第16話 首都異変
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クロードが、ニーダル・ゲレーゲンハイトという冒険者の名前を初めて耳にしたのは、木枯の月(一一月)半ばを過ぎた頃だった。
冒険者ギルドのかわら版が報じて曰く、
八〇を越える古代遺跡を制覇した『偉大なる冒険者』――
レーべンヒェルム人民通報が報じて曰く、
西部連邦人民共和国、三番目の大軍閥首領の懐刀である『革命的な冒険者』――
そんな有名人が、晩樹の月(一二月)の初旬にマラヤディヴァ国へやってくるという。
役所での残業もあらかた片付いて、買い物に出たレアとソフィが戻ってくるのを待つ間、皆でお茶を飲みながらクロードが一息入れていると、ふと新聞の見出しが目に入った。
「高名な冒険者ねえ。そんなに騒ぐほどのことなのか?」
「なに言ってんすか辺境伯様。ニーダル・ゲレーゲンハイトですよ。ニーダル・ゲレーゲンハイト! 冒険者の憧れじゃないですか?」
今日もソフトモヒカンが決まったヨアヒムが、青錆色の瞳を輝かせて机から身を乗り出した。
「やめとけよ。ヨアヒム。お堅い辺境伯様には、男の浪漫はわかりっこないのさ。ダンジョンを攻略し、怪物を倒して財宝を得て、美女との一夜を過ごす。これぞ冒険者の醍醐味だ……ろ」
「はぁい。エリック。あっちの部屋で話そうね」
「待てよ、ブリギッタ。おれは一般論をだな。ギャーッ!」
エリックが般若の微笑を浮かべたブリギッタに引きずられていったので、とりあえず無事を祈っておく。もしも、らぶらぶタイムだったら、あとで壁ごと爆発させてやろう。その為にも魔法をより鍛えなければ、などとクロードがつらつらと考えていると、アンセルまでが話題に参加した。
「辺境伯様。オクセンシュルナ議員と交渉して、ニーダル・ゲレーゲンハイト氏を、レーベンェルム領に招くことはできませんか?」
「アイドルを呼んでお祭り騒ぎをやるのか? まあ、いいか。報酬はどれくらい必要なんだろう。警備費もかかるのか、来月の予算、足りるかな……」
「そ、そうではなくて、一流の冒険者は、一国の軍事力・経済力を一変させるんです」
「へ?」
クロードの知る限り、マラヤディヴァ国における、冒険者の社会的地位はあまり高くない。
名前が“あ”から始まり“か”で終わり、魔法の首飾りを求めて、邪悪な魔術師の巣食う試練場に着の身着のまま突撃させられる、とまではいかずとも、命の危険が大きい低報酬のアルバイターというイメージでおよそ間違いはない。
「古代遺跡から得られるものは、モンスターの死骸や鉱石だけではありません。人が踏み入れること叶わない奥深くでは、まれに貴重な魔術道具や契約神器が見つかるんです」
「そう、か」
もしも、強力な契約神器を発掘できたなら、確かにそれは軍事バランスを一変させるだろう。
そこまで行かずとも、魔術道具を単純に売却するだけでも大金を得られるし、解析して複製や再現ができれば、経済的な恩恵は計り知れない。
「五年前、共和国で起きた“シュターレンの雪解け”において、虐殺を阻止したニーダル・ゲレーゲンハイトは、そういった意味でも、冒険者にとって憧れです」
「なんだって? すまない。アンセル、外国のことにはうとくて、なにがどうなったのかよくわからない」
アンセルとヨアヒムは、少し驚いたような顔を見せたが、簡単な事件の内容を教えてくれた。
復興暦一一〇五年/共和国暦九九九年 涼風の月(九月)。
西部連邦人民共和国では、当時ホナー・バルムスという実力者が教主を傀儡にして「バルムスの氷獄」と呼ばれる恐怖政治を行い、非道の限りを尽くしていたという。
耐えかねた犠牲者たちは首都近郊の史跡に集まってバルムスの悪行を訴える大規模なデモを行った。
これに対し、バルムス支配下にあった西部連邦人民共和国は完全武装の兵士と戦闘用ゴーレムを配備、デモ隊を完全に包囲した上で、武力鎮圧に及んだ。
