29、夏流し(3)
風の宮からは明るい広場がよく見えた。
みんな、とても楽しそうに賑やかに、騒いでいた。アンソクは想像していた。もし、ヨウシンやコウの魂が巡って誰かの中に宿っていたとしたら、きっと喜んだんじゃないかと。
アンソクは一人風の宮を見上げるホヲスケを振り返った。
たとえ神様のお使いだったとしても、やっぱり怖いとか、そんな風に思うことはなくて。
「ホヲスケは……」
「うん」
「その、これからもずっと、村に居てくれる?」
「……うん?」
事実としてのヨウシン伝説を話し終えて、それからしばらく二人とも余韻に浸って、ようやく話しかけたのだが、ホヲスケは鳩が豆鉄砲を食ったような顔で聞き返してくる。
極めてまじめに切り出したつもりだったアンソクは、何かおかしなことを言ったのかと逆におどおどした。
「え? え、ええっと、ごめん! え? でも、うん、もし仮の姿なんだったら、ホヲスケいなくなったらやだなって思ったから、その!」
「いや……これは、仮の姿じゃないよ。大人になるにつれて大まかな記憶は戻ってきてるけど、正式に人間として生まれたわけだから。死ぬまでは主の下には戻れない。今はほんの少し風の声が聞こえたり、風足の使い方を覚えているくらい」
「そ、そっか! じゃあ、ずっとみんなでいられるね」
アンソクはほっとしてにこにこ笑った。
ホヲスケは思わず苦笑する。久しぶりにあの過去を口にして、改めて気持ちが高ぶっていたのに、もう笑うことが出来る。人間が好きだったヨウシンの気持ちが今更分かった気がした。
「つくづく、人間は妙だね」
「み、みょう?」
「だって、衝撃の事実という奴を話して、色々と言いたい事はあるだろうに、一番初めに聞くのが人の心配とは」
てっきり貶されたのかと思って落ち込んでいたアンソクは、その理由を聞いてきょとんとする。
そして、いつもの人のいい笑顔を取り戻す。
「そっか。それなら、妙でもいいよ!」
「え?」
「誰かを大事に思いたいから」
ホヲスケはちょっとまじまじと見つめすぎたかもしれない。アンソクは夜目にも分かるほど顔を赤らめて混乱しだす。
「わー! ぼ、ぼくが偉そうに言えることじゃないけどっ、ごめんなざイーー!」
「ヨウシン」
ホヲスケが短く呟くと、アンソクはぴたりと騒ぐのを止めた。
わかっていた。そうじゃないのだ。幻を追い求めていて、その片鱗を無理矢理見出そうとしているだけなのだ。アンソクはヨウシンではないし、彼はもうどこにもいない。だから、神の力の名残で残ってしまった悲劇の運命を自分は消そうとしている。
せめてもの償いとして。
アンソクが何か言う前に、ホヲスケは口を開いた。
「俺が生まれ変わったということは、ヨウシンの残した運命が近いうちに巡るという意味だ。そのときは、絶対に止めなければいけない。特に、アンソク」
「う、え?」
「ヒヲが好きだろう?」
「びゃっ!! え、ええっとそれはそうで──」
遮る。迷わないように、告げる。
「コウの運命を引き継いだのはおそらくヒヲだ」
「!」
「だから、いつかヒヲがこの村を離れなければならないときが来るかもしれない。そのときは、止めるんだよ。攫われたせいもあってヒヲはこの村を愛している。どこへも行きたくないと思っている。ここを離れれば生きてゆけないだろう。それを、決して、忘れないでほしい」
いつも優しく、マイペースで努力家で、強い意志を合わせ持つ小さな美人。
泣き虫で弱いアンソクにも呆れることも見限ることもなくて、自分が辛くても小さな頃から支えになってくれて、憧れて、守りたいと、思った。ヒヲを守りたい。あの襲撃の夜何も出来なかったから、もっと小さな頃も助けになれなかったから、今度は力になりたい。追いついて、手を引いて、安心して笑える所まで連れて行ってあげたい。
「うん……! 約束する」
アンソクは決意が伝わるように、しっかりと頷いた。
ホヲスケはそれを見て、安堵したようだった。口元を緩めて小さく頷き返し、長い石段の方へ足を向けた。
「さあ。そろそろ戻ろう。誰かが探しているかもしれない」
祭りの浮き立つ夜の匂いと、夏の優しい風が辺りを包んでいた。
アンソクは階段を降りかけて、足を止め、不意に呼びかけた。
「ホヲヅキ!」
もう何段か先を降りていた後姿が、はじかれたように振り返る。
アンソクは出来るだけ落ち着いて見えるように、笑ってみせた。
「ありがとう。ずっと、心配してくれて」
夏を流す暖かい灯。
彼は一瞬懐かしむように瞬きをして、すぐになんでもなかったように階段の続きを降り始めた。
似てないよと、呆れたように笑って。
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