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七つの鍵の物語【悪徳貴族】~ぼっちな僕の異世界領地改革~  作者: 上野文
第二部/第二章 姫将隊と賊軍と、オーニータウン攻防戦
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第54話 姫将と金鬼と、山賊軍鎮圧

54


 オーニータウン守備隊と山賊軍の決戦も、いよいよ決着を迎えようとしていた。

 セイとゴルトの一騎討ちの結果、偶然にも魔法道具マジックアイテム、通信貝を奪った山賊軍首魁アーカムは、これを利用して守備隊を混乱させようとした。


「愚かな劣等民族どもよ聞けっ。我々はすでに本陣を陥落させ、小娘は討ち取った。降伏するがいい!」


 ゴルトの偽報、呼びかけに対する反応は、以下の通りだった。

 はじめに、町の東部で市街戦を展開していたイヌヴェの隊は、誰もが怒りで顔を赤く染めて、激情に打ち震えた。


「セイ隊長が殺害された?」

「俺達の希望をっ、我々の母親になってくれたかもしれない御方をっ、よくもぉおおっ」

「撃て撃て撃てぇっ」


 隊員の中には、非常に強烈な反応を示したものもいて――。

 この場にセイがいなかったのは、彼女にとっても彼らにとっても、幸運といえるだろう。

 逆上したイヌヴェの隊は、壊走する山賊軍をどこまでも追いかけ、鉄砲を撃ち放った。


 一方、西部農業地区で山賊の撃退に成功し、防衛を固めていたサムエルの隊は、ゴルトの勝利宣言を半信半疑で受け止めた。


「隊長殿が、そう簡単にくたばるタマかねえ? 妙に危ういところはあったが……」

「だがよ、サムエル。もし万が一本当だったとしたら、テメェの女を殺された辺境伯はどんな顔をすると思う?」

「まずい。敵軍くらい討たないと、こっちのクビが飛ぶな」


 サムエルは、追撃に入ると通信貝に向かって宣言。手馴れた動きで、追撃を始めた。


 最後に代官館で、燃えおちる砦のベイリーを見下ろす、アリスとキジーが率いる部隊は、困惑に包まれていた。

 アリスが黄金色の毛玉のような体を弾ませて、小躍りしていたからである。


「作戦通りたぬ。セイちゃんが手はずどおり砦を爆破して、今こそまさに攻撃のチャンスたぬ」

「で、でもアリス副長。セイ隊長の通信貝が敵の手に奪われています」

「きっと落っことしたぬ。セイちゃんもうっかりさんたぬ」


 いや、セイ隊長はアリス副長よりしっかりしてますよ!

 と、思わず総出でツッコミを入れようとした隊員たちだが、案外正しいのかもしれないと思い直した。

 高所にある代官館からは、天守であるプレハブ小屋が未だ健在だと、遠目ながらも確認できたからだ。


「さあ、おでかけたぬよ」


 部隊の半数、20名を自警団の監視と民間人の防衛に残して、アリス&キジー隊はマイペースに突撃を開始した。


――

―――


「駄目だな。アーカム叔父貴、連中はまるで聞いちゃいない」


 セイの砦を囮にした火計によって、守備隊砦攻略に参加した山賊軍の半数が死亡、もしくは生死に関わる重傷を負った。

 相棒の巨大熊に救出されたゴルトもまた火傷に軟膏なんこうを塗り、包帯を巻きつけながら、お手上げとばかりに肩をすくめて苦笑した。


「こっちの勢いは完全にくじかれた。シーアン叔父貴からの連絡も途絶えて、東西の攻撃部隊は敗走している。このままだと追っかけてくる守備隊に、四方を囲まれて全滅すっぞ」

「ゆ、許されない。許されるはずがなぁい。強者こそが正しいのだ。世界の先端を走る巨大国家、西部連邦人民共和国が正義なのだ。その、選ばれた強者であるオレ達が、よりにもよってあんな小娘風情に負けるだと? そんなはずがないだろう。なあ、ゴルトォオオオッ」


