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七つの鍵の物語【悪徳貴族】~ぼっちな僕の異世界領地改革~  作者: 上野文
第二部/第九章 侯爵令嬢救出作戦
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第129話 悪徳貴族と空飛ぶ??の開発

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 復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 芽吹の月(一月)十日。

 クロードがチョーカー隊長率いる救出部隊と共にソーン領に向けて出発し、表向きには領主の病気療養が発表されてから三日が経っても、レーベンヒェルム領は特に問題なく回っていた。

 最初は手探りから運営の始まった領役所と領軍だが、職員たちがマラヤ半島遠征や領主戦死の誤報、偽姫将軍の乱といった試練を乗り越えて職務に励み、また幾度かの組織改編によって圧縮改善が進んだことで、近代的な官僚制度として機能し始めていたからである。

 職員たちは、恒常的な規則に従い、専門的に分化された部門へと配属されて、上意下達の指揮命令系統の元、統一された目標を達成すべくまい進することができた。

 反面、俗に言うところのタテワリ行政に陥る危険性を有しており、レーベンヒェルム領の場合は、領役所と領軍の意志疎通いしそつう連携れんけいにたびたび問題が生じていた。クロードは、総司令官であるセイと綿密な打ち合わせを行い、アンセルへの無茶ぶりを含めた変則的な人事といった方策を用いて問題解決を試みたが、なかなか上手くいかなかった。

 それでも、他の十賢家や、ダヴィッドの独裁下にある緋色革命軍マラヤ・エカルラート、西部連邦人民共和国の傀儡かいらいである楽園使徒アパスルが、血縁地縁に縛られた家父長制的な中世家臣団を形成していたことに比べれば、レーベンヒェルム領の行政は非常に効率的であったと言えるだろう。

 ――同日正午、ソフィとセイが領軍参謀本部の訓練場で昼食を取っていると、日次報告の当番だったアンセルとヨアヒムが訪ねてきた。二人はクロードの決裁が必要な書類を手渡して、口頭で大まかな説明を終えた。


「ソフィ姉、セイ司令、以上のように現在のところ大事なく進行しています。解放作戦の切り札も仕上がりは上々といったところです」

「リーダーは、領主不在でも回る行政組織を作りたいって調整を進めていましたから、緊急時でもなければ半月程度なら問題ないでしょう。オレは逆にそれが心配です」


 アンセルとヨアヒムの報告に、ソフィお手製の稲荷寿司を食べ終えたセイは、ベンチに腰掛けたまま鷹揚おうように頷いた。


「私も聞いたよ。棟梁殿は、名君も暗君もいらない。そんなものに左右されない行政機構が必要だって言っていた。それは官僚組織が君主にすげかわっただけじゃないか? と私が尋ねたら、真っ赤になって長考を始めたよ」

「うわぁ。辛辣しんらつですね」

「棟梁殿には良い薬だろう。仮にも長たるものが座を軽々しく扱うものではない。今度のことだって、ソフィ殿の説得が無ければ、殴り倒して寝室に押し込んでいたところだ。ところで、ヨアヒム。ソフィ殿から、今日は見せたいものがあると聞いた」

「はい」


 アンセルは寝室に押し込んでどうするつもりだったのだろう? と思ったが、己が身を守るべく口をつぐんだ。ヨアヒムは訓練場の倉庫に向かって手を振って兵士に合図を送り、ソフィが立って迎えに走る。


「セイ司令。レーベンヒェルム領内乱で、我々は貴重な経験を得ました。じゅうは強力な兵器ですが、それゆえに塹壕戦ざんごうせんになれば、尋常でない被害と膨大な時間の損失を覚悟しなければなりません。そこで研究開発部改め、『契約神器・魔術道具研究所』はこの問題を解決すべく画期的な新兵器を開発しました」

「ヨアヒム。ちょっと前にも伝書鳩に火薬筒を運ばせようなんて計画や、腐敗物から臭気ガスを作ろうという計画が失敗した気がするが」


 セイは最初こそ普段通りの顔で話を聞いていたものの、話題が新兵器だとわかるやジト目になってヨアヒムをにらみつけた。大勢の部下の命を預かる彼女としては、内乱時のようにトンチンカンな兵器を押し付けられてはたまったものではなかったからだ。


