挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

ブックマークする場合はログインしてください。

地獄に納豆

作者:京本 葉一
 ここは天上界の花園。
 お釈迦さまと孔子さまが、ぶらり散歩をなされております。

 お二人は同世代の仲良しさんです。ともに素晴らしい知恵をもって多くの人々を導き、敬われ、崇められ、奉られ、神となって天上界におられるのです。天にあっても、悩み苦しんでいる衆生を救わんとして、あの手この手で光を投げかけてくださいます。

 お二人は和気藹々とした雰囲気を損なうことなく、池のほとりで立ち止まり、地獄をのぞかれました。


 ひとりさみしく、暗く寒々とした荒野で、ぶるぶると震えている男がみえます。


「どうやら人間界において、なんの精進もせぬまま、愚痴をこぼすことだけを行っていたようですね」

「そのようですな。しかし、あの者は生前、毎日2パックの納豆を食べていたらしい。運動不足ではあるが、なかなかの健康志向ではある。肉体とは自己のものにあらず。天からの、父母からの授かりもの。これを大切にすることは、すなわち、慈愛の行ではないだろうか」

 お釈迦さまは孔子さまに微笑まれました。
 お二人はいつも、こうやって救い出す理由を見つけ出されるのです。

「ええ、それでは来世の精進に期待をするということで、とりあえず地獄は卒業させましょう」




 暗く寒々とした荒野に、天から光が射し込んできました。
 ぶるぶると震えていた男は、暖かな光に涙を流しました。そして、天からおりてきた糸に気づきます。

「この匂いは、納豆? まさか、納豆を好んで食べつづけた俺のために、納豆の神が救いの糸を?」

 男は糸に飛びつき、エイヤエイヤと登りはじめました。
 綱とはいえない細さですが、切れる心配はしていません。納豆の糸がいかに頑強であるか、男は知っていたのです。気がかりは体力でしたが、休みたくなると、糸がネバっと絡みつき安心感をもたらします。
 男は地獄から逃れたい一心で、あきらめることなく登りつづけました。

「ああ、だいぶ上ってきたなぁ。ほんと、高所恐怖症じゃなくて助かったよ」

 下をみれば、暖かな光を求めて大勢の人が集まっていました。



 糸に気づいた者たちが、これまたエイヤと登りはじめています。
 しかし、登れない者たちもいました。納豆嫌いの者たちです。彼らには臭うのです。耐えられないほど臭うのです。納豆は臭いという思い込み、その想念が、地獄から逃れたいという意志を挫いているのです。
 鼻をつまみながら、ひとりが声をあげました。

「こんな細い糸、すぐに切れるに決まってるじゃないか」

 誰もが糸の頑強さを信じられるわけではありません。ざわざわと動揺が広がっていきます。

「ちくしょう、なんでこんなに細いんだ。なんで納豆臭がするんだ」
「あっ、いまなんかネバっとした」
「ちくしょう、やっぱり納豆だ。なんで納豆の糸なんだ」
「そりゃ健康にいいからだろ」
「はぁ? 意味わかんねぇよ」
「バカヤロー、発酵食品をなめんじゃねぇぞ。すっげぇ身体にいいんだからな」
「だから、それがなんだっていってんだよ。健康オタクは黙ってろよ」
「なんだとコラァ。納豆はなぁ、血液をキレイにしてくれるんだよ。すっげぇいいヤツなんだよ」
「聞いてねぇよ。どんだけ脱線すんだよ」
「いや、ちょっと待て。これが救いの糸ならば、なにか功徳があったればこそ……もしかして、身体を大切にするのは親孝行であるとか、そんな話じゃないか?」
「おおっ」
「なんだよそれ、お前らマジで言ってんの?」
「よし、それでいこう。いいか、タトゥーのある奴は登るな。ピアスで穴を開けてる奴もアウトだ」
「はぁ? 意味わかんねぇよ」
「若造は黙ってろ。むやみに身体を傷つけるような奴に、救われる資格などない」
「ふざけんなよオッサン。なんだその下腹は? 暴飲暴食で身体を壊してる奴が語ってんじゃねぇよ」

 殴り合いのケンカが始まりました。



 騒々しい現場を見下ろしていた男は、大声で呼びかけます。

「君たちも登ってこい。大丈夫だ。この糸は切れない。納豆の糸を信じろ。納豆神を信じるがいい」

 自信と思いやりの心をもって、二度三度と叫びました。
 すると、男の親切心にこたえるように、天の光が広がりをみせました。
 仏心です。これぞ慈愛の発露です。天から次々と雨のごとく、拳大の納豆がネバネバした糸をひきながら降ってくるのです。

 地獄に降り積もった納豆が、集まっていた者たちを巻き込みながらグルグルを渦をつくります。
 荒野がネバネバとしていきます。
 やがて、あたかも箸で持ち上げられたかのように、天高く糸が伸び上がり、集まっていた者たちを絡めたまま地獄から飛び出していきました。




「また、ずいぶんと多くの衆生を救い上げましたな……幾分、やり過ぎたのでは?」

 言いながら、孔子さまは愉快に笑っておられました。
 お釈迦さまは微笑み、「いいえ」と返されます。

「健康かつ元気であること。それは自身を救うだけでなく、多くの人々を救うことにつながるのですよ」


 お二人は和気藹々と光を放ちながら、池のほとりを離れていかれました。


評価や感想は作者の原動力となります。
読了後の評価にご協力をお願いします。 ⇒評価システムについて

文法・文章評価


物語(ストーリー)評価
※評価するにはログインしてください。
感想を書く場合はログインしてください。
お薦めレビューを書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