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七つの鍵の物語【悪徳貴族】~ぼっちな僕の異世界領地改革~  作者: 上野文
第二部/第十章 決戦! 魔術塔”野ちしゃ”
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第139話 悪徳貴族と空挺作戦

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 復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 芽吹の月(一月)三〇日未明。

 深夜〇時を回った頃、レジスタンスは魔術塔”野ちしゃ”へ向けて、南進を開始した。

 ロビンが指揮する陽動部隊は、楽園使徒アパスルの防備をまるで障子紙を破くように討ち払い、目的地までの血路を開いた。

 夜の闇が薄くなって東の空が紫色に染まる頃、標高二〇〇〇メルカの山脈から少し離れた谷間で、紅いローブに身を包んだクロードは集まった主力部隊を前に声高く宣言した。


「これより侯爵令嬢救出のため、昇葉作戦を開始する!」

「おう!」


 山から吹き下ろす山谷風に抗うように、箒にまたがった一〇〇名の兵士たちが次々と飛び立ってゆく。

 クロードもまた彼らの後を追うように、白と黒の二色に染められた飛行自転車”天馬”へとまたがった。

 元々大柄だった自転車は、レアと技師たちの改造を受けて、エンジンと魔石ねんりょうタンクを積みこんだことで巨大化し、今では流線形のフルカウルバイクに似たデザインへと変化している。四方を囲むローダーのフレームもミスリル銀製に交換されて、余白もなくびっしりと魔術文字が書きこまれていた。

 最大三人乗りで、最大速度は時速一五○km。一般の兵士が搭乗した場合の航続可能時間は、フル装備で一時間。無装備なら二時間と飛躍的に向上している。

 ちなみに、一般的なマジックアイテムである飛行箒の航続可能時間はおよそ一時間で、先進国の高価な飛行用ゴーレムでも無補給なら三時間程度だ。”天馬”は自転車という形状にも関わらず、事実上軍事用ゴーレムのスペックに追いついたといえるだろう。

 レアは”天馬”の改造を終えた後、胸を張ってクロードに引き渡した。


『ソフィの設計が良く、技師たちの手腕もあって改造が進みました。これなら緋色革命軍マラヤ・エカルラートの飛行太刀を相手取っても善戦出来ます』


 ……反面、かかった費用は天井知らずで、青筋立てたアンセルと財務部職員たちに、クロードは水晶玉越しに怒鳴りつけられた。


『辺境伯様専用機です。二度とこんなもの作らせませんよ!』


 是非もないと、クロードは頷いた。

 レアとソフィというマラヤディヴァ国でも一、二を争うマジックアイテムの専門家と、ルクレ領、ソーン領に住む一流の技師たちが力を合わせ、魔道技術と工業技術に優れたヴァリン領とナンド領のパーツを惜しげもなく使って完成させた逸品だ。

 マラヤディヴァ国ヴォルノー島の象徴となり得る機体だが、それゆえにきっと二度と作れない。

 制式量産機は、”天馬”製作で培った設計とノウハウを基に、安価なエンジンと大量生産部品を用いて稼働時間三〇分を目指そうと話がまとまった。

 まるで舞い上がる木の葉のように空を駆ける自転車に、後部シートの最後尾に乗ったアリスは大はしゃぎだった。


「すごいたぬっ。たのしいたぬっ!」

「暴れないでよアリス、こぐのは大変なんだから。ねえ、レア、バイクには出来なかったの!?」

「自動操縦機能は右ハンドル横のレバーで作動します。ですが、魔法道具は使用者の力と心が繋がることで性能を発揮します。これが一番適した姿なのです」

「そ、そういうものなんだ」


 クロードとアリスに挟まれて座るレアの声は、先日の振る舞いが嘘のように冷静だった。

 これまでと変わらぬ態度に、あの日の彼女が夢だったのではないかと疑いたくなった。

 けれど、クロードは背中にぴったりと密着したレアの体温と鼓動を感じて、顔にかっと血がのぼった。


「うん。この自転車、使いこなしてみせる」


 クロードが乗る”天馬”を先頭に、チョーカー率いる飛行箒隊は見事な編隊を組んでいた。

 防音の魔術をかけてなお、竜の咆哮ほうこうを連想させる風の音が轟々(ごうごう)とうなりをあげる。しかし、”天馬”の風防結界に守られた編隊は、そよ風ひとつ受けることがなかった。

 飛行については短い時間の訓練ということもあり、チョーカーを筆頭に悲鳴をあげる参加者が続出したが、ミズキのスパルタ教育とミーナの献身的なサポートもあって、どうにか全員が乗りこなせるようになっていた。