 叔父であるアーカムが、ガマガエルに似た腹を揺らし、己の肩を掴んで喚く見苦しい光景を、ゴルトは冷ややかな目で見ていた。

 兵数は、まだ山賊軍が勝っている。だが肝心の兵士達の心がへし折れていた。こんなお通夜みたいな士気では、戦闘の続行は不可能だ。

 ならば逃亡するのか? いったいどこへ? 共和国が租借した十竜港へは、辺境伯の本拠地である領都レーフォンを越えなければ入れない。

 生き延びる可能性を検討するならば、むしろ分散して他領へと逃れ、潜伏するべきだろう。

 だが、それすらも、この場を脱出しなければ不可能だ。


「アーカム叔父貴。奪いたいものは好きに奪え。壊したいものは好きに壊せ。少数民族よわいものは糧となり、教団員つよいものが喰らう。それがこの世の真理だと――、そう言ったな?」

「なにか策があるのか、ゴルト? あの忌まわしい小娘に、身の程を思い知らせる手段を思いついたのか?」


 すがるように見上げるアーカムに対し、ゴルトは冷ややかに言い捨てた。


「おいは、おいの仲間と生きる。アンタは好きにするといい」

「み、見捨てるのか、ゴルト。血の繋がった叔父であるオレとアニキを?」

「アーカム・トイフェル! アンタとシーアンが父者を殺し、母者を犯して狂わせた日から、おいは、この体に流れる血がずっと憎かった!」


 ゴルトは、アーカムを大斧の柄で殴りつけて黙らせた。

 父母の仇だった。だが、育ての親ではあった。だから、ゴルトは己が手で命を奪うことはしなかった。

 ゴルト・トイフェルは、良き父と良き母の間に生まれ、畜生に育てられようとも、おとこであった。

 彼が砦を見れば、すでに火は消えている。もう時間は無いだろう。守備隊長、セイの追撃が来る。


「……弔ってやれず、すまんな」


 死んだ仲間達の名前と顔を胸に刻みこんで、ゴルトはえた。 


「皆聞けぇっ。おいは今日限りでパラディース教団とは縁を切る。生きる気力のあるヤツは、ついて来い。もっと楽しい戦場で、殺したり殺されたりしようじゃないか!」


 ゴルトの誘いを、アーカムが雇った私兵の大半は、死んだ魚のような目で聞き流すばかりだった。

 だが、ゴルトと共に戦場を駆けた戦友の生き残りと、私兵の中にもわずかながら。呼びかけに応える者がいた。


「ああ、嫌だ。クソッタレた教団の、クソッタレたいぬとして死ぬ。そんなつまらない死に方は断固として御免だ」

「素晴らしい戦場があるはずだ。もっと華々しくで愉快で痛快な逝き場所があるはずだ。それまでくたばってたまるものか」

「ゴルト隊長。でも、逃げ場なんてどこにあるんですか?」

「おう、あるともよ。おいの言うとおりに陣形をつくれ。目標は敵主力部隊。突撃して、退却すっぞ!」



「鎮火結界起動!」


 セイがレアとソフィから預かった魔法符をかざすと、かつて汚染された川で使った解毒結界同様、彼女を中心に魔術文字が広がって、砦の炎を消してしまった。

 小山モットベイリーを繋ぐつり橋は、幸いにも機能した。が、入り口にあたるつり橋は壊れてしまっていたため、天守館から持ち出した資材で修復、どうにか使えるよう工作するのに、若干の時間がかかってしまった。

