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雪山からのラブレター

作者:銀子
 あの山には近づかない方がいい。タゲリのおじいさんはずっとそう言い続けている。その言いつけはいつの間にか、アトリたち郵便配達人の間だけでなく、町全体に広がっていった。

「いいか。あの山には近づいちゃだめだ。あの山だぞ、アトリ」
「うっさいなー! あんな寒い山誰が近づくかよ! 只でさえ、この町だって寒いのに!」

 タゲリのおじいさんは、いつもそうやってアトリに注意していた。僕と同い年なのに、もう大人顔前の郵便配達人のアトリ。被っている帽子についているマークがそれを物語っている。

「お前だから心配なんだ! この間絶対行かないと言っていたくせに、町を出ただろ!?」
「しょーがねーだろ! 頼まれたんだから……いてっ!? じじい! 何すんだ!」

 ぎゃあぎゃあと騒ぐアトリ。アトリはこの間、2匹の犬にソリを引かせて、町の外に行った。大きな雪の壁を越えて。この町は、あの山のせいか違うのかいつも雪で覆われている。大人たちは、あの山に住む氷の女のせいだと言っていた。それを確かめようと、タゲリのおじいさんの忠告を無視して山に入った男たちが戻ってくることはなかった。

「テンカ、お前からも何か言ってくれ。アトリの奴、仕事熱心なのはいいが無茶をしすぎている」

 タゲリのおじいさんは、しわくちゃな顔で僕を見た。タゲリのおじいさんの真っ白くなった髪がはげあがるのはいつかな。

「アトリ。あんまり心配させちゃだめだよ」
「へん! 無茶なんかしてないやい!」

 アトリは、腕を組みぷいっとそっぽを向いた。僕が何か言ったって、このアトリが聞くわけないんだ。いつもそうだもの。

「そんなことよりさ! お前、今から家だろ。乗れよ。送っていくからさ」
「ちょ、アトリ!?」

 なかば無理やり腕を引かれ、アトリの犬ぞりに乗せられる。正直、僕はこの乗り物が好きではない。

「じゃーな、じじい」
 そうにやっと笑ったと思ったら、タゲリのおじいさんの言葉なんか聞かずにアトリは犬ぞりを走らせた。雪の上に、犬たちの足跡とそりのあとが残った。


 ここのところ、白夜が続いている。本格的な冬に入ったのだろう。そんな中、いつものコートでのる犬ぞりは快適とは言えなかった。

「はい、お前んち」

 アトリは、僕んちの家の前で犬ぞりを止めた。

「ありがとう」

 僕は寒さで千切れるかと思った耳を触った。まるで氷のようだ。だから、犬ぞりは好きじゃないんだ。

「カンナちゃんは元気?」
「あー……。最近少し体調を崩しているけど、今日は調子いいね。そうだ。会っていく?」
「そうだな。折角だしな」

 アトリは、犬ぞりを僕の家の前に止め、犬たちに待ての命令を下した。カンナは、僕の妹で、あまり身体が丈夫ではなく、学校も休みがちだ。身体が弱いっていうのは可哀想だと思うけど、学校を休めるっていうのは羨ましいよな。本人にそれを言ったら怒られたけど。

