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Asgard  作者: 橘花
17/32

16.長耳族の系譜

 16.Agnus dei



「ふむ。やはり幾分か静かになった」



 悠然と回廊を渡るは蛇姫エキドナ。

 歩く姿一つでも絵になる様な優雅さと上品さを醸し出しながら、ある部屋を目指す。



「確か最初の頃もそこまで活気はなかったな」



 彼女が城に来た当初は勢力としてでは無く、一プレイヤーとして名を馳せていたカルシファー。

 当然配下も少なく、ただ寥廓りょうかくたる城は閑散とし、丁度今の雰囲気に似ていたと思い出していた。



「あの頃は静かで良かった。カルシファーも濡れる程強かったし。口煩い子供ガキ共も居なかったし」



 そこで一旦言葉を切って足を止め、正面を見据えた。



「なあ。鬼っ子(・・・)よ」


「なにしにきたの」



 進行方向を遮る形で立ち塞がっていたのはメフィストフェレス。

 その表情は、信用出来ない赤の他人を見る様に冷やかで疑心の眼差し。



「散歩だ」



 何か悪いか、といった表情でエキドナは着物の胸元を直しながら返答を待つ。

 僅か数秒間の沈黙ではあるが、この場に一兵士がいれば裸足で逃げ出す様な、そんな酷く居心地の悪い空気が流れた。



「帰って」



 ポツリと、小さな声で簡潔にメフィストフェレスは言った。

 しかしながら明確な敵愾心をその言霊に孕んで。

 その瞬間、より一層空気が重苦しくなった。



「帰って?何処にだ?」



 微かに眉を顰め、真っ直ぐと眼を見つめながらエキドナは戯けた様に敢えて(・・・)聞く。



「……兎に角ここから先へは通せない」



 寸刻、言葉を濁しながらもメフィストフェレスははっきり言い切った。

 その態度を見て、エキドナは先程より少しばかり強い口調で一気に告げる。



「質問に応えろ小娘。何処へ帰れと曰うのだ。宝の無くなった空の宝物庫か?私の充てがわれた何も無い部屋か?それとも私が封印されていた墓石とでも言うか?それとも——「ッ……貴女は信用出来ない!ご主人様には近付けさせないッ!!」——ほう」



