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七つの鍵の物語【悪徳貴族】~ぼっちな僕の異世界領地改革~  作者: 上野文
第二部/最終章 意志は自ら願うに非ざれば決して滅びず
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第146話 悪徳貴族と約束された惨劇

146


 復興暦一一一一年/共和国暦一○○五年 芽吹の月(一月)三一日午前。

 クロードは、幼いエステルに暴行を働こうとした楽園使徒アパスル代表アルフォンス・ラインマイヤーに鉄拳を見舞った。

 ソフィとセイの指導のたまものか、彼の右拳は的確に顔面をとらえて、頬骨が歪んで鼻血がしぶきをあげる。


「降伏しろアルフォンス。命だけは保証する」

「ふざけるなよ、悪徳貴族。そうか、貴様は俺サマの人望と血脈に嫉妬していたんだな。劣等感から、こんな挑発をするんだ。許せない。許さない。よくも俺サマという正義を否定し、恥をかかせてくれたなあ!」

「アルフォンス、お前は……」


 クロードは、ずっとずっと他の演劇部員達に引け目を感じていた。

 先輩達に必死で追いつこうと努力して、努力して、いまなお彼らの影を踏んだという実感をもてない。

 しかし、その負の情動が理解に繋がった。目の前の男は、主客を逆転して捉えてしまっている。


「人々に愛される俺サマが不快だったのか? ルクレ領とソーン領を平和に統治するのが羨ましかったのか。だから陰謀を企てて、エステルとアネッテをさらい、こんなふざけた真似をしたんだな!」


 エステルも、アネッテも、アルフォンスの予想だにしなかった剣幕に、まるで彫像になったかのように硬直していた。

 彼女たちには理解できない。眼前に証人が山ほどいる中で、自ら行った悪事を何の良心の呵責かしゃくもなく、他人になすりつけようとする男の悪意に怯えてしまう。

 顔色を変えなかったのはハサネだけだ。ブリギッタも顔をしかめ、ブーネイ国の立会人は呆れ、ざわざわという動揺がホテルの会議室に広がった。

 クロードもまた悪意にあてられて、言葉も少なく投降を呼びかけた。


「もう一度言う。降伏するんだ」

「お断りだ。俺サマは絶対に正しい!」


 アルフォンスは、下着の中から転移魔術が込められたらしい呪符を掴みだした。

 クロードは止めなかった。レーベンヒェルム領は事前にブーネイ国政府へ話を通していたが、このホテルはあくまで交渉の場だ。決裂したからと言って、力ずくで捕縛すれば信用と外交に多大な影響が出るし、何よりも立会人であるブーネイ国の顔を潰してしまうだろう。


「必ず思い知らせてやる!」


 同行した楽園使徒の同志達を振り返りもせずに、アルフォンスは離脱した。


「クローディアス様、制圧されても良かったのですよ。ルクレ領とソーン領の主が戻られ、数々の犯罪行為が明らかになった今、彼らはただのテロリストに過ぎません」

「いえ、貴国にこれ以上のご迷惑をかけるわけにはいきません。それに、遠からず捕縛できるでしょう」


 クロードはブーネイ国高官に一礼した。


「それでアンタたちはどうする?」


 クロードが取り残された楽園使徒の一団に尋ねると、まるで雷のような不協和音が返ってきた。


「我々がテロリストだって、冗談じゃない。あの小僧に脅されていたんだっ」

「そうだ、無実だ。いや、そこの女ども同様、我々も被害者だっ」

「あのような危険なテロリストを野放しにするとは、マラヤディヴァ国の治安はどうなっている? 共和国本国から必ず謝罪と賠償を請求させてもらう!」


 ちんぴらじみた服装の集団から罵声を浴びて、クロードは逆に冷静になった。

 加害者であるにも関わらず、被害者に自らの悪事と責任を転嫁する。あるいは、ありもしないでっちあげを捏造し動かぬ証拠を塗り潰すために、印象操作だけで取り繕おうと声高に喚く。

