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七つの鍵の物語【悪徳貴族】~ぼっちな僕の異世界領地改革~  作者: 上野文
第二部/第八章 悪徳貴族と政略結婚?
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第112話 悪徳貴族と招かれざる刺客

112


 復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年 晩樹の月(一二月)七日夕刻。

 クロードたち一行は、馬車をブリギッタに貸し出した後、役所で彼女たちと別れて徒歩で領主館へと向かった。

 会議に疲れたのか、アリスは省エネルギーモードである小さな子供の姿に変わり、うとうとと居眠りをしてクロードの背におぶわれていた。

 まるで血のように赤い夕陽の残光に照らされて、ひとつにくくった薄墨色の髪が銀色に映えたセイが、隣を歩く想い人の背で眠りこける友を見て羨ましそうに目を細めた。

 彼女は、振り払うように一度唇を結び、花が開くようにほころばせて言葉をつむいだ。


「棟梁殿、もう少し御身を大事にしてくれ。緋色革命軍マラヤ・エカルラートとの戦況が膠着こうちゃく状態になったせいか、共和国やアメリア、妖精大陸の使いを詐称する山師どもが軍政へ移行すべしと煽っている」


 クロードは痛いところを突かれたか、アリスをおぶってやや猫背になった姿勢を一瞬だけ伸ばして、わざとらしく咳払いをした。


「セイだって、注意しなよ。君に二心有りなんてデタラメを書いた怪文書は、百や二百じゃすまないんだから」

「お互い引く手あまたのようで結構結構」


 クロードとセイはひとしきり笑ったあと、盛大にため息を吐いた。


「ごめん、注意する」

「私も、勝ちすぎたやもしれん。ソフィ殿を見習うべきだった。どうも悪目立ちしているようだ」

「え、わたし?」


 ソフィは、新規に設立されたファヴニル対策機関の責任者に任命されるまで、レーベンヒェルム領の心臓部とも言える新式農園の監理官を務めていた。更にはクロードの執事として政務を受け付け、幼馴染みたちがいる各部署への差配を代行することも多かった。

 事実上、日本国政府で言うところの内閣官房長官に近いポストに居るのである。しかしながら、彼女に私心がないせいか、あるいはクロードの傍らに侍女たるレアがいたせいか、妙に影が薄いのだ。


「ソフィは、セイに負けないくらい頑張ってくれたってことさ」

「か、かいかぶりだよ。でも、えへへ……」


 南の森を背後に、林檎のごとく頬を赤く染めるソフィの横顔を見つめながら、クロードは胸の内でざわめく怒りを抑えつけた。怪しげな輩に讒言ざんげんされているのは、セイだけではない。ソフィや、アリス、レアも悪しざまに罵倒されていた。


(九郎判官の悲劇だけは避けないと……)


 平安時代末期に平家打倒の立て役者となった源義経。彼の悲劇は、強すぎたことだ。

 古今無双の軍才で前人未到の勝利を重ねた英雄だが、ただ一人で絶大な戦果を上げ続ければ、世人に妬まれもするし憎まれもする。

 セイもまたオーニータウン、ボルガ湾、ドーネ河とたてつづけに大勝を重ねている。表向きは別人が将を務めたことになっているとはいえ、クロード自身はベナクレー丘で大敗しているため、彼女の立場をより複雑なものとしていた。


「棟梁殿。次の戦は、名誉挽回の機会も兼ねて、アンセルを大将格にヨアヒムを参謀長に復帰させるのがいいだろう」

「隊長格の三人はどうだい? 彼らも声望を集めているようだけど」

「イヌヴェは、機動隊を任せた際の攻撃力が素晴らしい。サムエルは粘り強い守備が特徴だな。キジーは撹乱や遊撃工作に長けている。得意分野に合わせて大将を変えれば面白い指揮を執るかもしれないが、……彼らは私とのつきあいが長いから」

「セイの功績と受け止められる可能性がある、か」


 こういった人間の悪意を煮詰めたような流言飛語や離間工作に対処するのは、クロードたちにとって、ある意味戦場で実際に刃を交える以上に骨が折れた。

 公安情報部長のハサネなどは、『政治派閥間の対立や、地域間の対立、企業間の対立を煽って国家や領の弱体化を図るのは、西部連邦人民共和国やナラール、ナロール国の得意手段ですね。もっとも、面白いのは、ほかならぬ彼ら自身が内部対立で血みどろのぐちゃぐちゃになっていることです。相手の意図を知った上で泰然と構えていれば、さほど恐れることはありませんよ』と言ってのけたが、そんなに甘いものでもないだろう。


