虚構の世界(未完成)
〜エピローグ〜 反撃と誓い
雨の降る、墓石と鳥の鳴き声以外は何も無い丘を一人の男が歩いていた。男は群青色の傘を差し、ダークスーツを湿らせ、革靴で芝生を踏みしめながら墓石の前に立つ。
「お前が逝ってからもう十年か。あの時お前が俺達を逃がしてくれなければ、今の俺もあいつらも生きてあの死地を駆け抜ける事は出来なかったよ」
男は雨の中傘をたたみ、ゆっくりと墓石の前でしゃがみ、そして優しくその石の塊を抱いた。オールバックにした髪がゆっくり湿っていく。
「俺達は、それぞれの道を生きている。結婚した奴も居るんだぜ。皆きっと幸せだよ。でも、それは今日までの話だ。俺達は明日やつらに反撃する。ガキだった俺達をあんな目に合わせたあいつらに!」
強く、強く墓石を抱く。頬を髪から雫がたれる。別の液体を混ぜながら。
「本当は此処に来るのは全てが終わってからだって、皆と約束していたんだ。でも、これが最後になるかもしれないだろ? だから来ちまった」
男は名残惜しそうにその場を立ち、びしょ濡れのダークスーツでも気にせず傘を差す。そして墓石にゆっくりと背を向け、一歩を踏み出すのだった。
「また、来るよ。今度は皆でな。そしてそれが叶わなかったら……そっちで酒でも飲もう」
その何も無い殺風景な丘には、やはり鳥の鳴き声と墓石しかなく、その中で人の気配と言えば、群青色の傘を弾く雨音だけ。
〜プロローグ〜 秘密基地、新年、そして約束
灰色の空から降り続く雪は、一年の終わりを告げるかの様に世界を銀色に染め上げていく。春になれば緑豊かな丘も、空の色とは違う人口的な灰色のアスファルトも、そして人々の心さえも雪が積もる。その銀色の世界では、一年の終わりを告げる除夜の鐘だけが力強く響き、それを聞いた人々が粛々と、しかし盛大に新年の到来を祝福していた。
同時刻、何もない丘に建つ、朽ちる寸前のような木造の倉庫跡で、微かに響く鐘の音を合図にした佐藤陽介が、ランタンの僅かな明かりと円陣で座る仲間達の静寂の中、新年の挨拶をするのだった。
「えー新年あけましておめでとう。今年は中学を卒業して、それぞれの高校に行く訳で、皆も大変だと思うけど、俺達の誓いは絶対であって……」
「硬い、硬い、硬い。なんだよその校長みてぇな挨拶は!」
頬を軽く痙攣させながら喋っていた陽介に、円陣の中で大きな体を窮屈そうに曲げていた石黒賢児が茶々を入れる。
「うるさいな、中学生活の最後を飾るんだからこれ位でちょうどいいんだよ。皆もそう思うだろ?」
陽介が賛同を求めて辺りを見渡す。最初に目が合った小林有希菜は、その幼さの残る美しい顔にやや硬い笑顔を浮べ、陽介の賛同を優しく回避した。それを見ていた立花晃も、整った顔立ちを侮蔑に歪ませながら、両手を軽く挙げて有希菜に合わせる。
「賢児の言う通りちょっと固いよ、あんた。ねえ祐一?」
「うん賢児うまいこと言うね!」
陽介の視線が届く前に決着が付いた。普段から軽いノリで多数派を好む中山知恵はいいとして、昔から学級委員長をしてきた『The委員長』こと内田祐一が反対側につけば、それはすでに祐一が正しいのだ。
「はいはい、緊張してましたよ。硬かったですよ」
陽介が不満を顔全体に浮かべながらそう言うと、待っていましたと言わんばかりに賢児が立ち上がり、
「それじゃー俺の勝利と新年に乾杯!」
その一声を合図に、皆がそれぞれ持ち寄った菓子や弁当、ジュースや茶などを飲食し始めるのだった。
深夜の、それも雪の降る気温は体を芯まで冷やすが、僅か六畳ほどのスペースに六人が集まり笑えば、それは問題ではない。賢児が皆を笑わそうと服を脱ぎ、晃はそれを馬鹿にする。それでも知恵が笑い、祐一と有希菜は風邪をひくと賢児に服を着せようとする。それだけで暖はとれた。
ただ、陽介はまだ憮然とした態度で茶を飲んでいた。それを気にしてか有希菜がそっと声をかける。
「まだ怒ってるの? 冗談なんだから本気にしちゃ駄目だよ。ね? 楽しもうよ」