「失敗は成功の母です。そして、今回の新兵器はひとあじ違う。ソフィ姐の協力が得られたからです」

「クロードくんが、アリスちゃんにつくってあげた竹トンボから発想を得て頑張りました」

「初公開! 研究所が完成させた試作機、空飛ぶ自転車です」


 デデーンと言う効果音とアオリ文がつきそうな勢いで、手伝いの若い兵士が運んできた布を取り払う。

 そこには、前後左右の四方にローターを取り付けた、大柄な二輪車が鎮座ちんざしていた。


「自転車か。確か、先進国で流行している交通手段だったか。安いものではないと聞いているぞ」


 彼女たちは知らぬことだが、七鍵世界には自転車を製造するに十分な技術があった。ただし、石油のような加工に使い勝手のいい鉱物資源が軒並み枯渇して、錬金術で穴埋めをするという深刻な問題に直面していた。


「タイヤに使うゴムが高価なの。でも、うちの国はゴムの木が特産品だし、肥料や農薬をつくるために錬金術師も育ってきたんだ。だから安価で作れるよ。自転車だけなら、気になるお値段はなんとこれっくらい。たったのこれくらいで製造できます」

「おー」


 ソフィが示した自転車一台あたりの製作費はおおむね安価なもので、セイも思わず膝を打って感嘆の声をあげていた。

 が、知っているはずのアンセルとヨアヒムも不自然な歓声をあげ、立ち拍手スタンディングオベーションをしていたのが、若干演技臭かった。

 若い兵士は、ローダーをつけた幅広の自転車に乗ってぐるぐると訓練場を周っている。


「更に今回は特別に、空を飛ぶ機能をつけました。実演、どうぞ!」


 ソフィの指示に従って、若い兵士がフレームのレバーを倒して、ペダルを力一杯にこぎだす。

 すると四方のローターが小刻みに姿勢を変えながら回転をはじめ、空中をかなりの速度で自由自在に走り始めたではないか。


「セイ司令。この空飛ぶ自転車は、ほぼ垂直離着陸が可能で、後部装置に小型爆弾を懸架けんかして平均時速20kmで移動できます。あくまでも実験ですが最大速度は時速50kmを記録しました」

「後部装置を外したら、二人乗りだって出来るんだよ。月の下で夜空をクロードくんと散歩したら、すっごくロマンチックだよ」

「見直したぞ。研究開発部! いや、契約神器・魔術道具研究所もやればできるじゃないか」


 セイが心からの喝采を送ると、空飛ぶ自転車はまだ数分も経っていないのに降りてきた。若い兵士はぜいぜいと息を荒らげて、地面に足をつけると同時に倒れこんでしまう。

 ソフィがあわてて彼を支えるのと、水筒を掴んだセイがすっとんでくるのはほぼ同時だった。


「ソフィ殿。念のために聞いておきたいが、飛行可能な時間はどれくらいだ」

「浮遊補助や風防、矢除けの加護で魔力と体力を消費するし、爆弾を積んで完全武装の兵士が乗ったと仮定して。……五分くらい、かな?」

「またかぁ!」


 セイは兵士の口に水を含ませながら、思わずハリセンでソフィとヨアヒムを殴り倒したい衝動に駆られた。


「開発部には継戦能力という発想はないのか? それで量産にはいくらかかるんだ?」

「ええっと、このくらいです」


 ソフィが示した金額は、セイの目の玉が飛び出るようなものだった。


「めちゃくちゃ上がってるだろ。自転車だけとは天と地の差じゃないか!?」

「だって本格的な飛行ゴーレムを購入するとなったら、一○機で軍艦一隻分ものお金がかかるんだよ。うちの技術じゃどうしても無理なところは出てくるよ。うう、自信作だったんだけど、駄目かなあ」

