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Asgard  作者: 橘花
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27.撰定

 27.撰定



 時に、人間の国の王城と比べても何ら遜色ない広い面積を誇るアインザッツ城には、様々な施設が備えられている。


 円卓で囲う王座の間を始め、大中小必要に応じて使い分けれる会議室。和洋中、来客用の応接室。

 一兵卒用、幹部用とそれぞれに大食堂に大浴場。

 闘技場と訓練場。庭に練兵場。図書室、研究室に地下実験室。今は空になってしまったが、あらゆる財を納めていた地下の大宝物庫。

 疲れた兵達の憩いの場である遊戯場に、捕虜を収監する座敷牢。更にはカルシファーの趣味で作った、寛げる床の間など実用性皆無のものから人気の部屋まで多岐に渡る。


 そんな中、最も人気がない部屋としてあげられるのが黒円卓議会第12席の個人に与えられた私室であった。


 彼らは殆ど自分の私室を使用しない。

 何故なら人間のように長い睡眠時間を必要としない為、態々決まった時間に私室に戻って眠ることなくその場その場で休める時に短い休憩をとっているのだ。

 毎日自室に居るのは本の虫である伊奘冉イザナミぐらいである。


 彼らの私室は少し広い程度の部屋に見える良くある構造だが、その実造りは細部まで拘り、使用される家財は最高級である。

 例えばこの純白のシンプルなベッドには、Asgardで討伐難度Sランク、ユニーク級の素材に指定されている『風龍』の龍毛が惜しげも無く使われ、抗菌耐熱作用は勿論魔法による自然治癒リジェネ効果も掛けられている。

 忽ちそのベッドに身を沈めれば、それは恐ろしい程の安息を使用者に与えるのだ。



 そんな極上のふんわり龍毛に包まれていたメタトロンは、天井の皺を眺め思考していた。



「…………(Levelが上がっている)」



 その表情には一切表れていないが、内心驚き半分嬉しさ半分だった。


 それこそLevelUP(レベルアップ)という現象は低ランクの冒険者を始めとした有象無象の人間や亜人達にとっては日常的な出来事だ。が、カルシファーの言い付けを律儀に守り療養に勤しむメタトロン並びに、黒円卓の面々にはあまり馴染みがないことだった。

 丁度、高Levelの勇者が低Levelのモンスターを狩っても経験値が入らないのと一緒で、メタトロンら黒円卓が例え(ちまた)で一流と呼ばれる冒険者を狩っても得る経験値は余りにも少ない。

 だから驚き、そして、強さへの(こだわ)りを持つ彼らなら喜ぶ。


(矢張り、アレ・・は人間の中でも最上位クラスだったか)


 今はメタトロンの知るところではないが、彼女が屠った彼、八星将が一人『超人デミゴッドキース』は人類最高峰の冒険者であった。

 その内に抱え込んだ経験値は彼女をそれなりに満足をさせたと言えよう。


(もっと強く……)


 メタトロンはかつて、ルシファーに言われた事を思い出していた。


 創造主たるカルシファー=アインザッツの右腕とも呼べるべき男、ルシファー(神の子)

 今は不在の彼は、仲間によく言っていた。


「私達は弱い。だが、創造主(カルシファー)様はそれ以上に弱い。護る為には与えられた力より、更に強くならねばならない」


 当時は意味が解らなかった。

 だが無様にも、今ならその意味が良く判る。


 気高く、そして、もっと(つよ)く。


 それが蛇喰鷲(メタトロン)という生物が永遠に追い求める理想(テーマ)なのだ。


(……何の用だ)