「外国や彼らの走狗の楽園使徒アパスルだけじゃなくて、緋色革命軍も工作を仕掛けて来ているふしがあるんだ。ゴルト・トイフェルって将軍は、意外にまめな男なのか?」

「オーニータウンでは散々振り回されたんだ。豪快な見かけとは裏腹に繊細な男だと思うが、少し似合わない気もする」

「ええっと、レベッカちゃんじゃないかな?」

「それだっ」


 愁いをおびて眉を寄せたソフィの言葉に、クロードは思わず首を大きく前に振っていた。その勢いで目を覚ましたのか、アリスがたぬ? と声をあげて、滑り落ちないよう慌てて背中にしがみついた。

 セイもまたはたとばかりに手を打って、因縁深いゴルトを思い返すように道の外れ、北の海辺へと視線を投げた。


「確かにゴルトなら、工作だけというのはどうにもしまらない。あくまで間接的な手段は囮で、直接的な攻撃を加えて来そうなんだ」

「海を越えて暗殺者でも送ってくるとか? 避難民への対策で厳重に警戒しているし、警察官の巡回だって増員してるんだ。大丈夫大丈夫……」


 そうクロードが笑い飛ばそうとした時、無言でやや後ろを歩いていたレアが大量のはたきを宙に投げた。


「皆様、伏せてください!」

「うそだろっ」

「たぬぬうっ」


 領主館へ続く道の前方、白いマズルフラッシュが夕闇を切り裂いた。マスケット銃の弾丸が次々と飛来して、はたきを触媒に構築された防御結界に着弾した。


「こうまで接近を許すとはっ!?」

「思い返せば、役所からここまで人通りが全く無かった。なぜ僕たちは異常に気付かなかった……?」

「空気中に低濃度の酒精を確認。更には、契約神器の干渉です。アルコールに接触した者は認識が阻害されるようです」


 銃撃は前方だけでなく、後方からも飛んできた。クロードはとっさに足先で魔術文字を刻み、地面を隆起させて盾にするも、退くも地獄進むも地獄という挟みうちの状態に追い込まれた。


「実際、この領の警戒網は厳重だったよ。避難民に紛れて入りこんだまではいいものの、あたし達以外は全員とっ捕まった。おかげで良い迷彩になったんだけどね。はじめまして、クロード・コトリアソビさん。イスカが世話になったようだね。あいつの姉貴分のミズキだ」


 領主館側の道を占拠した部隊から、薄桃色がかった金髪の少女が、年齢にしては豊かな胸を張って堂々と進み出た。


「クロードだ。ミズキさんも、ぶちょ、ニーダル・ゲレーゲンハイトを知っているのか?」

「もちろんさ、ニーダルさんには命を救われた恩がある」

「だったら退いてくれないか? こっちはニーダルを殴り飛ばす理由はあっても、イスカちゃんのお姉さんと戦う理由はない」

「それがあたしにはあるのさね。セイさんは知ってるだろうけど、あたしはルクレ領とは縁があってね。あんたを暗殺する手伝いを頼まれたのさ」

楽園使徒アパスルにか!?」

「いいえ、違います。このミーナにです!」


 クロードの誰何すいかの声を断ちきるように、領都レーフォンの中心市街へと続く道を塞いだ部隊から、雨季とはいえ暑い気候に不似合いなモコモコした外套を着込んだひとりの影が進み出た。


「エステル様は御年10歳なんです。このロリコン、鬼畜外道の悪徳貴族。私の大切な友達を守るため、ミーナが貴方を成敗します!」

「失礼たぬ。クロードはロリコンなんかじゃないたぬっ」

「その格好で何を言いますか?」


 抗議するアリスだが、今の彼女は省エネルギーモード。つまり小さな少女の姿である。クロードにひっしと抱きついた幼子が何かを言ったところで説得力なんてまるで無かった。


「た、たぬ。どうしよう、クロード。大人モードになるたぬ?」

「素っ裸になるつもりかアリス。絶対に駄目だっ。ところでお嬢さん、貴女は――」

「羊族、サテュロスのミーナです。口を開かないで、この変態!」


 太陽が沈み、月光が薄闇を照らしだす。毛皮のコートを着ていると思われた少女の影は、ぬいぐるみ状態のアリスをも越えるモコモコした毛並みの上に、装飾レースをあしらった短衣チュニックとハーフパンツ、そして大きな皮袋を身に着けていた。

