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七つの鍵の物語【悪徳貴族】~ぼっちな僕の異世界領地改革~  作者: 上野文
第二部/第九章 侯爵令嬢救出作戦
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第131話 悪徳貴族とレジスタンス

131


 復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 芽吹の月(一月)十一日午後。

 クロードたち一行は、目的地である魔道工場へと到着した。

 幌馬車にのって安全が確保されたことで興奮がおさまったのか、懲罰天使アンゲルを名乗る暴漢に襲われた少女ドリスは震えながら泣きはじめ、少年ロビンはレアたちと共に必死で彼女をなだめていた。

 クロードはまず二人を親元に連れてゆくべきだと主張したのだが、チョーカーは首を横に振った。


「だから連れてきたのだ。小生たちが今から会うのは、ルクレ領、ソーン領にまたがる最大規模のレジスタンス組織を指揮する指導者、アマンダ・ヴェンナシュ。彼女は、その娘ドリス・ヴェンナシュの御母堂で、ロビン少年の身元引受人でもある」

「この子、ひょっとしてアーロン爺さんの御家族か。なんで今まで言わなかった?」

「余計な先入観をもたせたくなかったからだ。あとお前を信用していなかった」

「こいつっ」

「やる気か?」


 クロードとチョーカーは幌馬車を降りるなり、角つきあわせて仲よく喧嘩を始めようとした。

 しかし、レアとアリスがクロードの耳たぶをつねり、ミーナがチョーカーの足を踏みつけたため、二人は悲鳴をかみ殺して沈黙した。

 騒ぎを聞きつけたのか工場のゲートがあいて、職員たちが集まってくる。

 そうして、クロードたちは、ドリス、ロビンと別れて近所にある冒険者向け酒屋の地下座敷へと通された。

 どれだけの時間が経っただろうか、恰幅の良い中年女性がロビンを連れてやってきた。


「チョーカー隊長、よく戻ってきてくれた。すでに脱走の連絡は届いていたけど、こうして顔を見て安心したよ。それに戻ってくるなり娘と息子を窮地から救ってくれたそうじゃないか。ありがとう、感謝するよ」

「アマンダ殿も健勝そうで何よりだ。小生たちは当たり前のことをしただけだ。礼には及ばん。今日、貴女を訪ねてきたのには理由があるんだ」


 ミーナを除くクロード一行は、なにをいけしゃあしゃあと、と言わんばかりの生温かい視線を送ったが、チョーカーは動じることはなかった。、


「ああ、最後まで言わなくてもいい。暗殺に失敗したことなんて、アンタたちが無事だった喜びに比べれば些細なことさ。それに、心強い援軍を連れてきてくれたじゃないか。彼があのニーダル・ゲレーゲンハイトなんだろう?」


 黒い髪を短く刈って年季の入った作業用の衣服に身を通した女性、アマンダはそう言って朗らかな笑みを浮かべた。


「かあさん。話を聞いて、そうじゃないんだって……」


 殴りつけられて乱れた茶色の髪を丁寧に整えて、傷だらけのチュニックからこざっぱりした作業服に着替えたロビンが袖口を引っ張っているが、アマンダは興奮のあまり耳に届いていないようだ。


「はじめまして。ニーダル・ゲレーゲンハイト卿。アマンダ・ヴェンナシュだ。アンタとチョーカー隊長が居れば千人力だ。あのなまっちろいもやしみたいな悪徳貴族だってぶちのめせるさ」


 そりゃ部長が居ればできるけどね……と苦笑いして胸の中でこぼしつつ、クロードは頭巾を脱いだ。


「すみません。アマンダさん。僕はニーダル・ゲレーゲンハイトではなく、クローディアス・レーベンヒェルムです」

「侍女のレアです」

「妻の、ぐぇっ。クロードの恋人のアリスたぬ」


 妻の、と言ったところでクロードとレアに喉元と背中の毛を掴まれて訂正を余儀なくされたアリスだが、恋人という単語までは譲れなかった。

 傍目からはいちゃついている三人を尻目に、部屋はまるで凍りついたかのように緊張が走る。

 アマンダが懐に隠していたらしい暗器に手を寄せ、酒屋の一階でも武装した兵士たちが踏み込もうと階段に身を躍らせる。

 だが、その前にミズキが鋼糸を張り巡らせて、部屋全体をまるで蜘蛛の巣が如く覆い尽くした。


「はい、全員動かないで武器を降ろして。あたしの腕は知っているでしょう? ちゃんと今から説明するから早まらないで」

「早まるも何もお前たちは裏切ったってことだろう。いいさ、覚悟はしていた。こうなった以上、煮るなり焼くなり好きにするといい」

「でしたら、アマンダさん。僕は、レーベンヒェルム領はルクレ領とソーン領と同盟を結びたいので話を聞いてください。ロビン君がさっきから困ってます。あと、皆にお茶を一杯。できれば梅茶で」