 そういう国は、残念ながらこの世界にだってあったじゃないか、と思い至ったのだ。


「では、アンタ達を保護します。ハサネ、彼らは重要参考人としてレーベンヒェルム領に同行してもらう。法に基づいて、公正な調査をするように」

「辺境伯様。御命令、確かに承りました」

「何を言っている? 誠意が足りん。思いやりが足りん。いますぐ土下座して謝罪しろぉ」

「はいはい、皆さんのお話はあとでたっぷり聞かせてもらいますとも。そう、たっぷり、と、ね」


 ハサネは帽子掛けに留めていたシルクハットをかぶると、喚き立てる楽園使徒構成員に手際よく手錠をはめて退出した。

 ブリギッタもまた、取り残された楽園使徒側の文官と事後処理について話していたが、あとは任せてと身ぶり手ぶりの符丁で伝えてきた。


「アネッテさん、エステルちゃん、怖い目に遭わせてしまってごめんなさい」

「いいえ、わたくしたちが望んだことですもの。はしたないですが、ちょっとだけすっきりしましたわ」

「うんっ……うんっ! ミーナちゃんにいうんだ。エステルは、がんばったって。へんきょーはくさまもいっしょにいってくれる?」

「もちろんだよ。アネッテさん、エステルちゃん、皆の元に帰りましょう」


 クロードはエステルとアネッテの肩を抱いて、転移魔術を使った。


――

―――


 その後、戦況は特筆すべき点もなく、順調に推移した。

 アルフォンス・ラインマイヤーは西部連邦人民共和国に援軍を要請したものの、にべもなく断られた。

 そもそも、共和国政府パラディース教団の現教主は国力増強と外交関係改善のため、マラヤディヴァ国介入に消極的だった。

 旧派閥である四奸六賊の意向を受けたウド・シュバーツヴルツェル枢機卿すうききょうらが前教主派と結託し、上層部の意向を蹴って勢力拡大の為に楽園使徒を援助していたものの、オズバルト・ダールマンの報告からアルフォンスの裏切りに等しい奴隷契約と恥知らずな三股外交が明らかになり、愛想を尽かした。

 共和国は、エステル・ルクレとアネッテ・ソーン、二人の侯爵令嬢という大義名分の象徴を失い、緋色革命軍マラヤ・エカルラートとの関係も悪化したことで、ついにマラヤディヴァ国への介入を断念する。

 その一方で、パラディース教団指導部は、共和国企業連重鎮のパウル・カーンを通じて、子飼いの商人や企業を楽園使徒の関係商店の代替として、ルクレ領とソーン領に送りこむというしたたかさを見せた。


「なあ、ブリギッタ。これじゃあ、二領の商業は元の木阿弥もくあみになるんじゃ……」

「そうよ。パパたち共和国企業連だって利益があるから協力するの。辺境伯様にも、あっちにもね。嫌なら外国企業に負けないくらいの企業や商店を鍛えなさい。レーベンヒェルム領だけでなく、ルクレ領とソーン領も。活躍を期待してるわよ、辺境伯様♪」

「でもさ、もしもそんな企業や商店に成長したら、パウルさんたちはそれを使って儲けるんだろう?」

「あったり前じゃない」

「資本主義のバカヤロー!」


 と、クロードがパウル&ブリギッタ親子にやりこめられて八つ当たりの悲鳴をあげている頃、アルフォンスは共和国への呪詛を吐きながら緋色革命軍のレベッカ・エングホルムに援軍を要請し、当然の如く門前払いされた。


「さて、辺境伯様。式の日取りは何時にしましょう?」

「ハサネ、何を言っているんだ。二人は侯爵家を継ぐんだぞ。結婚なんてしない」

「辺境伯様。わたくしには心に決めた良人おっとがいます。ですが、そのように断言されると傷つきますわ」

「へんきょーはくさまは、エステルたちのこときらいなの?」

「嫌いじゃないし好きなほうだけど、そういうんじゃないんだ」

「なんだコトリアソビ、お前ロリコンだったのか。さすがの小生もドンビキだわー」

「エステルちゃん、だまされちゃいけません。絶対にメーですぅ! こいつは女の敵です」

「チョーカー隊長は茶々を入れるな。ミーナさんも女の敵は言いすぎだろ? あ、あれ? レア、ソフィ、アリス、セイ。僕をどこへ連れてくんだ。あぁーれぇー」

「フフフ。今週号のスクープはゲットですね」


 レーベンヒェルム領が、チョーカーたち二領レジスタンスを迎えた戦略会議の一部会話は、謎の情報源によって週刊誌にリークされ、いつも通りに炎上した。

 しかしながら、クロードがあくまでも後見人としての立場を固持し、ルクレ領の後継者はエステルであり、ソーン領の後継者はアネッテであると明言したことは、二領の領民たちから歓喜をもって受け止められた。

 レーベンヒェルム領でファンクラブグッズや拡声器、のぼりなどが飛ぶように売れて、デモ隊が練り歩いた反面――。

 ルクレ領とソーン領ではエステル姫万歳、アネッテ姫万歳という喝采に加えて、クローディアス・レーベンヒェルム万歳という賛辞が木霊した。それは、コトリアソビ何某の献身と無縁ではないだろう。

