4,変速ギアガール
翌日、文藝部に眞弓の姿は無かった。どうやら、体調不良で学校自体を休んでいたようだ。
そのため、本日の部活動は中止となった。眞弓以外の部員は全員、文化祭の出し物である小冊子用の小説を完成させているので。
人志は文化祭実行委員の方に用事があるらしいので、誠は愛と帰ることにした。
実はこの二人、誰にも内緒で付き合っているのだ。それも中学三年からずっと。
しかし、高校に入って文藝部に入ってからというもの、二人だけで帰れたことがない。何故なら帰りは常に人志の存在が付いてくるからだ。
アイツに言うと何を言われるか分からないから。愛は人志を悪友扱いしている。
今日はバスを使わず、愛が乗っている自転車で帰ることにしたようだ。
校舎裏に設置された駐輪場まで足を運ぶ二人。運動系の部員達の叫び声に会話を遮られ、顔を合わせ苦笑する。
車体が水色のその自転車は後部座席がなく、二人乗りが困難なタイプだ。
参考書の購入がてら、デパートで遊んで行こう。愛は誠のスクールバックを自分のバックと共に籠に入れた。
自転車を押して引っ張っていく形で裏門から出る。
愛の性格でなくてもそこそこ仲が良ければ、クラスの女子と二人乗りくらいしても怪しまれないだろう。
だが、誠と愛の二人の場合、最初から二人乗りなど不要だったようだ。
午後十一時過ぎ。外はすっかり真っ暗になり、ほとんどの家が就寝の時間となっていた。
まだ夏の暑さが残っており、低めに温度設定した冷房を付けてもいいくらいだ。
その部屋は六畳一間の狭い面積だが、子供部屋としてなら不自由は少なかろう。
一通りの家具と勉強机が配置されたその部屋は特別女性らしさがあるわけでもなく、かといって男性らしいというわけでもない、どこをとっても中性的な印象のある部屋だった。
しかし、唯一、そこだけが違う印象を見受けられた。
勉強机だ。腰掛けるその後ろ姿を見る限りでは女性のようだ。
ぐったりと片腕を地面に垂らした状態で、しかも、寝ているのか机に顔を伏せた状態で座っている。
机には、原稿用紙が十数枚重ねられた状態で置かれているが、彼女の頭が乗っかっていて一点に皺が寄っていた。
ピンク色のビニール製のペンケース。ノートや参考書類が縦に整理され並べられている。ここまで見る限りではそう珍しい印象は受けないだろう。
だが、折れたカッターの刃の破片が乱雑に散らばっていたらどう印象を受けるだろうか。
それも、その中の一枚に血と見られる液体が付着していたら。
地面に垂れた片腕の手首には血が固まっていた。
血の状態から見ても、今さっき切ったというわけではない。優に半時は経過しているだろう。
よく見れば、勉強机と壁との間に設置されたゴミ箱の中には、たくさんのカッターの刃が捨てられていた。
更に空っぽになった風邪薬の瓶と薬局の袋とレシートが捨てられている。
レシートを見る限りでは、二週間前に購入したと思われる。
ガチャ、誰かが帰ってきた。カサカサと袋の音がする。スーパーかどこかに寄ってきたのだろう。
「ただいまー、眞弓、熱下がったのー?」
声から察するに母親だと思われる。
袋を置いた母親が“眞弓の部屋“に近いてきた。
とんとん、軽く二回だけノックする。返事は返ってこない。
「寝ちゃったの? 眞弓?」
ドアノブを回してみると、ドアは開いたまんまだった。
ドアを開けたその先には、ぐったりと机の上に顔を伏せながら寝ている眞弓の姿があった。
母親は顔を覗くような形でそっと近くに寄る。
「駄目でしょ、ちゃんと布団で寝てなきゃ、ほら起きなさい」
母親は眞弓の体を揺らした。
眞弓の体が抗うこともないまま地面に倒れていく。否。落ちていく。
母親の視界から眞弓の姿が消えた。
地面で仰向けに倒れた眞弓の姿を母親は怪訝な表情で見る。しかし、その表情にはどこか恐怖を感じている部分があった。
手首に付いた幾多に及んで重ねられた切傷からは血が固まっている。
机には乱雑して散らばるカッターの刃が何枚もある。
何より、眞弓が垂らしていた片腕の床下に血が滲んでいた。
声が息詰まり、顔が痙攣したかのように震え始めた。
「まっ、まゆ……」
いかれた眼球があちこちを捉える。どこに目を向けても脳裏に焼き付くは、鮮明豊かな血だ。
瞬間、息途絶えるように母親が気絶した。
救急車に搬送されたのは、それから一時間後の父親の帰宅時だった。
その頃には、もうとっくに眞弓は出血多量により絶命していた。 手術室前、眞弓の自殺に気づけなかった母親の泣く声が、人気の少ない静寂の廊下に虚しく響いていた。
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