュナはその否定を否定し、
「そんな事は無いわよ。宇宙が好きだった貴方はふと思いついたって言ってたわよ? 私に話してくれたもの、地球が宇宙空間で自転する状態を想像していたら思いついたって。だからこの理論は極小の人工惑星を作って、その自転をエネルギーに変換して、さらに回転速度を操作する事により加速装置にしたものなのよ。ちなみにこの理論は重力制御を可能にしたし、不可能理論とされた永久機関でもあるからすごいのよ!」
 まるで自分の開発を自慢するかのように、デュナは瞳を輝かせつつ満面の笑みを見せた。
 どうしたんだ別の俺は。どっかで頭を打ったとしか考えられんぞ。俺は絶対に信じられなかった。己の限界位はとっくに見えていたはずなのだ。そんなアインシュタインもビックリな代物をどうやったら出来るんだよ。
 なんだか気分が悪くなった。デュナが笑顔でいるのがせめてもの救いだ。俺はこれ以上信じられない事を聞く気が失せたので、投げやりな感じで時間旅行の計画について聞いた。
「何故未来と関わっているのかはもういい……。で? 未来にはあとどの位で着くんだ?」
デュナは質問に対し、見た事も無い機材に視線を移して何かを確認し、笑顔でハキハキと答える。
「あと29年と7ヶ月、10日と6時間31分18秒……だね」
正直言って言葉が無い。ここまで来て嘘を言う理屈も無いだろうしな。俺はただただ沈み行く気分が、これ以上手の届かない所まで落ちていくのを阻止するので精一杯だった。だから突っ込まんぞ。
 そんな意気込みも実はどうでもいい。なんだか酷く疲れてしまったようだ。俺が朝に弱いのが原因ではないだろうな。この状況が事あるごとに俺を追い込むからに違いない。そう思った。しかしだ、同時に俺はデュナの嘘だと思いたい事実にそこまで驚いていない事に気が付いた。信じたくはないが……おそらく慣れてしまったのだろうな。まったくもって嘆かわしいじゃないか、今ならきっと俺は死んでいるって言われてもそう驚かない気がする。
 だから俺はデュナの約30年の旅行計画に、それが当然だと言わんばかりに相槌を打ってやった。
「そうか、じゃあ俺は目的地に着くまで寝るかな。サービスエリアにでも寄る時に起こしてくれよ。朝飯を食ってないからな」
 デュナは少し驚いた表情になった。どうだ、そう思ったね。だが、
「え、もうハイスリープに入るの? もう少し未来について知っておいたほうがいいと思ったんだけど。まあ、いいって言うならそうするけど」
「……」
 変に会話が成立した。
 もし近くに狐がいたら俺の頬をつまんでいるに違いない。どうやら未来を舐めないほうがいいらしいな。人間の知的進化は留まる事を知らないらしい。
「いいからもうそのハイスリープってのを使ってくれ。安眠できるならそれで満足だ」
「了解!」
 俺の投げやりな回答の、投げやりの部分だけ感じ取っていないのではと思えるほど、デュナは楽しそうになにやら機材をいじりだした。素直なのはいい事だよな。
 デュナが機材をいじりだしてほんの数秒、タイムマシン内が薄暗い青系の光に包まれていった。そしてプラットホームの放送みたいな機械の声が、
『ハイスリープの準備が完了しました。使用者2名。ID確認……完了。使用する際は使用者がそう指示してくださ。待機モードに入ります』
 そう答えた。それと同時にマッサージチェアみたいな椅子がゆっくり背もたれを床と水平にすべく、倒れていった。そして、まさに寝るべきに相応しい形容へと変形を遂げる。
 俺は仰向けになった状態で、同じように仰向けとなっているデュナへとさりげなく視線を向けてみた。するとちょうどデュナも俺の方を見ていたのか、目があってしまい無駄に恥ずかしい気持ちになった。
 だがそんな視線の先にいるデュナは、薄暗い中でも判るくらいに悲しそうな目をしていた。
「あの……今更なんだけどね、言わせてほしいの。ごめんなさい。私の勝手な行動で貴方を巻き込んでしまった。本当は時空難民を助ける立場なのにね。私は貴方を時空難民にしてる」
 デュナは俺から視線を外し、タイムマシンの天井へと視線を注いだ。それにつられるように俺も天井を見てみると、まるで真夜中に星を眺めているのではないかと思えるほどの色鮮やかな光達が輝いていた。
「でもね、たとえ記憶を失っていても貴方なら断層街を救えると思うの。そんな確信が私にはある。だって私を救ってくれた貴方は、間違いなく今の貴方だもの。でも……それは私の一方的な考え。貴方が元の時空に帰りたいって言うなら、どんな工作をしても私が貴方を帰してみせる。だから安心してね」