 その間に、セイたちは馬を引いて階段から降ろし、弾丸を再配布するなど装備を整えていた。

 ふと、気になったことがあって、セイは周囲の隊員に尋ねてみた。


「ゴルトの傍にいたクマだが、見たところ私の知るどの熊にも似ていないが、どういった種なのだろう?」

「サイズはまったく違いますが、胸部に明るい淡白色の三日月状の模様がありましたから、隣領の森に住む太陽クマと言われる種だと思います」

「本来なら全長一メルカより少し大きいくらいの、虫や木の実を食べる人懐っこいクマなんです。あんなに大きいはずがない。遺跡ダンジョンに迷い込んで変質したか、徘徊ワンダリングモンスターが擬態ぎたいしているんじゃないかって」

「ほう。やはり世界は広いのだなあ」


 などとセイが感心している間に、つり橋の修理が終わった。


「オーニータウン守備隊出撃する!」


 セイたちは全員馬に騎乗し、レ式魔銃には弾丸をこめた上で銃剣をつけた。

 そして、∧の形をとる、いわゆる偃月陣えんげつじんを組んで、颯爽さっそうと山賊軍への突撃を始めた。

 これは、隊長を先頭に、一丸となって切り込むことを想定した攻撃的な陣形である。


「セイ隊長、ゴルト隊が来ます」

「なんだあいつ、クマの上に腰掛けてるのか?」

「っ、ここにきて鋒矢陣ほうしじんだと!?」


 ゴルトが採ったのは、『↑』の形に兵を編成し、後部に大将を配置して部隊指揮をとる鋒矢陣だ。

 強力な突破力を持つ反面、柔軟な駆動には完全に適さない、突撃一本槍を意図した超攻撃的な陣形だった。

 槍衾プッシュ・オブ・パイクを組んだ長槍部隊を前面に押し立てて、魔法による脚力強化や矢避けの加護を重ねながら、弩や剣で武装した集団が後に続く。彼らはまるで放たれた矢のように、ただ真っ直ぐにセイたちを目指して前進してきた。


「この短時間で立て直すとは、やはり侮れない男!」


 銃剣をつけているといえ、銃と長槍では、リーチ差が歴然だ。正面衝突すれば被害は甚大なものとなるだろう。

 セイは、巧妙に部隊進路をずらして、ゴルトのいる中軍、即ち敵指揮官直属部隊をかすめるように、部隊先頭で馬を駆った。

 先陣をきるセイと、最後尾を守るゴルト。

 馬上から斬り込まれた太刀と、熊上で振り回される大斧が噛み合って、火花を散らす。


「ゴルト殿、見事な采配、感服するっ」

「セイさん、アンタこそ恐ろしい将だ。アンタが敵で武者震いが止まらねえっ」


 馬の疾走を急に止めることは叶わない。

 セイ隊は、大将同士が刃を交えた後、ある程度の距離を走った上で反転した。

 馬から降りた兵士が銃弾と、虎の子の対神器用弾頭を撃ったものの、予想通り距離をとった上で、ゴルト率いる盟約者たちが、神器で雷の壁や魔法の盾を時間差で次々と生み出して、銃撃を無力化してしまう。


「全員、敵の再接近に備えろ」

「ゴルト隊、振り返りません。直進を続けています」

「謀られた!? ゴルト殿の意図は退却だったか。鋒矢陣で突撃してくるなんて、無茶な真似をする――」


 ゴルトからすれば、セイおまえに言われたくはない、といったところだろう。


「セイ隊長。残りすべての対神器用弾頭を叩き込めば、あの兵達を討てます。ご命令をっ」

「……駄目だっ。小兵に関わるな。敵主力への攻撃を第一目的とする」


 セイは、ゴルト隊を見逃すことにした。

 山賊軍に比べ、兵数に劣るのが守備隊の弱点だ。

 鋒矢陣の弱点は、確かに背面および側面にあり、攻撃を続ければ契約神器の加護さえ貫くことができるだろう。

 だが、ここで部隊長のゴルト一人を討つために、時間と余力を使い果たしまうことは、何よりの下策に他ならない。

 下手に時間を与えれば、山賊軍本隊を率いるアーカムが立て直して、数に劣るこちらを呑みこもうとする可能性もあるからだ。

 ゴルト隊は悠々と射程外へと逃れ、セイたちは、信じられないものを見た。


「なんだっ、あれは!?」


 太陽クマが自走式の馬車を思わせる形に巨大化して、ゴルト隊の全員が乗り込んで、逃走を始めたのである。


「魔法とは、底知れない力だな。見えない部隊の移動手段は、アレだったのか」


(ゴルト・トイフェル。勝った気がしない。勝負は預けたぞ)


