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七つの鍵の物語【悪徳貴族】~ぼっちな僕の異世界領地改革~  作者: 上野文
第二部/第八章 悪徳貴族と政略結婚?
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第109話 悪徳貴族と踊る会議

109


 復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年 晩樹の月(一二月)七日午前。

 普段なら和気あいあいとした朝食卓は、さながら家族裁判にも似た肌を刺す空気に満ちていた。

 窓から射しこむ光を正面から浴びたアリスは、金色の髪と黒い尻尾を逆立てて、幼く白い頬を林檎のように赤く染めて膨らませている。

 省エネルギー体型になったアリスの向かい側、逆光で薄墨色の髪が銀に染まり、顔が陰に隠れたセイが重々しく口を開いた。


「レア殿、ソフィ殿。申し開きはあるか?」

「昨夜、領主様はとてもお疲れのご様子でした。ですから少しでも癒やすことが叶えばと添い寝をしました」


 レアは、青い前髪の奥、赤い瞳に太陽の様な熱と輝きを宿してセイとアリスを順に見つめた。


「私は、メイドですから」

「……わかった」

「……納得たぬ」


 彼女の言葉には有無を言わせぬ迫力があって、セイもアリスも思わず唾を飲んで頷かざるを得なかった。

 次に、アリスがなんとなく格好をつけたいんだろうなあ、と言わんばかりに咳払いをしてソフィに尋ねた。


「ソフィちゃんは、なんでたぬ?」

「え、そのう。レアちゃんがクロード様の部屋に入ったまま出てこなくて、覗いてみたら仲良く眠っていたから、羨ましいなって布団に入りました」


 ソフィは、赤く短い前髪の下、額に手を当てて照れるようにセイとアリスへ片目をつむって見せた。


「わたしは、執事だからね」

「よし有罪」

「有罪たぬ」

「なんでぇっ?」


 今度は、間髪いれずに有罪判決がくだった。

 ソフィが手を振り回して抗議するも、問答無用とばかりに一蹴された。


「ソフィ殿は、下心が見えっぱなしだろうが」

「執事って言っても、説得力がないたぬ」

「あわわ」


 クロードは温かい料理に手をつけるでもなく、シンデレラの意地悪な母姉のように細々と言い募るセイとアリスの様子を窺っていた。

 会話が苦手な彼にだってわかる。今、下手に口を開けば火に油を注ぎかねない。慎重に慎重に、話題の転換を図らなければならない。見たところチャンスはもうすぐだった。


「このスープもそうだ。少し塩気が足りないんじゃないか。香辛料ばかりに気をとられるから、全体の秩序と調和が乱れる」

「マンゴーの漬物も、ちゃんと切れてないたぬ」

「あうう。ってあれ?」


 うっかり食事にケチをつけたのが、年貢の納め時だ。

 セイとアリスは、分が悪いと感じたか、あたふたと視線を逸らして慌てて転進を始めた。


「嫁を目指すなら料理くらいは、……あとで覚えればいいな」

「そうたぬ。クロードなら料理ができるたぬ。頑張って覚える時間はあるたぬ」

「セイちゃん、アリスちゃんも一緒に料理を覚えようよ」

「アーアーキコエナイ」

「指を包丁で切るのはもういやたぬー」


 レアの料理が上手すぎるだけで、ソフィの作る食事だって十分に魅力的だ。侍女という職業への誇りがこめられたレアの逸品同様、あるいはそれ以上におふくろの味を連想させる家庭的なソフィの味付けがクロードは好きだった。

 セイとアリスも練習はしているようなのだが、『味加減がこうこうで戦略的には正しいはずだドバシャー』『もう爪で切った方が早いたぬぅアイタッ』『……お二人とも台所を出入禁止にしますよ』といった物音がたまに聞こえてくるあたり、お察しだった。 


「領主様。お食事が進んでいませんが、どこか痛まれるのですか?」


 ふと気がつけば、レアが息がかかる距離まで顔を近づけていた。物憂げな彼女の瞳と襟元からわずかに覗く美しいうなじに、クロードは心臓を鷲づかみにされる。

 

「でしたら、及ばずながら。あーん」

「レ、レア。もう義手があるから」


 クロードが思わず開いてしまった口に、レアが箸でイモの煮つけを差し入れる。二人は至近距離で見つめあって……。


「ああっ! 騒いでいるうちに、また抜け駆けされた」

「これだからレアちゃんはソフィちゃんと違って油断ならないたぬ」

「わたしの扱いって酷くないかなあ?」


 規律に人一倍うるさかったはずのセイが大声をあげ、アリスがぬいぐるみのような獣に変化して地団太を踏み、ソフィがえぐえぐと涙を流し、レアはすまし顔で再び箸でご飯を摘まんでいる。