 それだけ言って、デュナは黙ってしまった。
 帰りたいだって? そんななのは決まっているじゃないか。帰りたいにな。そりゃ未来の問題を解決するってのは興味があるが、命を賭けてまでって程じゃない。なんだかんだ言っても俺は学校に行きたいし、馬鹿みたいに友達と騒いでいたいさ。将来がつまんないと判っていたって、それはもっと先の話だ。俺は今を大切にしたいのさ。だから言ってやった。
「いいか、俺は絶対にもといた場所に帰るからな。だから断層街かなんかの問題で危ない雰囲気になったら真っ先に逃げるぞ。それと記憶を消すとか、未来的な処置も無しだ。気が付いたら何も知らずベットの上なんて、せっかく未来に行く意味がない。あとは……未来を観光する時間があればいい。帰るのはそれらが全て終わってからだからな。話はそれだけだ」
 暗闇の中で、デュナが笑ったような気がした。しかし俺がその笑顔を見るには人間の器って物が圧倒的に出来てない。
「わかった、約束するよ! じゃあハイスリープに入るからね」
 弾むような声でそう述べたデュナは、その後すぐ機械の声の主に何かを言った。その瞬間に俺はゆっくりと底なし沼に沈んでいくような、それでいて空中にふわふわと浮いているような感覚に襲われた。そしてそんな中で思った。
 きっとこれから見る夢は面白くもなんともないに違いない。なんせ現実のほうがよっぽど夢見たいな話だからな。




























3.獲物は確かにいただいたぜ?

 普段目が覚めるとき、やたらと人様を陰鬱にさせる目覚まし時計のアラーム音だったり、あるいはそれを乗り越えてもっと早く起こしてくれと言いたくなる様な絶妙ともいえる遅さで起こしにくる母親の罵声などに影響されなかったら、それは最高の気分であるとは言えないだろうか。
 俺が約30年という信じがたいほどの長い眠りから目覚めたのは、まさにそんな感じだった。誰に邪魔されることもなく、ごく自然にまぶたが開く。まさに最高の気分である。
 目覚めた場所が狭い六畳の部屋にあるベットの上で、やたらと薄い掛け布団にくるまっていたらの話だが。
だが現実は変形マッサージチェアの上だし、見た目は変わらんが知らぬ間に30歳も年をとってるんだから嘆かわしい。両親や先生と大して変わらない年齢ってことだな。今度ため口で挨拶してみようかな。
 なんて俺はまだ夢見心地と現実逃避を謳歌している感じだったが、辺りを見回すとデュナはすでに目を覚ましていたようで、ハイスリープ用に変形した椅子をすでに元の状態に戻して何やら機械と格闘しているようであった。
「……おはよう。まだ目的の未来に着かないのか?」
 そう俺が背中越しに語りかけたら、デュナは少しビックリした様子でこちらを向いた。
「あ、起きたのね? 今本部に掛け合ってゲートを開いてもらってる所よ。見て!」
 そう言ってうれしそうにウィンドシールドの先を指差さす。俺はその指の先をまだ半開きの目で追った。
 そこには空間の歪みなのであろう渦が存在していた。蜂の巣状の空間ではない、どこまでも青い空間だった。まるで渦の巨大な絵画の前に立っている感じだ。そしてその渦をしばらく見ていると、中心がまぶしく点滅し始める。そしてその光が、渦の先にある世界から漏れ出していると言うことに気が付くのに、そんなに時間は掛からなかった。
「これが私達の、貴方達の先にある世界よ」
 デュナはさあ驚けと言っているかのような顔でこちらを眺めていたが、俺は思わず笑顔になり、変形マッサージチェアベットから飛び降りてウィンドシールドまで駆け出してしまった。
「す、すげぇ! 未来だ!」
 まさに絶景。
 タイムマシンが渦に出来た穴を通過した瞬間、未来が目の前に広がったのだ。すさまじい超高層のビル群が、まるで空に突き刺さっているのではないかと思えるほど高くそびえていた。そのビルは現代の味気ないコンクリ製ではなく、まるで巨大なペットボトルのように透明で流線的なデザインである。
 ビル群の下には現代の道路のようなものが幾重にもなって存在しているが、車などの交通機関に利用してはいないようで、真っ白なウォータースライダーみたいな形容をしており、そこを光の玉みたいな物が行き交っている。さながら巨大な光ファイバーといった役割なのだろうか。
 そして上、一見空には雲しかないようだが、よおく目を凝らすと空一面に透明の物体が浮いているではないか。それは大小様々な球体で、もしかしたら未来人の家だとか店だとかかもしれない。そう思った。
