第141話 悪徳貴族と友軍奮戦
141
クロードとレアは魔術塔”野ちしゃ”北部の大砲を沈黙させて不時着するも、”処刑人”オズバルト・ダールマン率いる共和国兵の部隊によって、南部に着陸したレジスタンス本隊と分断されてしまった。
それを知ったミズキが最初にとった行動は、アンドルー・チョーカーの尻を蹴飛ばすことだった。
「指揮を執れ、チョーカー隊長。連中をクロードに近づけさせるな」
「わかった。ミーナ殿は小生の傍に。ミズキはどうするっ」
「あの盟約者を止めてくる」
オズバルトとクロード、レアが鋳造魔術を駆使してしのぎを削る間に、ピエロのように派手な装束を着た男が敵兵に指示を出しながら、第六位級契約神器らしい大鎌を手に颯爽と飛びだしていた。
おそらはく敵部隊の副隊長にあたる人物だろう。ミズキが依頼主から得た情報によれば、彼の名前は――。
「ライナー。あんたの相手はあたしだ」
ミズキの放ったマスケット銃の弾丸は、確かにライナーの後頭部を直撃し、――なにごともなかったかのように逸れた。
「ちっ雑魚どもが、邪魔をするんじゃ……」
「やるぞ、我々の姫君を、奪われた大地を取り戻す。処刑人も共和国も知ったことか、勝つのは我々、マラヤディヴァの民だ」
「おう!」
チョーカーはルーンホイッスルを吹き鳴らしながら、レジスタンスを鼓舞した。
ミーナの皮袋から流れ出すワインの霧が友軍を覆い、身体能力を底上げする。
「右翼から突撃する。左翼は援護しろ」
アンドルー・チョーカーという男は、彼自身が口癖のごとく繰り返すように『高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処する』指揮を本意とする。
言ってしまえばいきあたりばったりであり、そのような基本戦略で勝利を続けられる軍隊なんて古来よりあったためしがない。
しかし、ことが戦術規模の軍事衝突となれば事情は一変する。千変万化する戦場で確かな情報を集めることは難しく、指揮官には決断力こそが求められるのだ。
そういった意味では、チョーカーの嗅覚はずば抜けていた。ライナーは共和国兵たちを二手に分け、レジスタンスに近い西の部隊に足止めを命じ、東の部隊を北に向かわせてクロードとレアを捕縛しようとした。
だが、チョーカーの契約神器とミーナの酒精で強化されたレジスタンスは、西の共和国兵に矢を浴びせかけて足止めするや、東の部隊を追いかけて強襲、反転して串刺しにするように東西の共和国軍を貫いた。
「嘘だろ!?」
ライナーが蒼ざめたのも無理はない。
チョーカーが狙ったのは、あえての大乱戦だ。
共和国兵のど真ん中にレジスタンスが雪崩れ込んだことで、両者は陣形もなにもかもぐちゃぐちゃになってしまった。
こうなった以上、クロードたちの制圧どころか、オズバルトの救援すら容易ではない。
「”銀”、御頭を頼む」
「ワンちゃんはたぬと遊ぶたぬ♪ ぎゃふんっ」
オズバルトが盟約を結んだ白い犬、第五位級契約神器ルーンビーストが巨大化し、銀の魔犬となってアリスを崖まで吹き飛ばした。
けれど、がけ地まで吹き飛ばされた褐色肌の少女は器用に宙返りを決めて、全長五mはあるだろう黒虎となって再び挑みかかる。
アリスとズィルバーは爪と牙を閃かせ、互角の戦いを始めた。
「あの娘も異世界人かよ、うっとうしい」
「道化師ってのは観客を笑わせるものだろう。まるで余裕がないじゃないかライナー?」
「ひとの名前を馴れ馴れしく呼ぶんじゃねーよ。人形!」
ミズキの弾丸は軍勢という針の穴を通して、再びライナーの顎と胴を捉え、しかし、命中することなくすり抜けた。
しかしながら、無問題というわけではないのだろう。
大鎌を持った青年は、上司への救援を一時諦めて、マスケット銃を構える少女に向かって駆けだした。
「殺戮人形。共和国の備品がなぜ俺たちの邪魔をする?」
「これがあたしの任務でね。こっちは前教主派、そっちは現教主派。くだらない内ゲバと粛清こそ共和国の年中行事だろう?」
「金と血に溺れた亡者の玩具がっ」
「狂信者の下っ端がほえるなっ」
ライナーは共和国兵もレジスタンスもすりぬけて突進し、勢いよく大鎌を振るった。
ミズキは銃剣をつけたマスケット銃で応戦するも、なぜか鎌の刃とは反対側の石突きで太ももを打ちすえられて態勢を崩してしまう。
(命中したはずの弾丸は外れる。鎌を振ったはずなのに石突きがあたる。おかしいじゃない……。だったら、その手品こそがこいつと神器の異能だ)
ミズキは、上段から振り下ろされる鎌に鋼糸を絡みつかせてどうにか逸らせた。
ライナーの攻撃は終わらない。異能は連続で効果を発揮するものではないが、着実に手足の血肉を削り取られてしまう。
「人形なんぞにはわかんねーよ。御頭がどんなに偉大なのか」