「みんな、そろそろ食べないと遅刻しちゃうよ。」


 クロードは精いっぱい胸を張って注意をしたが、ギャーギャーという姦しい騒ぎは終わる気配はなかった。

 残念ながら、クロードの家長としての威厳は無いに等しいようだ。


「ど、どうしてこうなった」


 幸い皆も心得ていたようで、食事の後は迅速に化粧と準備を済ませ、レーベンヒェルム領役所まで御者ボーの馬車で送られて、午前の幹部会議には支障なく間にあった。

 が、家長としての権威同様に、楽園使徒アパスルとの和平による同盟締結と、ルクレ侯爵令嬢およびソーン侯爵令嬢との結婚交渉を巡る会議では、クロードには議長としての存在感も無いようだった。

 彼の見たところ、会議参加者は以下の四グループに分かれている。


 まず、同盟締結・結婚交渉反対派。これはアンセルとヨアヒムだ。

 二人は交渉相手である楽園使徒がまったく信用ならない勢力である点を指摘し、また背後に西部連邦人民共和国がいることから、マラヤ半島の緋色革命軍マラヤ・エカルラートを討つ前に後顧こうこうれいを断つべきだと主張した。

 役所が独自に行った世論調査において二人の主張を支持するのは、レーベンヒェルム領の一般庶民たちを中心に役所職員、領軍を合わせて30%程度だった。

 

 次に同盟締結は中立だが、結婚交渉反対派。これは、セイ、アリス、ソフィ、レアだ。

 当初レアは侍女だからと完全中立を決めていたのだが、ソフィがあれこれ耳元でささやいたところ、こちらの勢力に参加した。四人は軍事的見地から、有利な条件で和平と同盟を結ぶのはいいが、感情的な側面でクロードの結婚に反対した。

 四人の主張を支持するのは、レーベンヒェルム領を練り歩くデモ隊や、彼女たちのファンクラブ、イヌヴェやロロンといった領軍将校を合わせておよそ10%だ


 更に結婚交渉は中立だが、同盟締結賛成派。これは、エリックとローズマリーだ。

 エリックは警察隊長としてレーベンヒェルム領の治安悪化を愁いていて、楽園使徒からルクレ領とソーン領を軍事手段で解放した場合、暴動と難民流入で取り返しがつかなくなるのではないかと恐れていた。

 ローズマリー・ユーツは、ユーツ侯爵家の生き残りであり遺臣団を統率する立場にあったため、緋色革命軍の圧政下にある故郷の解放を何よりも望んでいた。またメーレンブルク公爵家、グェンロック方伯家と共に緋色革命軍を挟み討ちに出来る現状を好機と捉えていた。

 彼らはレーベンヒェルム領の治安維持組織や、ユーツ領、エングホルム領からの避難民を中心に約20%の支持を得ていた。


 最後に同盟締結・結婚交渉賛成派。言うまでもなくブリギッタとハサネだ。

 ブリギッタは、建前として二正面作戦を危惧していたが、現在閉ざされているルクレ領とソーン領の通商を再開したいという富裕商人たちの意向をある程度受けているようだった。

 ハサネはもっと合理的だ。楽園使徒アパスルは共和国の意向を受けた侵略の手先に過ぎず、現状では領内の支持基盤すら確立できていない。ルクレ侯爵令嬢とソーン侯爵令嬢をめとることで大義名分を得て、彼らの統治に限界が来たまさにその瞬間、二領解放の為に進攻すれば良いというものだった。

 若干色合いが異なるものの、二人の考えはレーベンヒェルム領の豪商や高所得層、帰化人である”楽人”、平和主義者、逆に急進的なタカ派や、十賢家に対する忠誠が厚い年配層といった広範囲の共感を得て、実に40%近い支持を得ていた。


 注意すべき点として、クロードを筆頭にレーベンヒェルム領首脳陣全員が、交渉相手である楽園使徒アパスルを見限っていたことがある。

 誰もが和平と同盟を一時的なものと捉えて、”約束が履行されないこと”を確信していた。

 楽園使徒は、レーベンヒェルム領を和平交渉のテーブルにつかせるための脅しのつもりだったのだろうが、オーニータウンを皮切りに複数の破壊活動を行っていた。レーベンヒェルム領側からは、ルクレ領とソーン領に一切の攻撃を加えなかったにも関わらずである。

 つまるところ信用のできない相手、ルール無用の犯罪結社に過ぎないというのが共通認識となり、領民たちにも怒りの炎がくすぶっていた。

 それでも単純に戦闘になだれ込めば良いというものではないのが、現在のマラヤディヴァ内戦の状況であり、政治のもっとも悩ましい部分だった。


 四派にはそれぞれ言い分があり、メリットとデメリットが混在していた。ゆえに会議は踊り、遅々として進まなかった。

 朝から始まった会議が二時間を過ぎて何も決まらなかったので、クロードはいい加減業を煮やして立ち上がった。


「皆、僕の話を聞いてくれ!」


 この情勢下では時間は金よりも貴重だった。戦略が決まらなければ、職員も領軍も動けない。小田原評定おだわらひょうじょうに興じている余裕など無いのだ。

 会議参加者の視線がクロードに集中し、背中で冷や汗が流れたが、時間を浪費することで失われるだろう命の重みには変えられない。


「まずアンセルとヨアヒムは、話を蒸し返すな。交渉自体は受ける。これは先の会議で決めたことだ。だから、二人には”交渉決裂時の備え”に当たってもらってる。そして、セイ。感情論を前面に出すのは君らしくないぞ。もう少し論理的に……」


