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お姫様のわんこ
作:鮎塩



01.  命名ポチ?




突然だが、悪夢と聞くとどんな夢を思い浮かべるだろうか。
やっぱりこう『怪物に追いかけられているのになかなか前に進まない夢』とか、『試験当日なのに何にも勉強していない夢』とか、そんなものが一般的だろうか。

それらも確かに悪夢なのだろうが、俺的には幸せな夢こそ悪夢だと思うのだ。

夢は願望の表れだという。
その夢が幸せであればあるほど、覚めたときの空しさは形容しがたいし、なにより自身の欲望を夢という形で目の前に突きつけられて平静でいられようか。俺には無理だ。
という訳で朝っぱらから自己嫌悪まっしぐらという、嫌な図が出来上がるのである。



「うーあ……」

許される夢を見た。
俺の精神の安定のために仔細は省くが、懺悔をする夢を見たのだ。すべての罪を許される夢を。
あれが俺の望みかと、自分の精神を疑う。

――――なんて、醜悪な。

最悪の目覚めのまま上半身を起こす。
額を片手で覆ってうつむき、溜め息を一つ吐き出した俺は、”チャリッ”という耳慣れない金属音に動作を止めた。
そのまま数秒固まる俺。
おそるおそる手を喉元へあてると、硬質な感触がはっきりと存在感を訴えていた。


く、首輪……?







お姫様のわんこ1






「アンジェリカァーーーー!!!」
近所迷惑をかえりみず力任せに戸をブチ開ける。安宿の扉はかなりお年寄りなのか、錆びた蝶番がギシリと抗議をしてくるが無視。
狭い部屋の中央、お世辞にも柔らかいとは言えない質素なベッドに、目的の人物はいた。

くっ、スピヨスピヨと幸せそうに寝てやがる…!

「……アンジェリカ…………アンジェっ!」

ゆさゆさ。
しかしベットで眠るお姫さまは、俺の揺さぶる手をペシっと叩き落し、寝返りを打って背を向ける。
戸を開け放つ音にも反応しなかったんだから、この程度で起きないのは当然。

「アンジェ今すぐ起きろ説明しろこんなことするのはお前しかいないんだよっ!」

渾身のデコピンを無防備な額に―――しようとしたが近づけた手首をガッシと掴まれ、掛け布団の中に引きずり込まれる。

うっ、アンジェの顔が目の前に!

まだ肌寒さの続く早春なのも悪かった。あったかい抱き枕発見とばかりにアンジェは全身で絡み付いてくる。
とりあえず彼女の怪力はしゃれにならん。普通に死ねる。

「ぬー」
「っだだだだ!こら、絞め落とす気か!」
「あったかいー……」
「いい加減に、起きろっ」
「むわっ!?」

唯一自由になる右手で、彼女の耳の裏側に触れる。数少ない弱点らしい。

「む……? ………ああ、おはようユージーン……」
「おはよう。首輪。説明。早く!」

と言いながら、自身の首を指差す。
俺が必死で単語でまくし立てる様は、悔しいことに余裕がないのが見て丸分かりだろう。

いや本当、朝起きたら金属製の黒い首輪がはめられてるとか、なんの冗談かと思ったぞ。
しかもどうやっても外れないそれは、もちろん俺の記憶にないものだ。
呪いでもかかってるんじゃないのかこれ。

アンジェは寝ぼけた目をこすりながら、俺の首筋に視線を定める。

「首輪だな」
「ああ、首輪だ。どっからどう見てもまごうことなき首輪だ。どうせお前だろうがコレをやったのは」
「どうせとはひどいな、ユージン」
「……否定しないイコール肯定と取るぞ?」

もう目も完全に醒めただろうにアンジェは俺に抱きついたまま離れない。しょうがないので、そのままじっと見つめ合う。
しばらく俺の抱き枕状態が続く。
彼女も年頃だろうに一切色っぽい雰囲気がないのはなぜだろう、と俺の思考が脱線し始めたあたりで、アンジェは答えるようにニマリと笑った。

「うむ、予想通り似合っているぞ」

彼女の細くも剣をたしなむ無骨な指が、首輪の輪郭をつつつとなぜる。
思わず愛ある頭突きをかましてしまった俺は悪くないと思います。


……ちっとも効かなかったけどな!









アンジェ曰く、夜中に俺の部屋に忍び込んで首輪をつけていってくれたそうで。

「………なんでわざわざそんなことを………」
「気づかぬユージンが悪い。それでは簡単に寝首を掻かれるぞ?」

ふふ、と意地悪く微笑みながらも、アンジェはちゃくちゃくと身支度を整えている。……のだろう多分。
俺は彼女に背をむけベットに腰を下ろしふて腐れている。

彼女は無頓着というか開けっ広げというか、着替えを見られたとてたいして気にもしないだろうが、まあそこは常識として。

「お前の気配なんて読める訳ないだろ。しかも何で外れないんだよこれ。色々試したけどビクともしやしない」
「ふむ、それはそうだろう。というかそうでないと意味がない。せっかく苦労してもぎとった報酬だぞ」
「報酬? ……………あ」

