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Forgotten Saga 作者:水夜ちはる

第三章・死屍と人形

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第1話

斜陽の王国に祭上げられた『英雄』の少女。
剣と銃と魔物と陰謀のダークファンタジー!

第三章・「死屍と人形」――『生体練成』の陰謀によって生まれた少女の悲劇
 建物の半分は破壊され、残った半分は燃え落ちたのだろうか。とにかくその惨状は激しいものだった。元の姿を見る影もない、とはまさにこのことだ。
 それを眺めやって少女はため息をつき、足元にあった瓦礫を軽く蹴飛ばした。
「やれやれ、これはまた派手なことだ。店主には同情するが……その店主もこれでは無事では済むまい」
 まっすぐに長い金髪を後ろでまとめ、意志の強そうな眉とまっすぐな瞳は、美しい少年のそれだ。だが、彼女は少年ではなく十八歳の少女だった。実用性を重んじ軽装をしているがその凛々しい姿は見るものの目を引く。
 彼女はもはやこのルテティアで知らぬものは居ないだろう。レルシェル・デ・リュセフィーヌ。フェルナーデ王国の大貴族の娘だ。王都の北門周辺一体を警備する北壁騎士団の団長に就任してから、管轄地区の治安は見る間に良くなった。
 その彼女の管轄下の下町で酒場が何者かの襲撃を受け、全壊の憂き目に遭った。単なる老朽化で自壊したのではない。それは目の前の状況が教えてくれていた。
 事件は深夜に起こったと思われる。彼女は貴族たちのパーティに招かれており、現場に到着したのはこの早朝のことだ。深夜報告を受けたときに、くだらない貴族の社交など捨てて、現場に向かえばよかったと思う。それほどの惨状だった。
 変わり果てた姿の死体が運ばれていくのを見て、レルシェルは苦虫を噛み潰したような表情を作った。
 そこへ一人の青年が駆けて来る。レルシェルの部下で実直な騎士でアンティウスと言う。
「状況はどうだ?」
「最悪ですね。死体の数は三十六にもなりました。店主のアレフもその中に含みます」
「気の毒に。で、なにか情報は?」
 生存者がいれば、犯人の目撃情報もあるだろう。
「まず、これは事故ではありません。襲撃です」
「物騒なことだ。店主は相当の借金でもしていたか?」
「まさか。店主の借金でその客が皆殺しに遭ったなんて聞いたこともありませんよ。ともかく、生存者は不明です。少なくとも生きている者はここにはいないでしょう。死体を見ればわかりますが、無差別にそして、徹底的に殺されています」
 アンティウスは忌々しい表情で言った。レルシェルは近くを運ばれていく死体を確認する。倒壊による打撲も見れる。火傷も酷い。だが、死体の中には剣などによる刀傷が目立つものが多数あった。その傷は深く、明らかな殺意がうかがえる。そして彼女は火傷を見て驚く。
「これは……火薬ではないな」
 焼け焦げた傷口を見て言う。この時代の火薬は硫黄や燐が燃え残る。犯人が爆薬を使っていれば簡単に証拠が残った。
「ええ、おそらくですがこれは魔法によるものだと思います」
「犯人は魔法使いか!」
 レルシェルは驚いた表情でアンティウスを見た。青年は頷く。魔法使いはその名の通り、魔法を使う。魔法とは精霊の力を狩り、様々な力や効能を引き出す。もちろん火の精霊を操る魔法使いならば、爆薬の変わりに精霊の力で人を爆死させることができるだろう。 だが、魔法を操る技術は非常に難しく、万人が操れるものではない。才能と鍛錬によりようやくその技術を得る。
 その力は貴重で、国家の財産ともなる。王国は魔法の使える者を登録制とし、国立の魔術師協会に属させることにした。最も魔法使いはその外見だけで判断できるものではなく、未公認の魔法使いも半数近く存在すると言う。
「いや、しかし……剣による傷も多い。おそらく犯人は複数犯だな」