 発せられた雪崩の様な言葉をメフィストフェレスは声を荒げて遮った。

 再び、重苦しく沈黙が空間を支配した。



「そうかそうか。成る程な」



 数秒の空白の後、薄く眼を瞑りウンウンと一人頷いたエキドナは、改めて眼を見開き目の前のメフィストフェレスをその紅いまなこで見据えた。



「……ッ」



 そのあまりの迫力に思わず尻込みするメフィストフェレス。

 宛ら蛇に睨まれた——蛙。


 そしてエキドナは顎を少し上げ彼女を蔑視する。

 同時に不敵に笑みを漏らして、



「今更護っている心算つもりか?————去ね小娘。貴様ではカルシファーを護れない」


「黙れ!」


「現に護れたか?愛しのご主人様とやらを?さあ、どうだ?貴様らが護った結果どうなった?」


「——煩い!!」



 ——ベコッ、とエキドナの直ぐ横の石壁が異様な程綺麗に、円形に凹んだ。

 エキドナはゆっくりと自分の真横の凹んだ壁を、眼を細めながら横眼で見る。

 それと同時にハラリ、と艶やかな黒髪が数本宙に舞った。



「……選手交代だ小娘。なに。心配するな。私が貴様の代わりにカルシファーを護ってやろう」



 再び視線を戻したエキドナは、酷く冷笑的で、酷く威丈高に、それでいて親が子を諭す様に言い放った。

 先程凹んだ石壁の縁の瓦礫が、ほんの少し音を立てて崩れた。



「やめなさい」



 一目で分かる程不穏な空気の最中、エキドナが何か小さく呟いた瞬間、声が掛かった。

 両者とも聴き覚えのある声だった。

 エキドナは声の人物を半眼で一瞥すると、短く溜息をつき殺気を収束させていく。

 そして呆れた様に呟いた。



「また小姑みたいなのが来たか」



 言葉通りに渋い顔になったエキドナは、今来た人物——リリスの顔を見る。



「メフィストフェレス。貴方の気持ちは判るわ。でも、エキドナ・・・・はもう正式に仲間になったの」


「…………」



 無言で思案するメフィストフェレスだが、どうやら本当に仲間になったのだろうと判断はついていた。

 彼女にとって、リリスがこの女を名前で呼んでいる、と言うのが何よりも印象的だった。



「貴方もあまり揶揄からかわないでくれるかしら?」


「ああ。できる限り努力しよう」



 リリスが本当に判っているのかこの女は、と疑う程早くエキドナは返事をした。

 そして彼女は上品に咳払いして言った。



「で、だ。私を通すんだろうな鬼っ子よ」


「……私もついていく」


「要らん。逢瀬には男一人女一人と相場が決まっているだろう」



 茶化しながらエキドナは言った。

 又もや二人の間に険悪な空気が流れ始める。



「やめなさいって言ってるでしょ。貴方も遊びに来た訳じゃないでしょ」



 再び始まった小競り合いに、痺れを切らしたリリスが再度仲裁に入った。

 その表情は至極真面目。



「あー判った判った。ついて来るなり監視するなり好きにしろ。まあ、私がその気なら一人や二人居たところで無駄だけどな」



 やれやれ、と肩を竦めたエキドナは、再び足を踏み出した。



 ▼▼▼



「…………」


「おや?見張りは全て始末すると聞いていたような気もするが」



 幻獣馬に跨って進軍するアスタロトは、街の城門前に整然と並ぶ人間達を見る。

 ざっと自軍の10倍はいるであろう人間の兵士達。

 予想外の最上級の歓待にアスタロトは首を傾げた。



「このように大歓迎されるとは。メタトロンの殺り残しにでも早馬を飛ばされたのか?」


「否、其れは無い。何か不都合でも生じたのだろう」



 モロクが即座に否定した。

 メタトロンに限って中途半端な仕事はしないと理解していたからだ。

 考えられる理由としては何か彼女の身に不都合が生じた、ぐらいである。



「止まれぇ!!!!」



 城門前から一人の男が大音声で叫んだ。

 見れば周りの兵士達とは僅かに装飾の違う甲冑を着込んでいた。

 恐らくはこの場にて高位に当たる武官であろう。



「ふむ……それもそうだな。不都合か。若しかしてメタトロンが梃子擦る程の難敵が現れたか?」


「無い、とは思うが限りなく低い可能性は有る」


「止まれーーー!!!!」


「何方にせよ真偽は本人に聞かねば分からないな」


「無論」



 モロクと会話を続けるアスタロトは声の方向を見向きもせず、遂に、城門と目と鼻の先程の距離まで黒の軍勢は到達した。

 それでも尚、止まらない(・・・・・)