「平等とか博愛とか先進とか、薄っぺらな言葉をならべ立てるのがそんなに偉いの? 教団はあたしたちの国を滅ぼして血をすするクソッタレだ!」
「誰がパラディース教団を誉めた? ヤツらはクズだっ」
「はぁっ?」
大鎌を力任せに叩きつけられて、ミズキはレジスタンスと共和国軍が火花を散らす戦場から、後方へと吹き飛ばされた。
幸いにして西のがけ地とは逆の東の稜線へと弾きだされたものの、彼女を追ってライナーが走る。
「てめえも知っているだろう? 虎に化ける娘に、酒の霧をばらまく娘。異世界人の中には、超常の力をもつ奴がたまにいる」
「それがどうしたってのさ?」
ミズキが知る限り、アリスやミーナは稀有な例だ。
ニーダル・ゲレーゲンハイトにはなく、クロードにもない。セイだってそうだろう。
不とう不屈の精神力や、知識経験、カリスマといったものは、あくまで個々の人間がもつ性質の延長に過ぎない。
「ろくでもなしの軍閥がこう考えたのさ。珍しい異世界人がいるなら、工場を作って養殖すればいいってよぉ!」
「……っ」
ミズキは息を飲んだ。それは、どうしようもなく狂っていて、しかし、人間を兵器に仕立てようとする狂信者たちならば、当然の如く考えつくだろう手段だったからだ。
「おふくろはクズどもに食いつくされて死に、俺はていのいい実験動物だ。だっていうのに、御頭は俺に生きる意味をくれた。クズどもを皆殺しにして生きる場所をくれたんだ。俺たちはみんな御頭に救われた。だから俺は、お前たちを殺すんだよっ!」
ライナーの言葉は途切れ途切れで、しかしミズキが彼の事情を伺うには十分だった。
なるほど、退けない理由はわかった。激情にかられるのももっともだ。けれど――。
「地獄を見たのがお前たちだけだと思うな」
ミズキもまた殺して殺して殺して、生き残った。
ニーダルに救われ、軍閥上層部のいけすかない女に命じられて、クロードを観察し続けた。
そうして思ったのだ。泥の中をはいずって、多くの者を巻き込んで、それでも国と民を救おうと足掻く馬鹿の力になってやりたい、と。
「あたしは殺戮人形個体番号三番、ミズキだ。ライナー、焦ったね?」
”処刑人”オズバルト・ダールマンは、教団の腐敗と戦って、多くの民草を守ったのだろう。
行き場のなくなったライナーたちを引き取り、チームとして鍛え上げたのだろう。
その手腕には感服しよう。だがどれほど優れていようとも、彼らはあくまでもオズバルトの私兵に過ぎない。
ライナーたちは西部連邦人民共和国のためでなく、ましてやパラディース教団のためでなく、ただ恩人のために戦うことを決めた。だから――オズバルトが孤立するとなれば、平静ではいられなかった。
あるいは、オズバルトがなにがしかの病や傷でも負っているのかもしれないが、同じことだ。
「焦ってなど、いない」
ライナーの大鎌が閃く。
契約神器の異能が発動する。
手品の種を、もうミズキは見切っていた。
「これが、ラストショット」
彼女が魔術文字を刻むや、自身とライナーを包囲するように、一〇丁のマスケット銃が宙空に浮かんだ。
ミズキは、三六〇度ぐるりと設置された銃砲の引き金を鋼糸で引いた。
戦場を引き裂く轟音が立てつづけに十度響き、全ての弾丸が今度こそ誤ることなくライナーの身体へと吸い込まれた。
「ミズキ。なんで俺に当てられる。なんでお前には当たらないっ……」
結論から言うならば――。
ライナーの契約神器の能力は、自身をわずかな時間、世界からずらすことだった。
あるいは、異世界人の息子として生まれ、養殖された兵器として扱われた彼の半生が影響したのかもしれない。
異能の正体さえ見通してしまえば、ミズキにとって対応するのはわけもないことだ。タイミングを調整した全方向からの狙撃なら、回避は不可能となる。
「ちょっとした特技ってやつ?」
「ふざけるな。俺の神器より、よっぽどめちゃくちゃだ」
それだけの修練を積んだ。
だからこそミズキは、人の身で契約神器に打ち勝とうとするクロードに共感したのだから。
「けど、勝つのは御頭だ。本物のニーダルにだって負けない。ましてや偽者などに」
ライナーは一〇発もの弾丸を己が肉体で受け止めながら、契約神器の異能を用いて致命傷を避けていた。その才覚こそは恐るべきものだろう
それでも、チョーカーの神器とミーナの酒精によって魔力が付与された弾丸を浴びては無傷ですまず、ついに頭から地面に倒れ込んだ。
彼を見下ろすミズキもまた、手足を大鎌でズタズタに裂かれて、もはや戦闘の続行は不可能だった。
マスケット銃を危うい手つきで支えながら、彼女は不敵に笑った。
「ライナー、あんた勘違いしてるよ。喧嘩ならともかく、集団戦でどうしてクロードがニーダルさんに劣ると決めつけたのさ?」