6,レッドホットハニー
「一緒に帰ろう、人志!」
下駄箱前、誠は外履きに変えた直後の人志を止めた。前傾姿勢で膝に手を置きながら息を乱している。
その必死さに一度は情を移した人志だが、彼にも意地がある。そんな余計な意地が余計な一言を発しさせた。
「笠原と帰ればいいだろ」
えっ、誠は顔を面に上げた。
「僕、笠原さんとは何もないから別に……」
「隠さなくていいよ。付き合ってるんだろ、笠原と」
トントンと爪先を叩き、靴擦れを直した。
そして、誠に背を向けた。
「男と帰るんじゃなくて、自分の女と帰ってやれよ」
その後ろ姿はどこか哀愁を感じさせた。誠は呆然と立ち止まったまんま、人志を見送っていた。
本当に取り残された気分に晒されたのは、どちらだろうか。
誠は背を向け、部室に足を運んだ。
その足並みは鉛を括り付けられたように鈍重な何かを引きずっているようだった。
誠が部室に戻った時、待っていたのは性格に似合わずも気落ちした愛の姿だった。
ハンカチが机上に乗せられていた。少し泣いていたのかもしれない。
しばらくの間、誠は開けた扉の前で立ちっ放しになっていた。
「ごめん」
「何で有原が謝るの?」
「笠原さんを泣かしたのは僕だから……」
「有原は、私が悪く言ったから叱ったんでしょ。だったら謝る必要ないじゃん」
言葉のやり取りは終始息詰まった感じで感情の起伏もなく、一定調子だった。
「……ごめん」
「……ほら、またすぐそうやって謝る」
「………ごめん」
「有原はいつもそう。私と一緒にいる時もクラスの友達と話している時も他人の顔の色を窺って話してて、自分の言いたいこと言えてない」
告白した時もそうなの?
愛は胸に押し込み続けていた思いを言葉にした。
違う、とは言えなかった。
そう、とも言えなかった。
だけど、そう、なのだろう。
愛は何も言わずに退席した。
無言で通り過ぎた彼女を、誠は引き止めることができなかった。
何も言わずにとも分かる。
それが、答え、なのだ。
人志は自分の部屋にあるパソコンでアニメを観ていた。
五畳一間のその部屋にテレビを置くスペースなど余っておらず、むしろ人志からすれば、パソコンさえあればテレビなど不要なのである。
勉強机の前方の壁には、正式な賞の応募事項が記された紙が貼ってあった。
〆切までもう後わずかしかない状況だが、作業は全然進んでいない。
人志は何度も同じ状況下に至っては次回に挑む形になっている。結果的に言えば、その次回が次回へと繰り越されて、結局は何も挑めてないのだ。
そんな人志が執筆作業より好きなものがアニメである。
地上波の子供が起きてる時間帯のアニメくらいなら万人も観るだろう。しかし、人志の場合は深夜帯のアニメも観る。地上波に限らず地方局のアニメもだ。
そして、アニメを観ては公式サイト等に評価を書き込む。
アニメを観終えた人志は早速公式サイトに向かい、評価は書き込んでいた。
今回はいつにもまして作画が悪かった。手抜きとも思える場面がいくつもあり、脚本も酷かった。後、声優の演技ももう少し良くはならないのだろうか。正直、スタッフは本当に作品に思い入れがあるのか疑問に思う。
ブラインドタッチなんかはお手の物。タイピングの速さも人並み以上はあるだろう。
人志は『書き込み』のボタンをクリックし、その評価を書き込んだ。
画面に表示された人志の評価の下、
今日の話はいつもより一段と面白かったです!
特に〇〇が〇〇と一緒に戦うシーンはしびれました(笑)
これからも頑張ってください!
というファンからの書き込みがあった。
「何も分かってないな。こいつは」
↓みたいな人は観なければいいのに……
たまにいるんだよねー、こういう何でも知ったかぶるバカ(笑)
無視したほうがいいよ。定期的に現れるんだよね。スタッフ気取り(?)みたいな人って。
人志の書き込みに対し、否定的な意見が三件も書き込まれた。
人志は反論に出ようとしたが、寸前で手が止まった。
これもネットで覚えた知恵だ。正しいわけではないのかもしれない。
そんな思いが人志の手を止めていたのだ。
礼二に言われた一言、人志は効いてないフリをしていたが、やはりそれなりに効いてはいたようだ。
人志はネットを閉じた。
携帯電話を取り出し、
今、電話しても大丈夫か?
誠に一通のメールを送った。
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