 メタトロンが再び目蓋を閉じようとした時、まだ遠いが廊下から何者かの気配を感じた。

 何者、いや十中八九見当はついている。

 しかし珍しい。大した用事でもないのにこの部屋を尋ねてくるとは。

 確かに先ほどまで城内に入り込んでいた異物(魔人)が居たが、歩調からして緊急の要件ではないのは判っている。



「入る――「開いている」……そう」



 だが、応対しない理由もない。

 メタトロンは身体を起こすことなく簡潔に返答すると、来訪者(リリス)を出迎えた。



「……真面目ね」



 開口一番リリスは理想的な形で言い付けを律儀に守り、ベッドに包まれるメタトロンを見て感心した。

 そして、(うらやん)だ。



「やっぱりLevelが上がってる。……次は譲って貰うわよ」



 他人から見て判る程度にはメタトロンのLevelは上がっていた。



「ふん……それよりも話すことがあるだろう」



 当然、メタトロンに良質な経験値(・・・・・・)を譲る心算(つもり)は微塵もなく、敵は発見次第皆殺しである。

 特に、自分の糧となり得る経験値の大きいのは尚更だ。


 リリスはメタトロンのベッドに腰を下ろすと少し不満気に口を開く。



「……まあ良いわ。さっきのは魔人よ。イフリートが持って帰ってきたのとは違う魔人が街を尋ねて来たわ。だから連れて来た。お陰でご主人様の件に進歩があった……ええ、まだ期待するには早いけどね。詳細を決める為に次に話し合いする日時を決めてさっさとお帰りなさったってワケよ。詳しい事はまた話すわ」


「……それだけじゃ無いだろう」


「相変わらず察しが良いわね。今から街に行ってアスタロトから亜人達を引き取ってきてほしいの。長耳族(エルフ)が何人かと海鮫人(ロドン)が一人。主に長耳族(エルフ)の里の在り処について尋問する為にね」


巫山戯(ふざけ)ているのか」



 メタトロンは天井に向かって言葉を吐き捨てた。

 療養を命じられている身である。勝手に街に行くなど言語道断だ。



貴女(あなた)、もう治ってるでしょ。因みにさっきのはご主人様の伝言だから。メタトロンがまだ休みたいなら無理はしなくて良いとも仰ってたわ。ご主人様が気を効かせてくれたのでしょう。療養を命じて何日も経ってないけど、貴女がどうせ暇だからって軽い任務を与えてくれたのよ。貴女のことだし治っても直ぐに自分から報告に行かないでしょう。ご主人様のご配慮涙して喜びなさい」


