お姫様のわんこ(3/3)縦書き表示RDF


お姫様のわんこ
作:鮎塩



02.  無茶です、ご主人様。




円形に開けた広場には朝も早いというのに人で溢れかえっている。

屋台の屋根から飛び立つ小鳥の羽ばたき、おばちゃんの大きな客寄せの声、胃を活発化させる串焼きのいい匂い。
ここでは世界でも有名な、大規模の『朝市』が開かれている。


うう………予想以上の何という人ごみ。


「ユージン!何をしている、早く行くぞっ」

アンジュは食欲に眼を輝かせて、動こうとしない俺を引っぱる。

「なあアンジェ………別の、もっと人の少ないところで食わないか?」
「何を言っている、これを目当てにシルヴァニアに来たようなものだぞ? 第一腹が限界だ。今さら場所を変えるなどありえぬ!」
「……もっと高い宿にすればよかったよ」

あの扉一つでそれと分かる安宿に、まさか朝食がついてくる訳もない。
とにかく何か食べようと、こうして街にくり出したのだが……ここまで人が多いとは。

いつもなら祭りみたいな雰囲気すら楽しいと思えるのだろうが。

「何、大丈夫だユージン。万象の精霊に誓ってもバレはせん」

アンジェは俺の手を引きながら振り返る。

「うむ! とっても美人だぞっ!」

「………傷口をえぐるなあああ!!」


スカートって歩きにくいんですね……。






お姫様のわんこ2






「さて、出かけるぞユージン。これに着替えろ」
「いやアンジェ、考え直せ。冷静に考えて成人男性に女装なんて無理だろ!」

アンジェが渡してきたナニカは、どう見ても綺麗な女物の服だった。しかも背の低いアンジェが持っているはずがない丈の。

「大丈夫、サイズはピッタリのはずだ」
「俺の話聞いてた!? い、いや、いつ測った、とかも気になるけどまあいい。それより依頼は午後からだよな?」
「うむ」

胸を張って頷くアンジュ。

「ならなんで、今から女物を着なきゃならんのだっ」
「やるからには早く慣れておいたほうがいいだろう? お前もバレないかどうか、他人の眼で確かめて置きたいだろうし」
「慣れ……って……、………慣れたくない………」

でも確かに、本番のメイド服(きっとフリフリひらひら確実)などもっとひどいのだ。これで音をあげていたら、依頼など到底こなせないだろう。

「………むう、そんなに嫌か? なら条件を出そう」
「……条件?」

よっぽど俺の顔が悲壮に見えたのか、珍しくアンジェが譲歩に出る。

「午前中に誰かが一度でも女装と見破ったら、この話はなかったことにしよう。違約金は惜しいが」
「む………」
「どうだユージン?」
「……………それでも嫌だっつったら?」
「お前の主人は誰だ?」(意訳:首輪がうなるぞ)
「………はあ。わかった、一応着るが、期待にそえないこと確実だぞ」
「ふふ、それはない」

アンジェはよほど自信があるのか、余裕綽々の顔で首肯してみせた。
………よし、それなら眼に“毒”見せてやる!




………………。




スレンダーな美女がこっちを呆然と見ている。


誰あろう………俺だ。


地毛と同色のかつらを被り、紺色のワンピースドレスに黒タイツをあわせ、ふわふわの黒いカーディガンで肩や手をごまかし、そして軽めの化粧を施す。
それだけのはずなのに………アンジェの言うとおり、鏡に映った姿は女性にしか見えない。

思わず鏡を磨いてその鏡像が本物か確認してしまったほどだった。

確かに美形だと言われたりはするが、それと女装が似合うのとは別問題のはずなのに。
しかも俺の背は平均ぐらいあるというのに、だ!

「おお、すごいなユージン!腰を絞らなくても充分細いぞ」
「そんな感想はいらない」
「しかし白いな。……ふむ、化粧はほどほどの方が惹き立つな」
「そんな解説はいらない!」

俺を着付けるアンジェは生き生きとしていた。水を得た魚……訂正、水を得たサメのようだった。

「うむうむ。ちょうど首輪で喉仏が隠れるな。あとは声だが、ほれ」
「………なんだこれ」
「変声器。前の前の、さらに前の遺跡でかっぱらってきたものだ。逃亡時に役立つと思って持ってきたのだが、思わぬところで日の目を見たな」
「………」
「魔術で変えてもいいが、それだと感知されれば一発でバレるからな。せっかく完璧なんだ、止めておこう」
「……………………」

――――と、そんなやり取りがあって、今に至る。





俺たちは波を漂うくらげのように、適当に流されながら屋台を物色していく。

「ユージン、肉だ肉。肉を食おう。この地方はラム肉が最高だそうだぞ」
「はいはい、はしゃぎ過ぎてはぐれないように。しかしお前、よく朝からズッシリしたもの食えるな…」
「私の胃をなめるなよ。ユージンこそ、朝飯はちゃんととらぬといつか倒れるぞ。コーヒー一杯だけなど朝食を愚弄しているのか?」
「お前こそコーヒーをなめるな。アレがないと朝は頭がすっきりしない………っと、すみません」

