俺がまいた種
皇都での予定をすべて終わらせて、俺は皇都を出発した。
今回は奴隷娘3人も一緒だ。俺の馬車はいつも通り四朗さんが御者を務めてくれているが、その他にも、四朗さんの家族の馬車も1台追従している。
今回を機に、四朗さんにも重京に家族ごと来てもらうことになったのだ。
他に、皇都に来る時にも護衛してもらった第1大隊と第2大隊の選抜と俺の伝令の家族も数台の馬車に分乗して付いて来ている。総勢6台の馬車による隊列が出来ていた。
俺の護衛に付いて来てもらった兵達以外の者達も、休暇を利用して家族を重京に呼び寄せる事を奨励している。
兵の士気の鼓舞と重京の消費の促進の為だ。
今重京の街の守りは、重京防衛隊と赤穂将軍の騎士団からの応援で十分な状態になっている。なので、俺の騎士団は長期休暇に入っているのだ。
今回の会議で、侵攻は当分の間中断する事を認められたので、その間に、これまでの戦の褒美として、休暇を与える事にしたのだ。
もちろん、休暇明けには大きな訓練をして戦力の向上に努める予定だ。
さらに、この休暇を利用して、大規模な編成替えも予定している。
簡単に大きい所だけ言えば、第2大隊と第3大隊の一部を引き抜いて、弩を扱う専門の第4大隊の設立。
重京の防衛を赤穂将軍の騎士団に委託する事によって、余剰となる重京防衛隊の第5大隊への改編。
重京の侍から志願して来た者を加えた、偵察大隊の改編。
と、これらが今回の編成替えの主な所になる予定だ。
これにより、第2、第3大隊のさらなる専門特化と、オールマイティに使える軽快部隊となる第5大隊による戦力の強化を図る予定だ。
偵察大隊についても、戦力強化に伴い、今はまだ実行できなかった、重京以北での威力偵察が可能となる。
現状の部隊は現在、真田男爵の鉱山夫護衛で手いっぱいだったので、今回の志願は大変助かる。
とりあえず、戦闘力の弱いチームは当分、真田男爵の鉱山で鍛える事にして、戦闘力の高いチームを威力偵察に使う予定だ。
途中皇都とゼノンの中間にある街、カカオリアスで一泊した後、無事隊列はゼノンに到着した。
ゼノンでは、俺と尚蓮、それに桜香と俺の伝令の1人健三郎さんが隊列から離脱する。
俺達以外はゼノンで一泊後、そのまま重京を目指す。
ゼノンに一泊後俺達は、ジジカ村に向かって馬を走らした。
桜香はもちろん馬に乗れない為、俺の後ろに乗って俺につかまっている。
俺の乗馬技術はまだまだだが、桜香と一緒の乗馬は楽しかった。
護衛の為、1人で騎乗している尚蓮の目が、なぜが冷たいのだがあまり気にしない事にする。
健三郎さんは我関せずで任務に励んでいる。尚蓮もこっちを気にせずに健三郎さんを見習ってほしい。
ゼノンとジジカ村は比較的近いので、馬を軽快に走らせて、昼食前にはジジカ村に着く事が出来た。
ジジカ村は俺が出発した時からだいぶ変わっていた。
一番大きな変化は、村に広がっていた畑がすべて水田に代わっていたことだ。
俺の目の前には一面、水を目いっぱい張った青い水田が広がっていた。
俺が出発する時には、まだ間に合っていなかった水田への変更も、すべて終わったようだ。
だが、当初は予定されていなかった、麦以外の野菜を育てていた畑もすべて水田に代わっていたのには驚いた。
野菜を育てる畑は、どうやら俺が作った水路の側に移動させられたようで、水路に沿って山肌に段々畑が作られていた。
水車も変わっていた。俺が作った間に合わせの物ではなく、ちゃんとした水車が稼働していた。
水車小屋もなんだか立派になっている。
他にも、村の大半を占めていた藁ぶき屋根がすべてなくなっていた。
村の家々は瓦屋根に代わっていたのだ。
俺がこの村を出てから数ヶ月、村は見てわかるほどに豊かになっているようだった。
俺はさっそく村長さんの家に向かった。
家の前で馬を下りて、馬の手綱を近くの柱に結ぶ。
