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七つの鍵の物語【悪徳貴族】~ぼっちな僕の異世界領地改革~  作者: 上野文
第二部/第四章 暴れん坊貴族、圧制の大地へ向かう
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第74話 夜闇に点る光

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 復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年 木枯の月(一一月)四日夜。

 クロードたち義勇軍は、緋色革命軍からエングホルム領の商業都市ティノーを解放すべく、奮戦を続けていた。

 出納長アンセルと魔法支援班長キジーが率いる別働隊が、駐留軍を相手に戦闘を繰り広げていた頃――。

 高台に造られた神殿を改装した奴隷市場では、酸鼻さんびを極める悪行が行われていた。


「一番。キム商会長の落札です」

「この時を待ちかねておったわいっ」


 好色な笑みを浮かべたビール腹の中年男は、奴隷商人に金の入った鞄を手渡すと、ぐつぐつと焼けた石が敷き詰められたドラム缶に近づき、赤々と燃える焼鏝やきごてを取り出した。


「これで、おヌシはワシのものじゃっ」

「いやだ。やめて、やめてぇ……」


 彼は酒臭い息を吐き出しながら、買い取った少女の薄いドレスを引きちぎり、右肩に焼鏝を押しあてる。

 男の哄笑と、少女の絶叫が、オークション会場に木霊した。

 その後も、奴隷売買は続く。最後に出品されたのは侯爵家令嬢ローズマリー・ユーツであり、彼女を落札したのは緋色革命軍の駐屯部隊隊長アンドルー・チョーカーだった。

 

「今日は最良の日です。今頃は、反革命主義者どもも、小生の部下に鎮圧されていることでしょう」

「では、誓いの焼き印を――」

「ふひひひ」


 チョーカーがアタッシュケースを奴隷商人に手渡し、邪悪な笑顔でドラム缶に入った焼鏝を掴んだまさにその瞬間、転倒した巨大な一輪タイヤが扉を破壊して、オークション会場へと突っ込んできた。


「な、なんじゃあっ。ぐひゃっ」


 運悪く巻き込まれたキム商会長は一輪タイヤに押しつぶされて圧死し、衝撃にあおられた奴隷商人の手からはアタッシュケースがはなれて、詰まっていた紙幣や金貨が紙吹雪のように宙を舞った。


「何者だっ!?」

「義勇兵団代表、クロード・コトリアソビだっ」

「義勇兵団参謀、ヨアヒムです。って、リーダー。律儀に名乗るんですか!?」


――

―――


 駐屯部隊隊長アンドルー・チョーカーが敷いた奴隷市場の防衛陣は、意外に真っ当なものだった。

 古来より、軍隊を布陣するには、高所が良いとされている。見晴らしがよく、射線も通るからだ。

 クロードたちは神殿を包囲して首尾よく入り口を確保したものの、奴隷オークション会場までの道程に造られた見張り台、詰め所、やぐらを陥落させるのに相応の時間がかかった。

 義勇軍にとっても緋色革命軍にとっても想定外だったことは、少女たちの悲鳴と絶叫が満ちるオークション会場には、防音と遮音の魔法結界が張られていて、外の戦場からは中の様子が(うかが)えず、会場内からも外の様子を知ろうともしなかったことだろう。

 指揮官を欠いたまま追いつめられた緋色革命軍の警備兵たちは、ついに切り札である一輪鬼ナイトゴーンを起動するも、盛大に事故を起こした。

 あくまでもクロードが知る、彼の故郷日本の例だが、大型バイクの免許取得には約一ヶ月、乗用車なら約二ヶ月はかかる。まったくの初心者が、戦場の緊張感の中、はじめて乗車して万全に戦えというのは、さすがに無理があるだろう。

