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Asgard  作者: 橘花
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16.5.長耳族の系譜2

 16.5 Catalyst



「……そうね。早速調べましょう」



 藁にも縋る思い、というものがリリスの中にも在ったのは事実だった。


 エキドナが今し方話した、長耳族(エルフ)系譜(ルーツ)に関する御伽噺。

 その場所が何処にあるのか、その花は本当に存在したのか、果たしてエルフとは本来人間と差異のない種族だったのか。

 全てが伝聞であり確証も何もない逸話。

 しかし、そんな話をする為だけにエキドナが此処に来たわけではないと、リリスは半ば確信していた。



「で、一応手掛かりは有るのでしょうね?……それと、早くその手を退けなさい。——斬り落とすわよ」


「まあそう焦るな」



 カルシファーの下半身に這わせていた華奢な指を、エキドナは漸く動かした。



「エルフにも国があるのは知っているな?」


「そんなの興味無いわ。知ってる訳ないじゃないの」


「そんな事だろうと思っておった。元より多少排他的な種族だからな、普通の奴が知らんのも無理はない」



 分かっていたなら一々聞くなとリリスは言いたげな視線をエキドナに送るが、口には出さなかった。

 出したら出したらで話がまた滞ってしまうのは分かり切っていた。

 メフィストフェレスもまた、こういう話は苦手なので、むすっとしながらもカルシファーの手前弁えていた。



「大陸の中央には巨大な、嶮しい山脈が連なっている。中でも最も高い山脈——確か”アララト”と言ったかな、其処は魔獣と竜の住処になっていて人間も滅多に近付かない。其処にエルフの国が有る」


「確かなの?」



(俺の知ってるAsgardはほんの一部だったんだなあ)


 その直ぐ隣でエキドナから解放されたカルシファーは、全てを知った気になっていた自分が少し恥ずかしくなった。



「今からだと……そうだな。七百年前には確かに存在した。一度だけ行った事がある」


「七百……年?」



 一瞬で転移した三世紀を差し引いても四百年前。思わず声に出してしまった。



「なんだ」


「なんでも無い」



 エキドナは若干不機嫌そうに睨みを効かせた。

 それよりも何故そんな所にこの引き篭もりが遊びに行ったのか三人は疑問だったが、見透かしたように彼女は言葉を続けた。



「勿論、麓にある竜の巣の財宝目当てだ。予想通り奴らはたんまり溜め込んでいたな」



 勿論全て貰ってやったけどな、と胸を張って言った。



「その時竜の群れに襲われていた一匹のエルフがいてな、気紛れで助けたらなんでも国でそれなりに偉い奴で、特別に招待してくれた。そいつが話した古い友人だ」


「なんか俺より冒険してるな」


「……なに?」


「気にしないでくれ」



 ——ふん、まあいい、とエキドナは更に言葉を続ける。



「で、話は戻るが其処に行けば御伽噺の真偽は分かるだろう。文献でも残っているかも知れん。……部外者に簡単に見せてくれるとは思わんがな」


「話は分かったわ。行き方を教えなさい」


「だから焦るなと。これだから生娘は」



 リリスはエキドナをキツく睨みつけた。

 この人を揶揄う癖さえなければまだ会話し易いのに、と。



「七百年も前の話だ。そもそも行き方を覚えてないし、経路も変わっているだろう。第一彼処はエルフが同行してないと入れん。お前らの仲間の小娘も種族はエルフだが、国の産まれじゃ無いだろう。恐らく入る資格がない」


