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七つの鍵の物語【悪徳貴族】~ぼっちな僕の異世界領地改革~  作者: 上野文
第二部/最終章 意志は自ら願うに非ざれば決して滅びず
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第145話 悪徳貴族の拳

145


 復興暦一一一一年/共和国暦一○○五年 芽吹の月(一月)三一日朝。

 楽園使徒アパスル代表であるアルフォンス・ラインマイヤーは、レーベンヒェルム領との婚姻同盟締結を控え、会場に近いブーネイ国の最高級ホテルのスイートルームに宿泊していた。

 娼婦たちを抱いて一晩中乱痴気騒ぎに興じた彼は、酒毒が回った酔いどれの頭で今日が調印の日であることを思い出し、狂喜に顔を歪ませてベッドから飛び出した。

 部屋にいるのは、今アルフォンス一人だけだ。だから彼は素っ裸のまま甲高い声で叫んだ。 


「ひゃひ、ひゃひひひっ。今日から俺が、俺サマが王だぁあっ!」


 アルフォンスは迎え酒とばかりにサイドボードに置かれた蒸留酒を瓶ごと掴み、喉へと流し込んだ。

 少しでも興奮を冷まそうと煙草をふかして一服すると、汚れ散らかした机の隅に共和国から貸し与えられた貴重な通信用魔術端末が転がっているのが見えた。

 端末には受信を告げる光が灯っていたが、彼は無視した。

 待ち望んだ栄光の日だ。部下からのつまらない報告に時間を割いてなどいられない。


「俺サマは、今日、共和国を後ろ盾にルクレ領とソーン領の支配者となる。次は緋色革命軍マラヤ・エカルラートとレーベンヒェルム領を潰し合わせて、マラヤディヴァ国を手に入れる。いずれは、西部連邦人民共和国さえもこの手の中だ!」


 アルフォンスは金色に輝く高級酒を頭から浴びて、ゲラゲラと高らかに笑う。


「複数の勢力を手玉に取る多方面外交。世界最高の知恵者たる俺サマにしか為し得ない、デンジャラスでクールな戦略じゃないか!」


 西部連邦人民共和国によって組織された楽園使徒の代表は、空になった空き瓶をテーブルに叩きつけて喝采かっさいをあげた。


「そうさ。ヤツらとは、頭の出来が違うんだっ。ダヴィッド・リードホルム、お前の腹心であるレベッカは俺サマにベタ惚れだ。クローディアス・レーベンヒェルム、貴様の新妻は俺サマが奴隷支配の焼き印を刻んである。ぐひゃははっ、知らないだろう。悔しいだろう。お前たちはじきに俺サマの靴を舐めるんだよぉおおっ!」


 客観的な事実はどうあれ、アルフォンスの目に世界はそのように映っていた。

 彼はひとしきり笑ったあと、香水を山ほど自身に振りかけて、バスローブをまとって部屋を出た。


――――

―――――― 


 同日、午前。

 モーニングスーツを着たクロードは、ホテルの会議室で立会人となるブーネイ国の高官と共にアルフォンスを待っていた。

 外交担当のブリギッタと、公安情報部のハサネを筆頭とするレーベンヒェルム領使節団は、楽園使徒の到着が遅れたせいか、はたまたクロードの無茶ぶりが原因か、神経をぴりぴりと尖らせていた。

