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七つの鍵の物語【悪徳貴族】~ぼっちな僕の異世界領地改革~  作者: 上野文
第二部/第九章 侯爵令嬢救出作戦
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第125話 悪徳貴族と侍女とコマンド部隊

125


 復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 芽吹の月(一月)五日未明。

 クロードは、仕事始めから日付をまたぐ長い残業を終えた。役所から屋敷に帰るなり、シャワーを浴びて自室へと向かった。

 新年の始まりで緊張したからか、山積みの仕事に追われたからか、あるいは……宿敵と再会して気が高ぶっていたからか。

 クロードの意識は、一日の疲労と眠気で黒く塗りつぶされて、廊下で足をすべらせた。


「領主さま」


 深夜という遅い時間にも関わらず、起きて彼を待っていたレアが駆けつけて、クロードの身体を支えてくれる。


「だいじょうぶだよ、れあ。ちゃんとねる」

「はい。寝室まで御案内します」


 レアに手を引かれて、クロードはどうにか自分のベッドに辿り着き、うつ伏せに倒れ込んだ。

 

「領主さま、どうかお体を大切に。もしも貴方がいなくなれば多くのひとが悲しみます。孤独だったアリスさまとセイさまは、貴方の優しさを知ってしまった。ソフィも、貴方の傍らにあればこそ、きっと試練を乗り越えるでしょう」


 レアの声が遠い。まるで遠くの浜にうちよせる潮騒しおさいのように小さく、儚くなってゆく。


「御安心ください。私は、御身の為、盾となり、剣となりて御守り申し上げます。だから――」


 何も心配はないのだと、母親が幼子をあやすようにレアはクロードの額に手を当てて、結んだ手を離した。


「おやすみなさい。良い夢を。私は幸福でした――」


 瞬間、クロードの脳裏を忘れたはずの夢が稲妻のように奔った。兄と妹。繋がれた手。湖で交わされた守るという誓い。結末は知らず、しかし推測できる。おそらくバカは龍神となって、妹の手を手放した。

 クロードは無意識のままにレアに手を伸ばし、腕を掴んで彼女を抱き寄せた。


「り、りょうしゅさま。クロード……」

「レア、僕は」


 クロードは何か大切なことを伝えようとして、今度こそ意識を手放した。


「うーん。もうあさか」


 芽吹の月(一月)五日朝。クロードは心地よい温もりに包まれて目を覚ました。

 睡眠時間は短かったはずなのに、なぜか気力が充実している。これならば、憂鬱ゆううつな会議も気合い十分で乗り切れそうだ。

 クロードがそんな決意を込めて目を開くと、頬をまるで熟れた林檎りんごのように紅潮させた、青い髪と緋色の瞳の少女、レアの顔があった。


「……」

「……」


 クロードが最初に考えたのは、まず手と足を使って距離を取ろう、だった。


「り、領主さま、おはようございます」

「おはよう」


 が、息も触れそうな距離で挨拶を交わしたところ、クロードはまるで離さないと言わんばかりに、己の手足でレアをしっかと抱きしめていることがわかった。

 触れた腕や太ももから伝わってくる柔らかな感触に、クロードは顔から火が出そうになるも、とっさに息を止めた。

 声を上げてはならない。屋敷には他に三人の女の子がいる。もしもこういった情景を目撃されては、今後の生活に支障が出るだろう。


「ん。クロードくん、もう朝?」

「たぬう。おなかへったぬ」

「棟梁殿。おはよう。新しい一日の始まりだぞ」


 問題は、すでに全員がベッドの上で一堂に会していたことだろう。

 もはや隠すどころか逃げ場だってありはしない。


「ぼ、僕は堕落しているっ!?」


 なにか大切なことがあったはずだった。でも、それどころではなくなって、クロードは対応と釈明に追われているうちに、微かな記憶を忘れてしまった。

 だから、彼は知らない。少女が昨夜、屋敷から去る決意を固めていたことを。その決意が、まるで朽ちた老い木のように崩れてしまったことを。


「……レアちゃん。今朝の様子なら、もう心配ないかな?」

「ソフィ殿の言うとおりだったな。妙に思い詰めていたようだったが、顔からうれいが消えている」

「たぬはてっきり皆で夜這いをするのかと思ったぬ」


 クロードには女ごころがよくわからない。そのうえ、目も節穴だった。残念ながらというべきか、あるいは幸運にも、というべきか。



 同日午前。クロードたちは役所へと出勤し、およそ二週間後に迫った楽園使徒アパスルとの和平交渉について協議した。

 対策会議は始まると同時に、紛糾ふんきゅうした。ブリギッタが持ち帰った楽園使徒の要求が酷い代物だったからである。


「これは和平案ではなく、こちらの無条件降伏案の間違いでは?」

「賠償金の支払いに、ルクレ領、ソーン領における共和国人による政権運営を認めること。二領の将来的な共和国への割譲に賛同すること。こんなの飲めるわけないでしょう!」

「他には、レーベンヒェルム領の政治運営に共和国人を優先して参画させること。共和国人へ特権と利権を保障すること。共和国人の生活地区への立ち入りは重罪とみなすこと。領軍、領警察は理想郷の維持に全面的に協力すること。イカれてるのか、こいつらは?」


 アンセルは呆れて和平案が書かれた資料を投げだし、ヨアヒムはくるくるとまるめて机を叩き、エリックはぐしゃぐしゃに握りつぶした。

 ブリギッタと共に和平を推進していたハサネも、ひきつった顔で書面をあらためている。


「西部連邦人民共和国における少数民族弾圧に比べれば、まだしも穏当といったところでしょうか。楽園使徒は、共和国の制圧下にあるネメオルヒスやトラジスタンのような目に遭いたくないだろうと脅しているつもりでしょう。先の内戦で、我が領は疲弊ひへいしたように見えますし」


