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七つの鍵の物語【悪徳貴族】~ぼっちな僕の異世界領地改革~  作者: 上野文
第二部/第九章 侯爵令嬢救出作戦
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第122話 悪徳貴族の正月

122


 クロードは、夢を見た。

 いつかどこかで見た夢の続きだと、彼はゆっくりと理解した。

 クロードが見ているのは、普段の自分よりも背の低い少年の視点で進む夢だ。

 戦争で焼けだされ、石もて追われた彼は、妹らしい少女と共に、湖の近くにある村に保護された。

 身体に怪我をした人、心に深い傷を負った人、同じように戦災にあった人々が逃げてきて、村はそういった行き場のない負傷者が身を寄せ合って生活していた。

 兄妹はソフィに似た雰囲気をまとう夫婦に引き取られ、まるで我が子のように可愛がられた。

 少年は見かけ以上に力があったから力仕事を任されて、少女は同じ軍の先輩から習った家事を得意としていた。

 だから、二人の仕事がかぶることは少なかったのだけれど、その日の夕方、たまたま水汲みと野草取りで鉢合わせた。

 少女は、今も人間を恐れて目深にフードを被っていたが、一時期に比べればずっと和らいでいた。

 湖を一望できる高台で、二人はしばしたたずんで風に身を任せた。


『兄さま。こんな穏やかな日がずっと続くといいね』

『大丈夫だよ。お前は、村の皆は、ボクが守るから。今度こそ、今度こそ守って見せるから』


 なぜだろう。クロードは少年の言葉を聞いて、せつなくて泣きたくなった。

 夕陽が山間に沈む。青い湖面が茜色に染まって、まるで世界が燃えているようだった。


―――

――


 復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 芽吹の月(一月)三日。

 クロードは目を覚ました。どうやら毛布とテーブルで仕立てたコタツにくるまって、オレンジに似た味の棘がついた果物をむきながら眠ってしまったらしい。


「領主さま。お茶をお持ちしました」


 レアが梅干しの代替品である、アプリコットを塩漬けにして干した実入りのお茶を持ってきた。

 クロードはお茶をゆっくりと飲みほしたあと、レアの青い髪と緋色の瞳、花のようなかんばせを見つめた。


「レア」

「はい」

「……暑い」

「……はい」


 年明けは、世界が異なっても祝いの日だ。

 レーベンヒェルム領の民衆も、羊や鶏を焼いたりビールをかけあったりして、新しい年の始まりを祝った。

 クロードは寝正月を決め込もうとしたものの、領主という立場上そうは問屋がおろさず、ようやく休みが取れたのは三日になってからだった。

 彼はさっそく簡易の正月セットを組み立てて、新年気分を満喫しようとしたのだが、どうにも故郷とは勝手が違った。具体的には、ここマラヤディヴァ国は常夏の国だった。


「南国のバカヤロー!」

「去年も同じことを仰っていたではありませんか?」

「レア。お正月は、コタツにくるまってミカンを食べながら梅茶をすすって、駅伝を見るのがお約束なんだ」


 もしも演劇部の先輩たちが居れば、そりゃお前のルールだろとツッコミを入れただろうが、居ないから何も問題はない。

 隣を見ると、虎にもたぬきにも似たぬいぐるみの姿に変化したアリスが、黄金色の毛に包まれたお腹を丸出しにして、造花の冠をひっしと抱きしめて、よだれを垂らしながらもう食べられないたぬと呟いていた。

 セイはコタツを『堕落させる天魔』と呼んで自室に避難していたし、ソフィは巫女としての役目があるため、三日間外出中だ。

 レアは首を傾げつつも、クロードに告げた。


「駅伝というのはわかりませんが、昨日の障害物マラソン大会は大賑わいでした」

「うん、大賑わいで、だけど酷い事件だった……」



 昨年末に内乱が終結したレーベンヒェルム領は、領内の融和と懇親をはかるため、一月二日にマラソン大会を実施した。

 参加賞として餅を配ったり、観客も楽しめるようチェックポイントには簡単なトラップを仕掛けたりと、工夫を凝らしたのだが――目玉はなんといっても、優勝者に与えられる副賞だろう。