「……お茶だって?」


 かくして鋼糸の結界は解かれ、一堂には茶が振る舞われた。

 チョーカーとミズキ、ミーナは彼らが体験したことを説明し始めた。

 暗殺作戦が失敗して囚われたこと。

 彼らが拘束されている間に、楽園使徒アパスル緋色革命軍マラヤ・エカルラートのマクシミリアン・ローグを支援して、レーベンヒェルム領に内乱を引き起こしたこと。

 レーベンヒェルム領は楽園使徒を見限り、独自にエステル・ルクレ、アネッテ・ソーン、両侯爵令嬢を救出することを決めたこと。

 その為にクローディアス・レーベンヒェルム辺境伯がチョーカー隊をスカウトして、ここまで同行してきたことを。


「正直、信じられないことばかりだ。なぜ悪……、辺境伯様が直々にこんなうらぶれた街までやってきたんだい?」


 クロードはアマンダの問いかけに答えようとして舌が絡んだ。お茶を一口すするも、残念なことに梅茶ではなかった。


「最初はアリスに手紙を託そうとしたんですが、僕が出向かなきゃ信じないでしょう? 今、時間は宝石より貴重だ。エステル・ルクレ、アネッテ・ソーンの安全が保障されているのは、今月末の同盟交渉までだ。一刻も早く二人を救出したいのです」

「辺境伯様が、潜入作戦をやっているってのが信じ難い話だけどねぇ。ロビン、本当に間違いないのかい?」

「はい。かあさん、念写真とそっくりですし、何よりも兄さんから聞いていた通りの人柄です」


 目をキラキラと輝かせたロビンに見つめられて、クロードはむずがゆそうに視線をそらした。


「リヌスさんは、僕のことをなんて言ってたんだ?」

「オクセンシュルナ議員が盟友と頼む若手改革者。智慧者ちえしゃであり、思慮深い賢人で、民思いの民政家。海千山千のやり手貴族相手にも動じない勇気ある男だと聞いてます」

「ロビンくん、褒め殺しだよそれは!?」


 クロードは思わず茶を噴き出した。


「正しくは、こいつは世人には何をやってるのかさっぱりわからん前衛政治家だろう。斜め上の発想をする癖に、妙なところでは用意周到な策謀家でもある。ああ、蛮勇は小生も認めてやらんでもないぞ。マラヤ半島といい、今回の潜入といい、大将自らが出張るなど生半可な胆力ではないからな」

「こっちは悪意マシマシだなっ。チョーカー隊長!」


 この時チョーカーは、”民思いの民政家”という部分を否定しなかったのだが、クロードは気付かなかった。


「辺境伯様が本物だとしても、私の一存で同盟を結ぶのは無理だ。ルクレ領とソーン領は、形骸けいがいだとしても緋色革命軍と同盟を結んでいるんだ。何よりも、楽園使徒にめちゃくちゃにされた私達に、チョーカーさんとミズキさんだけが手を差し伸べてくれた。一緒に戦ってくれたんだ。その恩人を裏切ることなんて出来ないね」

「……」


 アマンダの返答に、クロードは唇を一文字に結んだ。レアが膝の上で震える手を握り締めてくれる。アリスもまた、クロードの膝の上に移動してつぶらな金色の瞳で見上げている。だから、彼は落ち着いていられた。

 交渉の一回目は失敗に終わった。だが、めげる必要はない。時間の許す限り何度でも挑戦すればいい。二人の侯爵令嬢を助け出せれば、どのように入り組んだ過程を辿っても帳尻をあわすことが叶うのだから。


「……わかりました」

「いいや、アマンダ殿。小生たちのことは気にしなくていい。ルクレ領とソーン領は、緋色革命軍と手を切るべきだ」


 予想もしなかったチョーカーの言葉に、部屋にいる全員の視線が彼に集まった。


「アマンダ殿。今日、懲罰天使アンゲルなどと抜かす暴漢がうろついていたが、領の状況は小生が発った頃から悪化しているな」

「そうさね。レーベンヒェルム領で内乱が起こった頃から、楽園使徒の弾圧がいっそう激しくなったよ。領警察は解体されて、職員たちは大半が牢屋に入れられた。代わりに組織されたのが、連中が気に入らない行動をとれば即時逮捕、拘禁する特権を与えられた思想警察”懲罰天使アンゲル”さ」


 楽園使徒が目指す社会システムは、民族による明確な上下関係を定めた厳密な階級制度らしい。

 下位の民族は上位の民族に絶対服従し、無条件に奉仕するべし。それでこそ理想の共栄社会が築かれるというのが彼らの主張だった。

 楽園使徒の構成員たちの故国である西部連邦人民共和国が、ネメオルヒスやトラジスタンといった失われた国々の民人に強いるように、暴力にる支配と恐怖による秩序をうちたてようとしていた。


「その結果が今の有様さ。少しでも不満を漏らせば即逮捕、ひとが集まっても逮捕、楽園使徒の勘にさわった人間は徹底的に踏みにじられる。楽園使徒の連中が遊び呆けるために、マラヤディヴァ人は酷使されて搾取される。こんな社会のどこが共栄なんだろうね……」