 オーニータウン守備隊は、まだ馬上で銃を撃つことができない。

 どうしても揺れて照準が定まらず、同士討ちなどやらかした場合、目もあてられないからだ。


(……棟梁殿やレア殿、ソフィ殿がせっかく作ってくれた兵器を、生かすことができなかったことが残念だ。馬上でも流鏑馬やぶさめが可能な、騎乗銃兵の育成が必要か)


 教訓は次に生かすまでとセイは前向きに受け止めて、号令を発した。


「突撃!」


 鬨の声を上げて、騎乗した守備隊が、銃剣をつけた長銃を手に、敵へと突っ込んでゆく。

 クロードの生まれ育った世界、地球では四輪車事故における死者は、時速三〇km以上六〇km未満の中速域が全体のおよそ半分を占めるという。

 速度とはエネルギーであり、触れたものはそれだけで死ぬ。ましてや、その速度で、鋭利な刃物を突き立てられればどうなるか。……答えは、火を見るより明らかだった。

 ゴルトが離脱し、まともな防御陣形さえ維持できなくなった山賊軍は、まるでナイフに切り刻まれるチーズのように容易く打ち倒された。

 長槍を持つ敵がいた。弩を持つ敵がいた。しかし、全体行動が取れなくなった部隊は己の武器さえ生かすことが出来ず、長槍を銃剣で半ばから断ち切られ、弩をあさっての方向に撃ちはなち、ついには壊走を始めてしまう。

 オーニータウンの東、西、南から、イヌヴェ、サムエル、キジー、アリスの率いる守備隊が加勢して兵数さえも逆転した。


「おのれおのれおのれ。小娘が、小国の劣等民族が、選ばれた存在、パラディースの使徒に逆らうのか? 永遠にわび続けろぉっ」

「今侵略を働いているのは、お前たちだ。おとなしく縄につくがいい」


 山賊軍にとって不幸だったのは、錯乱したアーカム・トイフェルが、降伏すら受け入れなかったことだろう。彼らはうち減らされ、捕縛されながらも、北へ北へと走り続けた。


「まだ終わりじゃない。お前たち、領都レーフォンまで走れ。焼き払え。町も、領も、国も、世界も、皆我らのものだ。オレたちのものをどうしようが、オレたちの勝手だろう!?」

「いいや、終わりだよ。アーカム・トイフェル。そして、山賊軍」


 中空から伸びた鋼の鎖が、アーカムの四肢に巻きついて、バランスを崩した彼はすっころんだ。


「セイが引きつけてくれた時間で、他の代官達を全員拘束することができた。共和国の経済植民地としてのレーベンヒェルム領は、今日この日をもって開放された」


 八柱の龍が描かれた日本式甲冑を身につけ、峰が焼け焦げた白木柄の日本刀を構えた一人の少年が鎖を繰りながら、ゆっくりと歩を進めた。


「レーベンヒェルムの大地は、ここで生まれ、ここで死に行くマラヤディヴァの血に連なる民のものだ。身勝手な侵略者なんて、最初からおよびじゃないんだよ」

「悪徳貴族クローディアス・レーベンヒェルムぅうううっ!」


 クロードの宣言と、アーカムの憎悪をこめた絶叫が――、叛乱の幕引きを告げていた。

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◆上野文より、新作の連載始めました。
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