 同時に、どこかぎこちなかったレアと、ミズキ、ミーナの関係がほんの少し好転したように見えた。きっと旅で通じることがあったのだろうと、クロードは思っている。


「領主さま、魔術塔”野ちしゃ”が見えます」


 谷間を発って二〇分ほど。レアが前方を指差した。

 未だ夜の明けぬ黎明の天を突くように、山の稜線りょうせんから薔薇バラの花弁のように螺旋らせんを巻く塔が建っている。


「ああ、なるほどだから”野ちしゃ”か!」


 ちしゃとは、レタスのことだ。螺旋を巻きながら天を衝こうとする塔には相応しいあだ名だろう。

 クロードたちが視認すると同時に、魔術塔を占拠するオズバルト一党も襲撃を悟ったのだろう。

 塔周辺の動きが慌ただしくなり、バスケットボール大のくちばしがドリル状になった機械の鳥が五〇羽、頂点付近から飛び立った。


「そいつらの相手は、ダンジョンで慣れているんだよっ」


 クロードは雷切を用いて雷のカーテンをつくりだし、半数以上を焼き焦がした。

 あのからくり鳥の系統は、強固な装甲と高い速度を誇る反面、小回りが利かない。

 点ではなく面での攻撃を心がければ、突進速度が仇となって一網打尽に撃墜げきついできる。

 中破してなお、カーテンを突破したからくり鳥もいるが……。


「今です、領主さま。鋳造――誘導弾」

「レア、助かる」


 ブレーキレバーの側面に据え付けた騎兵銃にレアが魔法の弾丸を装填そうてん、クロードが引き金を引いて片端から撃ち落とした。

 クロードには飛行物体を銃で撃ち落とす技量はないが、レアとの共同作業ならこういった攻略も可能だ。

 後方で箒に乗ったミズキが援護射撃をしてくれて、マスケットなのに必中させていた。彼女の技量は神がかっている。

 

「濃霧なし。天候操作の魔法は不要。全機降下準備にかかれ」

「おう!」


 力強い返事を受け止めて、クロードたちは着陸すべく魔術塔へと近づいた。

 対空魔杖が矢継ぎ早に炎の玉や氷の矢で迎撃するも、レジスタンスの箒隊が持ち寄った防護符が無力化する。

 しかし――。


「アリス。頼む」

「ふんぬ。た、ぬぅうう!」


 アリスが後部座席から力一杯投げつけた手提げ爆弾もまた同様に、魔術塔”野ちしゃ”周辺で小さな花火をあげるに留まった。


「領主さま。塔の南方に石碑を確認。それを中心に強固な防御結界が張られています」

「敵陣は北方の道路方面か。ならば、南から北へ進路をとる」


 クロードたちは一丸となって南へ迂回し、北へと向かって飛行した。

 火球や氷柱が編隊をかすめ、防護符や魔除けの護りが魔力を使い果たして次々と砕けてゆく。

 それでもクロードたちは、弓を引くようにじりじりと近づいて――。


「いまだ、アリス」

「せぇのぉ、アリスキーック!」


 石碑の真上まで到達するや、アリスが風をまとって彗星すいせいの如く落下した。

 いかなる防御を誇ろうと、超音速の跳び蹴りを受けて無事では済まない。

 魔術塔”野ちしゃ”の南区画は、まるで隕石でも落下したかのように大穴が空いた。


「全員、降下開始!」


 クロードたちは、あたかも空を飛ぶハヤブサかタカのように、敵陣へ向かって急降下した。


「邪魔だぁ」


 ”天馬”のカウルから魔術符が射出され、衝撃波を伴って直進し、据え付けられた魔杖と砲台、塹壕ざんごうやバリケードを吹き飛ばした。


「出し惜しみはしない。全部だ、持って行け!」


 攻撃は終わらない。サドル付近のカウルから飛び出した矢は敵陣のど真ん中で凄まじい轟音を鳴り響かせ、遅れてペダルから射出された球体は”眠りの雲”を撒き散らす。

 ”天馬”の防音、防風の結界で護られたレジスタンス飛行隊はともかく、オズバルト一党はたまったものではあるまい。


「領主さま。まだ大砲が残っています」

「くっ」


 自動制御されているのか、最北に設置された圧縮魔力砲が一門、着陸しようとするレジスタンスを狙って回頭していた。


「私が誘導します。増槽をパージしてください」

「鋳造――これで終わりだぁ」


 クロードは直上から残り少なくなった外付けの魔石タンクを落とし、後退しながら騎兵銃で狙い撃った。

 弾丸を受けて魔石タンクが破裂し、衝撃を浴びて圧縮された砲門の魔力が暴走、爆発する。

 クロードは爆風に煽られながらもどうにか着地して自転車を降り、南方の仲間たちに向かって叫んだ。


「全員無事か? 敵陣は制圧した。これより塔を解放する」

「まだたぬ。油断しちゃ駄目たぬ」


 煙の向こうからアリスの声が聞こえる。

 それだけではない。銃声と剣戟の音が鳴り響いている。

 戦いは、まだ終わってはいないのだ。


「うわっちゃあ、やられたやられた。偽者ども、誇っていいぜ。御頭の命令で、俺たちは本物のニーダル・ゲレーゲンハイト相手と同等の準備をしたんだ。だから、諦めな。お前たちはここで殺す」


 強風に吹き飛ばされて、煙が流れる。

 大鎌をもったピエロのように派手な装束の男が、ガスマスクと引きちぎれた防音符の残骸を投げ捨てた。

 アリスは、巨大な犬ととっくみあっている。

 着陸したチョーカー隊は、無事だった敵兵と乱戦状態に陥っていた。

 いまやクロードとレアは、完全に本隊と分断されていた。


「アルブ島で、陥穽かんせいを用いて楽園使徒アパスルを捕縛したと聞いた。流血を好まぬ、如何にもあいつらしいやり方だ。だから今回も同じことをするのではないかと予測した。騙りし者よ、お前の敗因は、本物を真似し過ぎたことだ」


 彼が、オズバルト・ダールマンだろうか。

 明らかに他の兵と気配が違う、頬に大きな傷がある男が無手のままゆっくりとクロードに向かって近づいてくる。


「領主さま、いけません。退いてください」


 クロードは、レアの悲鳴を聞いた。

 だが遅かったのだ。オズバルトは、一〇歩以上もある距離をわずか一足で詰めて、標的たる紅いローブをまとった少年、クロードを己が間合いへと捉えていた。


「鋳造――殺った!」

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◆上野文より、新作の連載始めました。
『カクリヨの鬼退治』

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