 そんな情勢下でアルフォンスは、レーベンヒェルム領軍とレジスタンスを領地で釣って激突させる離間策、二虎競食の計を謀ったもののまったくの無駄骨に終わった。

 クロードに領土的野心は無く、エステルとアネッテはレーベンヒェルム領の助力なくしては領運営が不可能な状態だったからである。

 こういった余計な小細工は、三領共通の敵である楽園使徒への怒りを燃え上がらせ、まさに火に油を注ぐ結果となった。

 目的を同じくした三領連合軍は、鬼に金棒、虎が翼を得るが如き勢いで各町村を解放してゆく。


「いゃっほーっ! たーのしいー!」

「セイ、どうしたの? なんかテンションが変だよ」

「だって、空を飛んでいるんだぞ。棟梁殿も、もっと童心にかえって楽しもうじゃないか?」

「た、楽しむったって。この量産型飛行自転車、なんで原動機のスイッチを切ってるのさ?」

「鍛練だ! レア殿、ソフィ殿、アリス殿、そして私。一人五セット、二○回の空の逢瀬デートだ。期待しているぞ」

「死ぬ。死んじゃう。だ、誰か助けてぇええ」


 と、レーベンヒェルム領のトップは休日に魔力と体力をしぼりとられて憔悴しょうすいしていたが、役所も領軍も解放作戦に集中して誰も気に留めなかった。

 二領解放作戦で主力を担ったのは、アーロンが指揮する旧領軍とアマンダが差配するレジスタンスだったが、レーベンヒェルム領からも援軍としてイヌヴェ率いる騎馬鉄砲隊と輜重隊しちょうたいが参加していた。

 司令官セイがイヌヴェに命じたのは、これまで小規模戦場単位でのみ活用されていた騎馬隊の速度を活かした機動攻撃を、より広大な複数の戦場に渡って実施するというものだった。

 即ち、セイがこれまで重視してきた銃と砲による火力戦から、高速移動能力と火器の打撃力を両立させた機動戦へ戦闘教義ドクトリンを転換する実験だった。

 クロードが電撃戦と呼んだ新しい戦術は、制海権の確立による迅速な部隊移動、更には自転車という補助兵装兼補給運搬車の活用によって、ある程度の戦果をあげる。

 塹壕ざんごうを回避してかく乱、敵補給物資の強奪、側面や後方からの奇襲……。イヌヴェ隊の活躍は、長期戦からの消耗戦にもちこもうとした楽園使徒の防衛戦略を根底から打ち砕いた。


 そして、霜雪の月(二月)二〇日夕刻。

 アルフォンス・ラインマイヤーはマラヤディヴァ国ヴォルノー島の南部、ビネカ・トゥンガリカ国の国境に近い隠れ家で、同志の返り血を浴びて真っ赤に染まっていた。

 第六位級契約神器ルーングラブ。他者の武器を奪い取る力を秘めた、瀟洒しょうしゃな細工が施された皮袋をはめた青年は、鮮血で彩られた絨毯じゅうたんの上で狂ったように高笑いする。


「うひっうひひっ。俺サマを裏切ろうとするからだ。みんな、みんな俺サマの思い通りにならないから、こうなるんだよっ!」


 ここ数日、アルフォンスは何もかもが上手くいかなかった。

 傭兵を雇おうとすれば前金を持ち逃げされ、人間の盾で敵軍を阻もうとすれば担当者と民衆が蜂起して失敗、挙げ句の果てに古くからの構成員までが彼に刃を向けた。


「俺サマのやったことが、どれほどのことだというのだ? 俺サマはただ正しいことをしようとしただけだ。平和と大義と人権を守ろうとしただけだ。それを、人間にすら値しない蛮族が調子にのって!」


 クロードが大切に思うものを傷つけたこと。エステルとアネッテの尊厳を踏みにじったこと。ルクレ領とソーン領の人々を苦しめて死に追いやったことなど考慮の外だった。

 アルフォンスが信じる教義ドグマでは、彼が蛮族と見下す他国人はニンゲンではなく、獣や虫も同然だったからである。


「死ねよ、死ねよ。死んじまえ。この世界に人間は俺サマだけだ。力が欲しい、力さえあれば、正しい結果を得られるのに」

「そう。力が欲しいんだ?」


 いつからだろう? まるで天使のように愛らしい金色の髪と緋色の瞳の少年が、惨劇の部屋に立っていた。

 乙女か妖精のように儚げな少年は、金銀の糸で織られたシャツから伸びた細く白い手をアルフォンスに向かって伸ばした。


「キミに与えてあげる。最強の力を。神様から、反則チートじみた力を与えられて無双する。そういう御伽噺おとぎばなしを、キミは、ニンゲンは大好きなんだよね?」


 アルフォンス・ラインマイヤーは、傷つくことも汗を流すことも恐怖に怯えることもなく、ただ勝利という果実が手の中におちてくることを望んでいた。

 言い換えるならば、彼は共和国や緋色革命軍や楽園使徒といった他者に利用される道具に過ぎず、勝敗以前に己が当事者だという自覚がなかったのだが、その事実にアルフォンスが気づくことは最後までなかった。


「寄こせ。よこせ。ヨコセ。俺サマに正当な力をおおっ」


 アルフォンスは貪るように少年の手にすがった。

 少年が、否、ファヴニルが笑う。ああ、その笑みは悪魔のように残酷で、しかし、藁にもすがろうとした男にとっては、かけがえのない救いの手に見えた。


「俺サマは最強だぁああああっ」


 アルフォンスは溶け落ちて赤黒い肉塊に変わり、隠れ家に倒れた死体を飲みこんだ。

 そして、日が暮れる前に、楽園使徒の軍事キャンプがひとつ飲み込まれて消えた。

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◆上野文より、新作の連載始めました。
『カクリヨの鬼退治』

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