 セイという少女は、とかく秩序と倫理を重要視する。反面、その本質が焔のような情熱家であることをクロードは知っていた。彼女は戦場に立つ兵士を魅了する。自身の熱気を伝え、狂奔させることで天井知らずのエネルギーを生み出すのだ。

 だからこそ、会議の席では熱を冷まして欲しいと口を挟んだのだが――。


「棟梁殿。それは聞けない話だ。もしも、もしもだぞ。私や、アリス殿やソフィ殿、レア殿が意に沿わぬ結婚を強いられようとしたら、貴方はどうする?」

「たとえ式場に乱入しても止めるさ。一軍を率いても、いや、この身ひとつだって助けにいくよ」


 クロードは、自分の胸で燃える感情が恋なのか友情なのかわからない。それでも、彼女たちが大切な存在であることには変わりなかった。だからこそ、即答した。

 セイは柳のように整った眉を緩めて、結んでいた唇をわずかに開いて微笑んだ。


「だから、私達もそうするんだ」

「……」


 失言だった。正しいのかもしれないが、この会議場ではどうしようもなく失言だったとクロードは今さらながら気がついた。視線を宙にさまよわせて、どうせだから巻き込もうと、気落ちして項垂れた不運な生贄二人に意見を求めた。


「元参謀長。元出納長。……勝ち目はあるだろうか?」

「ちょ、オレっち達は反対派ですよ」

「ぼくも前から言いたかったんですが、出納長が戦闘を担当してるっておかしいですよね?」

「いいから。他に味方してくれそうな仲間がいないんだ」


 クロードは、もう何度目かにあたる自身の孤独ぼっちを噛みしめた。


「うわあ……」

「残業が更に増えた上にこの無茶振りか」


 ヨアヒムとアンセルは、天を仰ぎあるいは床に膝をついたものの、ひそひそと話し合って頷きあった。


「リーダー。セイ司令は、オレが知る限りレーベンヒェルム領史上最高の名将です。それでも参謀として働いたから、弱点だってわかります。司令はダイナミックな用兵を好みます。だからオーニータウンではイヌヴェ、サムエル、キジーの三隊長が活躍して、ボルガ湾海戦ではロロン提督が辣腕を振るったようです。司令が万全の戦術を駆使するためには、少なくとも一人は司令以外の前線指揮官が必要だ」

「あとは、大勝するから最小の損耗で済んでいるだけで、補給もどんぶり勘定ですよね。物資の手配に何度胃を痛めたことやら。最低で一人以上の補佐役が就かないと、部隊運用に重大な危機が生じるでしょう」

「なるほど、つまり」


 身を乗り出したクロードに、二人ははっきりと言い放った。


「前線指揮官にアリスさん、補佐役にソフィ姐さんが就くだろうから、短期決戦じゃどうしようもないですね」

「仮にどちらかが行動不能になってもレアさんなら、どっちでも代役をやれるでしょう。このメンツでクーデターを起こされたら負けますね」

「駄目じゃないか!?」


 世論調査での支持勢力こそ少ないものの、領軍におけるセイとアリスの求心力、役所におけるソフィとレアの影響力は計り知れない。彼女たち四人を同時に敵に回した時点で、レーベンヒェルム領では重篤な危機に陥るのだ。


「万が一の際は、リーダーを人質にとって、こいつの命が惜しければ投降しろと悪あがきするしかないでしょう」

「いっそ糞兄貴の下から、ゴルト・トイフェルとレベッカ・エングホルムを招へいしますか? あの二人、才能だけなら一級品ですよ」

「それって、どっちももう詰んでるよね!?」


 朝の騒動はどこへやら、セイとソフィはハイタッチを決めているし、アリスは会議に飽きたのかレアの膝上でゴロゴロしている。

 仲が良いのか悪いのか。かつての演劇部員、友人たちを思い起こす凸凹ぶりにクロードは微笑した。

 彼女たちは、きっとそれぞれが今まで得られなかった青春を謳歌おうかしているのだろう。


(それはそれとして、僕はいったいどうすればいいんだ?)


 クロードは結婚なんてまるで現実味がない。しかし、まるで歯車のように事態は容赦なく進み、政治という舞台で領主という役柄を果たせと要求する。どうしてこんなことになってしまったのか。


「一度小休止を入れよう。先方との約束期限もある。今日の会議で方針だけは決着させる」

「「はい」」


 議長席で差配しながら、クロードは心中で叫んだ。誰でもいいからヘルプミー! と。

 だが、彼は知らない。助けどころか二領から恐るべき刺客が放たれていたことを。

 多くの利害と情念が絡んだ政略結婚の恐ろしさを、クロードが己が身を以て思い知るのはもうすぐ先のことだった。

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◆上野文より、新作の連載始めました。
『カクリヨの鬼退治』

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