「……怒ってなんて無い」
陽介は有希菜の顔を見ずに、それだけ言ってまた茶を口にする。有希菜はそれを見ながら優しく笑い、
「うん、ならいいんだ。もう当分ここに来て皆で騒ぐなんて出来ないんだもん。それなのに怒ってたら悲しいから」
それだけ言って陽介の前にお手製の、御節の詰まった弁当箱を差し出す。
「学校で会えるじゃないか」
陽介は卵焼きを口に運びながらそう回答する。
「そうだけど、ここは皆の特別な場所だから……。それに皆それぞれ違う高校に行っちゃうからさ、なかなか会えなくなっちゃうんじゃないかって心配なの」
有希菜は悲しさを隠すかのように陽介に笑顔を見せる。その悲しそうな笑顔に陽介が何か言おうと口を開いた時、
「有希菜、何言ってるのよ! ウチらは絶対にバラバラなんかにならないんだから。そりゃ高校は違うかもしれないけど、それでも絶対は絶対なんだから!」
今にも泣きそうな、怒り出しそうな、そんな複雑な表情で知恵が陽介と有希菜の会話に割って入ってきた。それに賢児も便乗する。
「知恵の言う通りだ。俺達の掟を忘れたとは言わせんぞ有希菜。裏切りは絶対許されないからな!」
賢児は浅黒い顔を満面の笑みで歪めた。
「うん! 約束!」
有希菜も賢児に負けないくらいの笑顔で回答する。
「なーに心配すんな! 嫌だって言っても縁を切ってなんかやらんから!」
深夜の寒さと仲間の温かさが入り混じる、そんな空気の中にふと一瞬の静寂が訪れる。皆が黙り、ほんの少しの悲しさと、それを包み込む自信に満ちた表情をそれぞれが浮かべていた。そして晃が珍しく静寂を破る。
「バラバラね、まあそれが大人になるって事なんだろ。でも、それはまだ全然先の話さ。今の俺達にはまったく関係の無い事だ」
皆が静かに頷く。その中で陽介は朽ちた天井の小さな穴から覗く、狭い空を眺めていた。深々と降り続ける雪が、その僅かな隙間から入り込み、それが悲しい気持ちを運んでくるのではないかと陽介は感じた。だから陽介は目の前に舞う雪を手で握る。そして体温でその冷たさを溶かしながら、静かに皆に言う。
「何があっても、ここに集まるんだ。裏切った奴は……皆におごりだからな!」
皆がそれに頷き、そして笑う。誰もが変わる事の無い絆を信じ、決して疑いはしなかった。それぞれがどんな道に進もうとも、これからどんな事が起ころうとも、この場所に皆が揃う事をただ願った。
〜第一章〜待合、揺らぎと障壁
緩やかな傾斜の坂道を、陽介が汗を流しながら一切ブレーキングせずに自転車で下って行くのには、それなりに重大な理由があった。それは上昇し続ける夏の気温を和らげるため、あるいは自転車から見ることの出来る、流れるような景色が好きだからであり――
いや、そうじゃない。ただ生まれながらのスピード狂なのさ――。陽介は自分に言い聞かせていた。
原因は寝坊だった。久し振りに会う仲間達との時間を想像し、その光景が夢となって現れ、気が付けば予定より一時間ずれた時計を目にしていたのだ。その帳尻あわせで朝食も、ちょっとしたお洒落さえ許されず、陽介を気落ちさせた。
また、遅刻の原因の副産物も陽介を焦らせている。それは仲間内での鉄則である、裏切りは罰金という制度に基づいての焦りで、つまりはまだ高校一年に成り立ての人間には、遅刻も裏切りにカウントされる理不尽な鉄則に順ずる罰金が痛すぎるのである。
それらの心情が、三十度を越える暑さから湧き出す汗とは違う、一種の冷や汗を陽介の頬から滴り落とさせていた。
そんな焦りを抱きながらも、自転車は軽快に目的地である秘密基地が建つ丘へと進んでいく。陽介の暮らす街は都会圏を外れた、典型的な山岳沿いの田舎の再開発で出来た街で、街を東西に分けて東が生活を営む住宅街であり、西が生活を支える繁華街となっていた。秘密基地のある丘は住宅街を抜けた街の真東にあるため、山岳に囲まれているせいか、やたらと坂の多い道のりを通らなくてはならない。