「村長さん、失礼します。只今戻りました。」
そう言いながら、戸を開いて中に入った。
土間に入ると、居間から弥々子さんが出迎えてくれた。
「おやまあ、颯太さん。お帰りなさい。ずいぶん出世なされたようで。今お茶を用意するから上がって待っててちょうだいな。」
「弥々子さん、お久しぶりです。部下も一緒で良いですか?」
「もちろんさね。さあ、どうぞ。」
そう言われて俺は居間を覗き込むと、居間の机の前で村長さんが笑顔で迎えてくれた。
村長さんは書類仕事中だったのか、机の上には書類が何枚かあり、手にはペンが握られていた。
「これはこれは将軍様、ようこそお越しになりました。ささ、どうぞおあがりください。」
「村長さん、そんな他人行儀な。颯太で良いですよ。」
そんな固い挨拶をする村長さんに、俺は軽く返す。
「そうか、まあ、私もそうは思ったんだが、一様な。これでも村を代表する立場なもんでね。」
「ああ、そういうの、私も考えなければならない立場になってしまいました。」
「そうらしいな。なんでも、男爵を拝命して、領地も与えられたとか。」
「ええ、まあ、領地は自分で手に入れたと言った方が、正確かもしれませんが。」
「まあまああんた、話したいことが山ほどあるのはわかってるが、颯太さんにまず上がって貰いなよ。」
居間と土間で話し合っていた俺達を、弥々子さんがそうさえぎった。
「それに、颯太さんの部下の方達もどうぞ、おあがりくださいな。」
そう言って、弥々子さんは入り口付近で待っていた桜香たちも、居間に案内する。
居間の机は、ちゃぶ台だったのが、立派な四角い机に代わっていた。前は3人で食事をするも少し手狭だったのだが、この机なら6人で同時に食事がとれそうだ。
「ほう、これは可愛い御嬢さんたちだ。で、どちらが颯太さんの奥さんかね。もしかして、両方かい?」
そう茶化す村長に桜香たちを紹介して、再び話に花が咲く。
俺達も昼食をご馳走すると、弥々子さんは直ぐに昼食の準備に向い、それを桜香に手伝って貰った為に、話はもっぱら俺と村長さんの2人でする事になった。
尚蓮と健三郎さんは完全な聞き役だ。
村長さんによると、去年の収穫もかなり多かったが、更に収穫量を増やすために、水田に出来る畑はすべて水田にしたそうだ。
これで、今年の収穫分は税を納めても、村だけでは消費できない位見込めるそうで、余剰分はヅルカの港町で売る予定だそうだ。
余剰分を売却したお金で、いろいろ今まで我慢していた物を買うことが出来るとの事。
また、村で一番の変化は、木材の加工だ。
今までは、木材はそのまま材木として売却していたそうだが、これを加工して、水車やふいごにして売る事が多くなったそうだ。
付加価値が付いたそれらは、大変多くの収入となっているそうだ。
これらの収入で、村の家々を拡張したり、改修したりしているそうだ。
それに喜ばしい事に、今まで出稼ぎに行っていた若者たちが、何人か帰って来たそうだ。
村長さんの長男も、家族を連れて帰ってくる事になっているらしく、村長さんも孫にいつでも会えると喜んでいた。
俺がこの村に伝えた技術で、村が大きく発展し、仕事を増やし、収入を増やした結果、人口も増えるという、良い循環をもたらしたようだ。
この変化は、別にジジカ村だけではなく、周辺の村や町、パクト村やブレードヒル村、ヅルカの港町でも見られるようで、皆一様に豊かになったと言う事だった。
突然の来客の為に、少し遅くなった昼食を皆でいただいている時に、鍛冶師のドクトルさんが「小僧が帰って来たって?」と飛び込んで来た。
「さすがに将軍様に向かって小僧はダメでないんかい。」と弥々子さんがドクトルさんを嗜めるという事もあったが、久しぶりの弥々子さんの美味しい手料理も堪能した。
桜香も何か、料理を教えて貰ったみたいで、今後も楽しみだ。
昼食後は、持って来ていた土産をみんなに渡した。