「空を飛ぶだけなら箒に乗った魔術師で十分だろう。偵察だけなら遠見の魔術がある。こんなもの――」


 何に使うんだ? と怒鳴りかけて、セイは思わず言葉を飲み込んだ。

 なぜなら、彼女もまた、夜空を自転車でクロードと散歩するというイメージに憧れてしまったからだ。


「そうか、単純戦闘に視野を狭めるからいけない。術者がいなくても場所を選ばず飛行できるのは無二の利点だ。陸を走ることだって出来る以上、輸送や通信と活躍の場は広いだろう。局地戦に限定すれば、利用法なんていくらでも……」


 そんな風に考えを改めると、セイは木陰まで若い兵士を運んでやり、ヨアヒムの持っていた計画書に決裁のサインをすらすらと書いた。


「アンセル。飛行能力のない通常の自転車も至急数を揃えてくれ。ルクレ領、ソーン領の解放作戦に間に合うかはギリギリだろうが、緋色革命軍との決戦で間違いなく入り用になるはずだ」

「わかりました」

「ヨアヒムは、飛行自転車の試作品を棟梁殿に送ってくれ。体力自慢のアリス殿なら五分どころか一時間だって使えるだろう。セイ殿、構わないか?」

「もちろんだよ」


 そうして、アンセルとヨアヒムは一礼して訓練場を去り、若い兵士もまた何度も感謝を告げながら恐縮して持ち場に戻った。

 あとには、昼食をとっていたベンチに戻ったソフィとセイだけが残された。 


「ソフィ殿。無理をしていないか? 本当は空飛ぶ自転車を作りたかっただけなんだろう。それを、ヨアヒムあたりが軍事的な拡張性に気づいて兵器に仕立て上げたんじゃないか?」

「でも、クロードくんの力になって、レーベンヒェルム領の皆を守れるならいいんだよ」


 穏やかに微笑むソフィの横顔が、セイにはひどく悲しそうに映った。


「ソフィ殿は無欲過ぎだ。棟梁殿について行くのも、本当は自分が行きたかっただろうに」

「最近のレアちゃんってさ、以前みたいな無敵の侍女って雰囲気じゃなくなったでしょ。きっと恋を自覚しちゃったんだと思う。だから放ってなんておけないよ」


 ソフィの言葉に、一瞬セイの動きが止まった。


「待ってくれ。ソフィ殿、その”コイ”というのは、池の魚とか、濃淡の意味ではなく、か?」

「その発想は無理があるよ。セイちゃん」


 そっちの発想も充分とっぴだという叫びを、セイは無理やり胸の内側に押し留めた。


「レア殿の雰囲気が違うのは気づいていたが、まさか今の今まで自覚していなかったのか? あれだけ独占欲丸出しだったのに」

「セイちゃんも言ってたじゃない。レアちゃんは、忠義と愛情を意図的に混同して、納得している気配があるって。本人はあくまで敬愛の延長のつもりだったんじゃない? その欺瞞ぎまんがどこかで壊れちゃった。最近、色々あったもの」

「……ということは、晴れて新たな好敵手の入場か」

「めでたいね」

「めでたくないっ」


 セイは、ソフィの隣で自身の瞳を右手で覆った。


「ソフィ殿。今だから言うが、私は皆がほんの少し妥協して、祝福されて終わる結末なら納得したかも知れないんだ。わかっているのか、貴女がひっぱって行く先は、終わりのない火が点いた火薬庫だ。ああ。この世界の天国ヴァルハラとやらはそういうものだったか。一周回って正解だなんて酷い真実だ」

「強引な解釈だね。最初にわたしの世話を焼いちゃったのはセイちゃんの癖に」


 ソフィは、セイの右手をそっと取って、瞳を覗きこんだ。黒と葡萄色の瞳が互いの顔を映し出す。


「きっとわたしは皆の中でいちばん傲慢で強欲なんだよ」

「ソフィ殿が無欲と言うのは、間違いだったよ。とんだごうつくばりだ」

「そ、そこは否定しないんだセイちゃん」


 二人は互いに肩をすくめながらベンチに座りなおした。休憩時間はもうすぐ終わりだ。

 彼女たちが見上げる視線の先には凍てついた灰色の吹雪でもなく、黒々とした閉ざされた部屋の闇でもなく、南国の青空が広がっていた。

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