それでもずっと産まれ育った地元であり、数ある地元民御用達の裏道を進めば苦労はそんなにない。陽介は、このまま行けばなんとか集合時間には間に合いそうだという確信と安心を得たため、ペダルをこぐ足に体力を使いつつも、仲間達との再開に心を弾ませていた。
そしてようやく住宅街を抜け、あとは丘まで緑豊かな山道を行くだけとなった時、陽介は周りの僅かな異変に気が付く。
それはほんの小さな揺れであった。周りの伸びきった雑草が、風の力とは別の物によって左右に振られ、木々も葉を騒がしくない程度に鳴らしている。
「地震……か?」
陽介は自転車から降りて、靴の下から伝わる振動を確かめた。それは徐々にだが大きくなっていた。手で掴んだハンドルが地震の振動で揺れ、その揺れが自転車のチェーンをカチリと鳴らせる。
すぐに収まる。陽介はそう考えていた。だが地震はそのまま大きくなっていき、ついに立っているのも困難な震動へと変わっていった。
「こっこれはまずいだろっ!」
陽介はそう叫びながら握っていたハンドルを手放して、頭を両手で抱える形を取りつつ、太陽光で熱くなった灰色のアスファルトにしゃがみ込んだ。
でか過ぎる! これは……賢児、祐一、晃、知恵、有希菜! 皆――
陽介は体験した事の無い地震で混乱していた。
耳に届く木々の撓る音、地面を割る地鳴り、それらの原因である地震の中で、陽介はただ揺れが収まるのを願う。
――?――
確かに酷い振動であり、それは極めて非常であった。あったのだが、陽介はその非常な中で奇妙な光景を見ていた。
始めは遠くの方、山道の先が歪んで見え、それは陽炎とでも言える現象にすぎなかった。だがその陽炎が視界に映る全ての風景を歪ませている事は、巨大な地震に匹敵する非常な事だった。木々は弓のように曲がり、陽介の横に倒れる自転車はスクラップにされたかのようにさえ見えた。
「なん……だ? こ……れ、おかし……いんじゃ……」
陽炎が陽介をも飲み込み、陽介はその場で気を失った。
同時刻、賢児は秘密基地ではなく、街の西側、繁華街のコンビニの前、六つのペットボトルと大量のお菓子を入れたビニール袋を両手に持って、なんの焦りも無く立っていた。
理由としては、陽介のそれと何も違いない失態をしてしまったからなのだが、陽介は執念を選び、賢児は諦めを選んだのだった。その結果が、罰を手早く終わらせる諦め、謝罪と共に献上される貢物を得るため、コンビニへと向かうという行為をさせた。
遅刻なんて小さな事で焦らないのが本物の男ってもんさ――賢児には変な信念があった。
小さな街ではあったが、繁華街はいつも大勢の人々で溢れている。これから映画を見に行くのであろうカップルや、若い夫婦が幼児を連れてショッピングを楽しんでいる姿などがよく見える。そんな中にコンビニはある
「さて、ゆっくりと基地に向かうとしますかっ!」
そう呟いて、賢児は人波に呑まれる様に、秘密基地である待ち合わせ場所へと歩き出した。その時――
「じ、地震?」
突然の揺れに辺りは騒然となり、賢児は慌てて人波から離れ、近くに設置されていた車両進入禁止の標識を掲げる鉄パイプを握り締めた。
その揺れは凄まじく、街並みのショーウィンドーが激しく砕け散り、どこかで建物が倒壊する轟音さえ聞こえてくる。人々は慌て、かなりがパニックに陥っていた。
そんな地震の中、賢児は鉄パイプを握り締めながら、不思議な物体の出現を山岳の頂上辺りで目にした。
「あれはなんだ? か……壁?」
それは突然、緑が連なる山岳沿いに出現した。賢児のいる繁華街から山岳部までの距離はかなりあるので、その連なる壁の大きさは相当なものである事が賢児にはわかった。
なんだありゃ、あれが地震の原因なのか――賢児はそう直感した。
その直後、陽炎のような歪みが辺りを包み込み、それを賢児が感じたと同時に、賢児の意識は遠のいていった。
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