「デュ、デュナあの透明な玉はなんだ? あの管みたいなのは? あの――」
「未来の観光は後にするの! それよりこれから本部に行くんだから、私達は色々と打ち合わせしないといけないわ! こっちに来て座って、詳しく話すから」
「まじかよ、サクッと行こうな。時間は待ってはくれないんだぞ?」
 なんて未来人に時間について説いても虚しいだけで、デュナは俺の反応を楽しんでいるようである。まあ仕方のないことだ。初めての海外旅行で浮かれてる奴と一緒だもんな。そう思い俺は渋々デュナの指示に従った。
 さっきまでベットだった椅子を元のマッサージチェア風のスタイルに戻し、ちょうどデュナと向き合うような形にしてから、デュナは話し出した。
「いい? 貴方は未来では特別な権限を持っているの。不干渉の権利よ。だから貴方が住んでいた時間軸で何をしていたのかは誰も知らないの。きっと何かの研究だと思っていたでしょうね。でも私との会話で貴方が記憶を失った事が知られてしまったら、貴方は断層街へと送られてしまう。
 だからこれから本部に行っても、貴方には記憶があるように、つまり何かしらの任務から帰還したかのように振舞ってもらわないといけないと思う。貴方の家で話した会話は私に対するテストって事にしてね」
 なにやら面倒な雰囲気がするな。演技ってなんだよ。出来ないよ。
俺は不満な感じを全力で顔に出して抗議した。
「無理だ! なんだよそれ。俺って未来ではなんかすごい事発明した人間ってことになってるんだろ? それがどうだ、今の俺は無知、無資格、無責任なダメ人間じゃねえかよ。嘘つくにしたって限度ってものがあるだろうが。過去で何していたのかだとか聞かれたらどうするんだ。はい、学校行ってましたなんて言えるかよ」
 俺的にはかなり激しく言ったのだが、デュナはまったく臆すことなく笑顔で、
「大丈夫! だって貴方人見知りで友達いなかったもの。いつも断層街の人と話してたからね」
 まったく問題ないことを俺にアピールした。
 なんだろう、喜んではダメだよなこれ。そんな人見知りな自覚ないぞ。別の俺ってやっぱ変だよな。そんな疑問な拷問を心に感じた。
「わかったよ。で、具体的に俺はどうすればいいんだよ。黙って根暗な感じをかもし出せばいいのか?」
 半ば自暴自棄になりかけの感じだ。それを感じたかどうか定かではないが、デュナは少し考えている様子で人差し指を眉間に当てている。
「うーん、まあ喋らない方がいいかもしれないけど、それだと怪しまれるよね。それに少なからず話さなくちゃいけない場面もあるだろうし、ある程度は口裏合わせをしておかないといけないかも」
 なるほどね。俺は小さくため息をついて、窓の外に広がるすばらしい未来に視線を向けた。
未来の建造とは実にすばらしい光景だ。すぐにでも見て回りたいね。幸せ回路発動中。
「とにかく大切なのはバレない事だから、それをしっかり認識しといてね。私も出来る限りサポートして……って、もう! 外見てないで話に参加してっ!」
 おっといけない。俺はあわてて視線を窓からデュナの咎める様な可愛らしい顔へと向けた。デュナさん顔が怖いですよ。
「ま、まあある程度状況は理解したよ。でも肝心の話が抜けてる。わざわざ危険を冒してまでその本部とやらに出向く理由はなんなんだよ」
 俺はさして理解もしていなかったが、場の空気を正常化するために話題を変えた。
「うん、色々と理由はあるのよ。貴方が記憶を失っていない事をアピールしに行くってのもあるし、不干渉である貴方の所に遡行した経緯の説明もしなくちゃ駄目ってのもある。でも一番は断層街の時空崩壊を阻止するためよ」
 理由を聞いた俺はしばし脳内で考えを巡らせ、さらなる疑問点を搾り出し、
「俺にとっては記憶喪失じゃない事をアピールするのが一番優先なんだがな。でも断層街が気になるのも事実だ。そもそも本部、ってか未来の科学じゃ断層街を救えないのか? 救うために本部に行くんだろう?」
 なんてことを聞いてみる。まあ当然の質問だ。だから俺はいつものように明るい笑顔や軽快な口調でデュナが説明するのを期待した。
 だがデュナの表情に明るさなんてものは一切無く、まるで入試当日に寝坊した学生みたいな絶望感が漂っている。
「私にも分からないの……。本部が主導で救済処置すれば問題ないはずなのよ」
 俺は奇妙な違和感を感じた。何かおかしくないか。かみ合わないパズルみたいだ。
「本部は動かないってことか?」
