10,平成マシンガンピッキングブルース
つい数十分前までは明るさが残っていた景色も、今は完全に夜の闇に染まっている。
木造の建物の前に賽銭箱があり、その下に石段がある。
愛はそこに座っていた。
表面が粗い石で造られた道の上で誠は立ち止まっていた。
階段を上がってきた足音でその存在に気づいていた愛は誠を見ている。
愛は制服のままだった。
「風邪引いちゃうよ」
長袖の白いブラウスにチェックのミニスカートという格好だ。いくらまだ夏の暑さが残っているとはいえ、その格好では風邪を引いてしまうだろう。
「大丈夫。それより早くこっちに来て座りなよ」
言われるがままに誠は愛の傍に座った。
愛の手には缶コーヒーが握られていた。ホットコーヒーだ。
やはり寒いのだろう。
誠はスクールバックの中からブレザーを取り出し、愛の肩にソッと掛けた。
「……ありがと」
照れ臭そうに愛は礼を言った。体を丸めてブレザーをギュッと抱き締めている。
「こんなとこに呼ばなくても、先に言えば笠原さん家に行ったのに」
「家は嫌だ。親帰ってきてるし」
それに、愛はそう付け足し、
「ここが一番良かったから」
と、口にした。
別れよう。誠は直感でそう告げられるのだろうと思っていた。
始まった場所で終わろう。そういうつもりなのだろう。
しかし、誠は別れ話を告げられると分かっていた。
別れるきっかけを生んだのは他の誰かでもない、誠本人だ。
優柔不断な誠でもそれくらい分かる。
「有原って私以外の誰かで好きな人いる?」
「いないよ」
「芸能人とかでも別にいいよ?」
「それでもいないよ」
そっか……。愛は安堵の入り混じった声で呟いた。
誠は斜め上を向いていた。そこには何もない。
愛が誠に近寄った。空いていた隙間が無くなる。
面と向き合うのは恥ずかしいのか、二人は互いに違う方を向いていた。
「私は有原とまだ……」
「告白された時は、正直言うと付き合いたくなかったんだ」
誠は愛の言葉を掻き消し、そう話を切り出す。顔を地面に向けている。
愛はブレザーの袖を力強く握り締めていた。体の中から込み上げてくるそれを我慢するためだろう。精一杯の抵抗だ。
「でも、今じゃ付き合ってよかったって思ってる」
誠は愛と真っ直ぐに向き合った。
「さっき好きな人を訊いたよね。僕は笠原さんことが好きだ。これからもずっと付き合っていたい」
三年という月日は無駄ではなかったようだ。
彼女の魅力を知り、次第に惹かれ合っていた。
誠は自分に正直になれない性格をしている。が、愛と付き合ったことから彼は自分でも気づけないほど小さな何かをもらっていたのだ。
傍らで泣く彼女の背中を誠は優しく擦ってあげていた。
愛が落ち着いたところで誠は立ち上がろうとするが、愛はそれを止めた。
その場の雰囲気がと言うべきか、誠は愛の柔らかいそこへ近づき軽く触れた。
しばらく息を止めて、離す。
「初めてだね。有原からしてくれたのって」
誠は急に自分のしたことに恥ずかしさを感じていた。
「明日は学校休みだから……もう少しだけ一緒にいよう」
結局その日、二人が家に帰ることはなく、部活仲間と話すような他愛もない話題に終始没頭し、一夜を共に過ごしていた。
文化祭前日の放課後。
誰もいないその教室はすっかりと綺麗に掃除されており、中心に堂々と構えられていたテーブルも折り畳まれて蔵われていた。
四角い空間だけが残った、その教室の扉付近に机と椅子がセットで置かれており、後一つ窓際に二個連結してセットされている。
その連結された机の上に、百ページほどの小冊子が五十冊ほど積まれていた。
『平成マシンガンピッキングブルース』
エレキギターをマシンガンに見立て、前方の敵を射撃するように構える――――そんな軍人被りの彼女がモノクロで描かれた表紙が何とも印象的だ。
彼女はマシンガンを射撃する。
果たして、彼女は何に向けて、そのマシンガンを射撃していたのだろうか。
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