ドクトルさんも来ていて丁度良いと思ったのだが、実は、家の前にかなりの村人が集まっていて、持って来た土産も全員分足りない事態になってしまった。
仕方なく、特に仲の良かった知人にのみ、今回は土産を渡し、後日村宛にたくさん送るという事で、大半の村人には帰って貰った。
残ったのは、村長さん夫妻とドワーフで鍛冶師のドクトルさん、ドクトルさんの所で働いていたエルフで魔法使い見習いのリンさん。それに、青龍の鞘も作って貰った左衛門さんだ。
皆に配ったのは、皇都で買った反物だ。さすがに、この村では布は貴重品で、皇都で売っていた様な色とりどりの反物はなおさらだ。
収入が増えて、布も少しは買えるようになったようだが、皆大変喜んでくれた。
その後、夜遅くまで話つづけ、一泊させて貰った。
そして翌日の朝。俺達はジジカ村を後にした。
村人全員に見送られながら、次はいつ来れるだろうかと考える。
できれば、1年に一回は帰って来たいものだ。
ジジカ村を後にした俺達は、途中ゼノンの街で昼食をとった後、昼過ぎにはカーラシア村に到着した。
カーラシア村にある駐屯地は、未だ俺の管轄下にある。
村の外れにあるこの駐屯地は、重京から延びる幹道の終着地点であり、幹道はここからさらにゼノンの街まで整備される予定である。もちろん、赤穂将軍の了承済みだ。いずれはヅルカの港町まで延長する計画だ。
そして、この駐屯地は物資集積所としての面が大きくなり、倉庫が多数増設されている。
しかし、最も大きな変化は、新たに増設された倉庫群ではなく、鷹ヶ城攻略時に訓練していた、訓練場だ。
駐屯地の大半を占める、土がむき出しだった訓練場は、鉄材が等間隔で並べられ今は見る影もない。
そんな訓練場の入り口、鉄材が並んでいる一番手前にある少し盛り土をしてある部分で、3人の男性が出迎えてくれた。
1人は第3大隊長の駿介さんだ。鉄次さんが副将軍として、騎士団全体を見る立場になった後、第3大隊を任せた人物だ。
彼は、特にこの幹道整備事業に力を入れて貰っていた。
「お帰りなさいませ、将軍様。どうですか、ついに完成いたしました。」
駿介さんはそう言って、広い元訓練場を指さす。
「はい、良い出来ですね。問題なく可動出来そうですか?」
「はい、設備については問題ない事を確認済みです。
ここ以外の、ドワーフの鉱山村と、石切り場、重京の3か所の積み降ろし場、そして、本線と支線の分岐もすべて問題なしです。」
「ありがとうございます。ついに、私の夢が1つ叶いました。これも、皆さんのおかげです。ドンガガルさん。車両の方はどうですか?」
俺は出迎えてくれた3人のうちの1人、鉱山村で鉄の生産を行って貰っているドワーフの頭目である、ドンガガルさんに尋ねた。
「完璧とは言わないが、満足のいく物になったと自負している。
しかし、お前さんの発想には恐れ入る。
鉄の角材の上に鉄の車輪が付いた荷車を乗せたら、普通よりも軽い力で動かせるなんて。普通考えつかんぞ。
他にも、「板ばね」とか「ぶれーき」とか、俺達ドワーフでも考え付かんものばかりだ。
それに、車輪の外側を細くすれば、曲がるときに支障なく円滑に曲がるとか。正直、ドワーフの神でも知らないと思うぞ。
まあ、お前さんの提案した「とろっこ」のおかげで、鉱石を運ぶのもだいぶ楽になって、効率がかなり上がったのも事実だし、今回の仕事もかなりやりがいのあるものだったがな。
コイツは俺達の集大成だ。重京まで同行させて貰うが、お前さんの要望通りの出来だと思うぞ。」
そう言って、ドンガガルさんは後ろの客車を親指で背中越しに指差す。
そう、そこにはまぎれもない、客車が止まっていた。
等間隔に並べられた2本の鉄材、レールの上に乗せられた、俺が今まで使っていた馬車よりも2周りくらい大きい客車が。
前の世界で普段乗っていた、電車に比べれば、大きさは3分の1程しかない。