「カンナー。アトリがお見舞いに来たよ」

 家の中は、物凄くあったかい。特にうちはカンナのこともあって。アトリはすぐに上着を脱いだ。

「カンナちゃん、久しぶりー」
「アトリくん! よってくれたんだ!」

 カンナは、リビングのソファに座って本を読んでいた。アトリの姿を見ると、本を閉じた。僕にはおかえりもなしだ。

「カンナちゃん、思っていたより元気そうだー。でも、退屈でしょ? 俺に何か出来ることある?」

 アトリは、ニコニコしながらカンナに聞いた。カンナは、自分の顎に手を添え、考える姿勢をとった。ここまでで、僕のことはチラリとも見てない。

「アトリくんは、何でも配達してくれるんだよね?」

 カンナは、考えるポーズをすぐに止め、今度はアトリにすずいと身を乗り出した。

「もちろん! ハンコひとつでね!」
「それでこの間怒られたんだね。町を出て」
「むっ。テンカうるせー。それで、カンナちゃんは何を配達して欲しいんだい?」

 僕が口を挟むと、アトリは不機嫌そうに口を尖らせた。でも本当のことだしね。

「あのね! カンナ、氷のお城が見たい! カンナをお城の前まで配達して!」

 僕は思わず耳を疑った。アトリも動きが止まっている。カンナ1人がにこにこと笑顔を浮かべている。

「ちょ、カンナ!? 氷の城って、あの山の!?」

 まさか、そんな。僕はそんな気持ちでカンナに確認をとる。カンナは、ちらっと僕を見た。氷の城。タゲリのおじいさんが、いつも忠告してくるあの山にいる氷の女が住むところだと言われている。実際に氷の女や氷の城を見て生きているのはタゲリのおじいさんだけだから、何人かは信じていない人もいるけど。カンナのこのキラキラとした瞳はそういうわけではないらしいというのが分かる。なら、なおらさ……。

「一瞬でいいの! 氷のお城が見たい! それは、美しいお城なんでしょ!? タゲリのおじいさんが言ってたもん!」
「そ、んなのだめに決まってるだろ!」

 僕は、思わず声を荒げてしまった。カンナが少しだけ怖がった顔をした。だって、カンナがあまりにも危ないことを言うから。カンナだって、あの山から戻ってきた人はいないっていうのは知っているはずだ。なのに、どうして。

「アトリからも何か言ってくれよ」

 僕はアトリを見た。カンナも僕とは違う目線でアトリを見る。アトリが拒否すれば、この話はこれで終わる。アトリは、うーんと唸った。

「カンナちゃん。ハンコは持ってる?」
「ある! 持ってる!」

 カンナは大急ぎで、棚の中からハンコを持ってきた。なんだか凄く嫌な感じがする。

「じゃあ、そのハンコをここに押して」

 そう言ってアトリがショルダーバックから取り出したものは、一冊の手帳。カンナは、アトリが指示した場所にぽんと、ハンコを押した。

「アトリ!!」

 この一連の動作が何を表しているのか、僕が気付いて声をあげたときには遅かった。

「カンナちゃん、この配達人のアトリが責任を持って氷の城までつれて帰ってくるよ」
「ほんと!?」

 アトリが笑みを浮かべる。カンナが嬉しそうに飛び跳ねる。カンナは郵便配達人であるアトリに正式な依頼をしてしまったのだ。

「何やってんだよ!」

 僕がいくら叫んでももう遅い。依頼の取り消しは、当事者である2人にしか出来ないから。僕は、この2人が取り消さないことを知っているから。だから、僕が出来ることは1つだけだ。タゲリのおじさんに言いつけること。僕は、アトリをひっぱり、タゲリおじいさんのところに向かわせた。連れ出した口実はこうだ。「タゲリのおじいさんに許可を貰っておいた方がいいんじゃない?」だ。アトリは、それに納得し、大人しく向かった。しわくちゃなタゲリのおじいさんに事情を話すと……。

「お前は何言ってるんだ!!」

 案の定、アトリは怒鳴られた。でもこのアトリってやつは、怒鳴られたって殴られたって平気なんだ。でも、アトリをどうにかできるのはタゲリのおじいさんが一番成功率が高いんだ。

「何だよ! 別にいいだろ! 依頼は取り消さないからな!」

 負けじとアトリも声を上げる。タゲリのおじいさん、もういい年なのに元気だな。今回は、失敗しそうだな。僕は、はらはらしながら見ていた。なんたって、カンナのことがかかっているんだ。

「お前は! あの、山の! 恐ろしさを知らないからそんなことが言えるんだ!」
「じゃあ、ジジイは知ってるのかよ!」

 アトリがそう言うと、タゲリのおじいさんは黙り込んだ。突然の無言。僕は、これを知っているととった。そもそも知っていなければ、あんな忠告はしないはずだ。

「タゲリのおじいさんは、何を知ってるの?」

 興奮しているアトリをなだめ、僕は問う。アトリも僕の問いの意味に気づいた。ただし、アトリと僕の考えていることは違うだろう。

「じじい」

 アトリは、落ち着いている声で言った。タゲリのおじいさんは、僕とアトリにじっと見られて何だか気まずそうに見えた。それでも僕たちは、タゲリのおじいさんから目を離さなかった。

