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七つの鍵の物語【悪徳貴族】~ぼっちな僕の異世界領地改革~  作者: 上野文
第二部/第十章 決戦! 魔術塔”野ちしゃ”
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第142話 悪徳貴族と祈りの果て

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 レジスタンスと共和国軍は、アンドルー・チョーカーの奇策によって、魔術塔”野ちしゃ”の直下で敵味方入り乱れる混戦状態へともつれ込んだ。

 西のがけ地では大虎となったアリスと銀色の魔犬が噛み合い、東の尾根ではミズキと大鎌の盟約者が斬り合う中――。

 クロードとレア、オズバルトの闘争もいっそう激しさを増していた。


「レア、タイミングを合わせて」

「はい。領主さま」


 レアが牽制のはたきを雨あられと降らせる中、クロードは脇差し、火車切かしゃぎりを宙へと投じた。

 若き領主は、打刀、八丁念仏団子刺はっちょうねんぶつだんござしを手に、箒をもった侍女と共に左右から”×”の字を描くようにオズバルトに斬りかかる。


「これならどうだっ」

「三方からの同時攻撃か。なるほど良い発想だ。だが」


 オズバルトはクロードに振り向くと、長棍を斬り上げて飛来するはたきと火車切を空へと打ち払い、続く一呼吸で振りおろして剣の主を雑草の中へと叩き伏せた。

 同時に背後から迫るレアへには網を投げかけ、絡め捕ることにこそ失敗したものの、とっさに避けた侍女の足元をさらう。


「肝心の技が未熟だ。発想も固い。この鋳造魔術というものは、暗殺に向いた手段ではあるが、使い方次第でいかようにも応用が利く。もっとも、生かして帰すつもりはないが」


 オズバルトは倒れ込んだクロードとレアに再び網を投じるも、茂みの中から飛び出した無数の鎖によって阻まれた。


「ほう。辺境伯殿は、意外に素直だな」

「そりゃどうも」


 クロードは跳ねるようにして飛び起きると、複数の火球を放った。

 レアは、水の入ったバケツを作りだして投じている。

 火と水は衝突し、交り合って蒸気となり、オズバルトの視界を覆った。

 クロードの指が中空に魔術文字を綴り、湯気の闇を切り裂いて空間断絶の刃が飛ぶ。


「そうだ。なりふりなど構うな。お前は今生きているのだから」


 オズバルトは魔力の盾をぶつけてごく僅かな時間を稼ぎ、最小限の体捌きで致死の刃をやり過ごした。

 そして、強力な魔法を放って隙だらけになったクロードへ、長剣を手に矢の如くぶつかってゆく。


「領主さまっ!」

「鋳造――八龍」


 レアが悲鳴混じりに投じた無数のはたきは、壁のようにオズバルトに立ちはだかるものの、易々と斬り払われて突破された。

 クロードがとっさにまとった大鎧もまたオズバルトが創り上げた刃を阻むこと叶わず、右二の腕から鮮血がほとばしった。

 しかしその瞬間、少年領主は頬傷の男へと掴みかかり、叫びをあげた。


「火車切、やれえええっ」

「失策と見せかけての陽動。それでこそ、だ!」


 オズバルトは組みついたクロードを振り払い、槍を地面に叩きつけるや、棒高跳びの要領で離脱した。

 空を舞う火車切がわずかに彼の背をかすめたものの、仕留めるには至らなかった。

 レアが傍に駆けつけて、癒やしの光を当ててクロードのえぐり裂かれた傷を埋める。


「まだ瞳は死んでいないか。ならば剣をとれ。お前たちはエステルとアネッテを救うのだろう」


 大地に足を着けたオズバルト・ダールマンは揺るがない。

 まるで山のように雄大な気配をもって、泰然と長剣を構えている。


「僕にはあんたがわからない。オズバルト、あんたは忠を尽くして国に報いると言ったな。西部連邦人民共和国のどこに大義がある!?」

「――共和国こそは人民を幸福に導き、世界に前例のない大衆革命へと遂行していく太陽である。かくも貴き共和国を、特別な存在だと扱わなかった。それこそがマラヤディヴアの、否、世界の罪である」