 顔かたちは整った人間の少女のもので、耳も同じだったが、側頭部からおおきく丸まった角が生えている。


(サテュロスって、ギリシャとかあのへんの伝承だっけ? 北欧神話に関係ないってことは……)


 クロードが頭を抱え悩みだしたのを見かねたか、ミズキが助け船を出した。


「ミーナさんは異世界人だよ。あたしの雇い主なんだ」

「バーゲンセールかっ。いったいどれだけ異世界人が来てるんだよ!?」

「ふはは。愚かな、固定された思想、価値観にこだわるがゆえに目の前の現実を受け入れられない。まさに旧態依然きゅうたいいぜんとした貴族制度が産んだ弊害へいがいといえよう」


 男の声は、街道ではなく南の森から聞こえてきた。

 クロードは、その声に聞きおぼえがあった。その男の名前に覚えがあった。


「思考の硬直こそが衰退を招く。高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処することこそ、至高の軍略と知るがいい。同盟者たるソーン領の要請を受けて、小生、ここに推参す!」

「アンドルー・チョーカー。仲間の仇っ」


 クロードの血が燃えた。服の袖に仕込んだ木片を二振りの刀へと変化させ、森へと斬りこもうとした。だが、まさにその瞬間、ソフィが正面から飛びついた。


「クロードくん、だめっ!」

「どくんだ、ソフィ。あいつだけはっ……」


 クロードは前へと進めなかった。右手が熱い。セイが握った刀、雷切を持つ手を強く握り止めていた。


「棟梁殿、他ならない貴方が”私と同じ轍”を踏むのか? 私たちを置いてゆくのか?」

「それ、は」


 クロードの瞼の裏に、ショーコの姿がフラッシュバックした。

 彼女はなんと言った? あなたはもうひとりじゃない、だ。

 だが今の一瞬、クロードは立場を忘れ、側にいる大切な娘たちさえ見落として激情に呑まれかけた。それでは、ファヴニルの力に酩酊した夜と、いったい何が違うというのか。


「憎むべきは、拙い戦略を覆された僕自身だ。敵将を恨むのは、それこそ行き当たりばったりの八つ当たりか……。すまない、ソフィ、セイ」

「ううん、気にしないで」

「なに、棟梁殿が私達にしてくれたように、誤った時は何度だって止めよう。苦しい時は何度だって支えよう。私たちは友達だから」


 クロードは、ソフィを、セイを、アリスを、レアを見た。誰もが彼を心配そうに見つめていた。


「そうだね。僕はもう、ひとりぼっちじゃない」


 万感を込めて呟くクロードの右手を、セイは再び優しく包み込んだ。


「そして、私は棟梁殿の嫁だから……。いたいいたい、いま私いいこと言ってたぞなんで皆つねるんだっ?」

「抜けがけは許さないたぬ」

「まずは包囲を抜けましょう」

「わたしをわすれないでー」


 忘れるも何も、ソフィはまだクロードに抱きついたままだったので、アリスとレアが目をギロリと光らせた。


「ゴルトがやつらを送りこんできたとすれば、二領との間にくさびを打ち込む政治的意図だ。出来るだけ殺さずに制圧したい」


 クロードの言葉は小さくて、周囲にいる仲間達だけしか聞こえないはずだった。

 だが、不意にミズキはからからと笑い始めた。


「アハハ! やっぱりイスカの評価は正しかったね」

「イスカちゃんは、なんて言ってたんだ?

「うん? 非力だけど優しいお兄さんってさ」

「今さら隠すつもりもないさ。弱くてあまっちょろい、それが僕だ……」


 ミズキは背中に背負ったマスケット銃を構え、まるで夜空に輝く月のように晴れ晴れとした顔で告げた。


「そして、もしも敵に回すなら、パパと同じくらい強いって。あいつにとっちゃ、最上の褒め言葉だよ? あたしも姉貴も、どんな強敵だってそんな風に呼ばれたことはないんだ」

「ちょ、ま。か、かいかぶりすぎもいいところだぞ!」

「あの子の分析は当たるんだよ。だから、ここであたしも見極める」

「ハズレてる。たった今外れてるからっ」


 クロードの抗議にミズキは耳も貸さず、彼女が撃ち放った号砲と共に乱戦が始まった。

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◆上野文より、新作の連載始めました。
『カクリヨの鬼退治』

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