 レルシェルの言葉にアンティウスも同意見だった。
「しかし、魔法の痕跡があるならそれは重要な手がかりでしょう」
 アンティウスは意見を述べて、レルシェルはそれに頷いた。
「よし、魔術師協会に伝令をだして、魔法使いのリストを手に入れろ。しらみつぶしに魔法使いにあたるんだ。他の騎士団へも使いを出して、他国の魔法使いの入城者もだ。このような大量虐殺、許すわけには行かぬ」
 レルシェルの澄んだエメラルドの瞳に怒りの炎をアンティウスは見た。その怒りは純粋なものだ。非道を許さぬ潔癖さがこのレルシェルの特長であり魅力である。少なくとも私腹を肥やすことに懸命な他の貴族とは違うと、市民も兵士たちも彼女を慕っていた。
「あと、未確認の情報なのですが」
 アンティウスは断りを入れた。
「シェフィールド子爵が先日未明より行方が分かっていません。不確かな情報ではありますが、この近辺でその姿を見たと言う者も」
「何故それを先に言わない!」
 レルシェルは声を荒げた。アンティウスは肩を小さくすくめたが、臆さなかった。レルシェルは厳しい上官だが、暴君ではない。
「だから、確かな情報ではありません。それに貴族の方がこんな下町の夜を共も連れずに歩くことなどありえないでしょう……あなた以外は」
 なるほど、とレルシェルは頷いた。だが、貴族であるシェフィールドが事件に関わっているとなると、無視できる情報でもない。
「まさか、子爵の遺品が見つかったと言うわけじゃないないだろう?」
「はい、それは」
 アンティウスは首を横に振った。
 なぜ子爵がこんな下町の酒場に?
 レルシェルは形のいい顎に手を置いて考えた。彼女の知る限り、シェフィールドは政治的野心が強く、情報通の男だが、道をわきまえた男だと思う。彼は魔法使いではないし、魔法使いを使って、市民を巻き込んだテロ行為を行う男とも思えなかった。
「わかった。シェフィールド家には私から当たってみよう」
「助かります」
 貴族に対しては身分の低いアンティウスらでは当たりにくい。
「北壁騎士団は事後処理と付近の聞き込み、魔法使いの詮索に当たれ。皆徹夜かも知れないが、この件が解決しないと市民が眠れぬ。全力を挙げて当たるぞ!」
 レルシェルは大声でも美しさを失わぬ凛とした声で当たり一体の騎士に聞こえるよう叫んだ。若く美しい上官に心酔する騎士達はその声を聞き、勇気付けられ、徹夜の作業の疲労感を一時的に癒された。
 騎士団員が持ち場に散ったあと、アンティウスは小声でレルシェルに尋ねた。
「魔物の仕業、と言うことは考えられませんか?」
「それは私も考えなくもない。この事件のことはすでに陛下の耳にも入っているだろう。これだけのことだ、『聖杯の騎士』としても調査はする。だが、アンティウスたちは、犯人が人間だとして捜査を進めろ。魔物であれ、人間であれ、こんな派手な真似をして、でかい面をさせてたまるか」


 レルシェルは現場の調査を部下の一隊に任せると、彼女はアンティウスと共に北壁騎士団の隊舎へ戻った。彼女は全体の状況を把握し、全体の指揮を執らねばならぬ責任がある。
 二人を出迎えたのは意外な人物だった。
 マリア・ベネットである。栗色の髪を二つのリボンで纏め上げた、少女の姿をしているが、レルシェルと同じ聖杯の騎士の一人である。その彼女が早朝とも言える時間に北壁騎士団でレルシェルを待っていたのである。
「あなたの姿をここで見るとは……つまりこの一件は魔物が絡んでいると言うことか?」
 レルシェルは表情を険しくして言った。
 マリアは神妙な表情でレルシェルを見て、ゆっくりと首を横に振った。
「サー・リュセフィーヌ。私はこの件に関して、魔物が絡んでいると掴んだわけではありません。私個人の資格と想いでここに来たのです」
 マリアの声は落ち着きのあるものだったが、神妙で緊張感のあるものだった。レルシェルとアンティウスは眉を潜めて、お互いを見やった。
