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七つの鍵の物語【悪徳貴族】~ぼっちな僕の異世界領地改革~  作者: 上野文
第二部/第八章 悪徳貴族と政略結婚?
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第113話 悪徳貴族と切り札

113


 レアが張った半透明な防御障壁は ミズキが撃ち放った弾丸の直撃を受け、鈍い音を立ててたわんだ。

 襲撃者達は我先にとマスケット銃の引き金を一斉に引いて、クロードたちの周囲に鉛玉が雨あられと着弾する。


「棟梁殿。前方、一二時方向にミズキ隊三〇人距離七〇メルカ。三時は海で敵影なし、六時にミーナ隊三〇人距離一五〇m、九時方向に森チョーカー隊三〇人以上距離二〇〇mだ。どうする?」


 セイの報告を受けて、クロードは即座に脳内で戦場を組み上げた。

 まず北の海は、無人だが逃げても三方から包囲されるだけで展望がない。

 次に南の森は、弾を避けるのに適しているが、アンドルー・チョーカーによって罠を仕掛けられている可能性が高い。

 西の街道は、領主館へと続いている。ミズキ隊を突破して逃げ込めば、援軍が来るまで耐え忍ぶことも容易いだろう。問題は、ミズキがいる以上無傷で突破すること自体が困難なことだ。

 東の街道は、羊族サテュロスのミーナを名乗る異世界人によって阻まれている。だが、ここを突破すれば、領警察や領軍を呼び込むことが出来るだろう。


「皆、6時方向ミーナ隊を突破する。前衛は僕とアリス、中衛はソフィ……」


 そこでクロードは躊躇ちゅうちょした。ミーナ隊を無力化するまでの間、誰かが殿軍しんがりを務めなければならない。それは、命を失いかねない役目だろう。かといって切り込み役を担えば、やはり銃弾を浴びることになる。ファヴニルの力を使うべきか、思考が一瞬停止する。


「い、いまのはなしでっ。え、と」

「領主さま。私はここで障壁を張り続けます。退路をお願いします」

「棟梁殿、落ち付け。こんなものは窮地でもなんでもない。後衛、援護は私がつとめる。レア殿、弓を用意してくれ」

「はい。鋳造――雷上動らいじょうどう。重ねて連続鋳造――矢」


 セイはレアから手渡された弓の弦を弾き、雷鳴にも似た高く重い音に口元を緩ませ、白い歯を見せた。


「良き弦音だ。これでも武門の出だ。太刀ほどではないが、弓馬の道には覚えがある。使いこなしてみせるさ。しかし、微妙に手元が狂うのはどうしたことだ?」

「クロードの背中に居たから気付かなかったぬ。ふわふわするたぬぅ」


 地面に降りたアリスだが、彼女の白い顔や二の腕はまるで熟れたホオズキのように真っ赤で、足元も微妙に定まっていなかった。

 程度こそ違え、顔が紅潮しているのはセイやレアも同じだ。ソフィは若干目元が染まった程度で、クロードも自身の手を見ると妙に赤かった。


「さっきレアが言ってたっけ? アルコールがどうとかって。ひょっとしてアレが原因か?」


 クロードは、ミーナを指差した。遠目からは頭髪だか体毛だか判然としないもこもこの毛皮を衣服に押しこんだ有角の少女は、腰の皮袋から薄い葡萄色の霧をモヤモヤと立ち昇らせていた。霧は煙のように空へと舞い、あるいはドライアイスのように地を這いながら周囲一帯に拡散してゆく。


「おそらくは。そして……」


 レアの言葉は、銃声すら上回るチョーカー隊長の笑い声によって遮られた。


「ふはははっ。驚いたか? 冥途の土産に教えてやろう。ミーナ嬢のワインは、酔わせることで人間の肉体に干渉する力があるのだよ。そこに小生の第六位級契約神器ルーンホイッスル”人形使役”が加われば、味方は強力招来、敵は運動失調、まさに勝利間違いなし。聞け、小生が奏でる天上の音色をっ。我が無双の戦術の前に朽ち果てるが良い!」


 クロードは、記憶の底から元の世界の伝承を引っ張り出した。たしか、源頼光による大江山の鬼退治に似た逸話があったはずだ。頼光一行は、人には加護を与え鬼には毒となる酒を石清水八幡宮や熊野大社の神々より授かって、名高き酒呑童子を討ち果たす。しかし――アンドルー・チョーカーは神仏の加護を得たわけではない。


