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七つの鍵の物語【悪徳貴族】~ぼっちな僕の異世界領地改革~  作者: 上野文
第二部/最終章 意志は自ら願うに非ざれば決して滅びず
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第148話 悪徳貴族と人類の守護者

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 復興暦一一一一年/共和国暦一○○五年 霜雪の月(二月)二三日午前。

 ハサネとソフィに促され、紫色の髪が目立つ少女が入室すると、アリスは喜色満面で飛びついた。


「ショーコちゃん、三日ぶりたぬ。ようこそいらっしゃいませたぬ」

「あれ? みっか?」

「三か月ぶりね。また会えて嬉しいわ、アリスさん」

「そ、そそ、そうたぬ。三日前はクロードとダンジョンにもぐった日。ショーコちゃんと会うのは三か月ぶりたぬ。うっかりたぬぅ!」


 ショーコは首をひねるクロードを勢いのままに言いくるめて、アリスに手を引かれるまま壇上へと登った。


「紹介するたぬ。ショーコちゃんたぬ」

「ドクター・ビーストの娘、ショーコと申します」


 ショーコが名乗った瞬間、会議室のそこかしこから凍りつくような敵意が放たれた。

 ソフィはとっさに止めようとしたが間に合わず、ハサネが珍しくも顔を覆う。

 ローズマリー・ユーツは般若の表情で立ちあがったものの、ヨアヒムに手を握られて踏みとどまった。

 ミーナもまたエステル・ルクレの仇とばかりに踊りかかろうとするも、ミズキが羽交い絞めにしてくい止めた。

 レーベンヒェルム領の関係者は、クロードが義手を得た際に、この魔術道具がショーコというドクター・ビーストの娘に作られたものだと説明を受けていた。

 しかし、血の湖(ブラッディスライム)の対策に集まったメンバーの中には、焼き鏝の被害に遭ったユーツ領、ルクレ領、ソーン領の出身者もいる。

 彼や彼女から見たドクター・ビーストは、何度殺しても殺し足りない悪鬼が如き魔人に他ならない。


「ショーコさんは敵じゃない、僕たちの味方だ。事情を説明する。いいかな、最初から話しても?」

「構わないわ」


 クロードは、議長席から壇上にのぼり、おおよその事情を話した。

 会議参加者に、ショーコを声高に非難する者が出なかったのは幸いだった。


「あの焼き鏝を作った異世界人が、元は善良な研究者だったなんて……」

「守護に尽くした挙句に捨てられたなんて、酷いことを――」

「ぐすっ、ひぐっ」

「目にゴミがはいっただけです。泣いてません」


 もっとも、クロードは知っている。

 この会議室に集まった参加者は、程度の差こそあれ性根が善性だ。

 加えて、もしも『元は敵だ』とか『元敵の親族だ』などといった根拠に基づいて弾劾だんがいすれば、それこそ全員に流れ弾が必中するのだから、無用な心配だったかもしれない。

 

「……僕がこうやって戦いを続けられるのは、ショーコさんがこの両腕をくれたからだ。それに、青い封筒に入った匿名の論文を契魔研究所へ送ってくれたのは君だろう? あの情報があったから焼印の解呪が飛躍的に進んだ」


 クロードの言葉に、向かい合って立つショーコはほんの少しだけ頬を染めて頷いた。


「ありがとう。君の助けで多くのひとが救われた。それで、今日はどうしてここに?」

「昨夜、研究所を訪ねたの。あの赤黒いスライムの危機について伝えるために」


 ショーコの言葉を、ソフィと共に資料を準備中のハサネが引き継いだ。


「辺境伯様が前線で指揮を執られていたため、私とソフィさんで要件を伺いました。ショーコさんの情報と、こちらの調査結果を照らしあわせ、更に解析を進めました。ぜひ辺境伯様に伝えて欲しいと対策会議への同行をお願いしたのは私です」

「ショーコちゃん、すっごく詳しいんだよ。ヴァリン領の博士たちも絶賛してたんだ」


 ソフィに褒められて照れているのか、ショーコは頬を林檎のように染めてぷるぷると震え始めた。

 クロードはこれはいけないと感じ、フォローすることにした。


「ショーコさん、血の湖……あの怪物について教えて欲しい」

「うん、クロード、よく聞いてね。あれは、人間と契約神器の融合体だよ」


 ショーコの発言に、ハサネとソフィを除く出席者の大半がポカンと口を開けた。

 ただひとり、レアだけは顔が土気色に染まり、卒倒しかけたところをセイによって支えられた。


「どうしたレア殿、貧血か? 隣室で休むか?」

「いえ、少し疲れただけです」


 議長席から思わず駆け寄ろうとしたクロードに、レアは心配ないと目配せした。

 クロードは頷いて、再びショーコを促す。


「初めて聞いた。融合体とはどういう意味だろう?」

「そのままの意味、人間と契約神器が融合したものよ。血の湖という融合体の元となったのは、きっとアルフォンス・ラインマイヤーと彼が盟約を交わした神器ルーングラブ。……ええっと、ソフィさん?」

