7,腑抜け共の唄
早かったな。人志は玄関の扉を開けて誠を招き入れた。
誠は平淡な表情をしていた。ついさっきまで愛といざこざがあったとは思えないほどの平淡っぷりだ。顔には出ない性格なのかもしれないが、違うとしたら少し無神経な感じだ。
「来てくれるのはいいんだが、笠原とは帰らなかったのか?」
誠は玄関の扉を閉めながら、
「さっき言っただろう。本当に笠原さんとは何もないんだ」
そう口にし、靴を脱いで中に入る。
スリッパは用意されているが丁重に接するような関係でもないので、そのまま上がってしまう。
その足で二階まで運び、突き当たりを右に曲がった所にある子供部屋へと入る。
先述した通り、丁重に接するような関係でないため、誠はベッドに腰を下ろした。
人志は回転式の椅子に座り、ベッドのある右斜め後ろを向く。片腕を机上に乗せた状態だ。まるで診察する医者のようだ
「昨日の〇〇観たか?」
人志が本当に話したいことは別にある。が、急には不自然と感じたのかアニメの話から入った。
誠は人志に背を向け、近くにある本棚から漫画を物色していた。
「観たよ。昨日は原作で一番盛り上がった話だったよね。アニメだと動きが付くから一段と盛り上がったよ」
これにしよう。誠は漫画を一冊手に取る。そのアニメの原作本である。
「そっか……」
人志は重く煮詰まった表情を下に向けた。眉根に皺が寄る。
いつの間にかデスクに置いてあったはずの腕がご丁寧に膝の上で拳を握られていた。
公式サイトの書き込みと同じく、誠も昨日のアニメに良かったと感想を口にしている。
俺は……、人志は今、否定的なそれと葛藤を繰り広げていた。
少人数に否定されただけでも自分の感性に疑問を感じてしまう人志であるが、たまたま感性の違う人間に当たっただけだとは、その時の人志には理解できなかったのだ。
「やっぱり、皆に言われたことを気にしてる?」
えっ、人志は顔を面に上げた。
「いつもの人志だったら、アニメのことで熱弁してくるからさ」
誠は漫画を閉じた状態でベッドの上に置き、人志の方を向いた。
「……誠も俺の言うことは間違ってると思うか?」
人志の中にあった意地が緩やかにほどけていった。
それは緊張感と同じで、ほどければ素の自分になれるのだ。
「間違っているとは断言できないけど、正しいとも断言できないよ」
誠は照れ臭さを誤魔化すように指先で頬を掻いていた。
「僕も人志もプロの編集者じゃないから、プロとしてどうかなんて分からないでしょ」
人志は顔を下に向ける。
「じゃあ、やっぱり俺がしてたことは……」
違うよ。誠は人志が言い切る前に否定した。
その否定が人志の窮屈な感情に隙間を与えたのだろう。再び顔を上げた。
「人志がしたことは正しいというより良いことだよ。だけど、言っていることが正しいかどうかは分からないってこと」
「……俺をかばうつもりで曖昧に答えてるなら止めてくれ」
かばってるつもりはないんだけどなぁ、誠はやや困惑した表情で弱々しくそう主張した。
「プロの言うことが絶対とは限らないけど、少なくてもプロとしてどうかを見定めるなら、実際にプロとして働いてる人の意見の方が正しいとは思えないかな?」
「それはそうかもしれんが……」
「仮に人志の言ってることがそのプロの意見と同じ内容だったら、それは正しいってことになるけど、プロの意見と違う内容だったら、それは間違いってことになるんじゃないかな。少なくてもプロとしてを見定めるならね」
たぶん、と誠は話を続け、
「堂島君が言ってた『無責任過ぎるぞ』ってのは、そのことを言ってたんだと思うよ」
ネットで言われてたことが必ずしも正しいとは限らないからね。最後に一言付け足してから話を終えた。
ピンポーン、呆気にとられていた人志の元に呼び鈴が鳴る。
生憎家族の者は仕事や私用で外出しているため、家には人志しかいない状況だ。
ちょっと待っててくれ。人志はそう言い残し部屋を後にする。
取り残された誠は置いていた漫画を再読し始めた。
一階に着き、玄関に向かって扉を開けた。
「宅配便です。判子をお願いできますか」
そこには、宅配便の方がいた。
あ、はい。人志はリビングのタンスに蔵われた判子を取りに行き素早く持って帰ってきた。
配達物の詳細に判を押し、宅配便の方がそれを剥がし、ありがとうございましたと言い、足早に立ち去った。
人志は玄関の鍵を施錠し、配達物を見る。
速達で送られたそれは、A4サイズの封筒だった。しかもかなり分厚い。
中身は極めて軽量のもの。恐らく紙のようなものだろう。
人志は差出人の名前を確認した。その名前は『折笠鞠江』――――眞弓の母親からだった。
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