 俺は心の隅の方でチリチリと何かが騒ぐのを感じながら聞いた。それに対してデュナは視線を俺の顔からゴミ一つ落ちてない床へと落とす。ますます絶望を感じさせる仕草だ。
「そもそもね、貴方に助けを求めた理由がそれなの。一週間ほど前、これは貴方の時間軸での感覚だけどその時ね、私が断層街の異変に気が付いたのよ、時空が歪んで消えかかっているって。私はすぐに本部へと報告した。
 でも返答は現状維持よ……私は怒ったわ。何度も本部と掛け合ってみた。でも返答はずっと同じで、私は不振に感じて帰還を決意したの。こうなったら直談判よっ! ってね。そしたら帰還申請さえ拒否された。私は途方に暮れたわ。それで貴方ならって思ったの」
 なんだ気持ちの良くない話だ。思わず壁を殴りたくなる。
「そうだったのか。どう見ても本部ってのに何かあるな。断層街には難民が住んでるんだろ? クソ面白くも無い話だな。何とかしたい気分になったよ。俺に何が出来るかな。話を聞くと記憶のある別の俺であっても問題解決は難しい気がするぞ?」
 鏡を見なきゃ己の表情なんて分からないが、俺の顔を見てデュナが少し笑った。
「貴方が思っている以上に未来での貴方は力があるんだよ。貴方は時間遡行の鍵となったって言ったでしょ? 此処では時間遡行は何よりも重要なファクターなのよ。だから時間遡行に携わった人間は特別待遇になるの。そもそも貴方が来てくれたから私は此処に戻ってこれたのよ。貴方無しでは今でも帰還できていなかったわ」
 なるほどね。記憶も知識も無い俺でも権力はあるって訳だ。これはますます記憶が無い事をばれちゃまずいな。
 俺は脳内で逃避的思考を高速で削除していきながら、目の前に座るデュナを見据えた。その時、俺はデュナの明るい表情に始めて力が入っている事に気が付いた。ずっと無理をしていたのだ。それもそうだ、デュナは多くの命を抱えながら足掻いているのだ。俺はデュナの強さを心からカッコイイと思った。
「口裏合わせはいい、時間が惜しいからさっさと本部へ行こう。断層街がいつ崩壊するか分からないんだろ?」
 デュナは満面の笑みを浮かべて、
「了解!」
 そう力強く答えた。そして椅子を前方へと向け、本部への進路を設定しているのであろう、機械を手馴れた動作で操りはじめる。
 はっきり言ってデュナの機械操作はピアノの演奏を彷彿とさせるが、まあそんなことはどうでもいい事だよな。大切なのはこれからどう行動するかだし、緊張感を持っておかなくては。
 そうな事を考えているうちに、空中で静止していたタイムマシンはゆっくりと壮観なビルの立ち並ぶ風景と溶け込むように動き始めていた。
「これからショートジャンプで本部まで行くから」
 俺が今後の行動について決意を脳内表明していた時、デュナがさらりと聞きなれない言葉を言ったので俺は、
「なんだって?」
 当たり前のようになってきた疑問符を口にした。
 だがデュナはその質問に答えはしなかった。それより前にタイムマシンがジェットコースターよろしく急発進したから。
「うおふっ!」
 そしてそんな衝撃が襲ってきたかと思ったら、今度は一気に急ブレーキをかけた様に停止し、思わず前にダイブしそうになるのをやっとの事で留める。(実際はいつの間にか巻きつけられたシートベルトによって体が固定されていた為安全なのだが)
 そんな状態で気が動転しながらも俺は前方の景色に目をやった。するとそこにはあまりに巨大な水晶玉をモチーフにしたと思われる施設(俺の主観)が存在しており、その球体の下部に隣接された入り口と思われる空間へ吸い込まれている所だった。
「ねえさっきなんか質問した?」
「……あーなんでもないです」
「そう」
 未来の移動手段がどんなものなのかは俺の理解が及ぶ所ではない。それは仕方の無い事なのだ。だが俺がどんなに固い決意を心に刻んでも、未来の魔法に似た力の前ではほとんどプリンだ。そう思った。
 やがてタイムマシンは専用のドックと思われる場所へと移動し、ついに未来の地に足を踏み出す瞬間が訪れた。この一歩は小さな一歩だが――
「そうだ! 本部の人たちとの会話は何とかごまかすにしてもコードネームくらいは教えとかないとまずいよね」
 俺が地味に楽しみにしていた瞬間を楽しもうと席からタイムマシンの銀に輝く扉へと移動しようとした矢先にデュナは言った。俺は特に何も考えず言葉を返す。
「コードネーム……あだ名みたいなもんか。まあいいや俺のコードネームは?」
「アルセーヌ・ルパン四世よ!」
 ふーんアルセーヌ・ルパン四世ね。思ったより長い……!
