9、道中
いってきますと元気に告げて、どれくらい経っただろう。
アンソクは揺れる馬車の中で、飽きず周りの風景を見渡していた。
乗っているのは自分も含めて七人だ。イイルとエンビとトンボウ、それから大徳宮主とホヲスケ、そしてフジ。フジと偶然目が合うと、彼は呆れたようにふっと目を逸らした。
なぜフジが同行するのか、アンソクは本人からは聞いていない。トンボウ曰く話を耳に挟んだフジが羨ましがったところ、イイルがあっさり許可したのだという。よく分からないが、それを言うと自分がついていくのも同じようなものなので特に不審にも思えなかった。特にフジは自分とは違い、走組でも「諜報」だ。影で村を守る彼らは、外での活動に限って優遇されるのだった。
そんなフジはトンボウと並んで座り、兄弟のように話をしている。残りの大人たちはまた別に、相談をしているようであった。
「どうだろうか。今年の鎮魂祭は……」
「ええ。静か過ぎる中に、なにやらちらちらと……」「少なくとも、大輪、カヤリ殿は……」
「ふん、一座と花歩きか。やっかいな……」
隣に目を向けるとホヲスケが小難しそうな書を読みふけっていた。相変わらず人を惑わすほどの横顔だが、鈍感なのか付き合いの長さのせいか、アンソクはまったく臆さず話しかける。
「なんだか……良くない話なのかな」
「ん……気にすることはない、流れは止まるものではないよ。自分に出来ることがあるのなら、したいことがあるのなら、それをすればいいだけだ」
「え、えっと」
ホヲスケは時々分からないことを言う。
まごついているうちに、彼はちらと大徳宮主の方へ目をやった。「、にしても」
表面上はいつものように穏やかである。しかしなにやら凍るような冷たさを感じて、アンソクはちょっと後ずさった。
風の宮の宮主の方も気が付いたようで、わざとであるのか、ひどく楽しそうな笑顔で尋ねてきた。
「おや、どうかしたかねホヲスケ」
「いえ、何も。ただ貴方が私を引っ張り出してきたことが不快でたまらないだけですよ」
「ひいっ!」
仲が良いのか悪いのか。ホヲスケと大徳の間でアンソクは凍りついた。
そう、今回最も何の関係もなさそうなホヲスケがここにいるのには、実にくだらないわけがあった。風の宮代表である宮主が、ホヲスケが来なければ庚華に同行しないとだだをこねたのである。鎮魂祭の顔合わせに宮主が顔を出さないなど大問題であるから、ホヲスケは腰が引け気味な村の皆になだめすかされて、しぶしぶついてきたのだ。そうと決まった後は大人の対応で嫌なそぶりすら見せなかったものの、やはり宮主に対してだけは非常に冷淡な対応をして周りのものを震撼させていた。
イイルとエンビさえ、頭を掻きながら係わり合いになりたくない様子だ。ホヲスケの態度をいさめるべきだとしながらも、わざとちょっかいを出す宮主の行動が遥かに大人気ないせいだろう。こればかりは仕方がない。
ただ独り愉快そうな大徳が笑う。
「はは、そう言わずとも良いではないか。お前もまた“流れ”をよいものに出来るのだからな」
返事に詰まりこそしなかったものの、珍しくホヲスケが呆れた仕草を返した。
「何を言っているのかわかりませんよ。それに、聞き耳とはまた趣味のいい……」
「おうい」
途中。やっと暖かな声が割り込み、アンソクは嬉しさのあまりに涙が出そうになった。
「その辺で勘弁してやってくれイな。庚華へ着けば、また珍しいもんがみれるさ。好きな所にも連れて行ってやる。なァ?」
トンボウだ。
同意を求められた宮主以外の皆は、例外なく勢いよく頷いた。
それでやっと、ホヲスケは怒気を消し、書へと視線を戻す。涼しい風が吹きぬけた。
「……気持ちだけ受け取っておきましょうか」
どうやら収まったと見て、馬車の中にやっと平穏が戻ってきた。実は人一倍ホヲスケを苦手とするフジは特にほっとしたようで、トンボウをまた尊敬の目でみる。アンソクも心の中で感謝をして、二人の側へ避難した。
「ね、フジは庚華に着いたらどうするの?」
「え? なんだよ急に」
「何か、父さんたちに頼まれたのかなと思って」
「いや別に……」
フジは言われて思案するように口元に手を当てた。それからすぐに手を打って、頷いた。清々しい顔で有無をいわさずアンソクに告げた。
「そっか。鎮魂祭のこと探ればいいんだ! アンソク、それで」
「そ、それで、って??」
「あーもう鈍いなあ。だから、鎮魂祭の取り組みや評判を探って、今年の祭りはどうなるかって予想するわけ。皆がどんな期待してるのかが分かったら、花歩きも芸能もやりやすくなるじゃんか」
「あ、そっか! 流石諜報だね」
「そんな褒めるようなこと? 逆に馬鹿にされてるんじゃないかと思えてくるんだけど」
素直に賞賛したアンソクに、フジは呆れた顔をする。
そうこうしているうちに行きかう人々が増え、大きな門が見えてきた。
「あ、見えた!」
トンボウが気を引き締めたように身を起こす。それを見て、アンソクはやっと一年ぶりの実感を覚えたのだった。
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