「…………」


「自分でも思った以上に治るのが早かった?」



 伊奘冉(イザナミ)の見立てでは動けるのは兎も角、完治までは一月近くの予定であった。

 ここまで治りが早いのは矢張りLevelが上がったことによる恩恵だろう。

 現に、メタトロン本人も自身の身体の軽さに違和感を感じていた。



「何?行かないの?なら私が行くけど」


「待て。私が行く。それと……あの魔人から目を離すな。不審な事をしたら直ぐに殺せ」



 魔人(アリシア)はまだ怪我の具合が思わしくない為、未だ城内で殆ど軟禁状態の上休息を取っている。

 とはいえまだ歩けぬ訳でもない。

 それでももう一人の魔人、ルキナと共に魔人達の住む大陸へ帰らなかったのは案外此処の生活が気に入っているかも知れない。



「残念。ご主人様が手出しするなと仰っているけど?」



 万が一に備えリリスも注意しているが、オルトロスが四六時中眼を光らせている以上、間違いはない筈であった。

 しかも彼女は来客扱いだ。

 カルシファーに不必要な接触さえ禁止されているので勝手に殺すことは出来ない。



「――関係無い」



 シン、と部屋が静まり返った。

 その時リリスが覗いたメタトロンの瞳は、無機物のように何処までも深い黒。

 視線こそ交わしていないがリリスは唾を飲んだ。

 黒円卓議会、第三位(メタトロン)に振った問い掛けとして余りにも愚問で、そして、余りにも予期せぬ応えが返ってきたからだ。


 微かな動揺を悟られぬようにリリスは再び問い掛けた。



「それが『命令』、だとしても?」



 この質問も愚かだった。

 何処までも創造主様(カルシファー)の命令を忠実に遂行する彼女(メタトロン)に対する質問としては。

 だが、それでも聞かずにはいられなかった。



「……何方(どちら)側だ」



 メタトロンは呟くように言葉を溢した。



「え?」


「……何でもない」



 するりとベッドから抜け出しリリスに背を向ける。

 今は結っていないメタトロンの黒髪が背に広がるのを眺め、リリスはそれを何処か儚げに感じた。



「何よ。どういう意味」


「何れ……選択する時は来る」



 これ以上の問答は無用、そう言うかのようにメタトロンは消えた。


 部屋に一人残されたリリスは呟いた。



「何なのよあの女」





 ▼▼▼



 アインザッツに様々な変化が訪れる最中さなか――




「…………」


「気に入らない。……ああ気に入らないわ!」



 焼けつくような夕暮れの中で狂ったように少女は唄う。

 真っ赤に変質した髪を掻き毟り、その場で地団駄を踏み、子供のように我儘に暴れ廻る。

 その不自然な程長い腕に持った、沈黙する何か(・・)を乱暴に引きずり廻しながら。



「何故。……何故!何故!!私の()は帰って来ないのよ!!ねえ聞いてる!?」



 そう言って手に持つ何か(・・)を瞳孔の開いた眼で捉えた。

 狂気に満ちた赤い(まなこ)は夕焼けに浮かぶ望月を映す。



「――聞いてないでしょッ!?」



 そう言いながら引きずっていた物体を、重力を感じさせないようにふわりと宙に持ち上げる。



「ああ――一体何故!」



 胸倉を掴んだ腕は尋常ではない程しなり(・・・)、空中から一息に鞭の如く地面に振り降ろされた。



「――ゴブッ……」



 叩きつけられた――『男』は溢れたオイル缶のように口から勢い良く血を吹き溢した。



「……ふふ」



 少女はそれに視線を向けると愉悦に富んだ嗤みをたたえた。


 そして息遣い荒く、頬を上気させ愉しそうに右脚を軽く浮かせる。

 七部丈ほどのロングコートが捲れ上がり、淡雪のように白い太腿が外気に晒された。



「早く教えないと……」



 少女の水色のワンピースから覗く胸元には汗が滴っていた。


 そして――



「踏み潰すわよ!」



 仰向けに横たわる男の腹部目掛けて右脚を思い切り踏み抜いた。

 男の身体が打ち上げられた魚のように大きく一度だけ跳ね、骨が砕ける渇いた音と粘ついた水音が不気味に響き渡る。

 踏み潰された血肉が柘榴のように辺りに弾け飛んだ。


 同時に、脂肪と筋肉、そして臓器を踏み潰す柔らかく生温かい感触を、少女は足の裏から感じとっていた。



「………んぅ」



 その独特の感触に少女は酔いしれる。

 何度も、何度も確かめるようにその場で足を小刻みに動かし肉片をすり潰す。

 その度に男の身体は小さく痙攣した。

 それを見て更に、少女は舌舐めずりをし妖艶に嗤う。

 健康色の唇から、少女らしからぬ色気のある淡い吐息を吐き出しながら。



 ――少女は間違いなく狂っていた。



 一般的に、相手に身体的精神的苦痛を与える事によって、性的快感や興奮を味わう者を加虐性愛者(サディスト)と呼ぶが、彼女はその究極であった。

 極限までそれが高まった、性的倒錯パラフィリア、と呼称されるやまいを患っていた。


 ――いや、そう設定・・されていた。


 それは後天的ではなく、先天的なモノだったのだ。



「……っ…………」


 