「第六位級契約神器は、およそ魔術師一〇人分の力を契約者に与える。この場にいるのは、僕たちを含めておよそ一〇〇人。ならばいける。ソフィ、頼んだっ」

「おまかせだよっ」


 ソフィが、腰からショートソードを引き抜いて剣舞を踊る。彼女は巫女の家系だ。解呪と祝福はまさに一八番おはこだ。クロードたちを苦しめていた酒毒がやわらぐ。


「アリス、付いてこい。鮮血兜鎧ブラッドアーマー起動」

「たぬったぬう!」


 注意すべき点として、日本において、鉄砲隊は騎馬隊の天敵と認識されることが多い。

 それほどに、戦国最強の名を欲しいままにした武田家の騎馬隊は強く、長篠の戦いで彼らを打ち破った織田鉄砲隊の戦果は天下に鳴り響いた。

 が、西洋においては逆である。まずマスケット銃の有効射程がおよそ五〇mから八〇mしかなく、一分間に二発程度しか発射できなかった。更には命中精度も日本に伝来したのち、独自の改良を施されたものより低かった。

 つまり、平地戦においては一斉射撃後、次弾を装填する前に騎馬隊の突撃を受けるのだ。たとえ徒歩だったとしても、一般的な高校生の一〇〇m走の平均タイムはおよそ一五秒未満である。多少の武装を背負ったとしても、二射目、三射目までには充分到達できる。

 そうであればこそ、対策として槍兵を組み合わせたテルシオのような戦闘陣形が生まれ、やがて銃剣の誕生にも繋がった。しかし、銃という武器を得たばかりの七鍵世界では、そういった発想そのものが未だレーベンヒェルム領以外には存在しない。


雷切らいきりよ」


 クロードは、右手の打刀から雷のカーテンを生み出して弾丸を叩き落とし、アリスと共に石畳の街道を駆けた。

 ミーナ隊から放たれた銃弾は大半が焼きつくされ、数発がクロードをかすめるも、身体を覆う赤い粘液によって無力化された。アリスは弾道を完全に見切って、当たることさえなかった。


「エステルちゃんの為に負けられません。このアウロスで」


 ミーナは何か切り札を出そうとしたか、腰からオーボエに似た木管楽器を抜きだした。


「悪いがやらせんよ」


 しかし、セイが射た矢に弾き飛ばされて、目の前では黒虎へと変化したアリスが今まさに飛びつこうとしていた。


「たぬったぬう♪」

「たぬきじゃなくて、虎、だったんですか? 嘘つきいいいっ」


 アリスはミーナにじゃれついて、哀れにも失神させてしまった。

 その後も、クロードが刀身に電撃をまとわせて麻痺させ、アリスが肉球でパンチし、セイが手足を射ぬいて、ミーナ隊の兵士が壊滅するまで3分とかからなかった。


「ミーナ嬢!? 全員抜剣。くそっ。わけのわからぬおもちゃなどに頼ったのが間違いだった。これより接近して悪徳貴族の首を取り、友軍を救出する。魔術師は支援せよ」


 チョーカーは、銃撃戦ではらちがあかぬと即座に作戦を切り替えた。

 その決断力は、彼のある意味で非凡な才能を裏付けていたのだが、今回ばかりは相手が悪かった。


「いかせないよ」


 彼らの進路には、仁王立ちしたソフィが、刃だけでも一mはあろう大薙刀を手に立ちはだかっていた。

 あるいは、それこそマスケット銃を携帯していれば違っていたかもしれない。

 しかし、狭い森中の戦闘を見越して丈の短い片手剣しかもたなかったチョーカー隊の兵士たちは、彼女の踊るような槍捌きと長大なリーチによって足止めされてしまう。


「まだだっ。魔法班、撃てい」

「悪いがそれも、予測済みだ。火車切かしゃぎりっ」


 クロードの左手の脇差しから焔がほとばしり、森から射出された氷の槍や風の刃を焼き払った。

 そのまま、彼はソフィやアリスと肩を並べて一人倒し二人倒し、ついにはチョーカー隊長ひとりになった。


「降伏しろ。アンドルー・チョーカー」

「冗談ではない。ミーナ嬢はな、この小生に頼んだのだよ。助けてくれ――と。ゴルト・トイフェルには路傍ろぼうの石がごとく扱われ、レベッカ・エングホルムにも見限られたこの小生に! ダヴィッド・リードホルムにも正義はないだろう。しかしお前のような鬼畜外道のロリコンに、ミーナ嬢を、エステル姫を、このマラヤディヴァ国を好きにはさせん。我が剣にて未来をひらく。とおうりゃああっ」