「お任せ。クロードくん、投影器、使うよ」


 ハサネと共に会議室の隅で作業していたソフィがスイッチを入れて、空中投影ディスプレイが壇上に展開される。


「クロードくんは、この投影器みたいな一般の魔術道具と、エリックの腕輪、アンセルの弓、ヨアヒムの棍――そういった契約神器の決定的な違いってわかる?」

「意志だ。契約神器は、魔術道具と違って己の意志がある」

「大正解!」


 屈んでいたソフィは、豊かな胸を弾ませながら立ちあがって、にっこりと朗らかに笑った。

 魔術道具は魔法の力を発揮するが、ただの道具だ。誰だって使えるし、適切に使用すれば必ず一定の効果を発揮する。

 だが、契約神器は違う。

 単純な出力、世界を書き換える力の大きさもけた違いだが、それ以上に神器自らが使い手を選び、双方向の盟約を結ぶ点が絶対的に異なっている。

 レーベンヒェルム領はこれまで多くの契約神器をテロリストから接収したものの、そういった神器に新しく盟約者パートナーとして認められた者はごく少数だ。

 そして、クロードが盟約を交わしたファヴニルに至っては、彼や先代ほんもののクローディアス・レーベンヒェルムを己が遊具だとみなしている有様だ。

 ディスプレイがそういった解説を三次元図で映しだす中、ショーコは説明を再開した。

 

「人間が契約神器と盟約を交わし、両者の意志と絆で強大な魔法を行使するのなら――」


 ショーコは、深く息を吸い込んだ。


「人間と神器を融合し、一心同体と為せば比類なき力が手に入る。この世界の過去には、そんなことを考えたひとたちがいたの」


 会議室は静寂に包まれた。


「パパ、ドクター・ビーストが集めた古文書の中には、そうじゃないかと推測された例がいくつかあった。たとえば千年前の神焉戦争ラグナロクで世界を壊そうとした黒衣の魔女。彼女の妹は戦艦と一体化していたと記されている。たとえばこのヴォルノー島に伝わるグリタヘイズの龍神、彼もまたそうじゃないかって疑われていた」


 クロードはファヴニルの無邪気な、しかし、怖気を震う笑顔を思い出して首を横に振った。

 ショーコには悪いが、あれはそのようなものではない気がする。


「でも、私は、人間と契約神器の融合は、正しい意味では一度も成功しなかったと考えている」

「ショーコ様、どうしてそう結論付けたのですか?」


 問いかけたのは、相変わらず顔色の悪いレアだった。


「もしも成功していたのなら、そういった伝説や伝承が残るはずだから。この世界で最強とされているのは、黒衣の魔女や神剣の勇者が使った、第一位級契約神器でしょう? レプリカ・レヴァティンも災厄として伝えられているけど、歴史上ではただの人災扱いよ。もしも人間と神器が融合した存在がいたならば、その脅威はこれらの比じゃないはずだもの」

「ショーコさん、それはどういうことだ?」

「クロード、考えてみて。契約神器と融合した人間、そんな存在が生まれてしまったら、どうなると思う?」


 クロードは、必死で頭を回転させた。

 単に強力な神器というだけなら、第一位級契約神器に並び立つものは存在しない。

 融合した人間である必要? 人間だけができること?


「まさか、融合体は、契約神器と盟約を結ぶことができるのか?」

「パパが残した資料によれば、古代の研究者たちが目指した融合体はそういうものだった。もしも誕生していれば、融合体は契約神器と同等の魔力をもっているから、世界中にある神器と無制限に盟約を結び、あるいは七つの鍵と呼ばれる第一位級契約神器さえも手中に収めたかもしれない」

「なんだよ、そのチートを越えた意味不明な存在は。まるでラスボスじゃないか!」


 クロードは、笑い飛ばそうとして戦慄した。

 いまではないいつか。ここではないどこか。

 虹彩異色症ヘテロクロミアの少女が氷原にたたずんでいる。


「そう。だから、融合体というものは生まれなかった。ファヴニルみたいな人間に縛られない異端の契約神器や、人間の意識を宿した契約神器が生まれて、勘違いされただけ。そうでないもの、今猛威を振るっている血の湖(ブラッディスライム)みたいななり損ないには、共通した欠点がある。盟約を結べないのはもちろん、存在そのものが極度に不安定なの。具体的に言うと、ある程度の時間がたつか、自立不能な損害を与えれば、爆発するわ」