「じゃあエルフを捕まえに行きましょう」



 野生動物でも捕獲するかのような気軽さでリリスが言った。

 全く野蛮な、とエキドナは呆れたように息を吐いた。


 でも確かに無理矢理は良くない。


「リリス、俺達の目的の為にも異種族とは仲良くしないとな。出来る限り穏便に、協力的にいこう。これは命令だ」


「……わかりました」



 注意されたリリスはしょんぼりと項垂れた。



「とりあえずウッドベリーにも奴隷にされたエルフはいるだろう。その人達から先ずは話を聞こう」


「まて、エルフが奴隷とな?」



 予想外に食いついたのはエキドナだった。

 彼女はここ三百年の外の世界の変化を知らなかった。

 主に、他種族が人間に奴隷以下の扱いを受けている事など。



「エキドナはまだ知らなかったな。三百年で大陸を取り巻く環境はどうやら大きく変わったらしい」



 それからカルシファーは、今迄知り得た情報とこれから自分達が何を目的としているのかをエキドナに話した。

 話しの最中エキドナは無表情で聞き続けた。

 そんな中、さり気なくメフィストフェレスはエキドナの丁度反対側、カルシファーの横に腰掛けて居た。



「そうか。本当に愚かだな種族人間(ヒューマン)は。数だけが取り柄の劣等集団が」



 心底忌々しそうにエキドナは呟いた。



 ▼▼▼



 ——知りたい、という知識欲がこれほど昂ぶったのは久方ぶりだった。



「違う……」



 同時に自分に苛立つのもまた、久方ぶりだった。



「違う」



 城内の一室——伊奘冉の自室は普段よりも更に、色んな物で足の踏み場もない状況になっていた。

 倉庫から引っ張り出してきたフラスコには、不気味な色の液体が泡を噴いて沈澱していた。



「これも違う」



 伊奘冉は先ほど書いた紙を丸めて放り投げる。


 既存の魔法の改良。

 それも高位の回復魔法となれば、それは生半可なことでは無い。

 一日二日で出来る事では断じて無い。

 膨大な精神力と忍耐力が必要な作業であった。

 ここ数日寝る間も惜しんでそれに没頭していた伊奘冉の目の下には、薄っすらと隈ができていた。



「…………」



 暫く部屋から出ていなかった伊奘冉は、継ぎ接ぎだらけの扉に視線を向けた。

 アガリアレプトが粉砕して以来城の兵士に修理させたが矢張り素人。

 完璧には修復できていなかった。



「気分転換に外の空気でも吸うかの」



 思い立ったが行動は早い方が良い。

 伊奘冉は扉から廊下へ出ると城内を散歩し始めた。

 環境が変わることによって、新しいアイディアが浮かぶかもしれないと期待して。


 城内は何時もより静かであった。

 それもそのはず今は城の過半数はウッドベリーに向けて出立しているのだ。



「い、伊奘冉様!お疲れ様です!」



 伊奘冉が丁度廊下の角を曲がった時、階段の両端には甲冑を着た兵士が立っていた。

 リザードマンはいきなり現れた伊奘冉に驚きつつも、直立不動の敬礼で最上級者への挨拶をする。



「ん?お主は何時ぞやの」



 しかしこのリザードマンに伊奘冉は妙な既視感を憶えた。



「先日は誠に失礼致しました!何卒ご容赦を!」



 リザードマンの兵長は深く頭を垂れた。

 そこで漸く伊奘冉は、このリザードマンを思い出した。

 自分に失礼を働き掛けた奴だったと。



「む、思い出したわ。お主は居残り組か」



 確かルシファー曰く此奴は兵長だった筈である。

 何故城に残っているのか伊奘冉は一秒だけ思案した。



(ふむ。さては妾の名前も覚えられんようなうつけ者だから城に残らされたのか。兵長にもなって恥ずかしくないのか此奴は)