――虐殺が始まった。笑いながら無差別に弩を撃ち、魔法をぶちまける共和国政府軍によって、その場にいた無関係の赤子や老人たちまでが容赦なく殺害された。全身をバラバラに吹き飛ばされた女子生徒や、ゴーレムによって踏みつぶされた男子生徒がいた。まさに悪鬼外道の所業だ。
だが、その直後、共和国辺境の小規模軍閥に過ぎなかったシュターレン軍閥の特務部隊が、虐殺者たちを背後から急襲した。全員が契約神器と盟約を交わした特務部隊の猛者たちの活躍によって、政府軍は武装解除されて捕縛された。民間人を含む死者は三百名以上と伝えられている。
現場で虐殺を主導したホナー・バルムスは特務部隊によって討ち取られ、デモに参加した民衆の多くはシュターレン領で保護された。
この事態に、共和国政府は晴天の霹靂とばかりに震撼した。バルムスと縁深かった首脳部は、シュターレン領の領主、エーエマリッヒ・シュターレンに反逆と虐殺の冤罪を着せ、ただちに討伐軍を組織した。
が、海外に逃れた生存者たちが国際社会に向けて真相を訴えたこと、シュターレン領が膨大な数の契約神器をそろえ、万全の迎撃態勢をとっていたことから、侵攻を断念して内戦を避けた。
この後、西部連邦人民共和国は、政争と粛清に明け暮れて、一年間にわたって大混乱に陥ったという。
「シュターレン領の軍備は、共和国政府首脳部の予想を完全に裏切るものでした。少なく見積もっても、一〇〇を超える新たな契約神器を導入、魔術道具で強化された最新式の兵器を揃えていました。この事件を機に、小軍閥だったシュターレン領はいっきに勢力を拡大、今では共和国第三位の巨大軍閥へと成長しています」
そばかすの浮いた頬を紅潮させたアンセルの熱弁に、クロードは知らず自分の手のひらが汗でぬれていることに気がついた。
(なんて凄い男なんだ。エーエマリッヒ・シュターレン!)
そう感動して、クロードは違和感に気がついた。
「アンセル、ヨアヒム。虐殺を阻止して民衆を守った、エーエマリッヒ・シュターレンは確かに偉大な男だと思う。でも、ニーダルなんちゃらは関係ないんじゃ……」
「共和国政府はそう思ってるみたいすね。エーエマリッヒ・シュターレンは、西部連邦人民共和国最古にして、最強の契約神器のひとつ、第三位級契約神器ノートゥングと盟約を交わしています。当時、各国はエーエマリッヒ老の英断と才覚を称えて、冒険者の名前なんて全然表に出ていません」
(さらっと流されたけど、ノートゥングって、北欧神話で邪竜ファヴニルを討った、英雄シグルズの愛剣グラムの別名じゃないか。共和国にあったのかよ……)
希望の一つが潰えて、クロードは落ち込んだが、ヨアヒムは気付かずに続けた。
「ニーダル・ゲレーゲンハイトの名前が広まったのは、海外からの検証が始まってからっす。冒険者ギルドへの申告によれば、彼はエーエマリッヒ老に雇われてからの一年間で、二〇を越える古代遺跡を最深部まで踏破しています」
「ちょっとまて。さすがにデマか、ガセだろう? 単純に割れば、実質二週間あまりで一つのダンジョンを最深部まで攻略したことになる。そんなこと出来るわけがない。……そうか、高位の契約神器と盟約を交わしたんだな? ファヴニル級の手助けがあったら、なんとかなるかもしれない」
クロードの疑問に、アンセルとヨアヒムは顔を見合わせた。
「わかりません」
「わからないす」
公的には、ニーダル・ゲレーゲンハイトは盟約者ではない、とされているらしい。
だが、契約神器と盟約を交わしたかどうかなんて、隠してしまえばわからないだろう。
「確かなことは、“シュターレンの雪解け”の検証をきっかけに、ニーダル・ゲレーゲンハイトの存在が発覚し、各国で冒険者の存在があらためて見直されたことです」
「あと、色々と面白い逸話があって、男の冒険者からの人気が高いんすよ」
「へえ……」
どんな逸話だろう? と、クロードが尋ねようとしたところ、ドアが開き、買い物かごを提げたソフィとレアが帰ってきた。
「いま帰ったよ♪ なになに、何のはなし?」
「……」
元気いっぱいのソフィに比べて、レアの顔色はあまり良くなかった。買い物途中で何かあったのだろうか?