首輪にカリ、と爪をたてる。そういや、この前受けた依頼は何かおかしくなかったか。

「神世代遺跡の調査………なんであんな低報酬で受けたのかと思ってたら、まさか」
「ん、察しがいいな、そのまさかだ。別途で遺跡から一つ好きなものを持っていっていいと裏取引をだな」
「ってことは、この首輪は………」
「太古の呪術のかたまりだな」
「………………」

それって外すにはどれぐらいの奇跡が必要なんでしょうか。

世界各地に散在するその遺跡群は、古代に存在した天使が造ったとかされているが本当かどうかは判明していない、そんな謎だらけの遺物である。
なにかと危険の多いそこの調査随行を、アンジェリカが勝手に引き受けてきたのだが…。

「とりあえずその首輪、従来の貴金属なんぞ比べ物にならん硬度で切断は不可能だな。あらゆる魔力干渉も打ち消すから、魔術での破壊も無理だろう」
「……………。アンジェ、それだけじゃないんだろ?」
「首輪の機能のことか」
「そう」
「ゾウが踏んでも壊れないという素晴らしい機能だと思わんか」
「だから。ぜっったいそれだけじゃないだろ?」

アンジェの突拍子もない行動にはよく振り回されているが、基本的に意味のないことはしない主義だ。
慌てふためく俺を見たいがためだけに、こんなことをするとは思いがたい。(や、ありえなくもないが)

「それはだな、ユージン。はめた者が念じたとたん、はめられた者は息が出来なくなるという、不思議な首輪なのだ」
「………………アーンージェーさーーん……?」
「ふっふっふっ。私の命に逆らうと苦しくなると言う寸法だ。これで、ユージンは私のぽちだな!」

俺が呆れた目で振り返れば、アンジェは満足そうに頷きながら、蜂蜜のような甘い色合いの髪を結い上げているところだった。
窓から差し込むさわやかな朝日が、彼女をまるで天使のように神秘的に見せる。
ハニーブロンドの髪に、アメジストの瞳。見慣れているはずなのに感動を覚えるアンジェの容姿に、不覚にも一瞬見とれる。
見た目だけなら愛らしいのだが、このちっさい少女は。

「よし、着替え終わった」

アンジェは鏡の前でくるりと回り、最終チェックを済ましたようだった。
彼女の普段着は、可愛らしさを損なわない程度に動きやすさを重視して作られた品だ。
深緑を基調に金糸の縁取りが施され、騎士服とドレスを足して割ったようなその服は、彼女の凛々しい雰囲気を良く引き立てていた。

ちなみに俺は上から下まで真っ黒で、特徴と言えば額の斜め傷ぐらいだ。ただ肌だけは我ながらどうかと思うくらい生っ白い。

「さて、出かけるぞポチ!」
「ああもう………そのへんの追求は置いておいて。アンジェ、ちょっとこっちおいで」
「うむっ、なんだ?」

 チョップ。 しかし片手で防がれた。

「………ふふふ、ご主人様に対して随分だな、ポチ……」
「………ははは、じゃれ付いたぐらいで怒ると器が知れるぞご主人様………?」

ギリギリギリ。

俺たちの『つばぜり合い』ならぬ『手ぜり合い』にアンジェは余裕の顔だ。

ああ……これぞ現実に横たわる悲しくも厚い壁。俺よりもアンジェの身体能力の方がはるかに高いのだ。
総合的に負けているつもりはないが、徒手空拳では勝てる気がしない。俺も鍛えてはいるが、はっきり言ってアンジェとは紙と岩ぐらいの差が……やめよう、むなしい。

「っていうかポチって何だ!」
「嫌ならクロでもいいのだぞ?」
「はははははは」
「ふふふふふふ」

しばし不穏に笑いあったあと、アンジェは真剣に言い放った。

「まあ、落ち着け。私とて無意味にからかったりはしない」
「からかってたのも本音なんだな?」
「慌てっぷりも可愛かっ……面白かったが、本題を通すにはこうしたほうが早いかと思ってな」
「え?最初なんていった?」
「……で、本題だが!」

アンジェはごほんとワザとらしく話を遮り、意味ありげに腕を組んで窓の外を眺めた。

「先日受けた依頼でな、ちょっとお前が嫌がりそうな内容だったから、ついな」
「って、また勝手に受けてきたのか!」
「ああ、潜入任務なんだが……」

アンジェは少しもったいつけて、窓に顔を向けたままチラと俺に目線だけよこす。

「必要枠が女二人なのだ」
「開き直るなっ………、って ………………え゛」

まさか俺が嫌がりそうな仕事って……。

「アンジェ……まさか俺に女装しろと………?」
「もう受けてあるから、キャンセル不可だがな」

ていうかなんで受けたんだ、そんな依頼!!
アンジェが『とある屋敷に潜入するんだ』とか、『メイドの空きを二人分とるのがやっとだったらしい』とか、『任せろ、きっと死ぬほど似合う』とか言っているが、耳を右から左へ抜けて頭に残ってくれない。
頭には、拒否する=窒息という理不尽な等式だけがグルグルと回っている。


俺は真っ白に燃え尽きて、ベットに仰向けに倒れこんだ。
















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