車体に直接、前輪と後輪の2軸を取り付けただけの、もちろん木製の客車だ。
日本で初めに走った蒸気機関車が引いていた様な物だ。
だが、それは、まぎれもなく、この世界に革命を起こすのには十分な物である。
「すばらしい出来です。乗るのが楽しみです。もう乗っても大丈夫ですか?」
この俺の問いに答えたのは、出迎えてくれた3人の最後の1人、元は帝国の支配時から引き継いだ「荷駄管理部」の長で、今は「鉄道局」の長をしてもらっている関陶さんだ。
「どうぞ、お乗りください。建設資材を運んでいた貨物列車の今日の運行はすべて終わっています。
今から出発すれば、明日朝一に重京に到着するでしょう。
本格的な運行は明日からになる予定です。もっとも、当面は石切り場と重京間の貨物列車が主で、重京と鉱山村、カーラシア村を結ぶ貨客列車は1日1往復のみの設定ですが。」
「そうですか。まあ、来月からは、カーラシア村間の移動、輸送は出来る限り鉄道を利用するように御触れを出しますから、需要が伸びるでしょう。」
「はい、そうなれば増便をするように検討しています。最低でも朝昼晩の3便は運行したく思っております。
それと、お願い事もあるのですが、長くなりますのでそれは乗ってから話そうと思います。」
「そうですね、では皆さん。乗車させて貰いましょうか。」
俺はそう言って、一番に乗り込む。
客車の中は、造りたての木の匂いが気持ちいい物だった。
ただし、横向きに設置された椅子は、直角の木の背もたれのある椅子に座布団を敷いてある、4人掛けの物だったので、長時間の移動は辛そうではあったが。
全員が乗り込むと、御者が内から扉を閉めて、鍵をかける。そして、御者台に移動していく。
馬の鳴き声が聞こえて、いよいよ客車が動き出した。
そう、この客車は馬が引いている。いわゆる馬車鉄道だ。
もちろん、本当は機関車に牽引させたかった。
将来を見込んで敷設された線路も、上下2車線の複線だ。カーブも勾配も出来るだけ緩やかに作られており、その為にトンネルや橋も建設されている。
しかし、現在の技術力では機関車の製造は夢のまた夢なのである。
電気の概念そのものがない今の技術水準では、電車など到底無理である。
幅広い分野の技術の粋を集めた内燃機関、いわゆるディーゼルエンジンやガソリンエンジンも、産業革命すら起こっていない今の状況では、試作品すら作る事ができない。
なんとか、蒸気機関車なら造れるかもしれないが、あんな鉄の塊。さすがのドワーフでも造れと言って出来るはずもないだろう。
しかし、この鉄道事業が一段落したら、ドワーフ達の研究チームを作り、蒸気機関車の研究開発を開始する予定だ。
むろん、完成は何年も先になるだろう。
と、言う訳で、現在は馬6頭が客車を引いている。
この客車は、俺の構想を基に、ドワーフ達が設計、製造した物で、ブレーキ車を兼ねている。
つまり、貨物列車であっても、先頭はこの客車を連結して、馬を繋ぎ、動力とブレーキとを兼ねるのである。
言い換えれば、貨車はただの車輪のついた箱でそれ以外の機能は付いていないのである。
「途中から夜道になるが、大丈夫かね?」
俺は、今馬たちを操っている御者とは違う、交代要員の御者に話しかけた。
「大丈夫です。この客車には、白魔晶石が取り付けてありますので、前方を明るく照らせます。ですから、将軍はどうぞ安心してお休みください。」
そう言って、御者は客車の上部に取り付けられた、白魔晶石を指す。
なるほど、ライトがあるのか。なら安心だ。
その後少し、この御者と列車の運転について話した後、席に戻った。
「ドンガガルさん、素晴らしい出来ですね。感謝します。」
「なに、将軍の発想が素晴らしいのだよ。儂らはその発想を形にしただけだ。」
「それが素晴らしいのですよ。いろいろ難しい事が多かったと思いますが、これほどの物を作っていただいて、本当に感謝しています。」