「辺境伯様に、ニーダル・ゲレーゲンハイトを呼ぼうって勧めてたんだ」
「いいじゃん。わたしも、一度実物を見てみたかったんだ!」
ソフィも賛成したことから、クロードも検討しようかと心が傾いて――。
「反対です」
しかし、和気あいあいとした雰囲気を断ち切るように、レアが真剣な顔で抗議の声をあげた。
普段、自分の意見を強く主張することのないレアの珍しい反応に、ソフィも赤いおかっぱ髪の下、黒い目を丸く見開いてびっくりしていた。
「あちゃあ、レアちゃんは反対か」
「ソフィ姉には悪いけど、あたしも嫌かなあ」
隣部屋から、妙に満足げな顔でボコられたエリックをひきずって、ぷりぷりと不機嫌そうなブリギッタが戻ってきた。
「ニーダル・ゲレーゲンハイトって、すっごくスケベなんでしょ?」
助平と聞くと、クロードの脳裏に浮かぶのは、顔も思い出せないが、部長と痴女先輩のことだ。方向性は異なるが、二人とも、ほんとうにエロ大好きな困りものだった。
「奴隷商人を襲って誘拐された女の子達を助けたのはいいけど、そこで強姦パーティを始めたとか――、えっちい写真をばら撒かれたけど、町の全員が知ってて、またアイツか、と誰も疑問に思わなかったとか――、ろくな噂がないじゃん」
クロードが湿った目で、アンセルとヨアヒムを見つめると、二人はツーと無言で目を逸らした。
「な、なにかしら事件に巻き込まれるたびエロい噂流れるけど、本当とは限らねーし」
「そ、そう。ぼくもたまには、ラッキーでスケベなことあるといいな、なんて思ってないよ。ぜんぜん」
まあ、二人の気持ちはわからないでもない。クロードだって、部長とか痴女先輩にはうっぷんをため込んでいたものだ。
(もしかして、部長か? いや、四年前じゃあ、いくらなんでも計算が合わない)
「最近じゃロリコンにまで目覚めたらしくて、8歳くらいの女の子に首輪付けて全裸で公園を連れまわしてるのを見た、とか、依頼に行ったら、幼い女の子に腰掛けて出迎えられたとか、冒険者ギルドの地脈通信掲示板に書かれてたよ」
(別人確定だ。部長がそんな“男らしくない真似”をするものか。痴女先輩なら合意の上でやりかねないけど……)
クロードは急速に、ニーダルなんちゃらへの興味が薄れていった。
結局、アンセルやヨアヒムの言う腕利きの評判も、ブリギッタが耳にはさんだエロい醜聞も、明確な根拠のない推測でしかない。
もし彼が共和国からの来訪者でなかったら、協力を依頼することも考えたが、クロードはかの国にあまり借りを作りたくなかった。
「領主様。ニーダル・ゲレーゲンハイトには決して接触しないでください。何があろうと絶対に、彼を、レーベンヒェルム領に入れてはいけません」
ただ、帰りの馬車の中で、レアがまるで念を押すように訴えていたことが、ほんの少しだけ気になった。
☆
復興暦一一〇九年/共和国暦一〇〇三年 晩樹の月(一二月)八日。
畜産農家との契約交渉を終えて、首都クランの繁華街を歩いていたクロードは、耳をつんざくような轟音を聞いた。
クロードと、同行したレアとソフィが歩く石畳が敷かれた道の目と鼻の先、大勢の人が往来する一角で、10階建ての高層建築が突如として爆音と噴煙に包まれたのだ。
崩れ落ちる壁と床、火に包まれて落下する木柱や家具、周囲はまたたく間に悲鳴で溢れた。
とっさに魔術文字を綴って巨大な土の盾を作り、衝撃や落下物からレアとソフィ、周囲の民間人を守ったものの、そこで彼の思考は硬直してしまった。
(なんだ、なんだこれ、いったい何が起こってるんだ?)