 そもそも緋色革命軍の挙兵から、まだ一ヶ月と少しを経たばかりなのだから。


「勝手に倒れちゃいましたけど、あの蛇座席のついた輪っか、なんなんですかね。リーダー?」

「三次元移動可能なバイクらしいけど、屋内で馬に乗るようなものだろ。一輪でバランスも悪いし、よっぽど訓練しなきゃ使いこなせないんじゃないか?」

「レーベンヒェルム領に持ち帰りますか? 暴れ馬好きのイヌヴェさんなら、案外乗りこなせそうっすよ」

「セイは喜ぶかなあ? ああいうの好きそうだけど」


 クロードとヨアヒムは、軽口を叩きあいながら、義勇軍の先頭に立って、神殿跡に造られた奴隷オークション会場へと乗り込んで、名乗りをあげた。

 二人は、甘ったるい香水と酒の混じった匂いと一緒に、何か肉の焦げるような異臭を嗅いだ。


「義勇兵団だとぉ。貴様ら、小生を緋色革命軍隊長アンドルー・チョーカーと知っての狼藉ろうぜきか?」

「「なんで隊長がこんなところにいるんだ!?」」


 クロードとヨアヒムは、細いなりに鍛えられた左腕で黒髪の少女を拘束し、ドラム缶の前で居丈高に怒鳴るチョーカーに、思わず声を揃えて指摘した。


「だが、小生を狙ってくるとはなかなかの慧眼けいがん。風の噂に聞く名将、姫将セイとは、お前たちのどちらかか?」

「「よく見ろ、僕/オレたちは男だ!」」


 わざとやってるんじゃないか、この隊長? と困惑しつつ、二人はツッコミを入れずにはいられなかった。


「ええい、反革命主義者がぁ。セイでないなら用はない。ものどもっ、出会えい出会えい!」


 チョーカーの叫びに応じて、奥の部屋から着衣の乱れた男たちが何十人も飛び出してきた。

 おそらくは、お楽しみの真っ最中だったのだろう。彼らは、手に手に剣や槍を持っているものの、上半身はシャツ一枚や裸で、鎧や具足さえろくに身につけていない。

 緋色革命軍兵士たちの無様な姿と、薄絹をまとった少女たちの肩に焼きつけられた奇怪な文様を見て、クロードとヨアヒムは、おおよその事情を理解した。


「最悪だ、ヨアヒム。こいつらをぶちのめすぞ」

「へへっ。リーダー、今日ばかりは負ける気がしませんよ」

「「悪党ども、年貢の納め時だっ!」」


 クロードは抜き身の雷切らいきりを脇に構え、ヨアヒムは第六位級契約神器ルーンロッドの杖尻を掴んで出方を窺う。

 二人は、後方に控えたライフル部隊が射撃するための、いわば囮だ。ゆえに積極的に踏み込むのではなく、カウンターを狙って、じりじりと間合いを詰めてゆく。

 そんなクロードたちを前に、アンドルー・チョーカーは、相変わらず下品な笑みを浮かべてドラム缶から焼鏝を引きぬいた。


「ふふふ。冥途の土産に教えてやろう。この焼鏝を使い、主人が奴隷に祝福の焼き印を刻むことで、無条件に服従させることができる」


 チョーカーの背後に隠れた商人たちの命令に従って、焼き印を押された屈強な男たちや華奢な少女たちが、うつろな目で主人を守るべく、クロードたちの前に立ちふさがった


「更には、魔法への抵抗力が落ちて、小生の第六位級契約神器ルーンホイッスル”人形使役”さえあれば、自在に操ることができるのだよ。聞け、小生が奏でる天上の音色をっ。義勇兵団とやら、たった二人で、この人間の盾を前に、いったい何ができるかな?」


 チョーカーが笛を吹き、音に乗せた契約神器の魔力が、奴隷に貶められた人々を操り人形に変える。

 しかし、盟約者であるクロードとヨアヒム、そして事前に抵抗魔術を施してあった義勇軍小隊には通じることはなく、一斉に反撃に転じた。


「雷切、≪麻痺の雷≫を飛ばせ!」

「ルーンロッド、≪眠りの雲≫をまき散らせ!」


 クロードが刀から発した雷に撃たれ、あるいはヨアヒムが六尺棒から生み出した煙雲ガスを吸いこんで、人質たちは、無言のままバタバタとその場に倒れていった。


「赤い導家士どうけしを相手に、散々やられた手口だ。いい加減に対応策だって考えつくさ」

「わざわざ魔法抵抗力が落ちてるなんて暴露ばくろされちゃあ、こうもなりますよ」

「くそっ、小賢しい真似をっ。かまわん。斬れ、斬れぇい」


 クロードは、雷切に紫電をまとわせて、電気警棒スタンガンのような非殺傷の加工を施すと、左右から斬りかかってきた緋色革命軍兵士たちの間を駆け抜けた。

 向かって右側の兵士が上段から振りおろす剣を踏み込んで避けて、刀で素っ裸のわき腹を叩く。ついで、左側の兵士が横なぎに叩きつけた剣をしゃがんでかわし、下段から刀を切り上げて麻の肌着越しに感電させる。

 クロードが遠征前にレアと特訓し、一〇二四本のはたきに打たれ続けた日々は無駄ではない。練度の低い雑兵の太刀筋ならば、もはや完全に読み通せる。

 クロードは、崩れ落ちる兵士たちをあとに、刀を構えなおして堂々と見得を切った。


「成敗っ!」

「相手はたった二人だぞ。囲めぇっ、囲んで叩き殺せぇっ」


 少数では相手にならないとアンドルー・チョーカーが判断したのは当然で、わらわらと隊列も組まずにクロードとヨアヒムを囲んだところを、小隊がライフルで狙い撃ちにしたのも当然だったろう。

 可能な限り殺すな。戦闘不能者にとどめを刺すな。とは、ブリーフィングで論じてはいたものの、命のやりとりの場で完全な不殺を貫ける超人的技能は、クロードにも義勇兵団にもない。

