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Snow Magic

作者:蛍火
 あるところに、雪に閉ざされた村がありました。
 その村の外れには小さな小屋が建っていて、小さな女の子と、その子のお祖母さんが住んでいました。


 ○○○


 雪に閉ざされたこの村の外れの小屋に、わたしとお祖母ちゃんは住んでいた。
 二人暮らしだから、力仕事は全部わたしの仕事。毎朝村の集会場に行ってその日に使う分の薪を貰い、水の代わりに雪を集める。
 それは確か、わたしが七つになるかならないか、という辺り。その日は珍しく、雪が止んでいた。
 いつものように、お祖母ちゃんに声をかけてから小屋を出る。その時、刺すような視線を感じた。
 この村を囲むように存在する、大きな森の奥から。
 わたしはその方向に視線を向け、こてり、と首を傾げた。

「……だれ?」

 小さな声でそう問うと、よくわからない感覚のようなものは森の奥へと遠ざかってしまった。
 わたしは集会場から薪を貰い、雪を小屋に運ぶと、お祖母ちゃんにそのことを話した。

「……村を囲む、大きな森」

 わたしの話を聴いて、ぽつり、と零す様にお祖母ちゃんは告げた。

「この村を出てすぐのあの森には、決して入ってはいけないよ。なぜかって? 一度入ってしまったら、二度と出てこれないからさ。お前の父親は、病気だったお前の母親を連れてあの森に入ったきり、帰ってこなかった。だから、絶対に入らないこと。いいね? あんたがいなくなったら、私はどうすればいいんだい?」

 狼狽えたようなお祖母ちゃんにどうすればいいのかわからず、わたしは頷くことしかできなかった。
 強く掴まれた肩が、痛かった。


 ○○○


 その時のお祖母ちゃんの縋るような表情を、掴まれた肩の痛みを、今でも鮮明に憶えている。
 そして今考えると、お祖母ちゃんはたぶん、わかっていたんだと思う。
 わたしがこの森に惹かれているということを。

「……そうだよね、お祖母ちゃん」

 数年前に姿を消したお祖母ちゃんが映る写真立てを手に取って、わたしは囁いた。

「お祖母ちゃんはいつも言ってた。森のことを考えちゃいけないよ。いつか森に引きずり込まれてしまうから、って。でも、ね」

 目を伏せて、写真立てを抱きしめた。

「わたし、忘れたことなんて一度もなかった。いつも、考えてた。あの視線はなんだろう。あれは、誰のものなんだろう、って。だから、かなあ」

 外へと続く閉ざされた扉の向こうに顔を向け、悲しげに笑った。

「最近、すごく近くに感じるんだ、視線。わたしを、呼んでるの。だから、ごめん」

 行くね。
 写真立てを元の場所に戻し、頭を下げた。

「今までありがとう。さよなら」

 写真に背を向け、扉の前に向き直る。深呼吸して、ゆっくりと扉を開いた。
 ざあ、と風が前髪を攫っていく。その風は、普段のものよりずっと、暖かかった。

「わたしを呼んだのは、あなた?」

 扉の目の前に座っていた雪色の狼に問いかける。
 狼は肯定するように一度吼えると、立ち上がって背を向けた。
 わたしは歩き出した狼の後を追って、村と森の境界線を躊躇いなく踏み越えた。


 ○○○


「来ると思っていたよ」

 案内された森の奥で待っていたのは、二十歳半ばだと思われる青年だった。
 狼は青年の足に身を擦り付けると、大きな石の近くで丸くなる。
 青年はすれ違いざまに狼の背を撫で、わたしに手を差し伸べた。

「永い間一人にさせて、ごめんな」

 その姿は、うっすらと残る古い記憶の誰かと重なった。

「……おとう、さん?」
「こんなに若いのは、駄目かな?」

 そういって苦笑した青年に、お父さんに勢いよく首を振った。

「そんなことない! ずっと、逢いたかった……!」

 飛び掛かるように抱きつくと、お父さんは軽い笑みを零しながらも強くわたしを抱きしめ返した。

「……本当は、他の人が来るんじゃないかって少し、思った」

 唐突にぽつりと零したお父さんに視線を合わせると、彼は眉を下げた情けない顔をしていた。
 けれどすぐに表情を戻すと、お父さんはわたしを抱き上げて歩き出した。

「でも、やっぱり来たのは俺の娘だった――お母さんに、逢いに行こう」
「……っ!? お母さんがいるの!?」
「うん。本当は逢いに行きたかったんだけど、俺もあいつも、この森から出られないから。そのかわり、もう病気じゃないよ」