「どのくらいの規模で?」

「過去の伝承や記述を信じるなら、この領都レーフォン一帯が飲みこまれるくらい」


 エステルの、アネッテの、ローズマリーの顔から血の気が引いた。

 レアを元気づけていたセイもまた、愕然とした表情で椅子に崩れ落ちた。

 クロードは必死で踏ん張ろうとした。だが、気力がごっそりと身体から抜け落ちていく。

 たとえ血の湖だって、きっと倒すだけなら出来た。だが、倒したときの被害が大きすぎる。


「そうか。ファヴニル、あいつの仕業か」


 かつて隼の勇者アランたちが領主館を襲撃した際に、ファヴニルは第六位級契約神器を己が意のままに弄んだ。

 奴ならば、意図的に失敗した融合体という爆弾を作りあげたとしても不思議はない。


「大丈夫だよ、クロードくん。ショーコちゃんが解析を手伝ってくれたから、魔契研究所の博士たちも頑張ってくれてるから。皆で力を合わせれば、きっと乗り越えられる」

「魔法は専門外ですが、情報収集なら我ら公安情報部にお任せあれ」

「ソフィ、ハサネ……」


 クロードは持ち直した。

 そうだ、たとえ状況がどれほど悪くても、最悪の二択に囚われる必要なんてないのだ。

 アルフォンスが成り果ててしまった出来そこないの融合体に蹂躙じゅうりんされるか、討ち果たして莫大な犠牲者を出すか。

 そんな選択肢はクソ喰らえだ。時間がまだあるのなら、ほかによりマシな選択肢を見つけられると彼は腹をくくる。


「ソフィさんの言う通り、乗り越える手段はあるわ。私がアレの足を止めるから、ありったけの神器と大砲を集めて砲撃なさい。それが一番、被害の少ない解決策よ」

「ショーコさん、何を言ってるのかわからないんだけど」

「私なりの償いよ。貴方達はパパを止めてくれた。だから、私はパパの娘として、かつて人類の守護者であった者として、やるべきことをやるの。クロード、民を導く君主として何を優先するべきかわかるよね」

 

 クロードは頷いた。


「ハサネ、警備兵を呼べ。この娘をふんじばって部屋から出すな」

「了解しました。改装した領主館の地下室なんてどうです? たしか木馬や機材を仮置きしていたはずです」

「任せる」

「クロード、話を聞いてっ!」


 ハサネは恐ろしいまでの手際で、ショーコを後ろ手に縛りあげた。


「ソフィ、血の湖が人間と契約神器の融合だという結論は、研究所でも変わらなかったんだな?」

「うんっ」


 ソフィの力強い頷きが、クロードの背を押した。


「ショーコさん、血の湖(ブラッディスライム)が真正の怪物ならば貴方にすがろう。天災ならば、防災と減災に務めて共存もしよう。しかし、奴がアルフォンス・ラインマイヤーであれ、別人であれ、血の湖はどうやら僕たちと同じ人間だ。我らにあだなし、我らを踏みにじろうとするただの悪人だ」


 レーベンヒェルム領を率いる悪徳貴族として断言する。


「だから、決着は僕らの手でつける。貴女が人類の守護者というのなら、手出しは無用!」

「クロードっ、わかってよ」


 ショーコは、ハサネと警備兵によって引き立てられていった。


「貴方らしい決断ね」


 ローズマリー・ユーツが、なぜかヨアヒムと手を繋いでニヤニヤと笑っている。


「悪徳貴族たるもの、人類の守護者と聞いちゃ閉じ込めて当然だろう?」

「ええ、そうね。乗馬フィットネス器具とか、エアバイクを高値で売り付けようとするあたり、とっても悪徳貴族よね」

「値段の文句はブリギッタに言ってくれ」


 クロードはすました顔で言い放った。クロードがルクレ領とソーン領に出張していた時、屋敷の地下室は改装されて、試作品のトレーニング機材置き場と化していた。

 これらの機材は、元は兵士の訓練用に導入するはずだったのだが、いつものように開発チームがやらかしたせいで高コストになり、憤慨ふんがいしたアンセルとブリギッタによって富裕層向け健康機材へと路線変更を余儀なくされていた。


「話を聞く限り、あの子は父親を、ドクター・ビーストを止められなかったんでしょう? でも、貴方は、アリスちゃんは、そしてヨアヒムが率いた兵士たちは、あの日獣の博士を討ち取った。私たちユーツの民を助けてくれた。だから、信じるわ。貴方達がより良い未来を掴んでくれるって」

「ええ、わたくしも信じますわ」

「へんきょーはくさまなら、だいじょーぶ!」


 ローズマリーが、アネッテが、エステルが支持を表明してくれた。


「じゃあ、皆、未来を切り開こう!」


 血の湖(ブラッディスライム)という怪物災害を鎮めるべく、クロードたちの短くも濃厚な日々が始まった。

 決戦は、五日後の霜雪の月(二月)二八日――。


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◆上野文より、新作の連載始めました。
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