 オズバルトが遠い目で告げた言葉が、クロードには信じられなかった。


「あんた、本気で言っているのか?」

「狂っているだろう? 上は粛清と汚職にまみれ、下は生きるために騙し奪いあう。パラディース教団はでたらめな大義名分を掲げて、まるで飢えた鬼のように土地と資源を奪って浪費し尽くす。ユイシャン島、ガートランド聖王国、イシディア法王国。そして、ここマラヤディヴァを含む南海の国々へ。エステルとアネッテもまた、その為の生贄となるだろう」


 オズバルトの言葉は穏やかで、クロードにはまるで彼の意図が掴めなかった。


「それがわかっていて、どうして? あんたは昔、正義の味方と呼ばれたんだろう!」

「そうだな。西部連邦人民共和国はどうしようもなく終わっている。だが、そんな祖国の為に戦ってはいけないのか?」


 紡がれた言の葉は、どのような武器の刃よりも鋭利にクロードの心を切り裂いた。


「それ、は……」

「パラディース教団が必要とするのなら、武器をもたない民だって手にかけよう。他国を喰らい尽くすことを望むなら、万難を排して叶えよう。こんな私が正義の味方などであるものか。理想もなく、思想もなく、ただ祖国の延命だけを今も願っている」


 クロードは、あんたは間違っていると叫びたかった。

 けれど、どうしようもなく終わっていたレーベンヒェルム領で、がむしゃらに足掻いてきたのは彼だって同じだ。

 だからオズバルトを否定できない。その選択がどれほど重いものだったか、魂がどれほどのきしみをあげたかわかってしまうから。


「ほ、他に手段があるはずだ。共和国を導く政権がパラディース教団である必要はないはずだ。諦めずに探せばきっとより良い道があったはずだ。そうだ、シュターレン領は――」

「その”雪解け”で民草を殺したのが私だよ。……辺境伯殿。挑戦とはそれほど貴いものか? 不屈であることはそれほど立派なものか? 前進という意志は平穏への祈りに勝るのだろうか?」


 呻くように吐き出された言葉は、絶望の中で磨かれた疑問だった。慟哭の中で手を合わせた男の祈りの果てだった。


「私は、ニーダル・ゲレーゲンハイトとは違う。奴が口にする民主主義とやらがそれほど良きものだとは信じられない。人間は冷静に指導者を選べるものか? 極悪な独裁者や、私腹を肥やすことにのみ長じた人気取り、口先だけの夢想家、売国奴や他国からのスパイが選ばれないという保証はあるのか?」


 クロードには答えられなかった。オズバルトが指摘した矛盾こそ……民主主義というイデオロギーを成立させるために不可欠なものだったから。


「私はかようにたいした男ではないよ。わずかに武を学んだ凡人だ」


 あんたのような凡人がいてたまるか。思わずクロードは腹の底から叫びそうになった。

 だが、魂消らんばかりのツッコミは、オズバルトがはじめて見せた笑みによって声にならず霧散した。


「昔、いたんだ。ただ心のままに人を救おうとした女が。誰も覚えていなくとも、閃光のような生き様は今もまぶたの裏に焼きついている。私はあのような生き方は出来ない。それでも我が手で殺した彼女に恥じぬ程度には、真剣に生きたいだけだ」


