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乱!
作:ハト



22、闇芝居(2)


 そんな非常事態でも、経験を積んだ護衛はとっさに判断を下していた。低い声で短く、
「三階だ」
 そう、この際もう手順も何もない。見つかってしまった以上、一刻も早くフジや人質のところへ行ったほうがきっとよかった。
 アンソクはかろうじて謝罪を飲み込んでうるさい動悸に耳を塞ぎ、トンボウが縄を投げ、引っかかったそれを足場に上へ上るのを真似する。
 閉ざされた三階・寝室の木の窓を破壊する勢いで二人でこじ開け、
「よせ! 来るなっ!」
 フジの悲鳴が聞こえたのは同時だった。
 目の前に刀をかまえた盗賊が待ち構えていて、アンソクにそれを振り下ろそうとしていた。逃げる、とか、判断できるほどじゃなかった。けれど斬られる前に、どんと背中を強く押されて、アンソクはくぐるように男の懐に飛び込む形になっていた。
 トンボウ……!
 恐怖の隅に意地と祈りを見つけ、アンソクは無我夢中、そのまま体重をかけて体当たりする。トンボウはおそらく賭ける、というよりは信じてくれたから背を押したのだ。
 思いが通じたのか、盗賊はバランスを崩して背中から倒れてうめく。トンボウは抜け目なく刃を奪い取るが、その間に別の男が人質の少女の首に腕を回していた。
「動くんじゃねえ、こいつを殺すぞ!」
「っ……」
 どうしようもなかった。彼女らを救いに来たのだから、傷つけては意味がなかった。だからといって従ったとしても救われないのに。
 わからない。
 アンソクは組み敷いた賊に突き飛ばされながら、判断を鈍らせる。でも、一人ではなかった。場の流れが完全に堕ちてしまう前に、フジが堂々と声を上げて注意を逸らしてくれていた。
「待て、かわりに人質にしろ」
「やかましい!」
「後悔するぞ。彼女は気が弱いんだ」
「なんだと?」
 確かにフジが忠告した通り、急に掴みあげられた少女は震えながら今にも気を失いそうな顔をしている。それはそれで足手まといになりかねない。
 フジの台詞に怒りを爆発させそうな背の高い盗賊は、苛々と少女の首から腕をはずし、
「あ!?」
 その瞬間、色々な出来事が同時に発生した。
 手を縛られていたはずの少女がその縄を振りほどいて盗賊の手元から逃げ出す。母親の方も同じようにしてアンソクとトンボウ達の下へ逃れる。フジだけはその場で拘束を捨てると共に、長身の男の足を思い切り掴んで床に引きずり倒していた。
「──フジっ!」
 最も危機的状況にある仲間の元にアンソクは走る。
 深く考えていなかったけれど、起き上がろうとしていた長身の男は僅かにこちらを向く。フジがその隙に男の刀を奪いにかかる。だが簡単にはいかず、膂力の違いが小柄なフジを不利にした。しかもフジは何度か痛めつけられていたから余計に。
 アンソクは転がっていた寝具の布を掴んで、盗賊の頭から被せるようにして視界を遮った。蹴られたフジが痛みを堪えるように顔をしかめながら、それでも鞘ごと刀を奪ってアンソクの方へ倒れこむ。
「大丈夫!?」
 慌てて支える間にも、トンボウは先にアンソクへ切りかかった盗賊と相対してそれを打ちのめしている。
「……、いいから、守れ」
 フジは自らアンソクを振り払い、奪った刀を手渡した。重い刃。こわい、いやだと思いながらも手が反射的に受け取る。トンボウは少し間に合わないだろうと思ったし、誰かがそうしなければならないなら自分がそうしたかった。何も出来ない自分を、見すぎてしまったと思う。
 布を振り払った盗賊が飛び掛るように襲い掛かってきた。
 アンソクは思いっきり、その顔面に向かって、受け取った刀を放り投げていた。
 それも鞘ごと。
「……はい?」
 フジの呆れた声を背後に聞きながら、仕方ないじゃないかと泣きそうになる。たぶん、だって、剣術の心得のない自分は重い刃を振り回すことすら満足に出来ないだろうし。それならちょっとでも時間を稼いだ方が確実じゃないのか。
 長身の盗賊が怯んだ隙に、腰の辺りに突っ込む。倒れてくれなかったが、それでも食い止めようとほとんど抱きつく形になる。男は引き剥がそうとアンソクの髪を掴み、頭を殴ってくる。力が抜けそうになったその刹那、ようやく、期待した声を聞くことができた。
「離れろィ!」
 自らそうするまでもない。
 真横から、爽快なほど勢いよく、トンボウの右手が長身の盗賊の頬を殴り飛ばしていた。
「ぐがっ……」
 一緒に吹っ飛びそうになるアンソクの衣をトンボウが掴んで引き止める。すぐには立ち上がることが出来ない賊を見ながら、やっと、皆の表情にも安堵が浮かんでいた。
 それなのに。
 背筋が凍りつく。
 いくつかの乱暴な足音が部屋の外からこちらへ向かってくるのが聞こえたのだから。
「ハハッ……」
 長身の盗賊が、倒れたまま醜怪で勝ち誇った笑いを浮かべた。いくらトンボウでも、風足の使えない部屋の中、人質を守って何人もを相手にするのは無理だろう。自分もフジも、出来ることは少ないだろう。
 アンソクは焦燥と緊張を抑えきれずに、目を逸らしそうになり、そうして援軍は容赦なく部屋の扉を開け放った。
「待たせたなァ。観念しろや」
「っ!」

 もう、本当に悲鳴を上げるところだった。

 盗賊が唖然とし、トンボウが息を吐く気配。少女と母親が不思議そうな顔をする。
 フジがへたり込んで、心底不機嫌に、震えるような声で言った。
「ホント最悪。すごい、遅いし、……」
 そう。入り口からこちらを見てにやっと笑って見せたのは、主屋を制圧してここまで来たらしい、見慣れた風足村の護衛達だったのだ。

 壊された窓の外から、緩やかな風と共に、憲兵たちが正門を突入する鬨の声が響いて届いた。
















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