テロだ! という叫びが聞こえた。
クロード達が歩いてきた後方、梅干しを買う百貨店がある高級商店街が、炎に包まれていた。
弩で撃たれた矢や、石礫が飛び交い、土盾の陰から離れた場所にいた、数名の民間人が血しぶきをあげて倒れた。
そして、はるか頭上からは、なぜか蜂蜜色の髪をした小学生くらいの女の子が落下してきた。
「クロードくん、空から女の子が!」
「領主様、危険です」
「な、なんですとおっ」
動揺のあまり、クロードの反応はおかしかったが、訂正する余裕もない。
「どいてぇっ」
矢や石礫にまぎれて、女の子の周囲で時折光っているのは金属製の糸だろうか? 彼女はまるで蜘蛛のように糸を操って、空中を渡ろうと試みているようだ。しかし、軽い身体が災いしたか、連続する爆風にあおられてしまう。
不審や疑問を考えるより先に、クロードは筋力付与の魔術文字を綴り、跳躍していた。蜂蜜色の肩まで伸びた髪と、青灰色の大きな瞳が印象的な女の子だ。臙脂色の上着と半ズボンを身につけた少女は、とっさにナイフを抜こうとして、けれどクロードを見てためらうと、そのまま腕の中にすっぽりと収まってくれた。
「じっとしていろ。お前は僕が守る」
「ン? ン?」
魔術文字をどうにか片手で綴り、落下速度を抑えようとする。
しかし、それを遮るかのように、クロードと女の子を狙って、地上の陰から矢と石礫が雨あられと飛んできた。
「領主様っ」
レアが倒れた馬車から雨除けのホロをひっぺがし、空中へと放る。
なんらかの魔法の力が働いたのか、勝手に動くペンや箒と同様に、ホロは空中で大きく広がって、クロードたちの姿を眩ませてくれた。
「クロードくんっ」
ソフィは土盾の傍で、石を拾って投げている。冒険でならしたおかげか、見事な強肩だった。放物線を描いて飛んだ拳骨大の石は、弩を構えた男たちの顔面に直撃し、ゴツン、ガツンと大きな音を立てて転倒させた。
二人の援護もあって、クロードはいくつかかすり傷を負ったものの、少女に傷をつけることなく着地できた。だが、絶対的な人数が違う。あちらこちらの建物の陰から、赤いバンダナを巻いた剣や槍で武装した男たちが現れて、あっという間に、クロード達は包囲されてしまった。
「あんた達、いったい何者だ?」
「我々は“赤い導家士”。この不平等な世界を変革し、国家や企業という圧制者の手から、自由と平等と取り戻し、世界をひとつの大きな家として統一する正義の使徒だ」
「正義の使徒が、なぜ街を燃やすんだ?」
「世界には、いまなお戦火の下で、苦しむ人々がいる。安全な水や食料さえ得られずに日々を過ごしているのだ。それにも関わらず、この街はなんだ! 金と欲望に堕落したブルジョアジーは劫火にて浄化しなければならない。それこそが救済だ」
(話にならない!)
クロードの胸中で激情が煮えたぎり、“赤い導家士”を名乗る集団を、明確に敵として認識した。
(正義の味方を名乗るなら、最低でも会計くらい善人になってからいえ!)
