結婚詐欺
社員食堂のキャッシャーで、ばつが悪そうな顔をしていた。
「どうしたんだ?」
「ちょっと、財布忘れてしまったみたいです」
「そうか。ほら、これ使いな」
千円札を渡した。
外回りから帰ってきてから、落ち込んだ顔をしていた。
「どうしたんだ?」
「今度、契約取れなかったら、クビって言われて……」
「そりゃ大袈裟だな。よし、この契約やるよ」
小口の契約を譲ってやった。
受話器を置いた時の顔が真っ青だった。
「どうしたんだ?」
「父が借金を残して蒸発したみたいなんです。実家に取り立て屋が来ていて……」
「それは、困ったな。しかたない。俺が金の工面をするよ」
数千万円を立て替えた。
「どうしたんだ?」
目を合わせようとしない。
「なんでもありません」
声が震えていた。下を向いて、こちらを見ようとしない。よく見ると、涙が零れていた。
「なんでもないわけないだろ。ほら、ちゃんとこっちを見て、理由を言いなさい」
根気強く説得して、ようやく顔をあげてくれた。赤い目が潤んでいて、どきりとした。
「先輩には、いつもよくしてもらってばかりで、申し訳なくて」
「気にするな。俺がやりたくてやっているんだ」
「でも」
「わかった、わかった。じゃあ、そろそろ精算しよう」
前々から考えていたことを口にした。
「私には、もう何も残っていないですよ」
困惑していた。
「まだ、あるじゃないか」
ポケットから小さな箱を取り出した。
「君自身だ」
なけなしの金で買った指輪だった。
この話を恋愛と受け取りましたか。
それとも、犯罪と思いましたか。