 わたしの記憶に残っているお母さんは、いつもベッドに臥せっていた。身体が弱かったから仕方ないってわかってたけど、一緒に外を歩いたりできないのは寂しかった。
 けど、もうすぐ病気じゃないお母さんに逢える。
 とくり、と心臓が跳ね、嬉しくてお父さんに抱きついた。

「――私には抱きついてくれないのかしら?」

 わたしの後ろから、小さな笑い声が聞こえた。
 勢いよく振り返ると、口元を手で隠したお母さんが、目元を緩ませていた。

「お母さん!」
「追いてっちゃって、ごめんなさいね。でも、これからは一緒にいられるから」

 地面に下ろされた私は、お母さんに駆け寄って抱きついた。
 お母さんは、わたしを包み込むように抱きしめた。
 懐かしい匂いがして、小さく鼻を鳴らした。

「――感動の再会をしているところを邪魔するのは忍びないんだけど、そろそろ時間だよ」
「……お祖母ちゃん? どうして……?」

 数年前に姿を消したお祖母ちゃんが突然出てきて、わたしは目を白黒させた。
 お祖母ちゃんはそんなわたしをみて、からからと笑った。

「なんというか、成り行きだよ。そこの狼に追い立てられて来ちまったのさ。お前に行くなと言っておきながらね。そうしたら外に出られなくなるし、お前を一人残していたからどうしようかと思ったんだけど、杞憂だった」
「そう、だったんだ。でも、お祖母ちゃんが無事でよかった」
「外に出れないのに無事なのかわからないけど、こうして全員揃ったことだし、良しとしようか――さて、さっきも言ったけど、そろそろ時間だよ」
「そうだった。つい忘れていたよ」
「時間って、なんのこと?」
「ついてくれば、わかるわ」

 首を捻っているわたしは、左手をお母さんに、右手をお父さんに引かれて歩き出した。
 少し歩くと、林立している木々が分かれ、大きな湖が目の前に広がった。

「うわあ、きれい!」
「だろう? ここが目的の場所だ」

 お父さんは右手でわたしの頭を撫でると、左手を外した。そして、ゆっくり湖に向かって歩き出した。

「……すごい! お父さん、水の上歩いてる!」
「まだまだ。すごいのはここからだよ」

 水面を滑るように歩いたお父さんは身体ごと振り返り、大気を抱くように両腕を広げた。
 直後、ぽこりぽこり、と水面から水が浮かび上がった。それは上昇するたびに細かな粒に別たれ、空高く舞い上がったところで一瞬にして雪になった。

「雪の魔法よ」

 次々と生まれる雪を凝視していたら、隣でお母さんが言った。

「私達のいた村は、雪から水を得る。毎日のように食べる作物は、寒いところでしか成長できない。雪がなければ、生きることができないのよ。だからこうして、雪を降らせているの」
「そう、だったんだ」

 当たり前のように使っていた雪は、お父さんとお母さんからの贈り物だったんだ。
 そう思うと、心が温かくなる気がした。

「じゃあ、お前もやってみなさい」
「わたしが? お祖母ちゃん、何言ってるの?」

 唐突にいわれ、できるわけない、と首を振ったが、お祖母ちゃんはできる、と断言した。

「お前はあの狼に導かれてやってきたんだ。だから、できる」
「どういうこと……?」
「あの狼が、雪を降らせることのできる者を見分けているのさ。私は気まぐれに追いかけまわされただけだけど、お前は何年も前から、焦がれるように望まれていた」

 あそこを見てごらん、とお祖母ちゃんは近くを指さした。

「ほら、そこ。少し地面が見えているだろう? 私達のいた村では、雪を切らしてはいけない。それは、死んでしまうことを意味するからね。でも、雪の魔法はかなりの力を使ってしまう。お前のお父さんとお母さんだけでは、間に合わなくなっているんだ。私も手伝っているけど、さすがに無理だった。だから、手伝って欲しいんだよ」