「はぁー……。お前たち、特にアトリが言うこと聞くわけないよな」

 深く長いため息。どこか呆れているような。

「わかった。話してやるよ」
「ほんと!?」
「やったぜぃ!」

 根負けしたタゲリのおじいさんは、喜ぶ僕たちを見て、再びため息をついた。これで、アトリが諦めてくれるといいんだけどな。

「確かに、あの山にいたことがある。氷の城も見たし、氷の女にもあった」

 やっぱり! 僕は心の中でそう思った。やっぱり、僕の思った通りだ。

「俺は、まだ若い郵便配達人だった時にあの山に行ったんだ」
「ジジイにも若い頃があったんだな」
「アトリ。話の腰を折るともう話さないぞ」

 僕は思わずアトリを小突いた。アトリはむすっとしたが、もう口を挟まなかった。

「まぁ、そんな時だ。狼にかこまれてしまってな、それを助けてくれたのが氷の女だ」

 僕とアトリは顔を見合わせた。タゲリのおじいさんがしていた話とは何か違う。だって、いつも危ないって。どういうことだ?

「おいおい、ジジイ! 話が違うじゃねーかよ!」
 アトリは、我慢できなくなったのか声を上げた。

「話が違う? 何のことだ」
「はぁ!? あの山は危険だって散々言ってたじゃねぇか! 氷の女がいるからって!」
「は? 確かに山は危険だと言ったが、氷の女は誰も危険だなんて言っていないぞ」

 アトリは、あんぐりと口を開け、僕はタゲリのおじいさんの話を思い出していた。確かに、山は危険だと言っていたけど、氷の女のことは何も言ってなかったな。

「じゃあ、何で山が危険なんて言ったんだよ!?」
「そりゃー、あそこにはたくさんの凶暴な狼がいるしな」

 思わず、がくっと肩を落とした。何だかとってもリアリティーな理由。確かに狼は危険だけど……。

「帰ってこられなかった連中は狼に喰われたんだろう。その点、氷の女は優しくて、恥ずかしがり屋で、美しくて……」

 タゲリのおじいさんの顔が急に緩んだ。アトリがうわっ、て気持ち悪そうな顔をした。僕はそんなタゲリのおじいさんの顔ですぐにわかったよ。

「つまり、タゲリのおじいさんは氷の女が好きなんだね」
「よくわかったな。毎日通い詰めたよ。住んでいたこともある。だが、寒くていられなかった。氷の女も俺の愛で、溶けそうに……」
「あー! もういいから! 気持ち悪い!」

 アトリが、叫び声に近い悲鳴をあげて、話を遮った。

「とにかく! 俺は行くからな! 狼なんて怖くないやい!」
「アトリ!」

 タゲリのおじいさんがそう呼んだ時にはもう遅かった。アトリは、僕の腕をひっぱり、走り出していた。アトリは、暫くタゲリのおじいさんに近づかないだろう。


 アトリが向かった先はうちだ。何をするかはわかっている。時刻はまだ昼にもなっていない。白夜が続いていることもあって、外は夜でも明るい。アトリはカンナを連れて、山に行こうとするだろう。

「アトリ」
「止めるな、テンカ。狼なら、大丈夫だ。俺の犬は足が速いからな」

 そう言われると、何も言えなくなってしまう。確かに、狼なら……。もしかしたら、出会わないかもしれない。山に行った人たちは運が悪かっただけなのかもしれない。

「わかった。止めない。でも、僕も一緒に行く。僕には、カンナを守る義務がある」

 僕は、あいつのお兄ちゃんだから。とは、言わなかったけど。

「わかった。親帰ってきたら、めんどくせーからカンナちゃんあったかくしたら行くからな」
「わかった」

 再び、犬ぞりを僕の家に横付けするように止めた。家に入ると、カンナはキラキラした目でアトリを見た。体調はよさそうだ。

「どうだったの!?」

 ずずいと身を乗り出すカンナ。そんなカンナにアトリは、にかっと笑い親指を立てた。古臭い。僕はそう感じたのに、カンナはそれを見て、喜びの声をあげた。

「そうと決まれば出発よ! カンナ、コート持ってくる!」

 そう言うやいなや、カンナは階段をかけあがり、コートをとりにいった。数分もかかっていないだろう。僕とアトリが話す暇もなく、あったかいかっこをしたもこもこのカンナがやってきた。あれくらいなら、きっと寒い思いもしないだろう。