「ちょ、ちょっとまったっ! それはネタだろ絶対! 怪盗かよ!」
 これこそドッキリに違いない。デュナの可愛らしい茶目っ気なのだ。そう願った。でも俺の願いが今日一日一切通じていないので悲しい願いである。
「貴方が決めたのよ? どんな困難も乗り切って必ず目的を遂げる、強くて賢くて仁義に熱い男の中の男! らしいね私知らないけど」
 ああ今まで気が付かなかったが、俺って馬鹿だったんだな。平凡を絵に描いたようなタイプと信じて疑わなかった日々が懐かしい。
「却下だ。コードネームの変更を申請する」
「それは無理よ。それにそんな変じゃないよ? 皆は貴方をアルって呼んでるし私はいいコードネームだと思う!」
 なんだアルならいいか。不覚にもそう思ってしまった。これは余裕が出来たら元の生活に戻るに次いで懸案事項として取り組まなくてはならない問題である。そう海馬辺りに深く刻んだ。
「わかったよ変更はいいからとにかく行こう。まずはどうする?」
 俺はコードネームの事を無かった事のように処理してデュナに尋ねた。
「まずは本部長のところに行こう。なぜ断層街の問題を放置っするのか聞き出さないと」
 俺は了解の挨拶の変わりにデュナの大きな瞳を覗き込むように一瞥し、タイムマシンの扉が開くのを待って、ついに未来へと歩き出していった。
頭上からどこが光源なのか判らない光を浴びつつ、足を一歩一歩と前に突き出しながら、見たことも無いクリアな物質で創造されている広大なドックをゆっくりと歩く。野球のドームに似たその空間の先に、うっすらと壁のようなものが見えている。
 また、やや斜め後ろからはデュナの足音が聞こええるだけで、他の音は全てデリートされているのではないかと感じてしまうほど無音であるから恐ろしい。
 正直けっこう緊張するものだ。見たことも無い建物をさも知っているかのように歩くのは経験が無い。近い経験で言えば、我が母校を高校入試時に訪れた時に近い。初めは緊張で高校ってのはどんなものか分かっていないから緊張するみたいな。結果は規則が形だけのゆるい現実だったのだが、できれば今回もそうであってほしい。
「未来ではね、全てが合理化されているのよ。余計なノイズはあらゆる事象から消去されるわ。動き、音、全てね。建物の物質が全てを感知して管理コアに情報をリークするのよ。だから行動に気をつけて」
「わ、わかった」
 どうやら緊張がバレバレらしい。デュナが俺の脳内を読み取ったかのようにそう教えてくれる。だがそうわかると余計に緊張した。そしてふと疑問が脳裏をよぎる。
「今しゃべってる会話は聞こえないのか?」
「貴方への干渉は厳禁。防犯システムとして行動は監視されるけど基本的なプライベートはガードされてるのよ。だから貴方に話しかける私の声もガードされてるのよ。その点では安心してね」
 なるほどね、じゃあ見掛け倒しで十分って訳だ。そう思っても出来ないけどな。
 それからしばらく盗聴器付きクリアドッグを歩いていたが、先ほどうっすら見えていた壁まで到着したのは、体内時計からして五分かそれ以内であった。すべてが透明だから距離感がないのだ。
 壁の前にはいくつもの電話ボックスみたいな箱が等間隔で並んでおり、そのどれにも扉らしき穴が開いていた。その電話ボックスを前にしたらなんとなくそれが未来的移動手段の典型に見えたので、
「まさかのワープシステムだったり……」
 とそのままな感想を口にした。その瞬間、デュナの顔が笑顔で弾ける。
「そうよっ! 思い出してきたの?」
 そう言い出したのであわてて、
「いや、ありきたりな未来予想だ。こうだったらいいなって言う希望的観測だよ」
 そう弁明した。それに対しデュナはがっかりするのではないかと思ったが、
「そっか、いいね! なんか過去の希望が未来で実現されてるってうれくなるな」
 そう答えて数ある中のクリアボックスの中から一つを選び、その中へと弾むように入っていった。俺も正直うれしいね。未来が汚れきった科学物質まみれの空気に包まれて、砂漠だらけで緑の無い大地だったりの映画みたいなバッドエンドだったら最悪だよ。そう考えればクリア物質だらけの典型的未来なのは歓迎すべき結果だ。
 そんな感慨に浸りつつ、俺はそのクリアボックスの前で、入っていいのか分からず軽くドギマギしていた。