 アンドルー・チョーカーの大上段からの切りおろしは、特別に優れた速さや技があったわけではなかった。

 それでも、クロードは迷いのない剣筋だと、そう感じた。しかし。


「ひとつ言っておく。僕はロリコンじゃない。あとお前のような色惚けに鬼畜とか言われたくないっ」

「ぎゃふん」


 クロードは、雷切を一閃させてチョーカー隊長を気絶させた。


「レア、無事か。え――」


 彼が後方を振り向いた瞬間、耳をつんざく轟音が周囲一帯を震撼しんかんさせた。


 

 レアが投じたはたきを触媒に生み出した防御障壁は、クロードたちが走り出すと同時に砕けて散った。

 マスケット銃は射程に劣り、命中精度も低い。しかし、威力だけならば、人間ひとりを殺めるに十分すぎる。

 当たらないはずのマスケット銃を百発百中で当て、兵士たちが装弾する銃を次々と手にして放つミズキの存在は脅威以外の何物でもなかった。


「鋳造――楠木之垣盾くすのきのかきだて


 レアが大きく腕を横に振り、彼女の足元を光の帯が覆う。

 作りだされたものは、連結可能な一枚盾を千に連ねた即席の城壁だ。


「これは、時代に抗ったせんしの誇り、其の象徴。破れると思わないでください」

「戦士の誇り、その象徴? こいつは傑作だ。そんな時代は終わる。他ならない貴方たちの大将が、クロードさんが終わらせる。泡のように幻のように!」


 ミズキの槍のような指摘が、レアの耳朶じだに突き刺さった。

 彼女は知っている。クロードが歩んできた道が、そういうものであることを。

 天下無双の英雄ではなく、絶対無比の邪竜ではなく、人々が集い力を合わせて苦難を乗り越える道を彼は示した。

 今は小さな芽生えに過ぎなくとも、志は受け継がれるだろう。やがて大樹となり花を咲かせるかはわからない。しかし、レーベンヒェルム領を氷漬けにしていた停滞は、彼によって解き放たれた。


「たとえ今という時間が夢のように消えるとしても、私はあのひとを信じて寄り添うだけ……」

「は、あのひと、ねえ。それって本当にクロードさんのこと?」

「え?」


 レアは、先ほどミズキが告げた言葉を思い出した。

 だから、ここであたしも見極める――だ。

 彼女が見極めようとしているのは、ひょっとしてクロードではなく、レアだったのか。


「レアさん。あたしはあんたが信用できない。探した、探った、あらゆる記録を追っかけた。ソフィちゃんの裏はすぐ取れたし、アリスちゃんとセイちゃんは妹のイスカが異界からの転移を確認してる。無いんだよ、レーベンヒェルム領以外に、あんたが居た痕跡が。それだけの魔術を行使して、一流の仕事をこなすあんたの記録がどこにもない。こんな馬鹿なことがあるもんか! あんたはたぶん毒虫だ。あの邪竜ファヴニルが仕込んだ獅子身中しししんちゅうむし埋伏まいふくの毒だ」


 蝶が羽ばたくように、ミズキの袖口から鋼糸があふれ出た。マスケット銃が糸にからめとられて中空を舞い、魔術によって固定される。百の銃で千の盾を穿つことこそ、彼女の狙いだ。


「クロードさんの恨みや憎しみはあたしが背負ってやる。だから、あんたはここで往生しなっ」


 銃声が爆発した。

 垣盾は、えぐられて千々に吹き飛び大半が消し飛んだ。それでも、わずか数枚、穴だらけの板きれがレアを守って風に吹かれていた。


「これが、ラストショット」


 ミズキがレアに見せつけるように、銃弾を装填そうてんした。

 いかなる理由で流出したものか、それは厳重に管理されていたはずの、レーベンヒェルム領軍の切り札だ。オーニータウンにて、ゴルト・トイフェルを退散させ、山賊軍を討ち破った立て役者。クロードが直々に魔法をこめて作り上げた空間破砕弾だった。


「あ」

「よせ、よすんだ。やめろぉおおおっ」

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◆上野文より、新作の連載始めました。
『カクリヨの鬼退治』

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