 やがて楽園使徒が入室したのだが、その瞬間、北極の風が吹き付けたかのように部屋の空気が凍りついた。


「あぁん? なんか文句でもあるのかよ?」


 アルフォンスは、山のような金ぴかのアクセサリで着飾ったバスローブ姿で現れた。

 彼に付き添う部下も、大半がおよそ愚連隊ぐれんたいかチンピラかといった不似合いな服装を着た老いた荒くれ者たちだ。

 これまでレーベンヒェルム領との交渉を担当していたのだろう数名の文官だけが、ちゃんとしたスーツを着て青白い顔でうつむいていた。


「いや、会うことができて嬉しいよ。アルフォンス・ラインマイヤー、僕がクローディアス・レーベンヒェルムだ」

「はっ。辺境伯様よお。まるでもやしみたいな格好だなあ。笑っちまうぜ。なあ、みんな!」


 下品な声で大笑いする楽園使徒を見かねたか、ホストであるブーネイ国高官がいさめようとしたが、クロードが制止した。


「見ての通り、なかなか筋肉がつかなくてね。僕の弱点だ」

「おおう。身の程ってのをよくわかってるじゃん、へんきょうはくさまぁ? うひひっ」


 クロードは、アルフォンスの煽りにも動じなかった。

 なぜなら、この時彼の心は申し訳なさでいっぱいになっていたからだ。


(ごめん、レア。君の真心が、言葉ではなく心で理解できた。ヴァリン公爵、ユングヴィ大公、十賢家の会合で庇ってくれてありがとうございました)


 過去を振り返れば、クロードも大概に服装でやんちゃしている。


『やったね、ハサネさん。辺境伯様が改心しているみたいだよ!』

『ああ、我が神よ。私はモーレツに感動しています』


 ブリギッタとハサネが身ぶり手ぶりの符丁でそんなことを話していたため、思わずいらっとしたが奥歯を噛みしめて我慢する。

 クロードとアルフォンスはそれぞれの席を離れ、会議室壇上の同盟誓書が置かれた台を前に向き合った。


「エステルちゃんとアネッテさんはどこにいる? 今日は同席するという約束だったはずだ」

「そんなにがっつくなよ辺境伯様。幼児と中古女をそんなに喰いたいか? 体調不良だとよ。数日以内にはちゃんと送る」


 業腹なことに、奥歯を噛みしめていて正解だったと唇を強く結んだ。

 

「さあ、辺境伯様、署名しよう。レーベンヒェルム領は楽園使徒を認め、これまでの非礼と不当な弾圧を詫びて、西部連邦人民共和国の正義を実現する為に協力する。これで平和になるんだ」

「そうか。断る」


 クロードは、アルフォンスが署名した同盟誓書を受け取って、その場で微塵みじんに引き裂いた。


「き、きさまっ」

「共和国に二領を割譲しろ? 金を貢げ? 女を差し出せ? 特権階級と認め奴隷のように奉仕しろ? アルフォンス・ラインマイヤー、楽園使徒よ。寝言を言っているのか。お前たちに必要なのは、法を犯した罪に対する罰だけだ」


 そう断言したクロードに対し、アルフォンスが見せた反応は意外にも笑みだった。


「ふひっ。ふひひっ。辺境伯様よぉ、なぁにカッコつけてんだ。ひょっとして俺サマたちが、そうすることを、予想していなかったとでも思っているのか?」


 アルフォンスは近づいてきた部下から通信端末を受け取り、小さな魔法陣に指を当てた。そして、もう耐えられないとばかりに身体をくの字に折って奇声を発し始めた。


「さすがは愚かな悪徳貴族。戦略と戦術の違いも知らないようだな? 戦術は所詮、一戦場の有利不利を左右するだけだ。戦略とはすなわち戦う前に有利な盤面を創り上げ、勝利を決めることに他ならない。俺サマのような、神算鬼謀しんさんきぼうの知恵と圧倒的な力でなあ!」