「そう言って貰えると、ドワーフ冥利に尽きるってもんだ。それに、問題点を1つ1つ解決して行くのは、かなり楽しかったぜ。」
そう言って、ドンガガルさんは楽しそうに笑う。髭ダルマのドワーフが馬鹿笑いするのは結構絵になっていた。
「ところで、関陶さん。何か相談があるとか?」
「はい、実はですね。その、言いにくいのですが、私には鉄道局の局長と言うのは、荷が重すぎるのです。」
「と、良いますと?」
「はい、私の仕事はずっと馬の管理でした。ですから、その事に関しては自信があります。
しかしこの仕事は、馬の管理は全体のほんの1部なんです。
仕事の大部分は、列車の運行方法を考える事です。
使える馬と客車、貨車を割り振って、列車を編成し、その列車をいつどこを走らせるのか考える。
需要を予想して、どれほどの貨車を連結しなければならないか。
運賃はどのくらい貰えば良いか。
そんな計算などした事がないのですよ。
今はまだ、運行する列車の数が少ないから何とかなっていますが、本格的に鉄道が動き始めたら、私ではとても捌ききれません。
申し訳ありませんが、誰か、こういった計算の得意な方に、仕事を代わっていただきたいのです。」
「なるほど、分かりました。直ぐにとは約束できませんが、出来るだけ早くそういった人を見つけてきましょう。
ところで関陶さん。そうなると、あなたは鉄道局の局長の座を明け渡していただかなくてはならないのですが、よろしいのですか?」
「はい、もちろん大丈夫です。私は以前の様に、馬の管理をさせて貰えれば、それで。」
「解りました。では、適任者が見つかれば、関陶さんには、その人物の下で馬の管理を専門にやって貰う事にします。
それまでの間、もうしばらくは局長の仕事をお願いします。」
「はい、我がままを言って申し訳ありませんが、よろしくお願いします。」
これでまた1つ、片付け無ければならない問題が増えた。
どこかに良い人材が落ちていないかな?
俺はそんなことを考えながら、毛布をまとい、固い木の背もたれと窓際の壁にもたれ掛りながら目を閉じた。
久しぶりに聞く、カタンコトンという列車の音と心地よい揺れに、俺は直ぐに眠りに落ちた。次に目を覚ませば、重京に付いている事だろう。
次の日の朝早く、俺の乗った客車は重京の(仮)中央荷物積降場に停車した。
今回は特別列車であった為に、客車1両の編成であったのだが、その短編成が功を奏したのか、普通に馬車で移動するよりもかなり早く到着出来た。
その事を関陶さんに質問すると、幹道が勾配が少なくかなり直線的に山間部を突っ切っているために、普通に街道を移動するよりも早く移動できるとの事だった。
(仮)中央荷物積降場というか、もう言いにくいし鉄道も完成したので、この場所を重京中央駅と命名する。
その重京中央駅の一角、盛り土がなされたホームの中央に降り立った俺は、周囲の駅構内の完成度の高さに驚かされた。
ホームはこの一本だけではなく、全部で3列6面あった。
そこには今日発車するのであろう2本の列車、多分カーラシア村行と鉱山村行が止まっている。
ホームの高さはあまりなく、ある程度は乗車を手助けはするが、そこが乗降場所である事を示す意味合いの方が強いように感じる。
ホーム間の移動は高架橋や地下道等はなく、ホーム両端が踏切の様に整備されている。
ホームの向こう側も多数の線路が配置されている。こちらは線路と線路の幅がかなり開いており、多数の貨物車が並んでいた。
今も、今朝早くに到着したらしい貨物列車から、石材を降ろしては荷車に載せ替えている人々が大勢いた。その中には、小さなクレーンを使って大きな石材を積み替えている風景まであった。
そして、駅の正面。重京の中央広場につながる場所には、駅舎が完成していた。