「小僧、命が惜しければ、その少女をこちらに引き渡せ。貴様は知らぬだろうが、その少女は多くの良心的人民を苦しめ、神聖なる革命に遅滞をもたらす反動分子の血縁だ。我々の手で教育し、正道なる革命の志に目覚めさせるのだ」
腕の中で、蜂蜜色の髪をした少女がもぞもぞと動いた。体温が温かい。命の熱だ。
「あ、あのね。おにいちゃん。はなして、ね。ちゃんとにげられるから。かけっこはとくいなんだよ」
(駆けっこでどうにかなる相手じゃない)
と内心でツッコミを入れて、クロードは冷静さを取り戻した。
赤いバンダナ集団がなんだ。あの悪魔や、それより怖い先輩たちに比べればカスみたいなものだ。性根の腐りっぷりを加味すれば、古代遺跡のスライムやゴブリンにすら劣る。
「だめだよ。おにいちゃんは弱っちいけど、ここで退いたら演劇部の皆に合わせる顔がない」
「……エンゲキブ?」
少女が青灰色の瞳をなんども瞬かせている。身内の話だ、意味がわからなくて当然だろう。
クロードは武装した赤いバンダナ集団を正面から見据えた。
「なあ、あんた達知ってるか? そこの公園でやってるクレープ屋は絶品なんだ。気立てのいいお姉さんが朝早くから焼いていて、香ばしい匂いがするんだ」
以前、果物とホイップの入ったクレープを買って、レアと二人で食べた時、とても幸せそうに微笑んでいたのを覚えている。
「そこの角にある家具工房は創業五〇年の老舗らしい。嫁入り道具にはこの工房だって、近所でも高い評判だ。南に行くと百貨店があって、蜂蜜をぶっかけてるのが気に入らないが、なかなか上等な梅干を売っているんだ」
クロードと入店したとき、新婚夫婦と間違えられたソフィの慌てっぷりったらなかった。あと梅干を売っているのは、いまクロードが知る限り、あの百貨店だけだ。閉店したらどうしてくれる!
「小僧、なにが言いたい? くだらないことをしゃべる時間があるなら、早くその子を渡せ」
(わからないか。わからないよな……)
もっともらしい理屈をつけて、肝心かなめの部分で大嘘をつく下衆どもには、きっと一生わからない。
クロードは、青い髪の下で、緊張した表情を浮かべるレアと、赤いおかっぱ髪の下でウインクをキメたソフィを見た。……大丈夫だと、信じられた。
「働きもせずに、革命ごっこにうつつをぬかしてるクソが民衆の味方ぶるんじゃないっ!」
クロードの叫びに、赤いバンダナ集団が一斉に殺気を帯びた。
「いい服を着たボンボンが、偉そうに!」
「口先だけは立派だが、ガキを抱いたままじゃ、なにもできないだろう?」
「ボンボンじゃ撃つ覚悟もないだろうがな。死ねよっ。……ぎやぁあああっ」
テロリストが弩の矢を射た瞬間、クロードの足元から、炎の飛礫が飛んで、彼らの大腿部と手をぶち抜いていた。
両腕が使えない? だったら、足先で魔術文字を刻めばいいだけのことだ。
飛来する矢は、しゃがんでかわそうとしたものの、その前に飛び出したメイド服の少女、レアがはたきで叩き落としていた。
(あ、あれ? なにそれ?)
そういえば、領主館が襲撃されたとき、ファヴニルが「怖いならレアの傍にいろ」とか言っていたような気がする。あれは、煽りでもなんでもなくて、本当に助言だったのだろうか?
「鋳造――“イワトオシ”」
レアが魔術文字を綴り、呪文を呟くと、彼女の手の中に、刃渡りだけでも1mはあるだろう、巨大な3m近い薙刀が何処からともなく現れた。
「な、薙刀じゃない? レアちゃん、どこから出したの?」
「魔法です。ソフィさん、お使いください」
「便利だね♪ じゃあ、ひさしぶりにひと暴れしよっか」
(待て待て待て。大きすぎるだろう、だいたい、あれ、どう見たって日本風の薙刀じゃないか!)
「佐々鞍流薙刀術初段、ソフィ。ひとさし、舞ってくるね」
そう、なんの気負いもなさそうに告げて、ソフィは長大な得物を手に走っていった。
舞う、と、彼女自身が告げたとおり、まるで踊るようにして、赤いバンダナ集団の剣や槍を巻き上げ、石突で殴りつけて倒してゆく。
(思い出した)
もうだいぶ前のことで忘れかけていたが、古代遺跡から出ようと外を目指していた時に、ファヴニルがササクラなる、クロードと同じ世界の出身者について話していた気がする。
(ササクラ……。佐々鞍流って、男装先輩が学んだ流派じゃないか! 宗家は、太平洋戦争時代に絶えたって聞いてたのに、どうしてこの世界に伝わってるんだ?)