 クロードには、オズバルトが抱えた過去のすべてはわからない。

 ただ理解した。目の前にいる男は、尊敬すべき賢人で達人で、どうしたって共に天を戴くことが叶わないことを。


「オズバルトさん、僕はあんたを倒して、エステルちゃんとアネッテさんを返してもらう」

「ああ、それでいい。辺境伯殿との会話は楽しかったが、どうやらこちらの旗色が悪いようだ。右腕は動くか? 決着をつけよう」


 クロードの背によりそうレアが、鋳造という呪文を唱えた。

 傷ついた大鎧と打刀、脇差しが修復されて、輝きを取り戻す。


「レア、決めにいく。作戦通りに」

「信じています」


 オズバルトはかすかに目じりをゆるませて、長剣を構えた。


「「おおおっ」」


 草を踏みわけ、荒れ地を蹴飛ばし、両者は駆けた。

 レアの作りだすはたきが守るように追う中、クロードは火車切を投げつけ、一〇以上の火球を飛ばした。


「これが邪竜の吐息だっ」

「ぬるいなっ」


 火球はことごとくがオズバルトの長剣に斬り散らされて空に消え、続いてクロードが放った特大の火炎放射もまた盾によって防がれた。

 頬傷の男、彼の視界は完全に奪ったと少年領主は思う。同時にそれが、意味のないことであると覚悟する。

 クロードは足先で魔術文字を刻み、むきだしになった赤黒い地面から鎖を生みだした。けれど、見えていないはずのオズバルトが振るう斧に片端から鎖を斬り散らされて、そればかりか喉元目がけてナイフが飛んできた。


「ははっ。わけわかんねー」


 これだから達人は困る。こっちの常識がまるで通用しないと彼は笑う。

 けれど、クロードは人外の極地とも言える邪竜を、ファヴニルを討つと決めたのだ。ならば、立ち止まってはいられない。

 彼は握力の落ちた右手を支えるように、両手で八丁念仏団子刺しを握った。

 喉元へ迫るナイフを弾き、オズバルトの背後から飛来する火車切に合わせて、レアが操るはたきの群れと共に飛び込んだ。

 オズバルトが手にする得物は、槍、棍、軍刀、長剣、と目まぐるしく変化しながら、クロードの斬撃をいなし、火車切とはたきを叩き落とした。八龍の名で呼ばれる大鎧も無残に破壊され、血が霧のように二人の周囲に舞った。


鮮血兜鎧ブラッドアーマー起動!」


 クロードの両腕からジェル状の鎧が染み出して、彼の全身を守ろうとする。

 だが、オズバルトが生み出す武器の数々には、ショーコ特製の鎧すら貫かれる。

 己の首を守ろうとしたクロードは長剣の受け流しに失敗し、八丁念仏団子刺しを落としてしまう。


「鋳造――雷切らいきり


 クロードは、最後の武器である雷切を手の中に創りだした。


「上空でゴーレムを破壊した武器。それが辺境伯殿の切り札か。だが、一手遅い」


 雷切が放つ雷撃も、剣撃も回避可能な死角へと逃れながら、オズバルトは最後の間合いを詰めていた。

 彼が手に持つはナイフ。密着した零距離ならば、どんな武器もこれには及ばない。


「違う」


 クロードは思った。

 レアには多くの武器と勇気をもらった。

 ソフィには自信と愛情、技の基礎を教えてもらった。

 アリスには身体の動かし方と、心の強さを。

 セイには剣の技と、目指すべき理想を。


 アンドルー・チョーカー。ミーナ。ミズキ。アマンダ・ヴェンナシュ。ドリス。ロビン。

 レーベンヒェルム領を出て、多くの人々と出会った。今クロードが立っていられるのは、彼や彼女たちのおかげだ。

 切り札は、最初から、胸の真ん中にある。


「奥義、水鏡ミラーモード


 雷切が放つ電撃は、オズバルトではなくクロードに直撃した。

 雷は、クロードを焼き焦がしながらもブラッドアーマーに跳ね返されて周囲一帯に拡散し、戦いの始まりから一度も傷を負うこと無かったオズバルトをも巻き込んだ。


「まさか、最初から、その為の布石っ……」


 オズバルトが口から血を吐きだしながら倒れ込む。クロードもまた崩れるように伏した。

 結末は、ダブルノックアウトに近かっただろう。

 だが、チョーカーが乱戦を優位に進め、ライナーがミズキと共に倒れた今、オズバルトという総指揮官の無力化はレジスタンスの勝利を意味する。


「僕たちの、勝利だ」

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◆上野文より、新作の連載始めました。
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