 義勇軍が足と手を狙って一斉射撃したところに、運悪く身を屈めていた何人かの緋色革命軍兵士は、当たりどころが悪くて即死した。


「ひ、ぎゃああああっ」


 まき散らされる血しぶきに、ようやく現実を理解したのだろう。

 オークションの司会や奴隷商人たちは、悲鳴をあげて神殿から逃亡を図った。


「逃がしはしない。火車切かしゃぎり!」


 だが、クロードの魔術で滑空する脇差しに足を切られ、あるいは炎で焼かれて、倒れ伏してゆく。

 数十人はいた緋色革命軍の援軍は、またたく間に討ち減らされ、アンドルー・チョーカーを残して戦闘不能となった。


「か、かくなる上は、我が愛しの薔薇ばらだけでも!」


 チョーカーは、焼鏝を振り上げ、ヨアヒムの≪眠りの雲≫を吸って昏倒したローズマリーの肩に押しつけようとした。


「オレっちの目の前で、そんな真似はさせないっす!」


 しかし、ヨアヒムがタックルしたことで、焼鏝はチョーカーの手から抜けて宙に浮き、互いに奪い合って弾けとび、ローズマリーの右手の甲をかすめた。


「熱いっ」


 火傷の衝撃で目覚めたのだろう。ローズマリーは危うい足取りでたたらを踏みながらも、チョーカーの拘束から逃れ出た。


「ヨアヒム、そいつは任せたぞ」

「男の見せ場っすね。リーダー」


 クロードはローズマリーを抱き寄せて距離をとり、人質を巻き込むうれいの無くなったヨアヒムがルーンロッドを振り回し、チョーカーもまたサーベルを抜いた。

 六尺棒と軍刀が噛みあったその時、ローズマリーはクロードの顔を間近で見て、こう告げた。


「貴方は、クローディアス・レーベンヒェルム。辺境伯様がどうしてここに?」


 思いもよらなかった彼女の言葉に、クロード、ヨアヒム、チョーカーの三者が、まるで時間が止まったかのように動きを止める。

 なかでも、チョーカーの動揺は凄まじかった。その場に軍刀を捨てて、ふらふらと夢遊病にでもおちいったかのように千鳥足で歩き出す。


「あ、あの邪竜ファヴニルの盟約者パートナー? 赤い導家士の大軍を苦も無く打ち破った大量虐殺者にして、冒険者ニーダル・ゲレーゲンハイトの娘を誘拐して暴行の限りを尽くした幼児性愛者ロリコンで、取り戻しに来た父親をも目線ひとつで退散させたという悪魔の申し子だとぉ!?」

「「誰だよ、そいつ!?」」


 クロードとヨアヒムが、誰何すいかの声を重ねたのも当然だろう。

 どこかのプロパガンダ紙がでっちあげたのだろうが、そんな真似が出来る悪徳貴族はどこにもいない。

 

「ふは、ふははは。じ、常識的に考えて、辺境伯たるクローディアス・レーベンヒェルムがこんな戦場にいるはずがない。きっと何かの間違いだあぁぁっ」

「「色んな意味でお前が言うなあっ!」」


 クロードとヨアヒムが仲良くツッコミに興じている隙に、チョーカーは転倒した一輪タイヤに飛び乗ると、邪魔な死体を踏みつけにして、脱兎の如く奴隷市場を逃げ出した。


「追います?」

「アンセルたちが気になる。先に救援に向かおう」


 クロードが神殿を出て高台から町を見下ろすと、夜だというのに家々に灯火が点り、人々の歓声が聞こえてきた。


「リーダー、アンセルたちも成功したようっす。奴隷市場を制圧して、都市も解放しました」

「ああ、僕たちの、義勇兵団の勝利だ!」



 復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年 木枯の月(一一月)五日未明。

 クロード・コトリアソビ率いる義勇兵団は、エングホルム領の商業都市ティノーを解放。

 同日中に、都市ティノー以南の村や町から、緋色革命軍を追い払った。

 レーベンヒェルム領は、マラヤ半島エングホルム領南部に確固たる橋頭保きょうとうほを築き上げたのである。

 首都クラン制圧を目論む緋色革命軍の正面に攻撃を加えるよりも、後背のエングホルム領を攻撃することで内戦の早期決着を目指すという、囲魏救趙ぎをかこんでちょうをすくうの計。

 クロードが立てた作戦の第一段階は、見事に成功し……。

 

 木枯の月(一一月)七日夕刻。

 緋色革命軍の攻撃によって、首都クラン陥落。ユーツ領全土および、ユングヴィ領の大半が占拠される。

 わずか三日の後、クロードの作戦は根底から破綻はたんした。


 更に翌日、八日正午。ソーン侯爵領およびルクレ侯爵領が、緋色革命軍との同盟締結を宣言し、レーベンヒェルム領に宣戦を布告した。

 ここに至って、クロードが望んだ戦争の早期決着は、もはや叶わぬ願いとなった。

 内戦は加速する。人々の野心と祈りに動かされ、多くの人の生命と涙を飲み干しながら。

 クロードが治めるレーベンヒェルム領と、ファヴニルが糸を引く緋色革命軍との戦争の業火は、両者すら知らぬ運命に押し流されて、マラヤディヴァ国全土へと広がってゆく。

 それは、まるで定められた『宿命シックザール』であるかのように――。

応援や励ましのコメントなど、お気軽にいただけると幸いです(⌒▽⌒)

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◆上野文より、新作の連載始めました。
『カクリヨの鬼退治』

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