「シェフィールド子爵は私と縁のある……いえ、恩のある人なのです」
 二人は驚いてマリアの顔を見た。
 マリアは言を紡いだ。マリア・ベネットの父、アラン・ベネットは高名な錬金術師で、数々の功績を王国に認めさせていたが、あるとき国外追放に処された。突然のことに関係者は驚いたものだが、ことに当たった中央の警察局からは『国家反逆罪』としか説明されなかったと言う。
 幼かったマリアと彼女の兄はは、親交のあったシェフィールド家に預けられ、父アランは姿を消した。マリアの記憶に父親の顔はかすかに残っているが、アランの生死は不明であり、再会は適っていない。アラン・ベネットは色事でも名を馳せており、各地に子息を作っていると噂されていたが、マリアはその『兄弟』たちとの交流はなく、ただ一人同じルテティアで育った兄だけを知っていた。だが、その兄も戦争で亡くなっており、彼女は天涯孤独と言える。
「子爵の一家は、犯罪者の子供である私たちを暖かく迎えてくれました。父を尊敬していないわけではないけど、私たちにとって子爵は本当の父親とおなじなんです」
 マリアの遠くを見るような瞳で言った。寂しげなその表情は、人のいいレルシェルとアンティウスを感動させるに十分で、二人は本心でマリアに同情した。
「なるほど、そういうことなら北壁騎士団も協力は惜しまない」
 レルシェルは少し目を潤ませてから、はたと気付いた。
 彼女はその容姿に似合わぬ武芸の持ち主ゆえ、その武力ばかりが目立っているが、知性や知識も非常に優れている。彼女の記憶にはアラン・ベネットの国外追放は彼女が生まれる前の十九年前の話だ。
「一つ聞いていいか?」
 レルシェルは訝しげに言った。
「何でしょう?」
「先の話だと、子供の頃にシェフィールド家に預けられた、と言っていたがいくつの時だ?」
 マリアは童顔で少し丸みのある顎に指を当てて、少し考えるしぐさをした。
「五歳の春だったかと」
「と言うことは今は……」
 マリアは少し不機嫌そうに、両手を腰に当てて言った。
「二十四ですが、それが何か」
「二十四?」
 レルシェルとアンティウスは声を揃えて素っ頓狂な声を上げた。マリアの姿はどう見ても、十八になるレルシェルのそれと比べて幼い。高く見積もってせいぜい十五・六がいいところだ。
「何か文句でも?」
 マリアは不満そうな声で言った。おそらくこのようなことは一度や二度ではないのだろう、彼女は小さくため息を付いた。
 レルシェルとアンティウスはしばらく唖然として、お互いを見たりマリアを見たりしていたが、レルシェルが我に返って、マリアに問いかけた。
「しかし、ということはシェフィールド子爵の身に何かあった、と言うことだな?」
 場の空気が緊張感を取り戻す。朝の冷えた空気がそれを一層増幅させた。
「はい」
 マリアは神妙な声で言った。
 彼女はすでにシェフィールド家から独立して暮らしているが、今朝早くにシェフィールド家の使用人が現れ、当主フランツ・ド・シェフィールドが行方不明だと彼女に告げた。すっかり落ち着きをなくしていた使用人をなだめたマリアは、急いで当局と連絡を取り、北壁地区で起こった事件の情報を手に入れた。北壁の治安を維持する騎士団の団長がレルシェルだと知っている彼女は、急ぎこの騎士団の詰め所へ足を向けたのである。
「今調査を進めているが、現場には子爵の私物と思われるようなものは残されていなかった。あの場所に子爵が居たと断定するにはまだ早い」
 レルシェルは冷静な声で、現在の状況をマリアに話し、すこし気がそぞろになっているマリアを落ち着かせようとした。
「そうですね。でも、何らかの事件に巻き込まれたのは確かです」
 マリアは胸に手を当て、自分を落ち着かせながら言った。
「わかった。事件との絡みも含み、各騎士団とも協力して、子爵の行方を捜そう」
 レルシェルは強く頷き、真剣な眼差しで言った。その真剣さや率直な言葉はマリアを安心させ、レルシェルを信頼に足る人物だと思わせた。彼女の人をひきつける力とは、そこにあるとマリアは思った。