「よーし! 氷の城を見に行くぞー!」
「おー!」

 2人が気合いいれているなか、僕は引き出しからマッチをとりだし、ポケットにいれた。なんのためって、念のためだよ。

「さーて、行くぞー!」

 カンナを、アトリの隣に座らせる。僕は、いつもは郵便物が置いてあるところに座る。座り心地はいいとは言えない。でも、しょうがない。

「ちゃーんと、掴まってろよ!」

 アトリは、僕たちが準備できたのを見て、そう声をあげた。犬たちに合図を送り、走り出す。はじめは、ゆっくりと。段々スピードがあがる。確かに、このスピードなら、狼たちにも負けないだろう。カンナも初めての犬ぞりに喜んでいるみたいで、まだ出発したばかりなのに、何だか気が緩んでしまった。ピクニック気分というやつだ。僕たちは、笑いながら雪の壁に囲まれた町を飛び出した。
 気分は上々、気温もよい。そんなはずだった。

「くそっ! こんなん聞いてないぞ!」

 アトリが悪態をつく。山は、吹雪いていたのだ。ゴーグルも何もしていない僕たち。ただでさえ、視界が悪いのに。雪が目の中に入る。

「お兄ちゃん、痛い」

 前の席に座っているカンナの顔に吹雪は直撃していた。僕は、途中でカンナを後ろへとやった。アトリが壁になるから随分マシだろう。

「アトリ! 何か見えるか!?」

 カンナに雪がかからないように、抱きしめる。

「まだ、何も見えない。でも、犬たちも何も反応していないから大丈夫だと思う」

 アトリの言うことはきっとあっているだろう。狼らしき鳴き声もしない。

「このまま進むぞ!」

 アトリの中には、引き返すという言葉はなく、僕たちは、氷の城を目指して進んだ。目の前は真っ白だ。吹雪で真っ白。森の木も真っ白。

「お兄ちゃん……」

 そんな中、カンナのか細い声。カンナに目をやると、顔が赤い。息も荒い。

「カンナ、どうした!?」

 額に手をあてると、熱かった。熱がある。どのくらいかはわからないけど。すぐに帰った方がいい。僕はそんな感じがした。

「アトリ!! カンナが!! すぐに引き返してくれ!」

 カンナをぎゅっと抱きしめる。体は冷たい。でも、熱がある。帰らないと。カンナがっ!

「お兄ちゃん、だいじょーぶ、だから」

 熱で辛いはずなのに、カンナは笑った。氷の城が見たいって。そんなこと言われたら、僕は……。

「アトリ!!」
「わかってる!」

 アトリが、犬たちを急かす。吹雪の中を走る。でも、ある場所につくと、吹雪はやんだ。周りを見ると、木も何もない。でも、それはあった。

「あっ!」

 思わず声をあげた。そこにあるのは……、氷の城だ。氷の城だけが、その場所にあった。

「カンナ!!」

 ぺちぺちと、カンナの額を叩く。カンナの息が荒い。アトリはそりを止めた。氷の城。アトリもカンナも、見ている。何て言えばいいんだろう。キラキラしていて、輝いていて。僕は声も出さずに見とれていた。

「あれが、氷の城」

 カンナが呟く。何だか、涙が出てきそうだ。悲しくなんかないのに。この気持ちは一体何なんだろう。

「うわぁ!?」

 氷の城に見とれていると、アトリの叫び声が聞こえた。アトリは、すぐにそりを走らせる。最初は一体何だと思った。まだ、氷の城を見ているのに。でも、理由はすぐにわかった。

「お、狼だ!!」

 いつの間にか、僕たちの前に狼がいた。アトリが、そりを走らせても追ってくる。最初は2匹だったのに、どこから来たのか4匹になり……僕たちは、また吹雪の中を走る。

「急げ急げ!!」

 アトリが犬たちを急がせる。今までの中で一番速い。狼たちが、離れる。このまま行けば……。

「アトリ!! 前!!」

 僕はあることに気づいてしまった。目の前に道がない。曲がればあるんだけど、このスピードで曲がれるのだろうか?