通行人の足を踏んづけてしまい反射的にあやまる。普段ならしないような些細なミス。

相手は気を悪くした風もなく……むしろ気色悪いほど機嫌よく、いえいえと言いながらすれ違っていった。
それは男二人組みで、去っていった方向から彼らの会話が漏れ聞こえる。

「うむ、私たち二人ともかわいくてらっきー、だそうだ」
「知らん。気のせいだ。俺は何も聴こえなかった!」
「うむ、鳥肌すごいなユージン」

女装だとバレれば恥だし、ばれなくても男として恥だ。
どっちにしろ恥ならとっととバレて欲しいと、口調すら変えていないのだが気づかれる気配もない。
よく考えれば、普段アンジェの方がよっぽど男前な話し方なのだから、口調これぐらいでは違和感にさえ成らないのかもしれない。

「まあ、接触を機会に声をかけてくるような連中ではなくてよかったな」
「……想像したくもない」
「さて、ユージンの希望が潰えたところであの店に寄るぞ。スープが美味そうだ」
「まだ潰えてない!」
「おっ、見ろ看板猫だ。スープついでに触りにいくぞ」
「こらっ、触るなら食事のあと!毛が飯に入るでしょ!」

それからは、自由奔放少女をたしなめたり、男どもの生暖かい視線を必死で見ない振りをしたり。
街の中央にそびえる精霊教会が正午の鐘を告げても、最後まで見破られることはなかったとだけ言っておく。

ちなみにアンジェは勝ち誇ったような顔で誉めてくれた。………そこは頼むから慰めてくれ。










この世界に神はいない。


今は伝説や遺跡にだけかすかに残る、かつて天使と人間が共に暮らしていた時代の痕跡。
その頃には確かに創生神が存在していたそうだ。

しかし唯一の神は一人の堕天使と相打ちとなってしまう。
堕天使は神の最後の力で監獄世界へと落とされ、ついには神自身も力尽きて消滅した。

やがて天使たちが一人二人とこの世界を去り、あるいは自ら命を絶ち姿を消していく中、大変だったのはむしろ人間たちだった。

世界の安定を保っていた天使がいなくなって、一部の地域は砂漠化し、あるいは零下に投げ出され、自然災害が発生し、病疫が襲い掛かってきたのだ。

しかし見捨てられたこの世界にも、人と生きようとする天使たちがいた。
それらは極少数ではあったが、人を導き、時には人と交わり子を成して、少しずつ人の生活を改善していった。
以前ほどの豊かさではなくても、たとえ貧富の差や地域の格差は変わらずとも、それでも人々は天使たちに感謝を捧げた。
やがて少数の天使らは人の血に埋もれて消え、全ては記憶の果てへと薄れていく。

そして人間の信仰は自然そのものへと移り変わっていき――――
『神世代』と呼ばれる時代は終わりを告げたのだ。



………と、ここまでが、現在もっとも有力とされている説である。

要は現代で盛んな宗教は、自然崇拝であるということだ。


「にしても、精霊教会の依頼は何度目なんだかな」
「すっかりお得意様になったな。………仕方ない事とはいえ、っと。着いたな、ここだユージン」
「……ああ」

御者に料金を握らせ、黒塗りの馬車を降りる。
そろそろ太陽が月と交代するという頃、俺たちは目的の屋敷に到着した。


――――自然崇拝、その信仰の集約が『精霊教会』。

永年第一位を誇る、最大規模の世界宗教である。

その信仰とは、自然界のあらゆる存在には霊魂――精霊が宿り、あらゆる現象は精霊かれらの意思によるというもの。

簡単に言えば、『嵐に宿るあらぶる魂よ静まりください』、もしくは『豊かな土壌のお陰で今日も食事にありつけます、水や大地の精霊さんありがとう』などといったような。


そして『精霊教会』を語るにおいて、『神世代遺跡』は欠かせないものの一つである。

精霊教会は各地に支部を持ち、その情報網と人材を駆使して『遺跡』の管理をしているのだ。
すべての国は所持する遺跡を教会に登録する義務を負い、どれほどの大国であれ遺跡の隠匿は破門を食らうほどの重罪とされている。

という訳で、そんな教会からの依頼とは。


「『未登録遺跡』所持の摘発、か。 端っことはいえこんな市街地にあるもんかね」
「それを調べるのが私たちの仕事だろう」
「まあそうなんだけどな………、むしろ こんな事じょそうしてまで無かったら俺は泣く」

古都シルヴァニアのはずれ。
俺たちは大きな屋敷――小さな湖なら丸ごと収まりそうなほど――の鉄拵てつごしらえの門と対面している。

決して成金趣味なものではなく、観光名所にもできるほど調和のとれた建物なのだが、どうしてか長居できない空気を漂わせている。

お前らは誰だと冷たい眼で見られている心地だ。

「さて、いよいよ持って逃げられんぞ、(メイド服の)覚悟はいいか?」
「一思いにやってくれ」

もう朝の実践で、吹っ切れてはいけないものまで吹っ切れた。恐れるものなど何も無い。
さすがに色仕掛けをして来いとまで言われれば逃げるが。


わかったとアンジェは頷いて、門に備え付けてある鈴紐を引き鳴らす。
それは涼やかな音をたて、客の来訪を邸内へ伝えた。









やりたい放題です。………多分次もやりたい放題です。
















ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP


小説家になろう