クロードの身に起きた事と、近いことが起きたのだろうか? それを知る機会を得るのは、あるいは――
「貴様ら、世界の変革者たる我々に楯突こうとは、さてはブルジョアジーの走狗か!」
「寝言をほざくなよテロリスト。お前達は変革者なんかじゃない。ただの薄汚い犯罪者だ。御縄について、刑務所で更生しろ」
蜂蜜色の髪の少女が肩に両手を回してぶら下がってくれたため、クロードは右手が自由になった。
自分と少女、レア、ソフィを狙って撃たれる矢を、クロードは魔術の焔で焼き払い、石礫には衝撃を当てて砕いてゆく。
敵の“攻撃手段を攻撃する”ことで無力化するのは、不良相手に会計先輩がやってみせた離れ業だ。徒手空拳ではさすがに不可能でも、魔法を使えばクロードにだって再現できる。
こうして、クロードが防御に徹している間に、レアとソフィによってテロリストたちは制圧された。魔術で作り上げた鋼鉄の鎖で厳重に縛り上げ、拘束する。
「レア、ソフィ、お疲れ様」
「いえ、私が家事を習った方ならば、一分で無力化したことでしょう。やはり私はメイドとして未熟です」
「クロード様に怪我がなくて良かったよ。ちょっと、他の人の怪我を看てくるね」
レアにはメイドの定義について小一時間問い詰めたかったが、そのような時間はなさそうだった。ソフィの言うとおり、迅速に他の負傷者の応急手当にかからなければならない。
「ガキども、お前たちはいったい、なにものだ?」
リーダー格のバンダナ男に、クロードは名乗ることにした。
「クローディアス・レーベンヒェルム。辺境伯をやっている」
「悪徳貴族め……! だが、ざまを見ろ。いまごろ貴様の領は焔に包まれているぞ」
「なんだって!?」
クロードは通信用の水晶を懐から取り出した。
しかし、アンセルたちとの連絡はつかなかった。
「非常事態です。転移魔術を使いましょう」
「ああ、一刻を争う。たぶん、この事態はファヴニルが関わってる」
直感だったが、間違いないとクロードは確信できた。
急がなければ、領民にどれだけの死傷者がでるかわからない。
「ソフィ。この場は任せる。警察と衛生兵の増援が来るまで頼めるか」
「おまかせっ。でも、クロード様、その子はどうするの? 狙われているみたいだけど」
クロードは迷った。ソフィはどうやらエリックやブリギッタ以上に腕が立つようだ。とはいえ、集団に襲われれば、まんがいちの事態だって有り得る。さりとて保護者に一報もなく、名前も知らない女の子を自領に連れてゆくのはためらわれた。
その時、話題の中心たる蜂蜜色の髪の少女が、大きな青灰色の瞳をキラキラさせて、こぼれおちそうな笑顔で歓声をあげた。
「クロード。エンゲキブ。やっぱり! ね、ね、おにいちゃん。おにいちゃんは、ことりあそびくろーどだよね。パパのお友達っ」
ことりあそびくろーど、って、ダレ?
次は、邪竜ファヴニルと冒険者ニーダルの因縁からです。
おまけ
七つの鍵のダメがたり
「クロードくん、空から変なひとが!」
「領主様、危険です」
「な、なんですとおっ」
空から落ちてきたのは、なぜか紅いチャイナ服を着た、筋肉質ですね毛も生えた中肉中背の男だった。クロードはどうにか受け止めようとして、ぶちっと潰された。
「部長。正座してください」
「待て。蔵人、これはいわゆるジョークってやつだ」
「正座してください」
「はい」
説教24時間後
「ゼイゼイ」
「ハアハア」
―――
――
「という展開になる可能性も、微粒子レベルであったらしいよ。落ちてきたのが女の子で良かったね。クローディアス♪」
「待てよ、ファヴニル。いくら部長でもそんな真似をするわけない。……するかも、するような気がしてきた!」
「通りすがりの演劇部部長ですが、最近後輩によるイビリが激しいです(><)」