 クロードは笑い転げるアルフォンスを黙って見ていた。


「ああ、なんだ。その目、さては信じてないな。いいだろう。見せてやるよ。燃える領都レーフォンと、楽園使徒が蹂躙じゅうりんする領境界線をなあっ」


 クロードは思い出す。

 かつて、ファヴニルと赤い導家士どうけしによって、レーベンヒェルム領は深い傷を負った。

 彼らのテロに備えることさえ出来なかった自分は、確かに戦略家にも戦術家にも程遠いと理解している。

 だが――。


「そら、ご自慢の町が火に包まれて……え?」


 アルフォンスが魔術投光機で映し出した映像には、普段通りの市街地が映し出されていた。


「今朝方指示を出しておいた。領内に潜んでいたテロリストを一斉検挙しろって。当然、元締めにも連絡がいったと思っていたんだけどね」


 レジスタンスが楽園使徒の拠点から押収した資料を元に、ハサネとミズキが拠点を探し当てた。

 今頃は、ヴィゴが指揮する公安とイェスタたち領警察が、爆破や放火を目論んでいたテロリストたちを拘束しているはずだ。


「バッキャロー。戦場ってのは一点じゃないんだよ。知ってるんだぜ。レーベンヒェルム領軍は先の内戦で再編中、ろくに動くことも出来ないカカシ同然だ。今から死ぬ領民たちは、皆お前の浅はかな考えでくたばるんだ」


 投光機が次に映し出したのは、ルクレ領とソーン領の旗を掲げた大軍に打ち破られ、散り散りに逃走する楽園使徒の軍勢だった。

 レ式魔銃を手にした兵士たちの陣頭に立ち、鬼神の如き面構えで追撃する白髪の参謀こそは、レジスタンス指導者アマンダの父にして、ドーネ河会戦で気を吐いた老将アーロン・ヴェンナシュだ。

 声は聞こえずとも、口元を見ればクロードにもわかる。我らが故郷を取り戻せ。彼は遂に望んでいた戦場を得たのだ。


「おかしいだろ。ありえないだろ、どうなってるんだよ、これは!?」

「確かに我が領軍は動ける状態じゃない。だから捕虜として拘禁こうきんしていたルクレ領海軍と、ソーン領陸軍の兵士たちを解放したんだ」

「ふざけんな。ずっと捕まってた兵士がこんなに動けるものか。銃を使っているってことは、悪徳貴族、貴様は最初からこうやって使うつもりだったな!」

「さあ、想像に任せるよ」


 種を明かせば、クロードはたとえ楽園使徒との和平が成立したとしても、続く緋色革命軍戦に備えてルクレ領とソーン領の兵士たちに協力してもらうつもりだった。

 その為にわざわざ茶番劇を演じて、兵站に長じるアンセルと優秀な指揮官であるヨアヒムを表向き解雇して、二領軍を訓練させたのだ。

 実際のところは、むしろ二人がアーロン老にしごかれていたようで、クロードは訓練の悲鳴を思いっきり愚痴られた。


「クローディアス・レーベンヒェルム、悪党め……。わかったぞ、貴様は戦うのが好きなんじゃねえ、勝つのが好きなんだな! だが、その短慮が命取りだ。人質の命が惜しければ今すぐ降伏しろぉ」

「人質というのは、この二人のことか?」

「え?」


 会議場の扉が開かれて、正装した幼い鳶色髪の少女と、落ち着いた栗色髪の女性が現れた。


「エステル! クローディアス・レーベンヒェルムを殺せぇ!」


 反射的に叫んだのであろうアルフォンスの指示を無視して、エステルはアネッテと共に壇上へとのぼり、クロードの横に立った。


「だぃっキライ!」

「貴方は人間として最低ですわ!」


 パチンと乾いた音が重なる。

 エステルとアネッテが、アルフォンスの頬を平手打ちにしたのだ。


「この売女ども。よくも俺サマに恥をかかせたなあっ!」


 奴隷支配の効果がなかったことにも気付かず、アルフォンスは激情に駆られて通信端末で殴りつけようとしたものの、クロードがとっさに左手で腕を掴んで止める。


「悪徳貴族め。俺サマこそは、邪悪なる秩序に一条の閃光を刻む正義の執行者。その深遠なる策謀を、偉大なる戦略による勝利を、誰の許可があって台無しにする!?」

「策謀だの戦略だの関係あるか。アルフォンス・ラインマイヤー。貴様はこの娘に何をした? 腐れ外道ッ!」


 クロードは右拳を、アルフォンスの顔面へと叩きつけた。

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◆上野文より、新作の連載始めました。
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