 なんと、セイと一緒にご飯を食べられる御食事券。彼女自身は、こういった偶像化こそが内乱を呼んだのだとおおいに渋ったものの、参謀本部に押し切られて了承せざるを得なくなった。

 とはいえ、セイも黙って受け入れたわけではない。条件としてアリス・ヤツフサの大会参加を認めさせたのだ。


「追いかけっこなら負けないたぬー」

「我が策なれり!」


 こうして二人の企み通り、アリスは人型であっても猛然たる速度で後続の参加者を引き離して、第一チェックポイントに到達した。

 案内人は、水差しを渡しつつ、黒板とチョークをアリスに手渡した。


「アリス様。お待ちしていました。それでは第一問、カルス村の特産品は何でしょうか?」

「た、たぬー? な、なんで問題が出てくるたぬ!?」

「セイ様から、兵士つわものたるもの文武両道は当然。足の速さや持久力だけでなく、知識も競うべきだと勧められました。地理が苦手なら、他に数学、科学、古典など様々な分野のクイズを用意しています」

「セイちゃんのアホたぬー!」


 その頃、セイはスタッフ待合所で天を仰ぎながら『策士策に溺れるとはこのことか』と絶叫していたが、もはや後の祭りである。


「クロードから聞いた、おいしいカレーの作り方を教えるから、見逃すたぬ!」

「それはいけません。また申し上げにくいのですが、カレーに納豆や梅干しを入れるのは、キワモノのたぐいかと思われます」

「クロードのバカたぬー!」


 十箇所のチェックポイントには、クイズ出題所以外にも、ロッククライミング、丸太渡り、揚げパン早食いなどといったアリスが得意とする分野も用意されていたのだが、半数はある程度の知識が要求された。正解するまで問題はチェンジできるものの、貴重な時間は刻一刻と過ぎてゆく。

 結局、アリスはクイズを解くために大幅に時間を浪費してしまい、健闘こそしたものの四位に終わってしまった。


「いじわるたぬー。あんまりたぬー」

「アリスはよく頑張ったよ。ほら、僕からプレゼント」


 そう言って、クロードが手渡したのが、大会の待ち時間中に布の切れはしや金属片を使ってつくりあげた造花の冠だった。

 めそめそと泣いていたアリスは、まるで嵐が去った後の青空のように朗らかに笑って、冠を受け取った。


「クロード大好きたぬぅ!」


 そして、優勝者は、――驚くべきことに負傷を押して大会に参加したイヌヴェだった。


「わ、わが忠義の証として、この食事チケットを我が女神たるセイ司令に捧げます。どうか想い人と一緒に良き時間をお過ごしください」


 涙をボロボロ流しながら勝ち取った御食事券を渡すイヌヴェに、セイは微笑んだ。


「そうだな。私が共に食事をしたいのは、イヌヴェ、お前とサムエルと、先の戦いで負傷したすべての者だ」

「セイ様!」


 同席していたレアが止めようとするが、わずかに遅かった。


「このチケットは確かに受け取った。皆で食事を取るとしよう」


 言うまでもないが、先の内戦で負傷した者は、千人や二千人ですまないのだ。あれよあれよと話が大きくなって、いつの間にやらコンサートにまで話が拡大していた。


「なんでだー!?」

「セイって軍事以外はわりとノリでやらかすよね……」



 昨日は、そんなことがあったのだ。

 セイが今日、部屋に引きこもっているのは、案外不貞寝しているからかもしれない。


「領主さま。もうすぐ出立のお時間です。ソフィさんがお待ちです」

「神事への参加だっけ。わかった、場所は――」

「ドーネ河近郊の、グリタヘイズの湖を見下ろす高台の神殿です」

「湖……。あ、うん、そうだった」


 クロードは湖という単語にいくらかの戸惑いを覚えたものの、そういえばソフィは”湖と竜を奉る”祖霊信仰の巫女だったと思い直して、外出の準備を始めた。

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◆上野文より、新作の連載始めました。
『カクリヨの鬼退治』

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