「アマンダ殿。それが連中の望む共栄だ。そして酷なことを言うが、緋色革命軍も楽園使徒と同じ穴のむじなだ。いいや、知っての通りもっと凄惨せいさん悪辣あくらつだ」


 チョーカーの指摘に、アマンダとロビンは顔を伏せた。


「どちらも力によって民草を支配し、彼らが掲げるものとまったく同じ思想と価値観しか許さない。頂点に立つ独裁者かヒステリーじみた集団の方向性が、白といえばどんな悪事も肯定され、疑問を抱く者はどのような善人であっても邪悪として迫害される。そして、支配する側はその横暴な権力に酔いしれて、ますます先鋭化してゆくのだ」


 アンドルー・チョーカーはかつての自身を恥じるかのように、両の拳を固く握りしめた。


「後世の歴史家がどのように評するかは知らん。手段は誤ったが目指したものは正しかったとでも弁護するやも知れない。だがイデオロギーに溺れ、酔いから覚めた小生だからこそわかる。今を生きる我々に、あんなものが正しいはずがないのだ」

「チョーカー隊長……」


 アマンダはチョーカーの説得を受け入れ、彼女が率いるレジスタンスは全面的に協力するとクロードに約束した。


「ひとつだけ教えてくれないか? 親父は、アーロン・ヴェンナシュはまだ生きているかい?」


 ドーネ河会戦で気を吐いた将軍は、やはりアマンダの縁者だったらしい。


「ええ、今も若者たちをしごいています」

「そうか。親父らしいや」


 アマンダはこれから幹部たちを秘密裏に尋ねて説得するのだという。チョーカー、ミズキは同行を申し出て、クロードたちには酒場の二階、冒険者向けの客室が用意された。

 なお、最初は四人部屋だったのだが、アリスとレアの要望で二人部屋に変更された。


「こうやってベッドをくっつければ大丈夫たぬ」

「はい。何も問題はありません」

「じ、じゃあ、僕はソファで寝ようかな……」


 クロードがそう言って取りつくろうとしたものの、酒屋の主人は察したかのようにごゆっくりお休みくださいと言って降りてしまった。


「あうあうあう」

「クロードも早く覚悟を決めるたぬ。でもぉ、夜まで時間があるから、たぬはミーナちゃんと探険たぬ」


 そう言って、アリスはぬいぐるみ姿のまま部屋から飛び出していった。

 クロードとレアは、荷物を整理してひとつに繋げたベッドの脇に腰を降ろした。

 レアの小さな手が、クロードの掌に重なる。


「アリスさんは元気いっぱいですね」

「長旅の疲れもまるで感じさせない。見習いたいよ」

「ええ、それに勇敢です」

「レア?」


 クロードが振り向くと、レアの赤い瞳が触れ合うほどに近づいていた。


「縁をむすぶということは、世界を広げるということです。世界が広がれば広がるほど、傷つけることや、傷つけられることが増えてゆく」


 クロードとレア。お互いの息が重なる。まるで息吹を吸いあうように、唇が近づいて行く。


「同じ思想と価値観である必要なんてありません。心が、体が噛み合えばいい。私は、小さな世界がいい。閉ざされた館で愛するひととふたりぼっちで暮らしたい。それこそが本当の平穏ではありませんか?」


 ふと、クロードは北欧神話の一節を思い出した。

 竜殺しのシグルズと、戦乙女ブリュンヒルデは、炎に守られた館で愛し合い睦みあった。

 もしも、シグルズが館から出なければ、故郷を目指さなければ二人はずっと幸せにいられたのだろうか?


「僕もそう思うよ。でも、それは叶わないことだ」


 ――否だ、とクロードは断じた。


「どんな楽園もいずれは崩れてしまう。外側からの圧力か、内側からのきしみかはわからない。でも、時間は無慈悲に、情け深く進んで、変化は絶対に訪れる」


 シグルズが旅立ったように。

 男装先輩の母親が演劇部を揺るがせたように。

 そして、ファヴニルは今も歴然とこのマラヤディヴァ国にいて、策謀を張り巡らせている。


「だからもしも楽園を守りたいのなら、強くならなくちゃいけない。世界を知らなくちゃいけない。異なる価値観や文化と向き合って本当に共存共栄を目指すのなら、たとえどんな強大な相手にそこをどけと言われても、自らの信念を貫いて、どくのはお前だと言い返さなきゃいけない時がある」


 接吻せっぷんはしなかった。クロードはただレアの華奢きゃしゃな身体を抱きしめた。


「一緒に行こう。レア。僕は君を信じている」

「はい。領主さま……」


 侍女の赤い瞳からひとしずくの涙がこぼれおちた。

 その意味をクロードは、あるいはレア自身さえもわかっていなかった。

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◆上野文より、新作の連載始めました。
『カクリヨの鬼退治』

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