おふくろの味
自慢じゃないが、俺の母親は料理が上手い。和洋中、その他もろもろなんでもござれだ。
外食なんてほとんど行くことはない。家で十分美味しいものが食べられるのだから、正直言って興味がない。
「どこかレストランで働いてたの?」
と聞いてみたことがある。母は言った。
「昔は全然料理なんてできなかったんだけど、結婚してこの家に来たとき、お義母さんに鍛えられたのよ」
と言って笑った。
おばあちゃんも料理が上手かったのだろう。きっと厳しい特訓を受けたに違いない。
朝食を終えて仕事に出ようとするとき、必ず母が言う台詞がある。
「帰るときは必ずメールするのよ。すぐに温かいご飯を食べたいでしょう?」
そんな心遣いを、俺はとても嬉しく思っている。
小さなころから、昼寝をしている間に、学校や遊びに行っている間に、母はいつでも料理の下ごしらえを済ませていてくれた。
今は忙しいからあとで、とあまり言われたことがないのは、母が俺と向き合って接する時間を作ろうと、そうやって努力していてくれたお陰だと思う。
父親は何も言わないが、こんな母を妻にできて幸せだろう。
そして俺もつい先日結婚した。真美という、母に似た美人だ。
彼女は愛嬌もあってとてもいい女だ。だが残念なことに、料理は下手だ。それも、かなり。
だが母はまったく気にする様子もなく、笑顔でこう答えた。
「私がちゃんと教えるから、大丈夫よ!」
後でその言葉を真美に伝えると、少し緊張したようだった。
母がおばあちゃんの特訓を受けたという話は事前にしてあったので、身構えてしまったのだろう。俺自身も彼女の料理下手はよくよくわかっていたので、正直なところ心配だった。
だが真美は、俺に心配をかけないためなのか、挑むような目で言った。
「がんばってお母さんの料理をマスターするからね!」
それから。
確かに真美は結婚して一週間もたたないうちに母の味をマスターするほどになっていた。
どういう教え方をしたら、こんなに突然料理が上手くなるんだろう?
俺は俺のために頑張ってくれた真美のことがますます好きになった。そして、母が教え上手なことに驚いた。余裕綽々で大丈夫と言っただけのことはある。
ある日、残業もなく出先から直帰となった日のこと。帰宅途中にすっかりメールをし忘れたことに気がついた。
うっかりしたなーと思って携帯を開いたが、ふとそこで悪戯心が芽生える。
いったいどんな特訓をしているのか、こっそり覗いてみよう。妻の料理する姿も見てみたいことだし。
きっと今は料理の下ごしらえをしている頃だろう、厳しい特訓を受けて頑張っているに違いない。
でも急にあんなに美味しいものが出来るなんて、実は母が代わりに作ってるってことはないよな?
玄関の扉をそっと開き、足音を立てずに家に入る。
気づかれないようにそっとキッチンを覗いてみると……
まな板や包丁はどこにも見当たらない。そのかわり、なにやら母と真美がテーブルに箱や袋をいくつか出している。
「真美さん、ビーフストロガノフは○△館のものじゃないとダメよ。それと、このパックご飯のレンジ加熱時間は間違えないようにね。サラダはお皿にあけるだけと思わず、ちゃんと見栄えのいいように盛り付けて……」
ガスコンロにはぐらぐら煮え立つ湯の大鍋が。
……まさか、俺のお袋の味って……
まさにお「袋」の味、なんちゃって。
ありがちすぎてすみません。