「これに入ってワープすれば本部長の居る時空監査部にいけるわ! さあ入って!」
 そう促されてあわててクリアボックスの中に入る。そしてその瞬間に未来への感慨はどこえやら、クリアボックス内で俺達は瞬間移動した。なぜ瞬間移動したのかがわかったかと言えば、それは俺が瞬間移動の経験をしていたわけでも無く、クリアボックスがエレベータのように電光掲示板で親切を働いてくれたわけでもない。
 ではなぜか。それは簡単だった。クリアボックスに入った瞬間、クリアボックスから見えていた景色が一変したのだ。
 目の前には先ほどまで広がっていたクリアドックの変わりに、大勢の人々が忙しそうに行き来するオフィスが広がっていた。
俺は目の前で起こった景色の変換に戸惑ったが、耳はしっかり機能していたようで、オフィスと勝手に思っている空間からの多くの声をキャッチする。
「上層第三空間にて固有のものと思われる時空変異が発生しています。至急バスターが対応してください」
「緊急連絡です。コスモゲート時道の歪曲が発生した模様。それにより惑星アキュペ周辺空間の666,527地点でライア社の船が航行不能になっています」
 異常なほど広い空間から聞こえてくる単語は、理解できないニュアンスで飛び交っている。話の感じから語源は同じようで、言葉は通じそうな感じではある。
 視覚からの情報では、ちょうど高校の体育館程度と思われる広さの空間の中に、何重にも重ねられて同じような空間が広がっている。それらの空間がすさまじい高さまで続いており、例えるならば巨大すぎる本棚を見ているようであった。リアルに言えば窓ガラスの無いビルだな。その本棚風ビルにそれぞれの部署でもあるのだろうか。そんなことを一瞬考える。きっと各部屋の移動手段はワープなのだろう。
だが聴覚と違い体は鈍感だった。俺はクリアボックス内で凍りついてしまったのではないかと自問してしまいそうなほど、マネキンのように背筋を伸ばして直立不動になっていた。
「さあ行きましょ! ここを抜けていけば近道よ」
 デュナはそれだけ言って強制的に俺の手首を掴んで歩き出した。クリアボックスの扉がゆっくりと開き、俺はデュナに引っ張られる形で歩き出す。
 その瞬間、オフィスの空気が明らかに変わった。俺たちがオフィスへ足を踏み入れたら今まで良く分からない単語が飛び交っていた声が静寂へと変わる。そして、
「すみません! α端子の接続についてなのですが、時空研の方で……!」
「あれ見てみろよ! アルさんじゃないか?」
「本当だ! じゃあ時空監査部にもどってきたんだ!」
 小声で隣の人間に耳打ちする者、こちらを指差して驚きを見せる者、なにやら尊敬や羨望に似た奇怪な視線を送ってくる者、などオフィスにいる者たちの多くが俺とデュナへ何かしらのアクションを見せてきたのだった。
「大丈夫、何も気にせずに行動して。ここは通り過ぎるだけだから」
「あ、ああ判ったよ」
 俺は頼りない相槌を打つので精一杯だった。
 俺たちの居る場所はどうやら時空監査部の最下層にあたるらしく、注意深く周りを見ると銀行のような受付窓口があったりして、そこに関係者ではなさそうな人々が並んでいた。だが受付の人間までが手を止めてこちらを注視しているのは正直かなり気まずい。
 そんな空気の中を、デュナはまったく動じることなく俺の手を引いて突っ切っていく。それは短い時間であるはずなのだが、ひどく長いように感じられる。

 気が付くと俺はデュナに連れられ、この建築物の縮小版ではないかと思われる、透明な球体の前に立っており、それがワープをするための機械なのではと推測する。場所は丁度オフィスの中心で、公園で言えば噴水がある立地だ。
 緊張していても脳は動く。そんな悟りみたいな事を少し感じつつ、辺りに視線を拡散していると、
「アル様、デュナさん、どちらへお向かいでしょうか」
 やたらスタイルの良く、細身の眼鏡とカールした短めの髪が特徴的な女性にそう問われていた。
「あーいや……」
「時空監査官本部長、デニス=リッパーへ用があって来たのよ」
すぐにデュナがサポートに入った。エレベーターガールか何かだろうか。俺は静観する。