「なんだっ!?こいつ等。止まらないぞ!!?」



 最前列に並ぶ指揮官らしき口髭を蓄えた男が言った。

 普通何処の国の軍隊でも激突前の、所謂、口上を述べる前には互いに正対して留る時間が存在する。

 存在する——筈だ。

 だが、目の前の異様な軍団は立ち止まる所か、歩調すら弛めない。

 まるで自分達が見えていないかのように堂々と進軍を続ける。


 当然アインザッツにとって、試合前の握手だの口上を述べるだのそんな飯事ママゴトは心底どうでもよいのだ。

 例えば人間が、目の前にいる獲物に一々断わりを入れてから狩猟するか——否、しないだろう。


 立場が違うのだ。

 一方的に蹂躙される側とする側という絶対的な差。

 争いは同じ程度レベルの者同士でしか発生し得ない。

 これは、断じて争いではなかった。



「ぜ、全軍構えろ!!!」



 その声と同時に槍を構える人間達。


 もし、彼らが国から派遣されてきた兵士ではなく、あのウッドベリーの惨劇を見てきた兵士達なら対応は違っただろう。

 槍を構えるなんて愚かな事はせず、武具を脱ぎ捨て、我先にと裸足で逃げ出していた筈だった。



「おお、綺麗に並んでくれているな。いい心掛けだ」



 アスタロトが嬉しそうに声を上げた。



「些か数が多いが、何とかなるだろう」



 そう言って右腕を指揮者の様にふわっと動かした。

 そして恍惚な嗤みを浮かべ、



「感謝し給え。楽に逝けるのだ」



 右手を思い切り握り締め、何か(・・)を手前に思い切り引いた。


 ——ブチン、と不気味な音がした。



「ん?」



 指揮官の目には、帽子を被った不審な男の些細な動作とほぼ同時に、空中で一瞬何かが光った様に見えた。

 細長く、赤い何かが。



「おい!大丈夫か!?」



 遥か後方で一人の兵士が声を上げた。

 そして堰を切ったように次々とざわめき立つ。

 開戦間近にも関わらず、一気に統率を乱す軍に苛立ち指揮官は後ろを見た。



「チッ……貴様ら!何をしてい……る」



 威勢良く放たれた言葉は長くは続かなかった。

 彼は見てしまったのだ。

 自分の背後で甲冑に身を纏う兵士達の顔を。



「……ッ!?」



 無言で無愛想に立ち尽くす兵士達は共通して、瞳孔は完全に開き切り、顔中の穴という穴から血が滴り落ちていた。

 限界まで見開かれた眼から溢れる血の涙は、ポツポツと小雨の様に大地を点で濡らしていく。

 そして赤いネックレスを掛けているようにも見える薄い血の線が、首を一周する形で繋がっていた。


 一目で判った。

 もう死んでいると。



「ぜ、全軍突ホォ————」



 異常事態を目の当たりにしたにも関わらず、混乱せず直ぐ様反転して指示を出そうとしたその胆力は指揮官たる素質ある者のそれだろう。

 しかし、残念ながら彼には実力が見合ってなかった。



「————」



 結果、振り向き様に、アインザッツの高々一兵卒のリザードマンに投げられた槍で口腔を貫かれ、一瞬の内に絶命した。


 貫かれた指揮官の身体はそのまま後方に倒れ、陸に打ち上げられた魚の様に暫く跳ねた。

 それとほぼ同時に先程まで辛うじてくっ付いていた兵士達の首も滑るように地に墜ちていく。

 断頭台ギロチンに落とされた様に切断面は滑らかで芸術味を帯びていた。



「ヒィッ!?」



 誰かが、短い悲鳴を上げた。



 人間側の一大隊規模の兵士達の斃死と指揮官の死亡。

 それを皮切りに両軍の激突が始まった。



 ▼▼▼



「暇だな」



 カルシファーはポツリと呟いた。

 一人にしては少々広い自室の机には、所狭しと本が積み重ねられていた。

 その何れもが城内の図書室で借りてきた本である。

 当然何度も読んでいる。

 しかし他に娯楽というものが無いのも事実。



(外に出たいと言うと止められる。かと言ってする事もなし)


 これではまるで引きこもりの金食い虫ではないか、とカルシファーは自噴した。


 寝たきりの老人じゃあるまいし流石に外へ散歩する程度の体力はある。

 だが、それは今の段階では許されないだろう。

 護衛と称し、今も扉の外に待機しているであろうオルトロスに。



「…………」



 扉越しですら濃厚な気魄が伝わってくる。

 蟻一匹通さ無いという凄まじい気魄。恐るべき緊張感。



「窓は……」



 では窓はどうだろうか。

 流石に枠に鉄格子を填めるなんて監禁地味たことはしていないようだ。開けたら外に出られるだろう。

 静かに窓際に歩み寄り、桟に手を掛ける。



(オルトロスには申し訳ないが……)


 少々心苦しいが音立てないように努めて、窓を静かに開け放つ。


 カルシファーは限界だった。

 菌類じゃあるまいし幾ら何でもそろそろ外の空気が吸いたかったのだ。

 そして顔から窓の外へ乗り出し



「ム……ご主人サマ。ドウかサレまシタカ?」



 ——即座に引っ込めた。



「あ、ああ、いい天気だな狂骨」


「エエ、素晴らシキ天気デござイマす」



 カルシファーは戦慄した。

 外壁に狂骨が張り付いていたのである。

 濃緑色のマントを風に靡かせながらまるで家守ヤモリの様に壁面に張り付いている骨兵スケルトン

 死人故に一切気配を感じられない隠遁術を駆使し、彼は確かに其処に居た。



「ヲ身体何カお変わりアりませンカ?」


「……大丈夫だ。今日は特に調子が良い」


「ソレハ重畳。何カあれバ直ぐニお呼ビ下サイ」



 一体何時から其処に待機していたのか。

 素晴らしき従者の鏡の様な男である。



「判った有難う。ところで……」



 ——ところで一緒に散歩でも行かないか?