 楽園使徒に誤算があったとすれば、彼らが手引きしたレーベンヒェルム領の内戦を、クロードたちがわずか十日あまりで収拾してしまったことだろう。それでも、多大な被害を与えることができたといわんばかりの傲慢ごうまんさが、和平案からはほの見えた。

 クロードは、書面を裏返すと、議長席から会議室に集まった面々の顔を見つめた。


「最初は高値をふっかける(・・・・・・・)のが交渉のセオリーといえ、これは論外だ。相容れないもの同士の共存が不可能なら、離れて暮らすしかないだろう。侵略者は叩きだして、自分の国に帰ってもらう。それが、一番安い(・・・・)解決法だ。ルクレ領とソーン領をマラヤディヴァ国に取り戻す。皆、力を貸してくれ」

「「はい!」」

「「おうっ」」


 湧きあがる賛同の声。幾度もの会議ですれ違いを繰り返したレーベンヒェルム領首脳陣の意志が、マクシミリアンによって引き起こされた”偽姫将軍の乱”を乗り越えて、ついにひとつになった瞬間だった。

 ハサネが、公安情報部長代行のヴィゴと共に準備した資料を配り始める。


「楽園使徒から二領を解放する上で、最初にして最大の懸念が共和国の動向です。辺境伯様の尽力で、レーベンヒェルム領はマラヤディヴァ国屈指の勢力に成長しましたが、さすがに大国と正面から戦うわけにはいきません。だからこそ、逆に今が一番の好機とも言えるでしょう」


 資料には、公安情報部が調べ上げた、ここ数ヵ月の共和国軍の動向が細やかに記されていた。


押忍おす! 大陸運動祭と文化博覧会を控えた共和国は、先日から不穏分子掃討ふおんぶんしそうとうの名目で、ネメオルヒス地方で民間人虐殺を含めた徹底的な弾圧活動を行っています。シュターレン閥のニーダル・ゲレーゲンハイトが救出に動いていますが詳細は不明。外国人の記者は立ち入りを禁止され、旧ネメオルヒスの亡命政府があるイシディア法王国との国境線でもにらみあいが続いています」


 ヴィゴの説明を、ブリギッタが引き継いだ。


「先進国では『フリーネメオルヒス!』を合い言葉に抗議活動も起きているようだけど、残念ながら一過性のものでしょう。でも、騒動が拡大すれば、諸国からの投資離れを招くわ。戦争なんてもっての他よ。共和国は技術窃盗もこみで外国企業に経済成長を頼りきりだから、マラヤディヴァ国へ直接侵攻なんてできない。そもそも運動祭の準備で各種資源が不足しているそうよ。鉱山を限界まで酷使しても足りなくて、ガートランド王国では連日金属製製品の盗難に悩まされているみたい。もしも盗品をいつぶしてつくられた会場で平和の運動祭をやるのなら、笑ってしまうわね」


 ブリギッタは楽園使徒に面目を潰されたこともあり、半ば投げやり気味に説明を終えて、特別警備隊長代行のイェスタが補足する。


「そもそも、共和国にとって楽園使徒がそれほど重要な組織なのかは疑問でやす。当たれば幸運、外れても悔いなし。どっちにしても処分する。その程度の手駒だったのではないでやすかね?」

「そうかもしれない」


 クロードはイェスタに頷いて、アンセルとヨアヒムに視線を投げかけた。


「隠し玉の準備はどうかな?」

「いつでも出せます」

「完璧ですよ」

「よし! 解放作戦の始動に問題はない。次の懸念は、エステル・ルクレとアネッテ・ソーン。二人の侯爵令嬢の救出をどうするか、だ」


 議場がしん、と静まり返る。

 楽園使徒は、和平交渉の会場である第三国ブーネイのホテルにクロードの”花嫁”を連れてくると約束していたが、正直言って守られるかどうかは疑わしい。

 ロロン提督が白い髭をすきつつ、悩ましげに呟いた。


「奇襲や後方撹乱に長けた精鋭部隊、いわばコマンド部隊が必要ですな。今から訓練していては間に合いますまい」

「押忍……。公安にも近い部署はありますが、戦闘には向いていません」

「コマンド部隊か」


 クロードがコマンドと聞いて連想するのは、山荘で娘と暮らす退役軍人を主人公にしたアメリカ映画だ。


「共和国のシュターレン閥が強いわけだ。部長は最適じゃないか……」

「たぬ? クロードには、たぬがいるたぬ。いつでも助けにいけるたぬ」


 なるほどアリスは強いだろう。単純な格闘戦能力ならば、部長に匹敵するかもしれない。

 しかしながら、監禁場所の捜査とか秘密作戦には絶対向いていない。


「それよりも、僕にいい考えがある」

「お、どんなアイデアです?」

「僕自身が潜入工作員になることだ――」

「みんな、リーダーをふんじばるんだ!」


 アンセルの声がひびくや、会議参加者がもはや手慣れたとばかりにクロードを議長席に縛り付ける。


「な、なにをするんだー」

「貴方が死んだら終わるんですよ。後ろでひっこんでてください」

「冷静に考えろ。僕が一番向いている」

「立場を先に考えてください」


 一同が議長席の側でやいのやいのと騒ぐ横で、ソフィが眉間にしわをよせて考えこんでいた。


「拠点の奥深くまで忍びこんで標的を攻撃するんだよね。最近、そんなことがあったような。ほら、あのチョーカーさん」

「「アンドルー・チョーカー!?」」


 会議室が、更なる混沌へと陥った瞬間だった。

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◆上野文より、新作の連載始めました。
『カクリヨの鬼退治』

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