 観察するような、値踏みするような視線を向けられた兵長は急に居心地が悪くなる。

 しかしこの城の最重要人物の手前そんなことは言ってられない。

 自分はまた何か粗相をしたのかと、内心冷や汗を掻きながらも微妙な空気に耐えた。



「そんなのだから残されるんじゃ。兵長にもなって貴様はしっかりせんか。部下が戦っているのに恥ずかしくないのか」


「はい!尤もです」



 言えなかった。


 自分が城の防衛に回っているのは、結構深刻な怪我を脚にしているからだと。

 リザードマンの兵長は言えなかった。

 その怪我は目の前にいる人物に植物の蔦でやられたとは。


 その事もあって今回ばかりはモロク直々に残れと言われていた。

 この兵長、実は割と腕が立つ方だった。



「——ん?そうじゃ!」



 突如、閃いた、と言わんばかりの明るい表情で伊奘冉は拳を打った。

 同時に兵長にはそれが物凄く嫌なことの前触れに感じられた。



「お主、今からウッドベリーに行ってこい。街にあるありとあらゆる書籍を妾の下に持って参れ。特に魔法書、五人連れて行っても良い。直ぐ行くのじゃ」



 まさか戦闘より遥かに難題がここで聞けるとは、兵長は感動すら憶えた。


 伊奘冉としては、三世紀進んだ外の書物にも若しかしたらヒントが隠されているかもしれない、その可能性だけで今にも飛び出したい気分だった。

 しかし、自分にはカルシファーの側にいる役割があった。

 なら部下を使えばいい。

 簡単な話だった。



「分かりました。直ぐ出発します」



 脚を怪我している、とはいえ高々リザードマンの兵長に伊奘冉の注文を断るという選択肢は最初から存在しなく、素直に頷くしかなかった。

 伊奘冉も黒円卓議会の一人、兵を動かす権限も確かにあった。



「我が君には妾が直接話しておく故、さっさと行くが良い」



 リザードマンの兵長はもう一度頭垂れると部下を選定する為小走りで走り出した。

 最早泣き言なんか言っていられる場合ではなかった。



「ああ、伊奘冉か。何してるんだこんな所で」



 満足そうにリザードマン背を見やる伊奘冉の耳入ったのは良く聴き慣れた声だった。

 敬愛して止まない主君の声。



「我が君!お身体は……それに其奴は」



 振り返った伊奘冉は思った以上の大所帯に少し目を丸くする。

 その中に予想外の人物が含まれていたのも、彼女を驚かせた要因の一つだった。



「大丈夫だ。それとエキドナは正式に俺達の仲間になった。仲良くしてくれ」


「……分かりもうした。あっ、我が君。兵を五体ほど借りたので報告するのじゃ」


「構わない。だが人体実験とかはやめてくれよ」



 カルシファーは苦笑しながら言った。

 最近の伊奘冉には鬼気迫るものが感じられた。

 それこそ部下を使って平気で人体実験をする勢いの。


 伊奘冉は承知、と口で言いつつもそれがあったか、と顔に出ていた。

 やはり釘を刺していて正解だったとカルシファーは思った。



「伊奘冉。それにしても程々にしないと身体壊すわよ。貴女が倒れたら元も子もないじゃない」



 そうリリスが言った時、カルシファーは伊奘冉を改めて見た。

 何時も通り小動物よろし可愛らしい——ではなく、よく見ると目の下には薄っすらと隈が、それに顔色も心無しか悪い。

 些細な変化ではあるが、あまり疲れを顔に出さない彼女らにとって、これがどういう事なのかカルシファーは理解した。



「まさか寝てないのか?」



 この時カルシファーが言った意味は充分な休息、も含めた言い回しである。



「昨日は寝付けなかった故、心配無用じゃ」



 見え透いた嘘を吐く、とエキドナは鼻で笑った。

 とはいえ伊奘冉が焦っているのは明らかだった。


 さて、どうするか。

 カルシファーは考える。

 仮に此処で休息を取れと言っても効果は薄いだろう。

 しかしこのまま伊奘冉を放置しておけば、倒れるまで蟻のように働き続ける。

 ——ならば無理矢理休憩させれば良いのではないか?



「よし分かった。今日は一緒に寝るぞ」



 名案だ、と言わんばかりに自分は何と短絡的な発言をしたのかと、カルシファーが気付いたのは言葉に出した直ぐ後だった。

 様々な思考回路の先に行き着いた提案だったが、周りからしてみれば突然寝るぞと言い出したに過ぎない。

 エキドナだけは真意に気付いているが、ただニヤニヤしながら見ているだけだった。


 遂に、今度は本気か、とリリスとメフィストフェレスは抗議の言葉をあげる間も無く硬直していた。



「えっ……わ、わかりもうした」



 突然の事に慌てながらも伊奘冉は返事をすると、緊張しながらそそくさとその場を後に部屋へ帰って行った。


 その後、微妙な空気が流れ、更に夜にも一悶着あったが、無事に伊奘冉が休息を取れた事だけは事実であった。


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