「アポイントはありますか? 無ければこちらからお通しは出来ませんが」
「アポイントメントは無いわ。でもこれを使わしてもらう」
デュナは女性にまったく動じず球体に触れようとする。だがデュナが球体に触れる前に女性は無理やり間に体を入れて、その行為を阻止する。俺は何も言葉を発しない。
「ダ、ダメです! しっかり申請をしてから、許可を得てご使用ください」
「何がいけないの? 監査官が上司に合うくらい問題じゃないでしょ!」
「ダメです!」
「……」
 二人は恐ろしい表情で睨み合っている。ふと回りに目をやると皆がこの喧騒に注視していた。それでも俺は動かない。
 そしたらデュナが突然こちらに振り返り、大きな瞳に力をこめてきた。
 なんだよ、その視線にこめたメッセージは。俺はエスパーじゃないんだ、そんな電波を受信するアンテナは持ち合わせていないぞ。と、脳内で抵抗を表しても、どうやら俺の頭頂部に見えないアンテナが付いていたらしく、しっかりデュナの発した電波を受信しやがった。ようは俺に、エンギヲシロト?
俺はデュナの瞳から、眼鏡の女性に視線を移して、そちらへゆっくり歩いていき、女性の目の前で足を止める。すると女性は俺から視線をそらす。どうやら俺のネクタイあたりを見るのがやっとのようであった。
「えっと、申し訳ないけどそれ使わしてくれないかな。本部長に話さないといけない事があってさ、時間もあまりないんだよ。これを使ったら近道……だったよな? とにかく頼むよ」
演技じゃないな、よくて懇願だ。俺はそう思った。だがすぐに効果が出る。
「す、すみません! 私には貴方の意見に反論する事が出来ません。仰る通りここからの移動が一番近道です!」
 眼鏡の女性は突然萎縮したようにお辞儀をして頭を下げ続けている。熱くなりすぎて回りに誰がいるか理解していなかったという感じだ。自分が知らぬ間に偉くなっていてもちっとも気分が良くない。むしろ自分が偉そうで嫌な感じがした。
「い、いやそんな頭とか下げないでくれ、使わしてくれるだけでいいんだ。突然来て悪いことしたよ」
 俺がそう言うと、眼鏡の女性はもう一度深々と礼をして小走りで去っていった。
「まったく、頑固な人ね! もう少し融通を利かしてもいいじゃない」
「いや、仕事熱心なひとじゃな……」
「なんですか?」
「いや、なんでも」
 そんなやり取りをしながら、デュナは球体に手を触れる。そして同時に現れたキーボードみたいな物に何かを打ち込んでいく。俺はといえば、自分の立場についてもう一度考えていた。
 おそらく記憶が無い事を発覚されるのは難しいのではないか。なんとなくだがそう感じる。実際に体感してみると思った以上に俺には力があるようだ。デュナは俺が人見知りだったと言ったが、もしかしたら近寄れない存在だったからかもしれない、そう思った。
「さあ、準備が出来た。これを使えば本部長の下に直結で行けるわ。もう行っても大丈夫?」
 デュナは俺に覚悟を決めろと言っているのだ。俺はその答えとして静かに頷く。そしてデュナの横に立ち、未来の技術に身を任せる。ほんの少しオフィスへ視線を向けると、未だ俺達を刺すかのような視線を返される。だが視線はすぐに途切れた。次に訪れたのは低くて暗い声だった。
「アル様、ようこそ本部へ……」
男の声と同時に視覚へ飛び込んできた情報は、思っていたより広くは無いクリア物質の空間であった。およそ教室2室分、しかも何も無い空間である。目を凝らさなければ水中に居るのではないかと錯覚しそうな場所だった。ただそこに男が一人。
目の前に立つその男は、周りのクリア物質で構成される空間とは似つかわしいと思えない上下黒のスーツで身を固め、白のワイシャツとワインレッドでストライプ柄のネクタイという出で立ちであった。ぱっと見では清楚なサラリーマンのように見える。だがその感覚はあくまで俺の時代での感覚だ。未来においては異体の知れない重圧感と違和感に満ち溢れている。未来にホワイトカラーは無いだろう。
外見としても、短く整えられ、綺麗に白髪の混じった髪型がなんとも言えない年季を感じさせる。太目の眉にしっかりとした眼光を携えた目は、礼儀を忘れない笑顔に形成されながらも、消えることなく対象(この場合は俺とデュナだ)を視察していた。高く伸びた鼻筋に並ぶように目元と口元に刻まれたシワも威圧的な力の一味になっている。流石は長の付く役職の人間という所か。