 できるね?
 お祖母ちゃんの真剣な表情に、そして、お父さんとお母さんの視線に、わたしは頷いた。

「ちゃんとできるかわからないけど、やってみる」
「嬉しいわ。じゃあ、初めは私と一緒に行きましょう」

 お母さんは自身の右手を持ち上げて微笑んだ。そのまま、足を前に歩き出した。

「足を踏み出すのを、怖がらないで。全てを委ねれば、必ず水は応えてくれる」

 お母さんに導かれるまま水面に足を乗せ、少しぐらつく身体を何とか前に進めた。
 上手ね、とかけられる声を聞きながらお父さんの隣に並ぶと、柔らかく頭を撫でられた。

「初めてにしては上出来だ」
「そうなの?」
「そうさ。俺が初めて歩いた時は三歩で沈んだからな」
「ふーん」
「じゃあ、さっそく魔法を使ってみようか」

 お父さんの言葉を皮切りに、二人分の熱が離れていく。
 わたしはそれを心細く思いながら、独りで水面の上に立った。

「水に語りかけてごらん」

 近くにいるお父さんの声に導かれる様に、わたしは瞳を閉じた。

 こんにちは


〝? 新しいひと? こんにちは!〟


 心の中で言葉を浮かべたら、それに答えるように跳ねる様な返事が返ってきた。

「!? 声が聞こえた!」
「それが水の声だよ。どんな風に聞こえる?」
「なんか、楽しそう」
「やっぱりそうか。でも、こんなにすぐ声を聞くことができるなんて、すごいな」
「貴方は最初、ぼんやりとしかわからなかったものね」
「君も同じだろう?」

 お父さんとお母さんの声と聞いていたら、〝あのね〟と水から話しかけてきた。


〝この姿も好きなんだけど、雪の姿はもっと好きなんだ! だから、魔法を使って欲しいな〟


 雪の姿が好きなの? どうして?


〝だって、空を飛べるから!〟


 喜びを表現するように、見える限りの水面が波だった。
 それが微笑ましくて表情を緩めると、お父さんとお母さんが感心したようにわたしを見ていた。

「こんな状態を見たのは初めてだ。俺達はまだ、正確に声を聞くことができないから」
「なんて言ったのか、教えてもらってもいい?」
「ちょっと待ってて」

 勝手に言ってもいいのかわからなかったから、水に問いかけた。

 教えても、いいの?


〝いいよ! 雪にしてくれるなら、とっても嬉しい!〟


 わかった。ありがとう

 了解を得たわたしは、お母さんに向き直った。

「水の姿も好きだけど、空を飛べるから雪の姿の方がもっと好きなんだって」
「そんなに正確に聞き取れているのね……」
「そうだな。僕達は、水が雪になりたいことは知っていたけど、あまり詳しくはわからなかったから」
「お父さんとお母さんは、水の願いを叶えて、村の皆を助けているんだね」
「そうともいえるな。じゃあ、水を雪にしてあげよう」


〝雪、なれる? 嬉しい!〟


 お父さんの言葉に、ざわり、と足元の水が揺れた。
 どうすればいいの、と問う様にお父さんを見上げる。
 お父さんはわたしを導くように言った。

「手はどんなふうにしていてもいいんだ。大切なのは、空に浮かび上がった水が小さな結晶になるところを想像すること。雪を思う心が大事だよ」
「ん、わかった」

 わたしは胸の前で指を組むと、祈るように瞳を閉じた。
 先程まで見ていた風景を脳裏に描き、水面から湧き上がるように飛び出した水が真っ白に変わっていくところを想像する。
 わあ、と歓声が上がり、わたしは瞳を開けた。


〝空、飛んでる! ありがとう!〟


 思わず顔を上げると、舞い散る雪から心が弾むようなお礼が聞こえてきた。
 水面を歩いてきたお祖母ちゃんに頭を撫でられ、両側にいたお父さんとお母さんに手を握られる。その状態のまま、わたしは空を仰いだ。
 真っ白な雪が舞い散る中、嬉しい、と輪唱のように響き渡る声。
 それに嬉しくなったわたしは、花が開くように笑った。


 ○○○


 あるところに、雪に閉ざされた村がありました。
 その村の外れには小さな小屋が建っていて、小さな女の子と、その子のお祖母さんが住んでいました。
 けれど今は、誰もいません。

少女の年齢は十歳前後です。
童話というものがよくわかりませんでしたが、ほのぼのを目指して書きました。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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