 そんな軽い調子でカルシファーは爽やかに尋ねた。

 思ってもいなかった提案に、狂骨は少し思案した。



「ム……是非ゴ一緒シタイのデスが、まダ周辺ノ安全ガ確認されテいまセン。今ハ御部屋で御休ミニならレテ下さイ」



 不本意、といった感じでやんわり断る狂骨。

 表情がないのに心底残念という感情がこちらまで伝わってきそうである。

 ここまで気遣いの出来る骨兵スケルトンなど滅多にいないだろう。

 そもそも普通の骨兵に思考能力が有るのかさえ微妙だが。



「でも、狂骨が護ってくれるから安全じゃないのか?」



 尚も食い下がるカルシファーは、煽てて出して貰おうという作戦に変更した。



(オルトロスは融通が効かないからな)


 前門の虎、後門の狼。

 板挟みにされている状態で付け入る隙が有るとしたら此方側である。



「勿論!デスが今ハもう少しダケ御待ち下サイ……アの街ヲ落セバ我々ノ行動範囲モ広がルデしょウ」



 だが、どうにもならないようである。



(仕方ない。諦めるか)


 事実、カルシファー自身もあまり無理を言える立場ではない。

 無茶した結果がこの様なのである。

 外傷はとりあえず、恒久的な痛みなどをあまり感じないのも頑丈な身体のお蔭だけなのかも知れない。

 伊奘冉の日々の治療のお蔭なのかも知れない。



「そうか。無理言ったな」


「申し訳アリまセン」



 申し訳なさそうに狂骨が首を垂れる。

 骨の擦れる音がした。

 しかし直ぐに顔を上げた。



「ム……三人程近づイテますネ」



 狂骨が、眉間に皺を寄せたように見えた。


(三人?今城に残ってるのはオルトロスと狂骨を除いて、リリス、伊奘冉、メフィストフェレス……)



「寝るか」



 そこまで考えてカルシファーはいそいそとベッドに戻っていく。

 女三人寄ればかしましい、と迄はいかないが騒々しくなるに違いなかった。


 更に女性陣は男共に比べて酷く献身的である。

 少々世話を焼き過ぎだ。

 起きていれば起きていたで、お身体が——云々言ってくるのは明確。



(呼ばれたら起きたていでいこう)


 そして布団に戻ったカルシファーは外から聞こえてくる音に耳を傾けた。



「ふん……これはまたむさ苦しい男がいるな」


「オルトロス。彼女がご主人様に用があるらしいわ」


「…………」



(この声は……エキドナ?おかしいな。何故彼女がここに来ている)



「ご主人様。お時間宜しいでしょうか?」



 二回ノックした後、扉越しにリリスが言った。



「ええいどけい。良いに決まっているだろ」



 カルシファーが返事をするより早く、威勢の良い声が響いた。

 それと同時に扉が勢い良く開け放たれた。



「ん?寝ているのか」


「馬鹿ッ!!ほら、ご主人様はお休みになられているわ。帰るわよ」



 完全に起きるタイミングを見失ったカルシファー。



「いや、まて」


「何よ」



 そのまま踵を返すリリスに引きづられたエキドナは強引に足を止めた。

 そして口角を吊り上げ不敵に笑った。



起きている(・・・・・)