俺はデュナへ視線を移す。見知らぬ人間と対峙した場合、出来もしない演技をするよりデュナに対応を任せるべきだろう。ましてや目の前の男は危険だ。何故かはわからないがそう感情が投げかけてくる。
 だがデュナの表情が俺に安心感を与えることは無かった。意外な事にデュナもまた、見知らぬ人間を目の前にしたような、警戒の色をまったく隠すことない状態だったのだ。実におかしいじゃないか。知り合いに見せる態度じゃない。そう思った。
俺の勘は当たった。出し抜けにデュナは言う。
「貴方……誰? ここは絶対隔絶空間になっているはずよね? 正規のルートから入ってもこの空間に存在できるのは本部長を除いて面会人の一人に限られているはずよ。私が正規のルートで入って、アルには特権が認められる。でも貴方がすでにこの空間に存在していたら私はここに転送できないはずだわ!」
 それだけ言ってデュナは男を強く睨みつける。俺はというとデュナと男を交互に目視するしか出来なかった。
 しばらくの間、作り笑顔を振りまく男、疑念を乗せて睨みつけるデュナ、視点の定まらない俺という微妙な空気が流れていた。だがその空気はすぐに一掃される。
 透明な空間に突然二等辺三角形の別空間が現れる。扉が開いたとでも言うのかな。とにかく、そこからまた別の男が現れたのだった。
「初対面にしては険悪なムードじゃないか。もう結構、デュナ君は警戒しないように。ラーズ君は下がりなさい。それとアル、久しぶりじゃないか、歓迎しよう」
 男はそれだけ述べながら、手を叩きその場の空気を霧散させる。態度から言ってこっちが目的の男なのか。確かにラーズと呼ばれた男にも引けをとらない存在感がある。
 格好はもちろんビジネススーツじゃない。どちらかといえば学ランに近い形の服装で、ボタンがなく、色はオレンジでありシンプル見える。こっちの方が未来っぽい。そう感じるね。
顔はとにかく厳つい。頭なんて髪の毛一本無く、しかしうっすらと白髪の混じった顎鬚が無精ひげにならない程度に整えられている。歳で言えば五十歳くらいなのだろか、この男がうちの校長であったならだれも朝会で居眠りなどしないだろうな。そう感じさせる威圧感がある。ただ敵対的な感情は湧かなかった。
リッパー本部長はそのままデュナとホワイトカラーの間に入り、
「紹介しようラーズ=ハンデス君だ。こちらはアルセーヌ=デュナミス君。時空監査官で、断層街の周辺管理を主な仕事としている。彼は……説明しなくてもいいだろう」
 簡略的そう述べた。デュナのフルネーム、初めて聞いたな。実に考えさせられる名前じゃないか。ラーズとかいおっさんの存在よりそっちの方が気になる。だがデュナは俺の疑問とは関係無しにラーズの存在についてくいつく。
「彼は何者ですか? 絶対隔絶空間の規定はどうしたんですか? 説明してください!」
「地球院での議会で規定に若干の変更があったんだ。彼は地球院で選ばれた人材で、私の仕事をサポートしている」
 サポートしてくれているではなくて、サポートしている。なんだか意味深な違いだな。俺の見た感じではどうも快くは歓迎していないように思える。
 デュナはそれ以上追求をしなかった。一瞬ラーズの方を睨みつけはしたが、今はそれ所ではないという感じだ。断層街が最優先だもんな。
「本部長、今日は是非答えて頂きたい事があって此処に来たんです。断層街の処置はどういう事なんですか? 納得がどうしても出来ません! 崩壊の危機なんですよ? 多くの人が命の危険にさらされて……いるんですっ!」
 最後の方はただの叫びに聞こえた。デュナはリッパー本部長を鋭い視線で睨みつける。威圧感では負けていないだろうな。俺も気分の良くない話だ。
 だがリッパー本部長はその必死な叫びに答えない。変わりに答えたのは、薄気味悪い作り笑顔を未だに浮かべているラーズだった。


結構、酷評多き作品でした。
再構成しなくてはどうにもならない作品ですね。
期待値ゼロでガンバリマス。













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