「わかってる!」

 減速させるアトリ。もちろん、急には止まれない。止まれば狼の餌食だ。そうだ。僕は、マッチを持ってきた。ポケットの中をまさぐり、マッチを手にする。火をつけ、狼に投げれば……。手がかじかんで、うまく持てない。持てたはいいが、手がいうことが聞かずに、火がつけられない。

「お兄ちゃん!!」

 そうこうしている間にも、そりは進んでいた。止まろうとしているのに、進んでいた。雪のせいもあって。カンナが、ぎゅっと僕に抱きついてきた。びっくりして、マッチを落としてしまった。いや、落ちたのはマッチだけじゃない。

「わぁあああ!?」

 やっぱり、こんなとこに来なければよかった。地面がなくなって、落ちているときに思ったことはそれだ。せめて、離れないようにと、片手でそりを掴み片手で抱きついてきたカンナをしっかりと抱きしめる。怖い。アトリはどんな顔をしているんだろう。僕は、あまりの恐怖で目をかたく瞑った。
 一瞬寒く、冷たくなった。それが過ぎると、冷たいのだけのこった。そりが壊れた音がしなければ、どこも痛くない。

「おわ!? 何だ、これ!?」

 アトリの驚く声が聞こえた。どうやら、落ちていないらしい? おそるおそる目を開けてみると、僕たちは氷の上にいた。一体なにが起こったんだ? 後ろ……地面があった方を見てみると、氷はその地面から繋がっていて、吹雪はやんでいて、狼もいない。いたのは、1人の美しい髪の長い女の人。女の人の足元から、この氷が伸びていた。

「お前は、誰だ!!」

 アトリが、そりの向きを直し、女の人に凄んだ。あの人が誰かなんて、聞かなくてもわかる。女の人はアトリの帽子のマークを見て、クスリと笑い、僕たちに近づいてきた。寒さでか、恐怖でか、それとも目の前にいる女の人が美しすぎるからか。僕は動くことが出来なかった。
 女の人は、カンナに手を伸ばした。額を触ったけど、すぐに手を退かした。次は、アトリを見る。

「な、何だよ」

 アトリが、凄むが女の人ははにこっと笑った。

「これを、タゲリに」

 女の人が、そう言って差し出したのは、氷の封筒だ。

「わかった。でも、そんな冷たいもの持てないから、ここにいれろ」

 アトリは、受け取らず、ショルダーバックの蓋を開けた。女の人は、にこって笑い、氷の封筒を鞄の中に入れた。女の人は、それだけ渡すと文字通り姿を消した。 それから、少したったころだ。アトリがそりを出発させ、犬たちは走り出した。
帰りは、何だか不思議だった。吹雪いてもいなければ、狼もいない。カンナも熱が下がったようで。一体何が起きたのか、僕にはわからなかった。


 町につくと、少しだけ騒ぎになっていた。アトリは、とにかく、僕たちがいないって。アトリは物凄く怒られた。でも、全然アトリは懲りていないようで、大人たちにバレないように、僕に向かってウィンクをした。僕は、溜め息をつくしかなかった。
 氷の封筒は、言われた通りにタゲリのおじいさんに渡した。もちろん、タゲリのおじいさんにもすごく怒られた。氷の封筒は、氷なのに溶けていなく、そのままの状態でタゲリのおじいさんの手に渡った。

「あ!」

 タゲリのおじいさんの手に渡った瞬間、氷の封筒は溶け、一枚の紙になった。思わず、びっくりして僕は声をあげちゃったけど、タゲリのおじいさんは、その手紙を読んで何だか幸せそうに、嬉しそうに涙を流した。その涙の意味は、僕にもアトリにもわからなかった。
 その日の夜、僕たちの町にハート形の雪が降った。タゲリのおじいさんは何だか照れくさそうに笑っていたのを覚えている。


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