 ——心拍数が、跳ね上がった。



「何を言って……」


「其処の椅子を触ってみろ」



 そう言ってエキドナは顎で指し示す。

 本の積み上げられた机の、腰掛け椅子だ。



「だからなん「触れば判る」」



 言われるが侭リリスは渋々椅子に手を触れた。



「……暖かい」



 その椅子にはつい先程まで人が座っていたかの様な、確かな温もりが残っていた。



「紅茶もまだ熱い。しかも私達が入る前から部屋に埃が舞っていた」



 ついでに後ろから入ってきたメフィストフェレスも椅子に触れた。



「そして何より、本当に寝ている奴はそう何度も唾を飲み込まない」



 カルシファーは思わず生唾を飲み込んだ。

 そして上半身を起こした。



「すまない。起きるタイミングを見失ってな」


「暫く見ない間に随分不便な身体に成ったな。……勿体無い」



 エキドナはカルシファーの無き右腕を見ながら純粋な感想を述べた。

 無論そこには憐憫の情はない。



「久しいなエキドナ。それで何しに来たんだ?」


「どうせお主は死ぬのであろう。なら契約の前倒しをしてやろうと思ってな。感謝しろ」



 不遜にも、淡々と何食わぬ顔でエキドナは言った。

 当然、二人がその発言を見過ごす筈は無い。



「リリス、メフィストフェレス、良いから。……そうか。そう言う事なら素直に感謝する。有難う」



 二人が行動を起こす前に制したカルシファーはエキドナに礼を言った。

 彼女が動いてくれるとは思ってもいなかったのが本音であった。


 そしてエキドナは、不満そうな顔を隠しもせず睨みつけてくる二人の視線も何処吹く風か、呟いた。



「丸くなったなお主も」


「いや変わってないぞ」



 カルシファーはベッドの縁に腰掛け直す。



「まあいい。それより面白い話がある」



 そう言いつつもエキドナはゆっくり歩き、そしてごく自然にカルシファーの横に腰を降ろした。

 自分の定位置が其処であるかの様に。



「——長耳族エルフは何故長生きか?」


「知らないわ。それより其処をどきなさい。ご主人様の毛布が汚れるでしょ。後変な臭いがつくわ」


「貴様には聞いてないぞ」



 長耳族エルフ、と呼ばれる種族は他の数多の種族に比べても非常に長生きである。

 だが、彼らの外見は幼い。

 と言うのも寿命で死ぬより先に、何らかの外的要因で生命を落とすからである。

 老体の長耳族エルフは非常に稀な存在なのだ。



「奴らが長生きなのは生まれた時から既に、ある一つの要素・・の影響を受けているかららしい。そして奴らは、元々・・長生きだった訳じゃない」



 エキドナはそこで一度言葉を切った。

 皆、自然と彼女を注視していた。

 そして薄々感づく。

 そこにヒントがあると。



「遥か昔、と或る一人のエルフの男が長き放浪旅の過程、魔獣に追われ、今にも死にそうな程衰弱していた」



 男が放浪の末迷い込んでしまったのは異形の大地。

 だが、死の間際その男の目に止まったのはある一房の青い花。



「それは死の淵に立っていた男の目には、息をするのを忘れる程幻想的で儚く幽雅な花に見えた。同時に、極限の飢餓状態でもあった男は何を思ったのか最期の力を振り絞り、その花を食べた(・・・)



 そう言い切るとエキドナは静かに目を瞑った。



「以上だ」


「……巫山戯ないで。それでどうなったの」



 半眼でリリスが先を促す。



「判るだろ。男はその花を口にした瞬間驚異的に回復し無事逃げ帰った。……そこからエルフの系譜が始まったと言っていい。弱々しく人間と然程変わらない短命な種族はそこになく、長寿で力を持ったエルフが誕生した。たった一房の花によって」


「お伽噺に過ぎないのではなくて?」



 リリスがそう詰問するのももっともであった。

 現に、カルシファーとてAsgardをプレイする最中そんな話は聞いた事がなかったし、また、そんなに旨い話が事実で有れば皆挙こぞってその花を摘みに行くだろう。


 場所が分からない、或いは簡単には採りに行けない場所なら別だが。



「さあな。私も古いエルフの知り合いから聞いただけだ。まあ、数百年経った今では流石にソイツは生きては居まいがな」



 ——私ですら眉唾ものの話だ。


 そこでエキドナは言葉締めた。


 そしてこほん、と上品に咳払いをして陶磁器の様な艶やかな指先をカルシファーの胸板に這わす。

 蛇が大地を這うように、愛おしく舐るように。



「でも」



 メフィストフェレスが期待を孕んだ声を上げた。


 同時に射殺さんばかりの視線でエキドナの行動を咎めつつも、羨ましがりながら。



「そう……でも」



 エキドナは再び口を開く。

 カルシファーの肢体に沿ってゆっくりと胸元から下の方へ指を滑らせながら。

 周りすら引き込みそうな淫靡な雰囲気を発して、



「確かめてみる価値は有ると思わないか?」

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