「子爵にこのところ変わったことはなかったか?」
 レルシェルに問われ、マリアは少し間を置いて答えを推敲した。
「少し前に子爵は子供を預かった、と……」
「子供?」
 シェフィールド子爵は今年で五十九歳だった。妻は早くに迎えていたが、不幸なことに子宝には恵まれなかった。彼らは孤児や友人の子を預かり、我が子として育てた。シェフィールド子爵は魔法や錬金術と言った、特殊な技術に興味を持ち、貴族の間では変人扱いされることもあったが、彼が人格者であることは誰もが認めていた。その性格のため、マリアは彼に受け入れられ、記憶もあいまいな父の背中を追い、錬金術を学びながら育つことが出来たのである。
 マリアはそのことを説明した。
「なるほど、しかしその子供が何か関係あるのか?」
「その子も昨夜から子爵と共に行方不明なのです。私も面識はありませんが、使用人が言うには、その子はどうも魔術師協会から預かったと……」
「魔術師協会だと?」
 魔術師協会は直接的に権力とは結びつかないが、その特異性により、様々な利権をもっていた。王国政府と同様に、その利権争いによる腐敗は、その内外に知れている。
「子爵は何かの策謀に巻き込まれたのではないでしょうか?」
 マリアは不安気に言った。
「私は噂でしか知らないが、子爵は権力争いとは縁遠い人と聞く。おそらくそんなことはないと思うが……」
 レルシェルは気遣うように言った。だが、彼女はマリアの言を可能性として否定しなかった。何せ今朝の現場は魔法による爆破の可能性が高い。彼女はアンティウスを見ると彼に早口で指示を出した。
「各騎士団と中央警察局に依頼は私の名前で使いを出して、子爵と子供の捜索を行うように連絡をしろ。賊の捜索もだ」
 アンティウスは表情を引き締め、すばやく敬礼をしてレルシェルの指令を理解した。
「しかし、万一、魔術師協会の陰謀などか絡んでいるとすれば、その魔術師協会から来た子供のことは伏せておいた方がよろしいのでは?」
 アンティウスは差し出がましいと思ったが、助言を口にした。
 彼の用心深い意見にレルシェルは少し考えた。彼女は少し性急な自分の性格を知っていたから、彼のような慎重な腹心は貴重だった。
「そうだな、卿の意見はもっともだ。ここはまず子供のことは伏せておき、子爵の捜索だけを依頼しよう。それだけでも何か反応があるかもしれない」
 レルシェルは命令を修正し、彼に与えた。彼は喜んで、その命令を受けて実行に走った。
「良い部下をお持ちですね。あの北壁騎士団に彼のような人が埋もれていたとは」
「ああ、私には過ぎた部下かもしれない。もし彼が騎士団長でも私以上に上手くやれる気がする」
 マリアの感想に、レルシェルは率直に言った。それを聞いてマリアは少し微笑んだ。
「ここに来てよかったと思います」
 彼女の言葉にレルシェルは不思議そうな顔をした。子爵の安否がわかったわけではない。
「このルテティアでは、他人のことにあなたほど親身になって行動してくれる方は少ないでしょう……子爵は私にとって大切な人。本当に感謝しています」
 マリアはそう言って深々と頭を下げた。
 レルシェルは驚いて、そして慌てた。
「私は治安を預かるものとして、当然のことをしているまでだ。私が持つ力は公的なものだが、知人であり市民であるあなたの願いを断る術など、私は持っていない」
 レルシェルは動揺した口調で言った。
「それに」
 レルシェルは一つ、息をついて言った。
「あなたは『聖杯の騎士』の仲間であり先輩だ。もっと気楽に話してもらってかまわない。私のことはレルシェルと呼んでくれ」
 彼女は微笑むと、マリアもその微笑に釣られた。
「それでは、私もマリア、と」
 柔らかな声で言うマリアを見てレルシェルも頷いた。
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