平屋の細長い建物で、今は簡単な駅業務を行えるスペースしかないみたいだが、周囲の土地がまだまだ余っているので、いずれは重京の顔に相応しい大きな駅舎にしようと思う。
鉄道局もこの駅舎の中に移した方がいいだろう。そして、一階の余剰スペースは、テナントとして貸し出して料理屋でも入れよう。
外見も、東京駅みたいにかっこいいのにしたいな。
落ち着いたら、設計図を書いてみよう。もちろん、製造設備大隊のドワーフに渡して、修正してもらわなければ到底使用に耐える物にはならないだろうが。
設計図ができたら、俺自身が魔法で造ってみるのもありかも知れない。
そんな事を、駅舎の中を見渡しながら考えて外に出た。
そして、目の前に広がる重京の街の代わり様に更に驚かされた。
中央広場は既に完成していた。ただ広い広場ではない。円形に石畳が敷かれた綺麗な広場になっている。
広場の反対側では、政庁の建設がすでに始まっており、建物の形がすでに半分以上出来上がっている。
この分だと後10日もしないうちに完成しそうだ。
さっきの貨物列車から降ろされた石材は、主に政庁の工事現場に向かっているみたいだ。
そして、中央広場から延びる中央大通り。
帝都で売った大店達の区画はまだ更地のままで残ってはいるのだが、その場所以外のこの通りの両側にはすでに多数の建物が建ち並んでいた。
商店として営業を始めている店もあるみたいだ。
広場周辺は、3階建のビルも目立つ。
旧市街地のビルは、住民の住居として急造されているアパートだろうが、新市街地、中央広場から北の要塞城門までの間にあるビルは、宿屋や飲食店みたいだ。
平屋の建物はなく、一階は店舗で二階が住居になっている建物が多い。
既に中央大通りに面した場所が埋まったからだろう。東西大通りや、大通りから一歩入った所にまで建物が建ち並び始めていた。
いったいこれらの建物の資材はどこから調達したのだろうと思っていたら、旧市街地を囲んでいた、旧城壁が無くなっていたのに気付いた。
正確には、中央付近が無くなっており、端の方はまだいくらか残っていた。
残ってはいたが、そこにも人々が群がっているのを見ると、そう遠くない先には全部消えてなくなるだろう。
いったいどんな方法で、これほどの短時間にこんなに建物を建設できたのか、今度公徳さんに会ったら1時間位問い詰めてみたいところだ。
まあ、俺が指定した場所はちゃんと開けてくれているみたいだから、特に問題はないのだが。
そんな予想外の速度で発展した重京の街並みを見渡しながら、政庁に戻った。
途中で通りかかった市場も覗いてみたが、かなりの盛況のようだ。
売る方も買う方も、多くの人でにぎわっていた。
重京の南側の荷物積降場、南重京駅と名付ける事にするが、その駅前の病院も完成していた。
たぶん、建設中の政庁よりも大きい。実質この重京で一番大きいのはその病院だろう。
この病院ももちろん領主、つまり俺の経営で、領民なら誰でも格安で受診できる。
旅人や商人といった領民以外の国民でも、通常よりも安い値段で受診できるようにしてある。
ただし外国人の場合は少しお高くなっている。それでも、順番は急患以外は公平だ。
職員は医師や看護人、薬剤師に至るまで全員俺が雇っている事になっている。
医師も薬剤師も、誰隔てなく診察すると言う俺の方針に賛同してくれる者ばかりだ。
また、大小はあるが俺に恩がある人物がほとんどなために、少ない給料で我慢して働いてくれている。
税がきちんと入るようになったら、彼らも優遇しなければならないと思う。
俺の留守の間に大きく発展した重京を視察しながら政庁に帰って来た。
この政庁も、中央広場前の政庁が完成したら、庁舎として公徳さんに明け渡す予定である。
その後は、重京の住民たちが気軽に手続きに訪れる様な役所になる事だろう。
帝国軍を撃退してから、重京の街は急速に発展しつつあった。