 少し、内股になった少女の白く滑らかな太腿を透明な液体が下っていった。

 重力に従い這った後に粘液の筋を残しながらゆっくりと。


 それを細い指で摘み取ると、いたずらに舌を出して舐めとった。

 そして少女は言う。



「……方法を教えないと、あなたの創造主マスターを捜して殺しに行くわ。……ふふっ……極上の快楽いたみを与えてね」



 無邪気に、そして心の底から楽しそうに言った。



「……あら?」



 続けて少女は足に違和感を感じた。



「……貴様……如、き……が、」



 瞬間、木々がざわめきだした。

 同時に少女の脚は強い力で握られていた。

 絞り出すように、嗄れた声が紡がれる。



「ご…主人…様……を…殺…れる…とでも……」



 男は確かな殺意と闘志を宿して睨み付ける。

 ピリピリと空気が緊張する。



「……吸血鬼ヴァンパイアって想像以上に丈夫なのね」



 そんな中、今にも握り潰されそうな足首を気にも留めず、少女はどこか客観的に呟いた。

 その間にも、元々細い足首は並々ならぬ握力によって今にも千切れんばかりに凝縮されていく。

 それでも尚、少女は顔色一つ変えなかった。


 ――ただ握っている本人は、骨の軋む音や手応えは一切感じず、まるでゴムの塊を握っているような奇怪な感覚に陥っていた。



「もう、傷も修復なおりかけてるし」



 現に、男――アガリアレプトの踏み潰された腹部は煙を上げて徐々に塞がろうとしていた。



「まあそれはいいとして……やっぱり直接身体に聞いた方が良さそうね。折角見つかった手掛かりだし。でもどうやって場所を……うーん……私の可愛い夫は何処へ……」



 少女はおもむろに顎に指を当てブツブツと呟き出す。

 その真下では更に、アガリアレプトの身体が煙を燻らせて急速に修復されていく。



 ――吸血鬼ヴァンパイアの真の強みはその耐久性。

 純粋な身体能力もさる事ながら自己修復機能は飛び抜けて高い。

 それも陽が落ちてからは格段に機能が向上する。

 故に、アガリアレプトの欠損した腹部は既に自動修復が始まっていたのだ。



「ヌゥッ!!」



 アガリアレプトは少女の足首を両手で掴み直すとそのままへし折る態勢へと移行する。

 横たわったまま身体を捻じり渾身の力を込める。

 細い少女の脚はそのままいとも簡単に折れ――――



「!?」



 ――否、折れず。

 幾ら在らぬ方向に曲げても、ただ、曲がるだけ(・・・・・)だった。


(なんだっ……これは!何かの魔法か!?いや、()しやこれはっ)



「…………」



 少女は自分の足元で行なわれる無意味な攻撃に冷ややかな視線を送る。



「――グゥッ!!?」



 次の瞬間、未だ驚愕に包まれるアガリアレプトは腕に大きな衝撃を感じた。

 同時に、焼けるような熱さも。



「五月蝿い!!今考え事してるの!纏わりつかないで!!」



 甲高く、苛立ちを隠さず少女は叫ぶ。

 その僅かコンマ1秒後、遥か後方で何かが木にぶつかり落ちる音がした。



「――――ッ」



 腕だった。


 アガリアレプトの両腕は少女のただの蹴りによって、骨ごと掻っ攫われたのだ。


 痛みに善がる暇はない。

 そのまま瞬時に転がり重い身体を無理やり起こし、立ち上がった。

 至る箇所の骨折及び欠損に加え、両腕を消し飛ばされたアガリアレプトの身体は、修復こそ続いているものの最早限界に近かった。


(くっ……エリザは……気絶してるだけですね)


 アガリアレプトは海岸にほど近い場所に打ち上げられた小船の残骸を視界の片隅に入れる。

 その近くで横たわるエリザと操縦手の青年。

 幸いどちらも気絶しているだけであった。


(だが――)


 苦悶の表情と額に玉の汗を浮かべるアガリアレプトは、少し離れた位置に居る少女を顔を上げて見た。



 そして彼は、静かに悟る。

 永きに渡りカルシファーという個に忠義を尽くしてきたアインザッツの執事は悟った。





  此処で死ぬ、と。





 憮然(ぶぜん)と立ち尽くす愛らしい小柄な少女の背後に、アガリアレプトは途轍もなく巨大な姿を幻視()てしまったのだ。


 想起されるのはまるでルシファーに初めて会った時のような感覚。

 喰う側と喰われる側という決して覆る事のない絶対的な実力の差。

 努力や時の運など些細な事で揺らぐ事のない約束された勝利は、彼女の手中にあった。



 ――草食獣と腹を空かせた肉食獣が出逢ったらどうなるか?

 そんなもの最初から決まっていた。



 自然と、一歩後退さっていたアガリアレプトはそれを恥とは思わなかった。



「…………」



 しかし、彼にも誇り(プライド)という生命を賭してでも捨てきれない厄介なモノがある。



「……あら?……吸血鬼(ヴァンパイア)と言えど流石にその腕は治らないよね?……くふっ……イイわ。……あなた凄くイイ。もう少しだけ遊んであげる。ふふっ」



 (ゆえ)に、彼は立ちはだかる。



 少女の殻を被った、途方もない巨大なてきの前に。



「冥土の土産にお名前教えてあげる。……”アカリ”っていうの。私の夫から貰った大切な名前よ。――どう?可愛いでしょ?」





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 ■Name―《海皇后(トロコフォア)》アカリ

 ■ベース大王酸漿烏賊(ダイオウホオズキイカ)

 ■Level―225

 ■??????????????


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